【案内】5月のTemple Morningは18日午前8時から

【案内】コロナ下から始まったTemple Morningは、今年で6年目を迎えます。
これまでも多くの方々にご参加いただきありがとうございます。

05月18日(日)午前8時から9時頃までです。
今年は6回のご案内です。
Temple Morning お寺の朝(テンプルモーニング)はじめます
いつもと違う朝 気持ちを整えて集中できる時間を創りませんか

予定 お勤め(10分)・境内の掃除(30分)・お話(10分)・茶話会(自由参加)
風邪の症状のある方・37.3度以上の熱のある方はご遠慮ください。
   お勤め・お話は、短めに、自由参加の茶話会は、当面中止します
掃除道具は貸し出します。途中出入り自由です。雨天は中止です。

お寺の掃除を今風に呼びかけるには、これまで妙華寺の境内(特にお墓)の草抜きなどの掃除は、古くは草抜きなどをされている方、そして現在は高齢者(シルバー)人材センター様に登録されている方にお願いをしていました。依頼していました方がご高齢になり、次の世代の方に草抜きを希望される方がいない状態になり2020年から境内(墓)の掃除が難しくなったことが主たる要因です。境内(特にお墓)の清掃として1年の内おそよ8が月延べ160日(1日6時間労働)ほどこれまで高齢者(シルバー)人材センター様に登録されている方々に境内の清掃をしていただいていました。お寺側の身勝手な思いでありますが、お同行の皆様のお力をいただき境内(特にお墓)がこれまでのようにきれいな環境を保てることを願う行事です。
各位のそれぞれのご事情もありますので、お身体の状況をお考えていただきお時間が許しましたら一緒に境内をお掃除しませんか。
Temple Morningは、境内(外)の掃除に集中してすることで気持ちを整える時間です。
お一人お一人十分なほど距離をとることは可能です。

どうかご無理のないお気持ちでご検討をいただきますよう、よろしくお願いいたします。

年6回 第3日曜日午前8時から1時間【1月・2月・3月・7月・8月・12月は休会・雨天中止】
4月20日(4名参加)・5月18日・6月15日・9月21日・10月19日・ 11月16日
清々しい朝の1時間 お寺で過ごしませんか

創建350年にむけて

法苑院妙華寺創建350年に向けて

久居(藩)は、藤堂高通が寛文10年(1670)に野辺野高台に造成した城下町です。城下東北の一角に寺町を設け、二ノ町と本町の北端に八幡宮(現久居神社)を設けました。高田派(当時は専修寺派と呼ばれる)の寺院(法苑院妙華寺)を設けることが実現し、藩主の菩提寺の西隣に、延宝8年(1680)に敷地が与えられ、福井県西光寺の僧自信を招き、寺院活動が初まりました。

久居藩の開藩350年は、令和2年(2020)に執り行われました。
法苑院妙華寺が創建され今年で345年 5年後に創建350年を迎えます。
どのように迎えるか、お同行様とともに考えたいと思います。

昭和53年に創建300年は、前々住職が同行の皆様とともに行事を執り行いました。

聞法

聞法
自坊のお寺の行事でお勤めのあと、布教使様に法話をお願いしています。
お同行様が熱心に聞法されている姿に頭がさがります。ただ、私(住職)は、お勤めのあと法中への接待や雑用でゆっくり、布教使様の法話を聞法することが難しく、後ほど録音した法話を聞くことが多く、反省することしきりです。

5月5日、薫風の中、奈良県田原本の本願寺派浄照寺様の報恩講に伺う機会がありました。布教使は葛野洋明先生で、妙華寺の報恩講でもご法話をお願いしています。
報恩講の初日の午前のお勤めは満堂で、引き続きのご法話でした。絵伝の法然聖人から親鸞聖人が「選択本願念仏集」の書写を許された場面から、真宗の要であります「他力本願」についての法話でした。仏の願いが私にとって、どれほどのものか。布教使様が育てられてきたことからのあたたかいエピソードを交えての法話でした。自坊とは違い、1人の聞法者としての時間はとてもありがたい時間でした。私(住職)にとって聞法できる時間を限られています。聞法の時間を大切にしていきたいと感じています。
※中川個人の感想です。

法事

法事
法事は、冠婚葬祭の一つで、日本仏教の寺院活動として、僧侶を招き、故人を偲び、供養するお勤めをすることとです。
私(住職)がお寺のお勤めの手伝いを始めた20代の頃(今から40年以上前)は、家の先祖の年忌(法事)では、自宅のお仏壇でお勤めする時、近所の方や親戚も集まり、家族と共にお勤めをしていました。お勤めが終わると、食事の席も設けられことも多く、亡くなられた方を偲びながらも、賑やかな時間でした。その為、法事をつとめることは、家族の負担も多かったと思います。今は、地域や親戚との関係性が希薄になってのことも関係すると思いますが、家族だけであったり、近い親戚とのお勤めが大多数です。

法事とは、故人の為か遺族の為にお勤めするのかと議論があります。私(住職)は、「法事」と言われるのは、信仰している仏(み教え=法)を伝え聞くことと感じますし、信仰している仏(み教え=法)への讃歎と捉えることもできると思います。
故人の命日(近く)に、遺族が、信仰して関係するお寺の僧侶を招き、故人を偲び、安穏を願うことで、信仰するみ教え(法)や仏を讃歎する場ではないかと感じています。

しかし、現実には、あまり寺院や「み教え(法)」について関心がなくても、家族が亡くなられた場合のお別れの場(葬儀)や遺骨をどうするか(埋葬する場所が確保されているか)を考えなければいけない時に、寺院や僧侶に関わる場合が出てくるのではないでしょうか。そう考えると、故人の思い出や関係性はあまり重要視されなくなり、故人の残ったお骨を埋葬する(預ける)先が、お寺や墓地と考える場合もでてくるのでしょう。
※中川個人の感想です。

※今後、超宗派のグループで「法事」について考える機会があるようです。関心をもって、議論を考えていければと思っています。

副住職からの案内

副住職からの案内
中川結幾(法名は、鳳瑞)からの案内

仏教教育研究センター公開講座
令和7年6月12日(木)13:30から15:30 高田会館ホールにて、「ともに生きる」とは-自死の活動から- をお話させていただきます。
副住職(中川結幾)は、大学院に入学してから、「自死・自殺」について、浄土真宗の立場から自死の苦悩に向き合うとはどういうことなのか、京都自死・自殺相談センターでの活動を通して考えたことをお話させていただきます。受講料は無料です。

申込期間は、5月7日から6月5日まで受付ています。会場で当日受付もございますが、

申込は、高田短大大学ホームページか、官製ハガキでお申し込みいただきけます。

必要な方に届きますように。

【報告】春千部会

【報告】春千部会
昨年は、雨でしたが、今年は少し寒さを感じましたが天候には恵まれた春千部会でした。
ご法話は義明寺の高藤英光師で、「悪人正機の悪人とは」と自分自身を省みる時間でした。徹底して自分自身を見ていた親鸞聖人が救われていく「み教え」で出遇うことで開かれていく新たな歩みをもう一度学びたいと感じました。

引き続き、世話方会に先立ち、昨年1年間で亡くなられた、総代様・お世話方様・婦人会の追弔会をお勤めして、妙華寺会館で、世話方会も開催させていただきました。
5年後の寺院行事について、寺院や信仰への受け取り方が変化している今これまでのような取り組みでは難しいと感じています。
一度、お同行様にお聞きしてから、開催するかどうかを含めて考えいこうと思っています。
昨年も話題になりました。インターネットを通した取り組みも、一部評価していただいていますが、お同行皆様にお伝えするには、どうしても紙媒体が中心になってしまいます。
また、近年の他者との関係性の希薄化や、個人情報の保護で、地域の方が亡くなったことがわからないことも話題になりました。
地域で行っていた葬儀も、今は家族葬が主となり、他者が関わることが少なくなっている現状は、時代の変化だけではすまされないことと思いますが、手立を考えていくことは難しいと感じています。