Sotto出前研修 たんぽぽのこと

Sotto出前研修 たんぽぽのこと
ご縁をいただき、2月10日に妙華寺会館で開催する「自死についての学びの場」は、京都自死・視察相談センター様の事業の1つであります出前研修によるものです。これまでも全国で出前研修を開催されていますことを知りお願いしました。
Sottoの冊子には、出前研修の目的は、
『Sottoは「死にたい」「大切な人を自死で亡くした」といった自死の苦悩を抱えた方の心の居場所づくりを目的として活動しています。わたしたちが居場所作りにおいて最も重要だと考えているのが、そこに居る<ひと>です。 ですから、心の居場所にふさわしい<ひと>を育成するボランティア養成講座を毎年開催し、活動するボランティアには定期的な研修の場を提供しています。これまでに様々な講座を開講してきた結果として、電話相談、メール相談、語り合う会、おでんの会など、多様な窓口を開催することができ、また、それぞれの窓口の利用者も増えていることは、<ひと>が育ってきている1つの証左と言えます。
わたしたちのボランティア養成の経験は、だれかの支えになりたいと思っている多くの方々に、何らかの有意義な気づきを提供できるのではないかと考えています。
そこで<Sotto出前研修>を提案することにしました。具体的には、対人支援の方法論や実際の相談経験などをスピーチする<講演型>と、Sottoの研修カリキュラムを応用して依頼団体の目的と目標に添う研修カリキュラムをデザインする<オーダーメイド型>の2通り研修を提供することができます。
<Sotto出前研修>を通して、より多くの人に対人援助の具体的な方法論を知っていただくことにより、自死の苦悩を抱えた方と適切な関わり方ができる<ひと>が増え、一人でも多くの自死の苦悩を抱えた人々の苦悩が少しでも和らぐことにつながるのではないかと期待しています。そして、自死の苦悩はもちろん、どのような苦悩を抱えていたとしても、誰もが安心して歩むことができる社会の実現に貢献していければと思っています。』と記載されています。
また、名称の「たんぽぽの由来」には、
『1つ1つの講演や研修会が、たんぽぽの花となり、受講されたみなさん1人1人がたんぽぽの綿毛として、それぞれのフィールドでまた新たな花を咲かせることを願って名付けました。』とあります。
 当日は、京都自死・自殺相談センター様からお二人の講師をお迎えして、「自死の苦悩を抱えた方に何ができるのか」をテーマとして、「研修会の前半には、死にたい気持ちを抱えた方や、大切な方を自死・自殺で亡くされた方の気持ちについて、そのような方との関りについて僧侶へ期待すること、という内容で座学をいたします。
休憩を挟んで、後半ではワークショップを通して、対話の練習および、よりよい関わり方などを模索できるようなきっかけにつながればと思っております」
※時間は13時30分から16時頃までです。
まだ少し席に余裕がございます。
行事案内「自死についての学びの場」
日時 平成29年2月10日(金)午後1時30分から午後4時頃
【先行案内が午後3時までとなっていましたが研修の充実で午後4時に変更になりました】
会場 妙華寺会館 三重県津市久居二ノ町1743番地 法苑院妙華寺内
対象 僧侶及び寺族  会場の都合で20名まで
会費 2,000円(領収書をお出しします)当日徴収させていただきます。
申込先 HP(myoke-ji.com)のお問い合わせ(メール)に、 ご参加されます方のお名前
宗派・所属寺院名・ ご連絡先を記載されお申し込みください。
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

 

2017-02-10
自死についての学びの場
雪が心配でしたが、高田派・曹洞宗・天台真盛宗のお寺の僧侶・寺族の方13名と行政機関の方5名の方々にお集まりいただきSottoの出前研修を開催させていただきました。
ご講師として京都自死・自殺相談センター様から金子様・小坂様にお越しいただき、「自死の苦悩を抱えた方に何ができるのか」をテーマとして、Sottoの活動から「死にたい気持ち」を相談することはとっても勇気のいることで、その時に相談者の心をシャットアウトしてしまうと関係性が閉じてしまうこと。「死にたい気持ち」の原因を取り除くことができても、その方と安心できる関係性を持っている方がいなかったら本当の問題解決にはならないこと。「死にたい気持ち」の相談者に本当にその方の悩みに向き合っているのか、相手の苦悩を想像することの大切さや相手と私の関係性の大切さに改めて気づくことができました。ワークショップでは、愚痴を聴くことを体験し、モデルケースで相談者と面談者の会話を観察者の立場で聴くことを学びました。質問もあり終了時間が延びてご迷惑をおかけしました。最後に、三重県こころの健康センター様から、自殺予防・自死遺族電話相談を毎週月曜日、自死遺族の集い(わかち合いの会)の場も奇数月に一度あることも案内されました。
改めて、自死の苦悩を抱えた方に何ができるか考えることになりました。
※先月(1月中旬)の夕刻に若い学生が庫裡を訪れ、温かい飲み物を求められ、温かい紅茶を用意していました。その間、坊守がお話しを聴いていましたら、朝母親とけんかをして家を飛び出し、図書館にいたけれど閉館時間となり暗い中、街を歩いてこのお寺にきたようです。温かい飲み物とおにぎりをお出ししてもう一度お話しを聞きながら、目の前にいる学生さんのお母さんのことを思いました。けんかの原因ははっきりは分かりませんが、親御さんが子どもを心配するあまり、怒ることもあることを、私(住職)の子どもの時のことを思い出しながら、また一人の子どももっている親としてお話ししました。
学生の方には、その時帰りにくい家だと思いましたが、心配をしている親御さんのことを思わずにはいられませんでした。翌日、昨夜の学生の方が手紙を書かれて持参されました。そこには、昨日、悩んでどうすることもできなかった気持ちが、親の気持ちも考える機会になりよかったことが書かれていました。
手紙をいただいたことはうれしく思うことでしたが、、学生の方と話をしている時にそれほど(死にたいと思うほど)悩んでいると気づけなかった自分が恥ずかしくもありました。
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

平成29年のお世話方会

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

平成29年のお世話方会
毎年、1月には中旬に総代会、下旬にお世話方会を開催しています。今年は29日にお世話方会を開催いたしました。
妙華寺には、お世話方様は27名います。今日の出席は20名で、総代さんにも出席して頂き、昨年の報告と今年の予定をお話させていただきました。
お世話方会の前に本堂で、昨年亡くなられた総代の鈴木一男様・前のお世話方様の安井盈様・千田一様の追弔のお勤めをしました。総代の鈴木様は総代の中でも最年少でしたのでこれからを担っていただけると思っていました。お寺の良き理解者として、またご指導いただくこともまだまだ多くありました。また、前お世話方様でありました安井盈様・千田一様にも長年にわたりお世話方様としてお寺の行事にご協力していただきましたことに感謝させていただき焼香をさせていただきました。
 今回のお世話方会では、お寺のコミュニティの中心にいらっしゃいますお世話方様にこれからのお世話方様像についてご意見をいただきました。事前に、私(住職)が感じているお寺の現状(未来の住職塾の寺業計画の一部)を案内時に配布させていただいていました。行政の自治会などのコミュニティと同様に高齢化や希薄化で次のお世話方をお願いするのが難しくなっています。お寺とお同行の皆様お一人お一人との関係だけでなく、地域にいらっしゃるお同行様を束ねていただくお世話方様がこれからどのようになるか感じられていることをお一人お一人からお聞かせいただきました。語られるご意見・ご要望の中には、お世話方様としてのご苦労を改めて気付かさせていただいたこともありました。お寺のこれからを心配されるご意見や、お寺として考えていることに背中を押して頂くようなご意見もありました。お寺が、お同行様の心のよりどころとして集える場であるようこれからも考えていきたいと思います。
昨年の報告として、
・庫裡と妙華寺会館の改修と本堂上がり階段に手すりを設置をしました。
庫裡は、昨年2月から3月にかけて、妙華寺会館は、3月から4月にかけて耐震補強と空調設備の導入と畳敷きから板の間にしました。
先日の報恩講のお非時会場として使用しましたがお越し頂いた皆様に腰に負担がなくなり好評でした。
10月には、本堂の階段に昇降の補助として手すりを設置しました。
・4月には、ご縁をいただきました京都若手僧侶法話勉強会様の主催の布教大会を本堂にて開催しました。私たちは布教使様からのご法話でお育ていただくことですが、布教使様もご聴聞する私たちの姿により成長するのだと思います。ご法話を聴聞する機会に遇うことで共に佛徳讃嘆しお念仏を喜ぶ生活ができればと思います。
 平成28年3月31日(木)~4月2日(土)の一光三尊佛お送り本寺御復座法会参拝の旅に妙華寺として3名参加させていただきました。
今年の行事としては
例年通り、4月7日8日は、メリシャカ(花祭り)を隣寺と一緒に開催しています。花御堂にお花をお供えください。また隣寺の花御堂にもお参りしていだきスタンプを押して頂きますと妙華寺でステキなプレゼントをお渡しします。春秋の彼岸法会・千部法会・12月4日の報恩講には、お勤めの後、ご法話がございます。春の彼岸会は、愛知県の浄泉寺の戸田栄信師。春の千部会は、義明寺の高藤英光師。秋の彼岸会は、真楽寺の鷲山了悟師。秋の千部会は、明通寺の佐波真教師、報恩講は本願寺派の布教師の葛野洋明師です。ご法話をお聞き頂きますとスタンプを押印いたします。
お世話方様から生死のことについてもっと知りたいとのお声がでました。
ご法話をご聴聞していただくことが一番と思います。
また、2月から12月の第一日曜日の朝7時30分から30分ほど日曜学校で平素のお勤めを参加者と共にしています。お仏壇での作法やわからないことも易しくお話しします。日曜学校に参加していただきますと、念珠玉をお渡ししています。24個集めて頂きますと単念珠が、108個集めますと二連念珠ができます。
婦人会の行事ですが、5月18日の婦人会総会の後の講演には、井上広法師を宇都宮からお迎えして法然聖人を通して仏教の教えをお話していただく予定です。特別講演としてどなたでも聴講できます。
新しい試みとしまして、(仮称)「お寺で体験」としまして、妙華寺に伝わる宝物などを通じて日本の伝統文化や地域の歴史などを体験していただき、また仏教の教えや真宗の教えをわかりやすく伝える時間を考えています。どなたでも参加できますが、事前申込制で会費制の予定です。4月から月一度第4日曜日の午前中を予定しています。決まり次第ご案内いたします。
 また1月25日から始まりました境内墓地の通路整備、本堂の空調設備についても工事中にご迷惑をお掛けすることなどを含めてご理解をいただくようお話しさせていただきました。
 本山の行事として、祖師寿という親鸞聖人の90歳の寿命になられた方を、  男性は5月21日の降誕会に女性は6月5日の高田派婦人連合会の席上で表彰されます。今年は昭和3年(1928)生まれの方です。該当の方がいらっしゃいましたらお寺に3月末までに連絡ください。お寺から本山へ連絡します。
また、妙華寺の社会活動として下記のことに賛同しています。
・京都自死・自殺相談センターの活動
・古本勧進(一人親家族への支援団体へ寄付)の活動
・おてらおやつクラブ 一人親家族へお供えの品のおすそわけ(平成27年より)
・久居城下町案内人の会の活動への協力
・公益財団法人 全国青少年教化協議会の活動(平成27年より)
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

【僧侶・寺族対象のご案内】 チラシができました

【僧侶・寺族対象のご案内】 チラシができました
お寺の住職・寺族は、自死の苦悩を抱えた方・自死で大切な方を亡くされた悲しみを抱えている方と接する可能性が多くあります。
また、三重県では、毎年400名ほどの方が自ら命を絶たれている現状があります。このような現状の中、自死の苦悩に本当に寄り添った関わり方が出来ているか、悩んだりすることはありませんか?
このたび、実際に自死念慮者や自死ご遺族に向けた年間2,000件以上の電話相談・居場所づくり活動の実績を積まれている「京都自死・自殺相談センター」様にお越しいただき、「自死」のさまざまな場面に対面した時の簡単なワークを取り入れた学びの場を開催いたします。皆様の中でも、各地で自死念慮者・自死ご遺族の方のサポート活動をされていられる方もいらっしゃいると思いますが、もう一度基本を見直してみませんか。もちろん初めての方も歓迎いたします。事前の申し込みの上、会費は当日徴収させていただきます。
 日時 平成29年2月10日(金)午後1時30分から午後4時頃
【先行案内が午後3時までとなっていましたが研修の充実で午後4時に変更になりました】
会場 妙華寺会館 三重県津市久居二ノ町1743番地 法苑院妙華寺内 
対象 僧侶及び寺族  会場の都合で20名まで
会費 2,000円(領収書をお出しします)当日徴収させていただきます。
申込先 HP(myoke-ji.com)のお問い合わせ(メール)に、 ご参加されます方のお名前・ 宗派・所属寺院名・ ご連絡先を記載されお申し込みください。
※僧侶として「自死に向き合う」ことが大切であることは分かっていますが実際「自死に向き合う」ことを考える時間がこれまでにあったでしょうか?
お寺の住職・寺族としてお檀家様・お同行様と寄り添う中で、自死念慮の方や自死のご遺族の方々とお会いすることがございます。その時本当にその方々の思いに寄り添えているか悩んだり考えることはありませんか?
この度、京都自死・自殺相談センター様にお願いしましてSottoの活動の1つとして、出前研修を開催させていただくことになりました。
今回は、僧侶及び寺族の皆様を対象としまして、「自死」のさまざまな場面に対面した時の簡単なワークを取り入れた学びを考えています。会場の都合でご参加いただける方は事前にお申し込みをお願いします。
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

2017-01-13
当日のテーマが決まりました。「自死の苦悩を抱えた方に何ができるか」をテーマとして、死にたい気持ちを抱えた方や、大切な方を自死・自殺で亡くされた方の気持ちについて、このような方との関わりについて僧侶に期待することを学び、ワークショップでは対話のよりよい関わり方を模索したいと連絡がありました。
よろしくお願いいたします。
2017-02-10
自死についての学びの場
雪が心配でしたが、高田派・曹洞宗・天台真盛宗のお寺の僧侶・寺族の方13名と行政機関の方5名の方々にお集まりいただきSottoの出前研修を開催させていただきました。
ご講師として京都自死・自殺相談センター様から金子様・小坂様にお越しいただき、「自死の苦悩を抱えた方に何ができるのか」をテーマとして、Sottoの活動から「死にたい気持ち」を相談することはとっても勇気のいることで、その時に相談者の心をシャットアウトしてしまうと関係性が閉じてしまうこと。「死にたい気持ち」の原因を取り除くことができても、その方と安心できる関係性を持っている方がいなかったら本当の問題解決にはならないこと。「死にたい気持ち」の相談者に本当にその方の悩みに向き合っているのか、相手の苦悩を想像することの大切さや相手と私の関係性の大切さに改めて気づくことができました。ワークショップでは、愚痴を聴くことを体験し、モデルケースで相談者と面談者の会話を観察者の立場で聴くことを学びました。質問もあり終了時間が延びてご迷惑をおかけしました。最後に、三重県こころの健康センター様から、自殺予防・自死遺族電話相談を毎週月曜日、自死遺族の集い(わかち合いの会)の場も奇数月に一度あることも案内されました。
改めて、自死の苦悩を抱えた方に何ができるか考えることになりました。
※先月(1月中旬)の夕刻に若い学生が庫裡を訪れ、温かい飲み物を求められ、温かい紅茶を用意していました。その間、坊守がお話しを聴いていましたら、朝母親とけんかをして家を飛び出し、図書館にいたけれど閉館時間となり暗い中、街を歩いてこのお寺にきたようです。温かい飲み物とおにぎりをお出ししてもう一度お話しを聞きながら、目の前にいる学生さんのお母さんのことを思いました。けんかの原因ははっきりは分かりませんが、親御さんが子どもを心配するあまり、怒ることもあることを、私(住職)の子どもの時のことを思い出しながら、また一人の子どももっている親としてお話ししました。
学生の方には、その時帰りにくい家だと思いましたが、心配をしている親御さんのことを思わずにはいられませんでした。翌日、昨夜の学生の方が手紙を書かれて持参されました。そこには、昨日、悩んでどうすることもできなかった気持ちが、親の気持ちも考える機会になりよかったことが書かれていました。
手紙をいただいたことはうれしく思うことでしたが、、学生の方と話をしている時にそれほど(死にたいと思うほど)悩んでいると気づけなかった自分が恥ずかしくもありました。
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

27組の報恩講

27組の報恩講
今年も27組内の報恩講が始まりました。10月30日に戸木(へき)の満誓寺様からです。今回は本堂前にある梵鐘を拝見しました。満誓寺様の梵鐘も戦時中に金属供出されたようです。戦後戻ってきましたが三カ所に穴が空いていました。音には影響がないようですので良かったと思います。

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

11月に入り、5日に桃園(ももぞの)の光蓮寺様です。昨年は所用でお伺いできませんでしたので2年ぶりでした。代務住職になり庫裡の一部がなくなり駐車場になっていました。お寺の日常の管理はお同行様がされています。行き届いた管理で境内もきれいで、報恩講の法中への接待もお同行様一丸となってされていました。お寺の本当の姿を見せていただいたように思いました。

27%e7%b5%84%e5%85%89%e8%93%ae%e5%af%baimg_3070

20日に戸木の西向寺様でした。例年にない暖かさでした。山門をくぐり本堂の正面にあたる場所に四季桜が満開でした。
ご住職様がお盆の後、右足の炎症で2ヶ月ほど入院されて足に負担がかからないように、法中の私たちも椅子でお勤めをさせていただきました。今後は高齢などで足への負担を考えての出仕方法も考えなければならない時のようです。

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

23日は一転肌寒い勤労感謝の日、小戸木(こべき)の西林寺様の報恩講。妙華寺からおよそ400m南にあるお寺です。大間に置かれた大型のディスプレイに報恩講の差定が表示してありとても見やすく思いました。お同行様のことを大切に思われている心が伝わってきます。組内法中のお勤めの後、お同行様だけでお勤めもされることは時間をかけてお育ていただいたことと思います。

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

11月最後の日曜日は小造(こつくり)の蓮性寺様でした。あいにくの雨でしたがその分落ち着いた風情でした。蓮性寺様も椅子でのお勤めでした。足が痛くなることから開放されます。内陣のお勤めでは、椅子と正座では目線が違うのでちょっと新鮮です。また鐘楼堂は山門の左に位置しています。蓮性寺様の梵鐘も戦時中に金属供出されたようです。戦後戻ってきたそうですが、鐘楼はとても良い状態と見受けられました。江戸後期から明治にかけて愛知県で造られた梵鐘だそうです。

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

今年から12月の第1日曜日に妙華寺の報恩講をお勤めさせていただきました。例年より風もなく幔幕や旗が風に煽られることがありませんでしたし、銀杏の葉もまだまだきれいな黄色で彩られています。次の日に片付けていましたら、内陣の荘厳で灯籠を飾る灯心飾りを出すのを忘れていて反省することです。

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

27組の最後の報恩講は、野村の浄徳寺様です。毎年、浄徳寺様では副住職様や衆徒様も出勤されますので、組内の法中も含め、賑々しいお勤めと感じています。報恩講が終わるとやっと年末年始のことをしっかり準備できる時間がとれます。

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

 

 

 

報恩講をお勤めしました

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

妙華寺の報恩講を組内の法中様とお勤めしました。今年から12月第1日曜日に変更になりました。例年ですが前日の午後からお非時の準備に婦人会の方がご奉仕されています。必要なものを覚えているつもりですが買い忘れたりするものもありご迷惑をおかけしています。今年は初めてご奉仕をしていただく方も少し増えて大変うれしく思うのと、大変ではありますが、これからも続けられる体制を調えたいと思っています。当日は雨も心配されましたがあまり寒くなく風も穏やかで11時からお非時を多くの方に召し上がって頂きました。報恩講のお非時がいつから続いているのかはっきりはしていませんが、母の話では、母(昭和6年生まれ)が物覚えがある頃からあったようで、母が小学校の時は、通っていた小学校の生徒がお非時をいただきにきたようです。(戦前は学校給食がなかったので楽しみであったようです)昭和20年前後(何年間かは今は思い出せないようです)はお非時をお出しする余裕はなかったそうですが婦人会の方々のお力添えで今まで続いていることに大変敬意を称しています。食材はその時のお同行様が作られた野菜を中心に用意されたと思われます。今のお非時の飛竜頭・麹味噌・ご飯は、高田本山のお非時もその形ですので、日本の昔のハレの食事の形だと思われます。それに大根とニンジンのなます(酢の物)や里芋の煮っ転がしや白菜の漬け物などお同行様が作られた食材を持ち寄っていただいています。お非時の場所は以前は庫裡の三間を使用していましたその頃は、報恩講の前に大掃除と称して庫裡の畳なども境内で叩いてきれいにしていました。現在の会場の妙華寺会館も今回からテーブル席になり足腰のご負担を少し軽減させていただけたと思います。
お勤めは報恩講らしさを考えて、本山の初夜のお勤めをしています。今年は式文の三段を拝読させていただきました。お戸帳を外しての親鸞聖人のお姿は報恩講でしか拝むことができないことです。ご法話は、正太寺の大河戸悟道師に初めてお願いしました。私(住職)がお非時をいただいている時に総代様が昭和20年代に大河戸○○師(住職が聞き忘れました)のご法話をご聴聞されたそうで今回の布教使様と同じ名字ですがご関係はと尋ねられました。ご法話の後、控室で大河戸様にお尋ねしましたら正太寺の前々住職(祖父)とのことで布教使として全国を回られていたそうです。また大河戸様には「妙華寺」のハンコいただきました。お寺からの郵便物に使用したいと思います。ご聴聞されました総代様は、「今日のご講師は板書の使い方がとても良かった。お話しも懐かしい気持ちになりました」をおっしゃられお帰りになりました。
ご法話の後、ご聴聞された方々に、親鸞聖人像を内拝していただき、余間の絵伝も近くで見て頂きお帰りしていただきましたが、準備不足で、それぞれの場所で説明ができませんでしたので来年の課題になりました。
行事が終わり次の日にお供えを下げて、小分けしながらお手伝いしていただいた方々へお礼(後礼)とおすそ分けをさせていただいています。それが済み今年も報恩講を無事お勤めさせていただいたと喜んでいます。
また、お寺の行事の時は、ご聴聞されるお同行の皆様と共に、行事のお手伝いをしていただく方々を頼りにしています。行事の30分前に梵鐘を鳴らして案内をしていただきます。お堂にお入りいただいた所の帳場ではお同行の皆様方が仏様へお供えいただきましたご懇志を各行事ごとに懇志帳に全て記帳していただいております会計担当のお同行様がいらっしゃいます。行事が終わりますと、仏旗や幔幕・案内看板・帳場の片付けなど手際よくしていただきます。報恩講では既に紹介しましたが婦人会の皆様のお力でお非時のご奉仕をしていただいています。皆様のご懇志は、妙華寺にお預かりさせていただき、今後の妙華寺の護持、阿弥陀仏の「み教え」を伝える一助にさせていただいています。
お寺の行事は毎年同じ形であります。果たして行事が同じ形で次の世代に伝わるのか私(住職)には想像がつきません。私が知り得る中でも終了した行事もありますし、復活した行事もあります。その時代の中でお寺とはどのような存在なのか、お同行様が何をお寺に求めているのか。お寺としてできることとできないこといろんなことを配慮しながら次の世代のことも考えますが、今できることをしていくしかないと思っています。
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

恩徳讃

 今年最後の日曜学校は報恩講の朝でした。参加者のご都合を考慮しなくて申し訳なく来年は別の日曜日を考えたいと思います。
今回は、和讃をご紹介いたします。和讃について多くの参考書がありますが、『注解 国宝 三帖和讃』 常磐井鸞猶著と『正像末法和讃講話』 川瀬和敬著より紹介します。「正像末法和讃」の58首
如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし

阿弥陀仏が大悲心をもって我等を救い給う恩徳は、わが身を粉にしても報じ奉らねばならぬ。我等を弥陀の本願まで導き給う祖師の恩徳も、わが骨を砕いても謝しまつらねばならぬ。
※「くだきても」の「も」は、事の重大甚大なことを示す。「までも」「さえも」というに近く、言外にそれでもまだ足りぬ気持ちを表す。「恩徳も」の「も」は、列挙する意。
※師主は、釈尊を始めとして七高僧を指す。
以上 【注解 国宝 三帖和讃 常磐井鸞猶著より】
 この一首は、「恩徳を讃えた和讃」ということで、「恩徳讃」と呼ばれております。ある意味では、和讃の代表とあがめられております。これによって、真宗教団というものが、教主並びに教法につかえまつる奉仕の教団たるべく、真宗教団設立の根源をなす一首として仰がれております。58首のなかで、3首だけ、聖人の和讃としては異色であってわれわれのうける感じがちがうその1つです。それは、第35首、第36首、「無明長夜の燈炬なり」「願力無窮にましませば」この2首を拝読しますときに詳しく述べたのでありますが、この2首と只今の1首が異色です。長い間、真宗の教えが苦悩する民衆のなかに、大きな力をもって人びとの心に訴えてまいりましたのは、真宗のお説教でありますが、その説教の讃題として今のも加えて多く用いられたのであります。この3首は、聖人の兄弟子であられる聖覚法印の言葉、殆どそのままなのです。聖人の1つの特色というものは、伝統を重んずるということです。善導から法然へ、法然からわが身へと。かりそめにも自発的にこういうことを思いついたということは語られない。みな善導の言葉、法然の言葉をもって、自己の信心を語っていかれる。だから非常に高鳴っている感情を、自分の身体から吹き出すような気持ちでも、自分の言葉でなく、あるいは先輩の聖覚法印の言葉を用いられる。こういうところが厳しく守られている。と同時に伝統といいますと人のいった言葉にだけついていくように聞こえますが、そうではない。先輩の言葉をいただきながら、その内容は先輩よりもっと充実している。こういうところが、聖人の伝統を重んずると同時に新しい創造性のあるところです。法然上人寂後の法要の際の「聖覚法印表白」(専修寺に聖人の書写本を蔵する)に只今の恩徳讃のところがでてきます。
「つらつら教授の恩沢を思うに、まことに弥陀悲願と等しきものか。骨を粉にしてこれを報ずべし。身を砕きてもこれを謝すべし。」
これを聖人は、京都へお帰りになってご覧になったものと思われます。「骨を粉にしてこれを報ずべし。身を砕きてこれを謝すべし。」「骨」と「身」が逆になっておりますが、大体そのままおうたいになっております。この言葉にはもう一つもとがあるのです。そのもとを2つとり上げて申します。善導大師の『法事讃』を拝見いたしますと「砕身慚謝(さいしんざんしや)」、「身を砕いて、釈迦の恩を慚謝する」。「慚謝」というのは、恩をいただきながらその恩を充分生かしていないとあやまる。「身を砕く」というのは、その尊いお心をいただきますと、私のつまらない心のあり方、あさましい私の我執というものが砕けてまいります。「慚」というのは、はずかしい。「謝」というのは、頭が下がることです。更に同じく善導の『観念法門』のなかに、「粉骨砕身・報謝仏恩」と出ております。この一首の和讃が詠いだされますについては、善導にそのもとがあり、直接には聖覚法印の表白文があるわけです。これだけの背景があるのですから、われわれに重味が感ぜられるのは当然なわけです。
以上【正像末法和讃講話 川瀬和敬著より】
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

11月のおてらおやつクラブ

Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

11月のおてらおやつクラブ 今月もおすそ分けさせていただきました。12月の報恩講にと玄米30kgをお寺にお供えいただきました施主様とお話しをしておてらおやつクラブの支援団体様にもおすそ分けさせていただきました。支援団体様は12月23日にクリスマス会を予定されています。12月には、お菓子がお届けできればと思います。
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

先日11月20日の「Mr.サンデー」(フジテレビ系)でおてらおやつクラブの活動が紹介されました。私(住職)も代表の松島ご住職のおてらおやつクラブの設立に至るまでの経緯を知ることができて良かったです。また、一人親家族の環境が大変であることが見えにくいことも再認識いたしました。これまで以上に多くの方々が関心を示していただくことができれば有難いです。
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

またこの度、おてらおやつクラブの活動の趣旨に賛同していただければと思い、募金箱を本堂に設置させていただきます。
おてらおやつクラブの事務局からの依頼としては、現在おてらおやつクラブでは、日々拡充する活動の資金を確保することに加え、当活動とその背景にある貧困問題についての周知を強化するため「おてらおやつクラブ募金箱」の設置をお願いしています。
活動開始からおよそ3年、おかげさまで全国各地に広がっている当活動ですが、貧困問題については、日本のどこにでもあるということがまだまだ認知されていない、あるいは「見て見ぬふりをされている」という現状があります。
問題が知られなければ対策をすすめることも容易ではなく、支援団体や当事者の多くの方が問題周知について悩みを抱えていらっしゃいます。
そこで、おてらおやつクラブに参加していただいてる皆さまに、その事実周知の一翼を担っていただきたく、その方法の一つとして募金箱の設置を提案させていただいております。ぜひ設置にご協力いただけませんでしょうか。
一つひとつのお寺が貧困問題を考える場となり、「おてらおやつクラブ」がその解決のための実践活動であることを多くの方に認知してもらい、募金という形で応援頂けたならばこれ以上の喜びはありません。
お母さん・お父さん・お子さまの声は「おてらおやつクラブFacebook」
でお知らせいたしますので、ぜひご覧くださいね。
https://www.facebook.com/oteraoyatsu
これまでも、お同行の皆様には、おてらおやつクラブの活動にお供えというお気持ちをおすそ分けしていただいていますが、募金という形でもお願いすることになりました。重ねての依頼ですので、心苦しい一面もございますが、ご趣意にご賛同いただけましたらよろしくお願い申し上げます。
page001
引き続き、一人親家族の支援団体への寄付となる「古本勧進」もやっています。
次回の発送は来年1月の末です。
ご家庭で不要になりました本がありましたらお寺にお持ちください。
11月も10月に続いてお同行様から不要な本をご持参いただきありがとうございます。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。
Processed with MOLDIV

Processed with MOLDIV

11月の日曜学校

【四諦】(したい)とは、「苦」の原因を探り、さとりを手に入れるための真理です。
「諦」とは、真理のこと。人間には、四苦八苦と呼ばれるさまざまな苦しみがあります。それらの「苦」から自由になるための道筋を、ブッダは4つに分けて説明します。
①苦諦 「一切は苦である」という真理。人間は四苦(生老病死)など、逃れることのできない苦を背負っています。人生とは思い通りにならないもので、これを理解することが仏教の大前提となります。
②集諦(じったい) 「苦の原因は煩悩(ぼんのう)にある」という真理。そもそも「私」や「私のもの」には実体がないにも関わらず、人はそれらにこだわり、執着します。そのため、煩悩が生じて、「苦」が生まれるのです。
③滅諦(めったい)「煩悩を滅すれば安らぎが得られる」という真理。「『苦』の原因は煩悩である」ということは、すなわち、「煩悩を乗り越えれば『苦』から自由になることができる」ということであります。
④道諦(どうたい) 「苦を滅する方法がある」という真理。正しい修行をすれば「苦」の輪廻(りんね)から解き放たれ、解脱(げだつ)の状態に至ることができます。その実践法を語るのが、「八正道」です。
【「とってもやさしい はじめての仏教」 公益財団法人仏教伝道協会より】
※諦(たい)は梵語サティアの意訳で真実、真理の意。釈尊の最初の説法の内容とされ、仏教の根本教理に数えられる。苦諦と集諦は迷いの世界の結果と原因、滅諦と道諦は悟りの世界の結果と原因を示したものである。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

秋の千部会

2016-10-22%e7%a7%8b%e5%8d%83%e9%83%a8%ef%bc%93fullsizerender

 

 秋の千部会は、久居祭り(ひさいハロウィンパレード)の前日であり、今年は曇り空でしたが多くの皆様にご焼香・ご聴聞していただきありがとうございました。
 ご法話は明通寺の佐波真教師より「いのち」についてお話しされました。私の「いのち」について私の大切な方から「今お聴きすることが出来る時にお聴きしなさい」と諭されている気がします。妙華寺でのご法話は年5回の行事の時だけでございます。この私がご聴聞できる時間は自らが作らないと中々ご聴聞できません。お時間に都合がつきましたらどうぞお友達をお連れして一緒にご聴聞いたしましょう。
2016-10-22%e7%a7%8b%e5%8d%83%e9%83%a81img_3020
2016-10-22%e7%a7%8b%e5%8d%83%e9%83%a8%ef%bc%92img_3019

10月の日曜学校

【お釈迦様の教え】
仏教とは、ひとが幸せになるための教えのこと。
ただ、教典を読んだり、知識として理解したりするだけではありません。
日々の生活で活かすことができる、実践的な教えです。
①縁起(えんぎ)という考え
すべてのものごとは、独立して起こるのでなく、互いに深く関連しあいながら、生じたり、滅したりするという考えのこと。世の中のあらゆるものごとは、互いにかかわりあい、原因と結果の関係でつながっている。仏教の教えの基本となる思想です。
②中道(ちゅうどう)という考え
快楽と苦行、どちらにも傾かない生き方・考え方を中道といいます。「中途半端」という意味ではありません。両極端なものの見方を離れて、バランスの取れた姿をみることが大切なのです。八正道に沿った生活を実践すれば、中道を歩むことができます。
③四諦(したい)という考え
この世の真理には、苦しみが生じてから、それをなくすまでの4つの局面があります。生きることには苦しみがあるということ(苦諦)、その苦しみには必ず原因があるということ(集諦)、その苦しみを乗り越えるところに安らぎがあるということ(滅諦)、その安らぎに至るためには正しい道を歩まなければならないということ(道諦)です。
④三宝印(さんぽういん)という考え
仏教が最も大切にしている3つの真理のこと。
第1に「全てのものはうつり変わる」(諸行無常)
第2に「全てのものには永遠の実体はない」(諸法無我)
第3に「さとりの世界はやすらぎである」(涅槃寂静)
※諸行無常は、因縁によってつくられたものは常に変化してとどまることがない。
※諸法無我は、すべてのものは、永遠不滅の実体ではない。
※涅槃寂静は、煩悩の火が吹き消された状態は究極の安穏の世界である。
※一切皆苦は、あらゆる存在はすべて苦しみである。
※一切皆苦を含めて四宝印と呼びます。
【「とってもやさしい はじめての仏教」 公益財団法人仏教伝道協会より】
2016-07-01はじめての仏教FullSizeRender