お寺の掲示板

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「どうして、私はこんな病気になったんでしょうか」

『大往生できる人 できない人』潔く、とらわれず、おまかせして生きる 田畑正久著 から

著書では、多くの場合、はっきりとした因果関係はわかりません。仏教の世界では、そうした時、「どういうご縁の巡り合わせか知らないけれども、私は今、こういう病気をいただいてしまった。この病気をすることによって『健康で生きていること』を今まで当たり前と思ってきたけれど、それは貴重なことだと思い知らされました。そして、『自分は生かされてきた』ということを改めて知らされました」という形で病気を受け取るのです。

※私(住職)も命に関わらないような病気で床に伏して日頃の生活が出来ないと「健康」について改めて感謝をしますが、元気になり日常生活を送っていると忘れてしまっています。私のものさしだけでなく、仏のものさしによって知らされているのと思います。

前々住職生誕120年

前々住職生誕120年

2月に入り、母の妹が、嫁がれた娘さんと一緒にお寺にお越しいただきました。祖父母や父母が元気な時は、中庭の梅見をするのに親戚がよく訪れていました。(今思うと祖父の誕生月でもありお祝いも兼ねての梅見だったのかもわかりません)
祖父(前々住職)が自分の生まれた干支の子(ねずみ)を描いた茶碗でお茶を出していましたら、今年祖父が生まれて120年の年と気づきました。
叔母にとっては父親の造ったお茶碗に出合えたことがとても嬉しそうでした。
祖父の茶碗は自身の喜寿の記念に、四日市万古で造ったものと聞いていますので、44年くらいは経っています。久しぶりに祖父のことを思い出し懐かしい気持ちになりました。

※中庭の白梅は少し咲き出しました。

妙華寺会館のご本尊

今年1月から2月末の予定で、本堂東楽の間の屋根・内部改修工事でご迷惑をおかけしています。

本堂が使用できない期間、妙華寺会館を仮本堂として使用しています。

現在 妙華寺会館のご本尊は、一光三尊佛です。阿弥陀佛と観(世)音菩薩・勢至菩薩が1つの光背にある形です。有名なのは、長野(信濃)の善光寺の一光三尊佛様があります。親鸞聖人が善光寺からいただいたと伝わる一光三尊佛が、栃木県の本寺のご本尊様です。高田派では江戸時代に入って本寺の一光三尊佛のご開扉が始まり、その模刻が始まったようです。

妙華寺の一光三尊佛も江戸時代に作製されたものです。平素は、12月の報恩講の時にご開扉していますが、今年は仮本堂として使用しています期間ご開扉しています。

一光三尊仏立像 三駆 江戸時代 三重県津市 妙華寺所蔵
中尊    寄木造  玉眼 肉身部分金泥 衣部分漆箔
観音・勢至 各一木造 玉眼 肉身部分金泥 衣部分漆箔
像高 中尊 39.5cm 観音・勢至 28.3cm

像と一具の厨子に安置される一光三尊仏像で、通常は妙華寺の宝庫に保管されている。中尊の頭部形状、脇侍の五角形の宝冠や裳の形状等、高田山式の一光三尊仏像の特徴を顕著にあらわしている。また、両手足の指の爪をあらわすなど、細部にまで行き届いた丁寧な表現を見せている。像や厨子等に年号や作者等を示す銘文はまったく見当たらないが、作風から判断して18世紀末から19世紀の初め頃に制作された像と考えられる。
【親鸞 高田本山専修寺の至宝展】資料解説より

一光三尊仏立像
信濃善光寺の本尊一光三尊仏立像は、古くから秘仏として知られている。飛鳥時代に百済からもたらされたと伝えられ、鎌倉時代にはその模刻像の制作が流行し、関東地方を中心に今も数多く残る。その像容は、一枚の光背に中尊と左右の脇侍を配した「一光三尊」と呼ばれる形式で、中尊は衲衣を偏袒右肩に着して右手は施無畏印、左手は垂下して第二・第三指を伸ばしたいわゆる刀印を結ぶ。両脇侍はそれぞれ八(六)角形の宝冠を付けて、両手を胸前で上下に重ね合わせる姿である。これに対して「高田山式」とでも言うような、真宗高田派独自の姿をあらわした一光三尊像が伝来している。これは、下野高田専修寺の如来堂本尊の姿を模したもので、そのほとんどが近世の作である。基本的には善光寺式阿弥陀三尊の像容であるが、何点かの異なる特徴を有している。

展覧会での真宗高田派寺院に伝来する一光三尊仏の特徴
ほとんどが近世の作で木像が多い。
・中尊の頭部が縄目状の頭髪をあらわす。
・両脇侍の宝冠が五角形。
・両脇侍の裳の衣文表現が明らかに異なる。
・光背は、中尊の頭光中心部の八葉蓮華や外縁に絡み合う蓮華唐草文をあらわさない。
・光背の化仏が三体のものがあるる
・光背の中尊頭光左右に見られる雲焔文が非対称である。
・光背と三尊を載せる方座に格狭間をあらわさないものがある。

【親鸞 高田本山専修寺の至宝展】資料解説より 瀧川和也

ひとくち法話

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死苦(しく)
生・老・病・死(しょう・ろう・びょう・し)という四苦(しく)は、身体面からみた代表的な苦です。この中でも死に対する苦は、その最たるものでしょう。ある人が、死苦の起因する問題点を3つに分けて発言していました。その1は、どんな死に方をするか。その2は、この息が止まる時の苦しみはどんなものか。その3は、死後はどうなるのかということです。これらはすべて未知、未経験のことばかりですから3点の思いが重なり合って、不安や恐れ怖さがこの上なく増すわけでしょう。
また或る大金持ちが主治医に「私は死ぬのが怖いです。お金ならどれだけでも出しますから、私を死から救って下さい。」と懇願したという話があります。どれほど地団駄踏んで泣き叫んでも、逃れることが出来ないと承知していながらも、このように頼む心が出てくる程「死苦」は根が深く重いということです。
『御書(ごしょ)』のいたるところに「後生(ごしょう)の一大事に心をかけて、仏法を聴聞(ちょうもん)せよ」と説かれています。これは即ち「死苦」に対する説法です。後生は、死後のことです。一大事は、これ以上の大事なことはないという意味です。
私のいのちは、この身体の生、死にかかわらず前世、現世、後世の三世を貫通して、しかも因果応報(いんがおうほう)の道理によって受け継がれていくものであると仏教は説いて下さっています。
だから、死後のことは、生きている間に仏法を聞いて、はっきりさせておくことが何よりも肝要であります。
ひとくち法話より

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死の瞬間まで、自分にできることは意外とある

『人は人を救えないが、「癒やす」ことはできる』 谷川洋三著から
続いて著書では、自由に動けなくても、言葉を発することができなくなっても、そして意思がなくなっても、人にはそれぞれ必ずできることがあります。

一番ありきたりに見えて一番大切なことは、「普段の生活を続ける」ということだと思います。もちろん、症状も進行していくわけなので、これまでと同じ生活を送ることはむつかしくなっていくでしょう。それでも、体や心の変化を含めて遺される人にありのままの姿を見せていくことは、先に逝く者としてできる大きなことです。

※私(住職)も、その人のありのままの姿を見せていくことは大切と思っています。しかしそれができない環境もあるように思ったりして、「ありのまま」「そのまま」などについて考えさせられます。

佛涅槃図 3月15日まで

佛涅槃図
平成24年から、2月15日から1ヶ月間、本堂西余間(むかって左側)に涅槃図をお掛けしていますが、今年は本堂東楽の間の改修工事が2月末までかかる予定です。
本堂を使用できます3月に入ってから皆様にご覧いただけます。
妙華寺所蔵の佛涅槃図は、江戸時代の久居の大火で焼失しました。
今お掛けしていますのは、平成23年の親鸞聖人750回御遠忌の記念として高田本山より京都別院の佛涅槃図の複製が配布されました。
京都別院の佛涅槃図は、室町時代の兆殿司筆で、大きさは、縦151.2cm 横128.7cmです。佛涅槃図は、釈迦(しゃか)の入涅槃の場面を描いたもので、釈迦が亡くなられた2月15日の涅槃会で本尊とされます。
お寺にお参りの折りには本堂にお上がりいただきお詣りください。


3月15日の新しい行事のTemple Morning お寺の朝(テンプルモーニング)で、佛涅槃図の説明をさせていただきます。

お寺の朝(テンプルモーニング)

いつもと違う朝 気持ちを整えて
集中できる時間を創りませんか

どなたさまでもご参加できます

年8回 第3日曜日午前8時から1時間
清々しい朝の1時間 お寺で過ごしませんか

お勤め(10分)・境内の掃除(30分)・お話(10分)・茶話会(自由参加)

掃除道具は貸し出します。途中出入り自由です。雨天は中止です。
※ご参加いただきますと念珠の「珠」をお一つプレゼント
22珠集めると親珠(「妙華寺」寺号入り)と紐をプレゼント

四季の花 2月

四季の花 1月は心に余裕がなく花を愛でる時間がなかったような。暦の上では立春もすぎましたが、肌に感じる寒さは今頃が一番のような。それでも例年よりは温かい日が多いですね。境内では、1月から寒アヤメやサザンカが咲いています。水仙、ロウバイやツバキも咲いています。寒さの中で花を愛でることができるのもうれしいことです。2月の中旬以降に梅が咲き出しますがまだ固い蕾です。

まいてら寺院の集い@東海に参加しました

昨年1月にお寺のポータルサイト「まいてら」に参加し、1年ぶりの「まいてら寺院の集い@東海」が1月30日に名古屋市の教西寺様で開催されました。東海地域で「まいてら」に参加している寺院とこれから「まいてら」に参加を希望されている寺院が、「まいてら」を運営されている(一社)お寺の未来の井出様から、「まいてら」の現状やこれからの展望をお聞かせいただき、各寺院からの要望などにも耳を傾けていただきました。日頃、ネット上でつながっている仲間(寺院)ですが顔を合わせての場は貴重な時間と思います。
堅物な私(住職)の頭からは出てこない意見や、発想はとても参考になり、刺激をいただくことでした。
「まいてら」は生活者視点でお寺の活動を応援されています。生活者のエンディング関係への興味は、終活や介護、葬儀、お墓、相続など多岐にわたりますが、お寺関係者だけで考えるのでなく、専門家(士業)や関係団体との連携も考えるとお寺の活動がより広がるように感じています。
また、「まいてら」を運営されている(一社)お寺の未来様と参加している寺院が意見交換ができる場があることは、私(住職)の中では「あたりまえ」と感じていたのですが、ネットの世界ではありえない(まれな)ことかもわかりません。関係者との時間調整が難しいけれど顔を合わせてより良いポータルサイトにしていく努力を運営法人と参加寺院がしていくには、信頼関係がなくてはならないし、信頼があってより良いポータルサイトが構築されていくように感じました。
「まいてら」に参加して良かったと改めて思っています。
今後「まいてら」寺院にも生活者(HPの閲覧者)からの評価が可能かの議論も出ました。生活者から真摯な意見が聞くことができるのは寺院側としてうれしいことてすが、今のネット環境でそれができるのか考えていかなければいけないこともあるようです。PCやインターネットの知識が少ない私(住職)には、「まいてら」で今できる発信について考えていきたいと思っています。
今後も、ポータルサイト「まいてら」に参加希望のお寺が増えればうれしいですね。

 

※昨年の「まいてら寺院の集い」で紹介されました行政書士様につながって、妙華寺では今年3回の連続講座(終活カフェ)を予定しています。どなたさまもご参加できますのでぜひお越し下さい。お待ちしています。専門家のお話をゆっくりお聞きいただけます。

終活カフェ  どなたでも参加できます。

令和2年は、行政書士法人 中村事務所様のご協力をいただき3回にわたり終活カフェを開催いたします。

日頃、相続や遺言・介護保険について不明なことがございましたら、お気軽にお尋ねください。

3月20日日(祝日・金)春彼岸会 法話終了後15時から17時終了予定

 行政書士さんに聞く①「相続を争続にしないために」

9月22日(祝日・火)秋彼岸会 法話終了後15時から17時終了予定

 行政書士さんに聞く②「遺言・後見・死後事務について」

10月24日(土)秋千部会 法話終了後15時から17時終了予定

 行政書士さんに聞く③「介護保険の活用方法」

日頃専門家のお話をお聞かせいただく機会はありませんが、お寺では何を話しても良い雰囲気の中、私の人生のエンディング分野で気になることをお聞きしませんか。

1月の聞法

1月20日に教学院主催の真宗入門講座に伺うことができました。
今回は、『讃阿弥陀仏偈和讃』について5回の連続講座の1回目です。全体的な話とこの和讃が造られる元になった曇鸞和尚についての話でした。親鸞聖人が七祖と呼ばれた一人で、名前(親鸞)の一字に付けられた方です。
『讃阿弥陀仏和讃』は、大きなくくりの三帖和讃と呼ばれる一つの『浄土和讃』の最初に掲げられています。そのお心を味わいたいと思います。
お話の中で、阿弥陀如来のはたらきは、等しく私へのはたらきかけと仰られたと思うのですが、法然聖人は、偏(ひとへ)に、善導大師に依られ「観無量寿経」を主として他力を語られ、親鸞聖人は、法然聖人の教えに依りながら「無量寿経」を主に他力を語られています。それに至る思想についてもお聞かせいただきたいな。