本堂(内陣)床下の補強工事

本堂(内陣)床下の補強工事
住職がいつもお勤めする場所(内陣)の床下部分が傷んでいました。
平成22年の本堂の修理の時は、大間の部分は床下も修理しましたが、内陣・余間・東楽の間は、そこに荘厳されている仏具や置物がそのままの状態でしたので、床下の改修までできませんでした。今年の1月から2月にかけての東楽の間の修理の時、内陣と余間の床下の調査をしました。少し傷んでいる部分があり、11月に入り補強工事を実施しました。
これまで内陣を歩いていると、ギーギーと音がしていましたがそれがなくなり床下がしっかりしたと実感できます。
内陣や余間の床下も、これまでも何度が補修工事が行われていた形跡がありますが、どうしても床や畳をあげての本格的な修理が難しかったようでその場しのぎであったようです。今回も、床をめくっての本格的な補強工事ではありませんが、これまでよりしっかりできたように思います。

お気に入り

お気に入り
自分の中で大切にしているものは何か? 考え方や行動・趣味・健康・人間関係など様々ことでお気に入りがあるので、数えてみると切りがない。今日は文化の日ですので、私(住職)の趣味の1つの茶道を取り上げます。お茶は日本の総合文化と言われるようにいろいろな切り口があります。茶会でいただく、お菓子・お茶(抹茶)そしてその点前(お茶を点てる作法)に目がいきますが、茶室の床の間にかかる書や絵画、季節の花と花入や香合、お茶道具のなどの工芸品、茶室の建造物としての佇まい、露地と言われる茶庭のつくり、茶事になると、もてなしの1つである懐石料理・炭手前で気付く香や音など私たちの生活の中にある文化が、お茶を通して表現されている。それらはそれぞれが関係しているが、すべてがそろわないと茶道と言うことができないとことでなく、極端なことを言えば、何もなくてもお茶の心があれば茶道と言う文化は続いていくことのように感じる。
以前、私の先生からも聞いた話で、お茶では「型(かた)」と「形(かたち)」は「ち」に注目することが大切と聞かせいただいていた。
私にはわかりやすい譬えとして、稽古で「型」を習い、そこに「心」をいれて「形」にする。「心」という見えないものを、見える「形」として、「心」を差し上げるのがお茶のおもてなし。ハートの形のクッキーを作るのに、ハート型の枠の中にクッキーの生地をいれて、焼き上げて、枠を取ってハートの形のクッキーをいただく。
そして、お茶の心は「和敬清寂」で表している。私は、「和敬」はお互いの関係性を大切に思いやること「清寂」は時間と空間との関係性を大切に重んじることと感じる。
そんなことよりとにかく、お茶で今の時期は、「織部茶碗」と「くりきんとん」がお気に入りだ。
※写真の「織部茶碗」は、茶友の水野雅之造り(陽山窯)

例年文化の日の頃は、地域の文化祭が公民館で開催されます。書・絵画・工芸・舞踊・盆栽・華・茶など日頃研鑽されている文化協会やグループが年1度、市民に披露させていただいている晴の日です。今年から新しい市民ホール(久居アルスホール)での開催を楽しみにしていましたが、新型コロナウィルス感染症の感染防止の為中止となりました。多くの方々が集まることが感染の原因になる為、春から多くの文化行事(祭りや花火大会)が中止されている一環です。
所属する茶道団体でも、2月から行事や茶会も中止となっていますが、総本部からガイドラインが示され、来年からガイドラインにそった新型コロナウィルス感染症の感染防止対策をとり開催できるよう考えています。これまでと同じにはなりませんが、新しい生活様式に沿いながらこれまで以上にお茶が楽しい行事として続いていけばと思います。

10月の聞法

10月の聞法

①お坊さんのためのアンガーマネジメント入門 寺院関係者の学びと交流の場 bラーニング  財津ユカ氏(一般社団法人日本アンガーマネジメント協会認定ファシリテーター アンガーマネジメントコンサルタント)
オンラインでの入門講座でした。
感情の1つの「怒り」が爆発して、他者や自分を傷つけることが問題になり始めた1970年代アメリカで、「怒り」をコントロールすることに注目し、アンガーマネジメントと言う領域が生まれたそうです。
「怒り」について「後悔しないこと」とは、自分が「怒って」後悔することも、「怒らなくて」後悔することも日常生活であります。その時の「怒り方」も関わっているのかもわかりません。
「怒り」と言う感情を無くすことはできないので、それに向き合い、生理的に身体の仕組みから、「怒り」がこみ上げてくるわずかな時間をやり過ごすトレーニングや、自分の中での「怒り」の領域の確認(どのような状態なら強い「怒り」になるか、それほどでもない「怒り」など)、他に現実的な対処法を可視化する方法などをお話されました。
「怒り」に向き合うことで、「怒り」について、初歩的な学びができました。
「怒り」をコントロールできれば、他者との関係性も少し変わるかもしれない。いや自分自身が変わることが一番素晴らしいことなんだとその時思いました。
これまで自分の中で「怒り」と向き合っていなかったのはどうしてなんだろう。「怒り」は自分自身の感情なのに、外部に原因があるからだと思い込んでいたからかもわからない。正しいのは自分で、悪いのは相手だなんて、単純で一方的な考え方をしているのかも。
私(住職)も時間をかけて自分の「怒り」に向き合ってみようと感じた時間でした。

※ただどうして「怒り」の感情をコントロールできればよいのか。対人関係を考えると感情のコントロールが自由にできることは望まれることと思いますが、自分の中の「喜び」や「悲しみ」のようにコントロールしなくても良い感情もあります。他者を傷つけることにあまり関係がないからだと考えますが、自分の中の感情を正直に表せることと、対人関係から感情をコントロールすることをどう見ていくかも考えさせられる学びでした。
感情を爆発(表現)させることからアートが生み出されたりすることもありそうです。

※中川個人の感想です

②「中世の三重の寺院と真宗の展開」~津周辺を起点として~三重県総合博物館太田光俊氏
コロナ禍で延期されていた、高田短期大学仏教教育研究センター主催の公開講座が、新型コロナウィルス感染症の感染防止対策をとり開催されました。私(住職)にとりっては久しぶりの対面の講演会でした。
今現存する寺院の歴史は、そのお寺の縁起からもわかることがあります。しかし、この地で活動していた寺院が、歴史上、消滅することもあります。残された幾つかの史料をつなぎ合わせて窺えることもあり、津周辺の寺院の移り変わりの概説の発表でした。
これまで、時代と共に安濃津(津)の支配者は替わってきましたし、町の中心地も替わっています。今の安濃津(津)の姿は、江戸時代藤堂藩になってからの姿で、それ以前の安濃津(津)は、橋南地区が中心であったようです。
今は、津市の高田本山専修寺も、本来の地名で言うと「一身田(村)」に室町時代に、真慧上人が建立された「無量寿寺」から始まったことは高田派では知らない者はいませんが、安濃津(津)に同じ名前の「無量寿寺」があったことなんて私(住職)は知りませんでした。 いろいろな史料の中から安濃津の「無量寿寺」と称する禅と密教(鎌倉五山)の寺院が存在していましたが、忽然と消滅したことはそれぞれ時代の支配する大名(庇護者)が替わっていく中でのことかもわかりません。今有る寺院もお寺の歴史を遡って探っていくと当初は違う宗派であったり、いくつもの宗派の遍歴も知ることができたり、歴史トラベルの時間でありました。
長く寺院活動を続いている寺院、特に身近な地域の寺院の歴史(縁起)はとても複雑である故に、豊かな歴史を持っていると感じたお話でした。また、寺院と民衆との関係も時代と共に変化しています。日本に寺院が建立された時は、護国が大切な使命でしたが、時代が下がると共に庶民の心の安心を得ることが大切になり、寺院の僧侶と民衆との関係も史料(消息など)からわかってきます。
※中川個人の感想です。今回の講演を元にした論文が来年の「高田学報」に掲載されるそうです。

※また、高田本山での開催でしたが、お同行の方も参加いただきありがとうございました。

10月のおてらおやつクラブ

10月のおてらおやつクラブ
10月の秋千部会が終わり片付けをしながら発送の準備でした。先月同様3つの支援団体様へ26日に「お供え」を「おすそ分け」させていただきました。

おてらおやつクラブの活動が、一人親家族の生活の一助にでもなれば有難いです。

また、年2度回収の古本勧進での古本も募集しています。
今回は来年正月月末までに集まった古本を寄付させていただきます。
不要になりました古本がありましたらいつでもお寺にお持ち込みください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。

※毎年、妙華寺の報恩講のお非時(ひじ)のご奉仕していただいています支援団体の津市母子父子寡婦福祉会久居支部様に、今年の12月の報恩講では、例年通りの準備をしていただくことは難しいですが、パック詰めになりますが、11時に配布していただく形を考えていただいています。
30日にうれしい連絡をいただきました。「おてらおやつクラブのことをHPで知り妙華寺にお菓子をお持ちします」と電話をいただいきました。暗くなった18時過ぎにお寺から少し離れた町からおてらおやつクラブへのお菓子をお届けいただきました。Odaさんありがとうございます。11月のおてらおやつクラブで支援団体様へお届けします。

 

お寺の掲示板

お寺の掲示板
気にしすぎない、振り回されない

『大往生できる人 できない人』潔く、とらわれず、おまかせして生きる 田畑正久著 から
著書では、自分の中にある本音と体裁を2つの自我と捉えて葛藤する自分を眺めるもう1つの自我を認識します。このことを「上を見てもきりがない、下を見れば私より大変な状態の人がいるではないか。今の私、私の現状に感謝しなければと、自我意識を慰めながら世間生活の中に埋没してしまうのです」と捉えています。3つの自我が迷っていると、全体を見る視点が生まれることが、「仏教では目覚め、智慧をいただくというのでしょう」と4つめの視点から見ると「自我の迷いを超えて目覚めるところに本当の安定・安心・喜びがあることを教えています」として「今、今日、ここ」の大切さに感動する智慧の世界に導こうとしている。とまとめられています。

※私の自我(意識)は自分のことばかり優先するため不安いっぱいに生きています。その私を「そのままで大丈夫」とはたらきかけてくださるのは、私の自我(内なるもの)からではありませんね。

最後の願い

「ラストエンジェル」 死が迫った方の最後の願いを聞いてかなえていく物語をTVで見ていました。
私たちは、生きてる中で願いを持っています。願いの全てがかなうことはないけれど、かなえばうれしくもなるし、他者に感謝や優しくなれます。願いがかなわない場合は、悲しいし、やけっぱちになる時もあります。私(住職)の場合は、そのような時、他者に優しい気持ちにはなかなかなれないように感じます。

自分に死が迫った時、私は何を考え、願うのだろう。自分一人ででできることはたかが知れていると思えるし、他者の力を借りてできる願いがあるとすればどうするだろう。
また、願いを叶えたい気持ちと、かなえたいけど他者に知られたくない気持ちなど、常に私の気持ちは揺れ動いています。

生から死を見る視点と死から生を見る視点で「願い」はどうなんだろう。考えさせられる物語でした。

日本文化で「余白」であったり「未完成」の状態に心が引かれることがあります。
生きている中で自分の人生(命)が良かったと思うことで、命終えることは有難いことでありますが、そうでない場合も有難いこととして受け入れていくことに「余白」とか「未完成」が関係しているように私(住職)は感じることがあります。

生から死を捉えて、自分の中で満足し死を迎える場合、死から生を捉えると、生の中で満足して死を迎える(完結している)ので、死後についてはどう感じていくのだろう。
生から死を見て、満足できるような気持ちでなく死を迎える場合、死から生を見ると生の中で満足できずに死を迎えることは、良い悪いの意味でなくその続きがあるようにも感じる自分がいます。
※中川個人の感想です。

お寺の大切なもの

今、改善を叫ばれている集い・紙媒体(寺報・案内チラシ)・ハンコは、これまでお寺の大切なものとして続いています。
真宗のお寺は、聞法にお越しいただく集う場であったと思います。多くの方に集ってもらうよう、お寺の寺報や案内のチラシを配布したり、ハンコは事(寺)務手続や対外的な証明にも必要ですが、お楽しみで使ったりしています。

時代は大きく変化している今、集いや案内形態は、リアルの世界からバーチャルな世界に移行していくのが最先端なんだろうと思います。また、ハンコだって本当に必要な実印や契約印、銀行印で十分なのかもしれません。

でも、リアル(現実)に集うことで味わえる関係性や、手に取って見る紙媒体の味わいを大切にしたいと思うのは、新しい技術に追いつけない私の言い訳なのかもしれません。
私が生きていることは、人との関係性で成り立っているのが社会の基本ですので、全てがバーチャルの世界で完結することはあり得ません。

お寺が集う場として続いていくとすれば、聞法を通して、人と仏(真如)の関係が、人生の上で大切であることを感じていただくことしかないのかもわかりません。

お寺の掲示板

お寺の掲示板
ただ寄り添うこと。それだけでも「癒やし」になる

『人は人を救えないが、「癒やす」ことはできる』 谷川洋三著から
著書では続いて、自らの死と直面している患者本人と、家族の気持ちがズレることはよくあります。そんなときは本人の意思を尊重し、温かく寄り添ってほしいと思います。

大切な人の余命が長くないことを知ったとき、遺される家族にも心の準備と覚悟が必要になります。
愛する人との別れという意味では本人も家族も同じですから、自分が死ぬことよりずっと悲しく、つらく感じられるかもしれません。家族もみな、葛藤を抱えることになります。

後悔したくないと思うのは遺される家族にとっても同じことでしょう。大切な人のために何かをしてあげたい、役に立ちたいと思うのはごく自然なことです。遺される家族が、患者本人のためにできるのは、ただ寄り添うこと。なるべくそばにいて、話を聞いてあげることです。「それしかできない」と感じられるかもしれませんが、「それができれば十分」ともいえます。
ただそこにいてくれる、それだけでも相手には「癒やし」になります。死を前にして、孤独でないということが、本人にとっても支えになるものです。

※「ただ寄り添うこと」の難しさを感じます。毎日の生活に追われて、つい自分のこと以外を後回しにする自分がいます。でも著書にもありますが、「家族が無理をしすぎないことも大切です」自分を責めないことへのケアが必要です。

連絡先調べ

連絡先調べ
お寺の行事案内などは、地域のお世話方様を通して案内をお願いしています。
これまでおよそ30の地域に分けて(30名のお世話方様を通して)、お寺の行事の配布物などをお届けていました。お世話方様がご高齢になられると次のお世話方候補にお願いしていましたが、最近は、次にお世話方をしていただくことが難しい地域も出てきて、現在はおよそ20の地域のお世話方様にお願いしています。お世話方を受けていただくことが難しい理由はそれぞれでありますが、地域に住まわれている方々との関係性が、以前より希薄になってきたことが一番かなと思います。私(住職)の小さかった頃、近所の方とお米や醤油などの貸し借り、お風呂の共有など今では考えられないほど濃密な関係でした。そのような濃密な関係性を好まない(避ける)形で社会が変化してきていますので、関係性が希薄になるのは当然と思います。
今のお世話方様の存在は頼もしいのですが、近い将来どの地区にもお世話方様がいらっしゃらなくなることも考えられます。これまでお世話方様がいらっしゃる地域のお同行様の連絡先はお寺としては正確に把握していませんでした。今回、連絡先をお教えいただくことをお願いしています。今後お世話方様がいなくなれば、県外や県内の地市町村のお同行様へのお寺の行事案内と同様郵便物を使っての案内・連絡になります

今する来年の準備

来年の準備
秋彼岸会が終わり、衣更えをすると来年の準備が始まります。
まだ今年の行事もありますが、年1度発行しています「寺報」の原稿を印刷屋さんへ届けます。

次に、最近は、9月の中旬頃から来年のカレンダーや手帳が店頭に並び始まっていますが、来年のお寺の法務の予定帳の用意をします。お寺の法務の予定帳は、寺族の皆が記入したり確認するものだけに、小さいものではわかりずらく大きなものを、前住職は画用紙に自ら、市販の月ごとのカレンダーより大きな枠(日)をとり作成して、昔の画板に貼り付けて、法務が書き込めるようにしていました。私は、自作するのでなく、市販の月別カレンダーの一日の枠が大きいのを選んで使っていました。法務の予定が入ると記入するのですが、どうしても土曜や日曜の枠には入りきれない場合や、連絡を受けた順に記入する為、その日の予定時間順には記入が難しいく、近づいてくると時間別に改めて別の用紙にまとめたりしていました。その為昨年から、一週間が1ページ見開きで一日の枠が時間ごとに記入できる帳面式に変えました。これまでと見た目が違い、法務の予定を記入するのも多くのページをめくることになりましたが、その日の時間枠で法務の予定が記入できるようになり、これまでの法務予定帳よりわかりやすくなりました。来年の法務予定帳を求める準備をしています。
そして、お寺では、来年の年忌の繰り出しの準備も始めています。最終的には、年末の大晦日に貼り出すものですが、50回忌までの法名を、パソコンで完成させます。

※個人的な予定も、法務の予定帳に記入していますので必要ないのですが、
先日、来年(2021)の県民手帳をいただました。久しぶりに個人の手帳として使おうかと思っています。