境内墓地の通路整備の報告(7月)

境内墓地の通路整備の報告(7月)

境内墓地の通路整備は、墓地の奥にあたる北西側から通路ごとに順次舗装板を整備しています。5月末から三区画の場所が始まりました。
先月から進まず現在半分ほどの工程が進んでいます。今後も梅雨などの天候で、時間がかかる場合があります。
7月からお勤めの間、本堂の空調設備を使用しています。これまでより少し涼しいお勤めの時間となりました。

ご迷惑をおかけしていますが、境内墓地通路整備期間中の東側駐車場の一部を工事車両が使用します。
また、皆様のお墓の前の通路に花入れなどがございましたら申し訳ございませんが片付けさせていただくことになります。

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第91回仏教文化講座

第91回仏教文化講座
8月1日(火)~5日(土)に第91回仏教文化講座が開催されます。
午前9時より正午まで(初日は9時半より開講式)
会場:高田会館ホール
※どなたでも聴講して頂くことができますので、ぜひご来聴ください。

聴講無料です。
※この期間、宝物館で特別展観があります。
8月1日 法主殿御親講
8月2日 講師 二松学舎大学教授 小山聡子先生
講題 悩める親鸞 ~まじないの時代の中で~
8月3日 講師 浄土宗総合研究所長 佛教大学名誉教授 藤本浄彦先生
講題 法然上人の「ことば」~「生き方の」の導き~
8月4日 講師 武蔵野大学教授 ケネス田中先生
講題 今後の真宗はどうあるべきか ~グローバル視点より~
8月5日 講師 大阪成蹊大学教授 大仙寺住職 堤正史先生
講題 清沢満之論 ~その今日的意義と課題~

7月のおてらおやつクラブ

7月のおてらおやつクラブ 今月も一人親家族、支援団体様へおすそ分けさせていただくことができました。支援団体様へも1年になります。私(住職)は子どもの頃、夏休みは楽しい時間としか認識がありませんでしたが、違う側面もあることを知り、お寺で限られたことですが、お供えのおすそ分けをさせていただいています。

また、年2度回収の古本勧進での古本も募集しています
今回は8月末までに集まった古本を寄付させていただきます。
不要になりました古本がありましたらいつでもお寺にお持ち込みください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。

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初盆総回向

初盆総回向 7月の初盆のお勤めが終わりました。妙華寺では初盆の最後のお勤めを初盆を迎えられましたご家族の皆様と一緒にお勤めしています。
今年は、本堂に空調設備を設置しましたのでこれまでと違い少し涼しい空間でお勤めすることが出来ました。時代遅れの思い出てすが、以前(昭和の頃)初盆のお家がありますと、近所の皆様が一緒にお勤めにみえました(年忌法会の時も近所の方が一緒にお勤めされる地区もありました)が最近はご家族やご親戚でのお勤めがほとんどです。多くの皆様と一緒にお勤めをすることが少なくなってきましたが、初盆の総回向の時は多くのお同行の皆様と一緒にお勤めしています。この場でお知り合いの方に会われ、それぞれの近状を知ることもあるようです。
『阿弥陀経』に「倶会一処」(得与如是諸上善倶会一処)とあります。「ともに一つの場所であう」とのことです。同じ時期にお浄土に往かれた大切な方々も、「ともに一つの場所であう」ことですし、初盆総回向にお集まりいただき一緒にお勤めをされています皆様も、「ともに一つの場所であう」お姿のように感じました。
ご往生されました大切な方とお会いできる時間を共有できることに感謝しています。

お勤めの後に、「高田派のお給仕」のビデオを見て頂いています。ご自宅にありますお仏壇の作法を改めてご確認していただいています。
また、毎月(正月を除く)第1日曜日午前7時30分からの日曜学校では、平素のお勤めを参加者の皆様と一緒にしています。知らないうちに作法についても学べますし疑問などにもお答えしています。ご都合がつきましたらご参加ください。

ひとくち法話

親鸞聖人のご生涯をとおして
【第14回】非僧非俗のくらし
越後での初めの一年は米と塩の生活で、二年目以降の自給自足に備え河原など荒れ地の開墾に明け暮れて行きました。
流刑者に課せられる掟通り、役人の監視も厳しいものでした。しかし、聖人の信教の深さに役人や寺僧たちが次第に心服していったのも当然のことだったのでしょう。二年目に入ると、行動も相当自由になりました。
このころ聖人にとって大きな喜びがありました。それは、恵信尼(えしんに)さんとの結婚です。家庭のぬくもりを感じられながらも、厳しい日々をこえていかれた事でしょう。恵信尼さんはまれにみる教養の持ち主で、文才もあり書も巧みでした。彼女をよき伴侶とし、人間として、夫として、親として数々の喜びや悲しみの中でいよいよお念仏の深さも増していきました。
さきに「辺地の群類を化せん」と志された聖人は、比叡山で得られた知識をもって、当時鎌倉幕府が進めていた土木治水工事に越後へ送り込まれてきた流民層が負傷したりしたものに止血をしたり、胃腸に寄生虫をもつものたちを苦しみから解放してあげたりしていたので、次第に流民たちが聖人を受け入れていきました。
こうして、「僧に非ず俗に非ず」といわれた聖人の説法に、辺地の人たちは真剣に耳を傾けお念仏の心が浸みわたっていきました。こんな頃、晴れて流罪赦免状がとどいたのでした。
※「ひとくち法話」真宗高田派本山より

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幸せに満たされる練習

幸せに満たされる練習
名古屋の中日文化センターで5月から月一度の「しあわせに満たされる練習」と題した講座が3回にわたって開講されました。
講師の井上広法師は、既に『幸せに満たされる練習』の著書を出されています。その意味では著書を読めば済むことなのかもわかりません。しかし、お話を直接お聞きすることやワークをすることで、著書を拝読するだけでは学べない更に深い気づきをいただくことがあり、実践することの大切さも感じました。そして何よりも「面授」の大切さを改めて感じました。
日本にこれまでに伝えられてきた思想にも幸せを感じることができる考え方がありますが、今の時代の言葉で幸せを科学しながらとらえていくことは、これまでの伝統的な日本の思想が、今の時代の私達日本人に伝わっていない現状にとって素晴らしいこと感じました。僧侶の私(住職)としては、「仏教の布教も大切ですが、先に仏教の普及が必要なのでは」と仰る講師の言葉が印象に残っています。
還暦を過ぎた私(住職)には、感謝することを伝えることを照れくさく思い今に至りますが、これからは伝える努力をしたいと思いました。
※中川個人の感想です。

また、井上広法様は、8月1日(火)メーテレ(6ch)の「林修の今でしょ!講座」に出演されるそうです。

 

四季の花 蓮が開花しました

四季の花 蓮がやっと咲きました。例年より少し遅かったので心配していました。あと小さい蕾が二つありますのでしばらく蓮の花を楽しむことができます。暑い中ですがお墓参りの折にお楽しみください。尚、蓮は午前中の早い時間に開花し、午後になると花びらが閉じてしまいます。また開花して3日目くらいで花びらが散り始めます。

【1日目2017-07-22】

【2日目2017-07-23】

【3日目2017-07-24】

源信展

源信展
先日午前中に奈良国立博物館で、源信の1,000年忌記念として開催されています『源信 地獄・極楽への扉』展を拝観しました。源信和尚は、真宗では、七高僧の第六祖として大切にされています。平安時代の阿弥陀信仰と著書の『往生要集』が有名で、そこから地獄絵が取り上げられるようになったと思います。館内は多くの拝観者でした。展覧会は、墨書の書物より大きな色彩のある絵図などに目がいってしまいますが、貴重なお経や書物も展示されていました。15幅の六道絵はとても迫力がありました。よりよい「死を迎える」為に死後の来迎図や地獄絵は目に訴える力強さを感じました。

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午後から京都の伏見区深草にある、浄土真宗本願寺派の西岸寺様に伺いました。西岸寺と言えば、「玉日姫」のご廟があるお寺として知られています。西岸寺の副住職様は、未来の住職塾で学んだ同期生でお寺が所蔵されています「九相図」の公開日でした。「九相図」って知らなかったのですが、『源信』展でも「九相図」の絵巻が展示されていました。人間が亡くなってから土に還るまでを九段階(相)に分けて描いたものです。西岸寺様の「九相図」は、普通は女性一人の亡くなった後の姿が描かれていますが、男女の2名の亡くなった後の姿が描かれていることと、一幅に亡くなってからの段階(相)が二段階(相)ずつ掛け物の下段から上段に描かれ、「骨相」が詳しく二段階(相)に描かれていて、あわせて5幅に描かれているようです。江戸後期の作品で絵師は分かっていないようです。3年ほど前に修復されてとても良好に保存されている貴重な「九相図」と思いました。
多くの参加者で満堂の中、「九相図」の説明を元京都SKY観光ガイド協会会員のお同行様がされ、その後坊守様の絵解きがありました。絵解きは真宗のみ教えも交えながらのもので、また副住職様が坊守様の絵解きに従ってプロジェクターを使用し、より分かりやすく感じました。お同行様の地域愛やお寺愛がとても感じられ、また西岸寺様のある深草商店街は今も活気ある商店街で、西岸寺様が地域に根ざした寺院活動をされていることに敬服しています。

和讃

和讃をご紹介いたします。和讃について多くの参考書がありますが、『注解 国宝 三帖和讃』常磐井鸞猶著と『浄土高僧和讃講話』川瀬和敬著より紹介します。

浄土高僧和讃 天親讃3首

本願力にあひぬれば むなしく過ぐる人ぞなき
功徳の寶海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし

弥陀の本願力に出遭うと、かいもなく終わる人は一人もいない。名号には功徳が海水のように満ち満ちているから、欲望に汚れた水も、差別なく同化してしまう。

※本願力は、我々を救わねばおかぬという、第18願の広大な働き。
※あひぬればは、『一念多念文意』に「遇はまうあふといふ。まうあふと申すは本願力を信ずるなり」とある。「ぬれ」は完了「ぬ」の巳然形。確定条件である。
※むなしく過ぐる人ぞなきは、『一念多念文意』に「むなしく過ぐる人なしといふは、信心あらむ人、むなしく生死にとどまることなしとなり」とある。救われない者はなく、必ず浄土へ生れるということ。
※寶海は、名号を宝の海にたとえる。
以上 【注解 国宝 三帖和讃 常磐井鸞猶著より】

如来の本願力をよくみて、これに遇いたてまつる眼を与えられ、信ずることのできた人には、生死にとどまり人生を空過(くうか)することがなくなります。本願念仏の功徳は、宝の海のように満ちあふれて、煩悩の濁った水も、満々たる宝海の中へ、へだてなくきらわず、融かされていきます。
ここは、『浄土論』の、仏の本願力を観ずるに、遇うて空しく過ぐる者なし、能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ。に当たりますが、「能令速満足」は次の第4首にまわります。
『尊号真像銘文』には、観仏本願力遇无空過者といふは、如来の本願力をみそなわすに願力を信ずるひとはむなしくここにとどまらずとなり。能令速満足功徳大宝海といふは、能はよしといふ、令はせしむといふ、速はすみやかにとしといふ、よく本願力を信楽(しんぎょう)する人はすみやかにとく功徳の大宝海を信ずる人のそのみに満足せしむるなり。如来の功徳のきわなくひろくおほきにへだてなきことを、大海のみづのへだてなくみちみてるがごとしとたとへたてまつるなり。と述べられますが、86歳の高齢を考えますならば、信心表現のきわまりでしょうから、重く読みたいと思います。
本願がもし無いということならば、煩悩成就のわれらとしては酔生夢死(すいせいむし)に終わることもいたし方のないことですが、われらをたすけんがために本願力がこちらへ迫っているのですから、本願に遇わないことは、こちらの罪です。この身が空過するならば、本願のご苦労を徒労に帰せしめます。それこそはからざる大罪となります。『入出二門偈頌』に、かの如来の本願力を観ずるに、凡愚遇うて空しく過ぐる者なし。と述べますように、遇うのは凡愚です。凡愚こそどうしても本願に遇うべく約束づけられていることを知ります。凡夫のたすかるのには如来の方から大きな力が要ります。
以上【浄土高僧和讃講話 川瀬和敬著より】

 

四季の花

四季の花 今年も梅雨が明けないうちにセミが鳴き始めました。昨年は6月の中旬に咲き始めた蓮が、やっと小さな蕾をつけました。養分が少ないのか小さな蕾ですが咲くのが待ち遠しいです。サルスベリや芙蓉や白桔梗も目を楽しませていただきます。