愛でる

愛でる
季節を感じる
3月も中旬を迎える頃は、暖かい日も増え、花粉症の症状があると厳しいですが、外出する機会も増えてきます。また、卒業・就職などの準備や、年度末であわただしい時期でもあります。一ヶ月前の2月はまだ寒くて、年に一度くらいの雪が積もったりしていたのに、不思議ですよね。久居で生まれて70年にもなるのに毎年季節を感じているのですが、季節を楽しむ力は衰えているように思えます。

寒い時期の雪を楽しんだり、暑い夏を楽しんだりできたのは、10代や20代の頃が一番楽しんでいたように思うのは、歳を重ねたせいでもありそうです。

私(住職)が「愛でる」の言葉を知ることになったのはいつからだったか定かではありません。10代や20代の頃は、そのような言葉を知らなかったのは確かです。歳を重ねて感じる言葉なのかもわかりません。
季節の花を愛でる。自分の感性にかなった物を愛でる。そこには、対象を大切に思う心があるように思います。毎年、咲く梅や桜は、毎年同じではないと感じるとはかなさにも心が動きます。「一期一会」を年々感じることで、生きている意味をもう一度振り返りたいと思います。

※中川個人の感想です。

【案内】春彼岸会は20日午後1時30分からです

【案内】
讃佛会(さんぶつえ)
「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。日本では、昼夜が同じ時間になり、太陽が西に沈む頃の春分の日・秋分の日を中心に一週間を春秋二季の彼岸と例えます。日本人の心に根付いた仏教への心温まる気持ちの現れです。
彼岸は、仏典に出てくる言葉で、パーラミターというインドの言葉を訳したものです。彼岸とは「到彼岸」の略で、迷いの世界(この世)から悟りの世界に到るということです。この迷いの世界を此岸(しがん)といい、如来の悟りの世界を彼岸と名付けています。
親鸞聖人は、「人みなこの此岸、つまり人間世界から彼岸への途を歩まねばならない」とおっしゃってみえます。
此岸から彼岸へのこの道は阿弥陀如来ご廻向の道であります。浄土への道は、浄土からの呼びかけの道であります。彼岸会はインド・中国にはなく日本独自の法会です。真宗では彼岸の一週間を佛徳を讃嘆する場として、また聞法のご縁の場として大切にしています。
真宗では、彼岸会を讃佛会とも申しています。

法苑院妙華寺では、春分の日・秋分の日の午後1時30分からお勤めと法話を勤めています。 親鸞聖人のご和讃に
「生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀の悲願のふねのみぞ
のせてかならずわたしける」とお述べになっています。
苦悩の世界(此岸)に沈んで久しい私たちは、阿弥陀如来の悲願によって救われる(彼岸へ運ばれる)とお諭しになられています。

3月20日(祝・金)午後1時30分からお勤めをいたします。
浄泉寺の戸田栄信師のご法話がございます。
 妙華寺では、ご法話をご聴聞していただくと法会参加票にスタンプを押印させていただいています。ご聴聞をお喜びするご縁となりますように、10回ご参加いただきますと記念の品をお渡ししています

 

東日本大震災から15年

東日本大震災から15年
年々、時間が経過するのは早いと感じます。今年も3月11日になると東日本大震災を思い出します。遠く離れた場所で起こった地震災害ですが、当日の私(住職)の行動は覚えています。自分の中で、テレビで初めて見た状況に言葉はでることはありませんでした。
多くの方が被災地でボランティア活動を開始する頃に自分に何ができるのだろうと考えるととても無力であることに気づかされていました。

被災者の皆様が過ごした15年の思いと私(住職)の過ごした15年の思いは、時間が経過していく中で、思いの距離が離れていていくような感じもあります。
それでも、忘れないことと、念じること。そして、これからの備えは続けていきたいです。

※中川個人の感想です。

 

短念珠

短念珠
お墓やお寺にお参りする時、念珠をお持って合掌していただいています。
高田派の念珠は、男性用・女性用があり、合掌する時の念珠は、フサが上になるよう持ちます。
妙華寺では、親玉と称している珠に「妙華寺」と掘った短念珠をご用意しています。

毎月の日曜学校・Temple Morningにご参加されますと、1珠をお渡しして、22珠集まると短念珠に仕上げてお渡しています。

「まいてら」チラシ

「まいてら」チラシ
妙華寺は、お寺のポータルサイト「まいてら」に登録しています。
どうして、登録したのかは、時間を遡っていくと、寺院のあり方を考えている時でした。『寺院消滅』の書籍(言葉)が話題になった頃、私(住職)自身もこれまでのお寺のあり方に危機感を持っていました。「これまでのお寺ではダメだ」と思っても、どうすれば良いのかは、手探りの状況でした。13年前になりますが、全国の超宗派の住職やこれから住職になる僧侶と共に学ぶ、1年間の講座に参加しました。
宗派では、教義の研修(講座)はこれまでありましたが、寺院経営の視点での講座は、ほとんど無く、教義研修とは違う、初めて聞く経営に関する言葉や理念に戸惑いながらも、大きな刺激を受けたことでした。その後、お寺のHPを開設し、檀家様も含む生活者へ情報の発信をはじめたのが、2015年9月です。
当時も今も、お寺のポータルサイトはたくさんあります。地域に特化したもの・お墓や納骨堂に特化したもの・葬儀や法事の僧侶派遣などのポータルサイトは、私(住職)から見ると何か営業的な感覚があり、興味はありませんでした。
そして、「これからの時代に合ったお寺とのご縁を、1人ひとりの生活者が安心して結べる場」として「まいてら」が開設されました。
運営法人の運営者を知っていたこともありますが、お寺と生活者が共に安心して結ばれるポータルサイトは、「まいてら」しかできないと思い、参加(登録)することになりました。
「まいてら」では、他の登録寺院との研修や運営法人からの生活者のアンケート調査の共有など、フォローアップもあり、充実したポータルサイトと感じています。

今回、「まいてら」の紹介と「まいてら」内での「妙華寺」の紹介ページを、皆様に紹介したいと思い、チラシを作成しました。
皆様のお手元に届けたいと思っています。

また、「まいてら」の記事で「法事を重ねる中で見えること。息子の13回忌を終えて」は、私(住職)にとって感激した内容でした。

※中川個人の感想です。

祖師寿

祖師寿表彰について
親鸞聖人と同じ年齢になられたことをお祝いいたします。

令和8年の該当者は、昭和12年(1937)生まれの方です。
男性は、5月21日(木)(本山降誕会の時)
女性は、高田派婦人連合大会の6月7日(日)(6月の第一日曜日)
本山の御影堂に於いて表彰されます。
該当者は3月末までに当寺にご連絡下さい。(本山に報告し、本山よりご案内がございます)

例年、寺報でもご案内させていただいています。

蜘蛛の糸

蜘蛛の糸
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」はご存知ですか。児童向けの短編小説です。
お釈迦様が地獄にいる悪人の1人を見て、生前良いことをしたことを思い出し、「蜘蛛の糸」をたらしたら、その糸を登りはじめたそうです。そうすると、後ろに何人もの者が登りはじめたことで、最初に登りはじめた1人が、「(蜘蛛の糸が切れると思い)後ろの人達に登るな」と叫んだら、蜘蛛の糸が切れて、その人も一緒に地獄に落ちていった物語です。
あなたは、どのように感じたでしょうか。
利己主義の戒めであり、慈悲の心の大切さが説かれています。
蜘蛛の糸は、人との縁やつながりと捉えることもできるようです。
他にも、いろんな見方ができますが、お釈迦様が阿弥陀様だったらどうだったでしょうか。

お釈迦様と阿弥陀様を比較することではありません。救いの対象が違うと感じています。
地獄は、生前悪行をしていた人間が行く所のイメージで語られます。だから、生きている間、良いことを進めることになりますが、「悪人」についてどのように捉えるかも私たちに問われているように感じます。

社会的な「悪人」の概念もそうですが、私自身が「悪人」と自覚する視点が欠けてしまうと、どうしても「正義」と「悪」を比較して結論づけてしまうように感じます。
多くは、私が「正義」で他者は「悪」なのでしょう。

※中川個人の感想です。

いのちの日

いのちの日
京都府では、(平成28年から)毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されます。

また、京都では、この趣旨に賛同した宗教者の活動の一つが「Life Walkいのちを想う宗教者の行進」もあります。

行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれ、全国に「いのちの日」が広がることを願っています。

三重県こころの健康センター主催の「自死遺族の集い」(わかちあいの会)
【お申し込み・問合せ】三重県自殺対情報センター
059-253-7821(平日8:30-17:15・祝祭日・年末年始除く)