テレホン法話

テレフォン法話
電話を通して、法話を伝える「テレフォン法話」誰が思いついたのだろう。
全国でたくさんあると思います。テレフォン法話(伝道)活動をされている親戚寺院から、法話集をお送りいだきました。聴くことと読むことは少し違いますが、わかりやすい言葉で、親鸞聖人や仏教のことを伝える姿がとてもすてきです。今では、動画を使っての伝道もあり、法話会に参加できない方も、居ながらにして法話に親しめる時代ですが、これまで続いている、文書伝道やテレフォン法話(伝道)も心が安まります。
※中川個人の感想です。

葬祭の簡素化

葬祭の簡素化
葬祭について簡素化が進んでいます。もちろんこれまでどおり、大切な方とのお別れを丁寧にされる方の割合は多いですが、枕勤めも、通夜・葬儀もしないお別れも経験しました。年忌法要も、親御さんのそれほど遠くない年忌も勤めない方もいらっしゃいます。簡素化と言う言葉には、これまでの地域コミュニティや親族コミュニティが今とは違うほど豊かであったことは含まれてはいません。
更に、生前、墓じまいをされる方も増えています。それぞれに事情があるのはわかっているつもりですが、時代のせいにはしたくありません。
この考えを推し進めていくと、生きている時も生き方の簡素化が進んでいくのではないかと思っています。自立して生きていくことができず、他者の助けが必要になった時、簡素化と言うだけで、「いのち」の選別が始まっていくのかもわかりません。

一身田の高田本山では、親鸞聖人が往生され760年以上になりますが、1月9日から16日まで、「お七夜」と呼ばれる親鸞聖人の報恩講が勤まりました。以前よりは、参詣者も少なくなっていると言われていますが、毎年の報恩講に遇うことがうれしいと仰る方も私(住職)の周りには、たくさんいらっしゃいます。私(住職)もその1人です。遙か昔の方の報恩講(祥月命日)を有難く思う気持ちはどこからくるのでしょうか。

大切な方の祥月命日のお勤めを何年も続けられているお同行様も複数いらっしゃいます。寂しさや悲しみもあると思われますが、続けていく中で、亡き人を通して、今の自分と関係を結び直しているようにも感じることがあります。そこには、自分だけの思いから他者への思いを馳せる豊かな気持ちを感じることがあります。
※中川個人の感想です。

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【案内】選択本願念仏集の掛軸

【案内】選択本願念仏集の掛軸
今年も本堂西余間に「選択本願念仏集」の 掛軸を荘厳します。(2月10日まで)
令和3年に修復しました「選択本願念仏集」の掛軸を、法然聖人のご命日(1月25日)に、ちなみ本堂西余間に披露します。ご興味のある方は、ご覧下さい。
法務などがありますので、事前にご連絡いただけますようお願い申し上げます。
※本堂でお勤めなどがある場合は、ご覧いただけませんのでご了承ください。

選択本願念仏集 掛軸 3幅 妙華寺所蔵
紙本 着色 表具縦194cm横97.5cm 本紙縦142cm横77.5cm

法然聖人の『選択本願念仏集』の内容を絵画で著している3幅の掛け軸。
1幅目から3幅目全て下から上へ6段に分かれ、3幅目の最後(上)の段は「選択本願念仏集終」と書かれています。
法然聖人の吉水の草庵に九条兼実が訪れた場面から初まり、法然聖人が弟子7名(内1名が祐筆)に話をされている。次に『選択本願念仏集』の名札「第1章」から「第16章」が3幅に、その内容が描かれています。

妙華寺が所蔵している「選択本願念仏集」の掛軸について、令和元年から青巖寺の清水谷正尊師に調査を依頼していました。令和3(2021)年12月24日に掛軸を撮影し、12月27日にこれまでにわかったことを報告していただきました。

「選択本願念仏集」は法然聖人が著した漢文の書物で、称名一行の専修を主張した、浄土宗の独立を宣言した立教開宗の書物でもあります。親鸞聖人は、29歳で法然聖人に帰依し33歳の時、書写を許され、その喜びを「顕浄土真実教行証文類」で述べています。その教えを自分の言葉で晩年まで多くの人々に伝えています。

漢文の「選択本願念仏集」が、江戸時代には、その教えを広める中でより多くの形態の1つとして絵画化が生まれてきたと思われます。

「選択本願念仏集」を最初に絵画として描いたのは、高田敬輔の「選択集十六章之図」です。この絵画を元として「通俗絵図選択本願念仏集」の挿絵が作製されたようです。 また、同時期に「図画和字選択集」を関通が開版し、その挿絵を和風で描いたのが忍海と言われる浄土宗の画僧です。

調査された清水谷師は「図画和字選択集」の挿絵の部分に注目し、挿絵を妙華寺の「選択本願念仏集絵伝」に合わせてみると一致したことで、「透(すき)写し」と言う手法で描き、配置を決めて掛軸の紙に写した後、着色したと報告していただきました。

挿絵と同じ構図でありますが、詳細な部分で違いがみられる部分もあります。当初、絵画が精密でなく、絵師の卵が描いたのではないかと感じもしていましたが、掛軸に至る作業としてはとても根気がいる仕事だったと感じられます。

報告を受けながら、3幅の選択本願念仏集の掛軸が、妙華寺の西余間に掛けるサイズですので、そこに荘厳し、法然聖人の「選択本願念仏集」を多くの方にわかりやすく伝えていた時期もあったのだと想像しています。

継承・承継・伝承

継承・承継・伝承
「家の代を継ぐ」「跡取り」「代替わり」などの言葉はあまり使われなくなってきたように感じでいます。今の時代 代々受け継がれる家は少なくなっています。生活する場(家)が移動することも少なくありません。
そのような世の中でも、受け継がれる老舗のお店や、日本文化でのいろいろな家元、寺社もあります。そこには次の代への「継承」が大きな課題でもあります。多くの場合、同じ場所で●年も続いていますので、その地域が大切な場ですし、根本の意義は変わらなくても、ふるくからのしきたりなどをその時代に合わせた解釈や工夫が必要な場合もあります。そして、何よりも、継いでいく覚悟をもった次代がいることだと思います。 私(住職)は、随分昔に、受け継ぐ(代を継ぐ)ことは、その家の「リリーフピッチャー」と例えられた言葉が強く印象に残っています。指名を受ければ、状況を見極めて、全力投球して、次に託していくことなんだと思っています。
私(住職)も、お寺の住職を拝命して今年で20年目になります。次の代への指名もそう遠くではありません。
※中川個人の感想です。

 

【岩波国語辞典】
「継承」受け継ぐこと
「承継」受け継ぐこと
「伝承」古くからの(制度・風習・信仰・言い伝えなどの)しきたりを、受けついで、
伝えていくこと。また、伝えられた事柄。

「「継承」は財産や権利を引き継ぐことを指し、「承継」は精神や文化、事業などを引き継ぐことを指します。
継承(けいしょう)は、主に財産や権利、義務などの具体的な物を引き継ぐことを意味します。例えば、遺産相続や契約上の権利の移転などがこれに該当します。具体的な例としては、親が亡くなった後に子供が遺産を相続することが挙げられます。この場合、物理的な財産や法的な権利が次の世代に渡されることを指します。www.weblio.jp+1
承継(しょうけい)は、主に文化や伝統、精神的な価値観を引き継ぐことを指します。これは、形のないものや抽象的なものを次の世代に受け渡す際に使われます。例えば、家族の伝統や企業の理念、地域の祭りなどがこれに該当します。承継は、他人の意図や考えを受け入れて続けるというニュアンスが含まれています。
使い分けのポイント具体的な物の引き継ぎ: 財産や権利、義務などの具体的なものを引き継ぐ場合は「継承」を使用します。精神的・文化的な引き継ぎ: 伝統や文化、理念などの無形のものを引き継ぐ場合は「承継」を使用します。このように、「継承」と「承継」はどちらも何かを受け継ぐ行為を表していますが、対象とするものや使われる場面が異なります。正確な言葉の使い分けを理解することで、より効果的なコミュニケーションが可能になります。」((https://www.bing.com/search?q=継承と承継の違い&form=ANSPH1&refig=6965631275334d39a0f6282f6b82817a&pc=NMTS&pq=継承&pqlth=2&assgl=8&sgcn=継承と承継の違い&qs=SC&sgtpv=SC&smvpcn=0&swbcn=10&sctcn=0&sc=10-2&sp=2&ghc=0&cvid=6965631275334d39a0f6282f6b82817a&clckatsg=1&hsmssg=0 参照 2026年1月13日))

「一身田の歴史と文化」一身田寺内町の館20周年記念

「一身田の歴史と文化」一身田寺内町の館20周年記念
高田本山専修寺のある「一身田」を「いっしんでん」「いしんでん」どう発音しますか。 「一身田」にある高田中学に通った頃、友達と話していたことがありました。
志登茂川と毛無川に囲まれた農業集落の地としてあった場が、斎王の別勅使田(別名一身田)があり、地名の由来となった。その後、室町時代に、高田派の真慧上人の時、一宇(無量寿寺)を建立し、その後、本山専修寺として寺内町が形成される。
現代の一身田までの歴史と文化を豊富な写真や図表で解説されています。
「一身田」をとても大切にされている方々の手でつくられた1冊と伝わりました。
※中川個人の感想です。

【案内】高田本山の報恩講(お七夜)

【案内】高田本山の報恩講(お七夜)
親鸞聖人のご遷化が、今の暦で正月16日です。高田本山の報恩講は毎年ご正忌をご縁として正月9日から16日までお勤めされています。
七昼夜、親鸞聖人のご遺徳をしのび、ご恩を喜び報謝させていただきますので、「お七夜」と親しまれて呼ばれています。
昭和の時代ですと、お正月が過ぎ、年明けの仕事が始まっていますが、お七夜に参詣して本格的に仕事に取り組まれるということをお聞きしたこともあります。

期間中は、多くのイベントが山内を中心に行われますが、宝物館(燈炬殿)では、お七夜特別展観の「高田のはじまり ふたつの専修寺」展(1月9日から2月15日)が開催されます。
寒い時間ですが、16時30分から19時閉門(15日は23時30分閉門)「竹あかり」が境内で開催されます。
ご関心・ご興味がありましたら是非お立ち寄りください。

 

縁起

縁起
「縁起」は、仏教語でありますが、日常的に使用する場合、「良いこと・悪いことの前兆」という意味で使われているようです。

随分前のことで、私(住職)の聞き違いかもあるかもわかりませんが、一休さんが、お正月に、「親死ぬ・子死ぬ・孫死ぬ」と話したら、「縁起でも無い」と言われたそうで、続いて「孫死ぬ・子死ぬ・親死ぬ」とさらに話したという逸話を聞いたことがあります。
確かに、お正月早々、「死ぬ」話題は避けたいと思うのは誰でもそうだと思います。
一休さんは、順縁と逆縁を譬えとして話そうとしたと思いますが、皆さんには伝わりましたか。
しかし、よく考えると、「死」は誰にでもあることで避けて通れないことです。
日常での、「善し悪し」で、はかることはできないものだと思います。
※中川個人の感想です。

縁起 梵語プラティーヤ・サムトゥパータの意訳。因縁と同義。「縁って起こること」「縁って起こっている状態」の意。存在に関する普遍的な原理のことで、物事は必ず何らかの原因(因)があり条件(縁)にあって生じ存在していることをいう。
【浄土真宗辞典】

現世利益(げんぜりやく)和讃

現世利益(げんぜりやく)和讃

和讃をご紹介いたします。和讃について多くの参考書がありますが、『注解 国宝 三帖和讃』常磐井鸞猶著と『浄土和讃講話』川瀬和敬著より紹介します。
浄土和讃 現世利益和讃(国宝本では14首)(文明本では11首)

天神地祇はことごとく 善鬼神となづけたり
これらの善神みなともに 念仏のひとをまもるなり

天の神も地の神もすべて、仏法を守護するよい神々であるから善鬼神と呼ばれている。
これらの善き神々がみな一緒になって、念仏する人を護られる。

梵王帝釈四天王等が天神、堅牢地祇八大竜王等は地祇。
超人間的な力能を持つものを鬼神と言い、その力能によって仏法を保持し、国土を守護するものを善鬼神、これに反するものを悪鬼神とする。

※ 標題の「現世の利益和讃」の註解として
他力の信を得て念仏する者にはおのずからこの世の利益が法徳としてそなわる
ことを、主として金光明経に拠りつつ和讃する
以上 【注解 国宝 三帖和讃 常磐井鸞猶著より】

梵天・帝釈天・四天王などの天の神、堅牢地祇・八大竜王などの地の神はみなもろともに、不思議な能力を備えているから鬼神と呼ぶべきですが、仏法を守護しますから善鬼神と名づけます。これらの善神はみな一緒に、南無阿弥陀仏と称える人をお護りになります。

他の首の解説の中で、「現世利益和讃」といっても、「浄土和讃」の中に編入されているのだから、阿弥陀仏の称讃を離れていないのです。現世、この世といいつつ浄土よりのはるかな慈光を蒙る中に見い出されたものなのです。浄土に対して現世の存在を主張しているのではありせん。浄土があるからこの世はないがしろにするのでなく、浄土の光の中たしかな一歩をふみしめることができるのは、護りの力がはたらいていることをあらためて知るのです。
以上【浄土和讃講話 川瀬和敬著より】

【報告】修正会

【報告】修正会
元日午前10時から修正会のお勤めをしました。これまでと時間を変更してのお勤めでした。
新しい年の安穏を願うことも大切ですが、この1年をどのように歩んでいくかを考えていきたいです。
修正会で拝読する繙(ひももとき)の御書に、月日が過ぎるのは早く、生活に追われている私たちに、仏法を要として生きることが肝要と説かれています。
私(住職)自身は、古希を迎えます。「これまでできていたことができなくなる」を経験し、それが増えていくことも感じます。若い頃はぼんやりとしていた「死」についても、以前より身近なことであるように思うのですが、皆様はどう思われますか。
人生の晩年をうろたえず生きていくことも素晴らしいですが、「今」の私を肯定できる生きる意味を見出すことが必要ではないのかと感じます。
それは、何も宗教が一番であるとは申しませんが、損得などのものさしとは違うものさし(見方)があれば有難いと私(住職)は思います。
今年も、皆様と一緒にお勤めできたことに感謝申し上げます。
※中川個人の感想です。

国宝

国宝
「仏教する日本① 見えるものと見えざるもの」を拝読しながら感じました。
最澄の「山家学生式」の「六条式」に「国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝となす。故に古人言く、『径寸十枚、これ国宝に非ず。照千一隅、これ則ち国宝なり』と」

私たちは、「国宝」と聞くと、文化的、学術的に価値の高いものと考えてしまいがちですが、本来は、人のことと知りました。

先ほどには、続く文面が、「古哲また云く、『能く言ひて行うこと能わざるは国の師なり。能く行いて言ふこと能わざるは国の用なり。能く行ひ言うは国宝なり』と」
議論はできるけど、実行力がない人は、国師である。実行力はあるけど論理的に明解にできない人は、国の用である。言説が理論的に正しく、かつ実際に実行できる人が、国の宝(トップ)である。

ここでは、比叡山の僧侶への言葉ですので、天台座主が国の宝であることを示されているようです。
国の宝としての判断基準は、「(他)人のために働くのでなければいけない」ことが、最澄が求めた菩薩=国宝のあり方のようです。
いきなり、「菩薩」の言葉が出てきますが、「仏道には、菩薩と称し、俗道には君子と号す」
仏道と俗道が同じ菩薩精神を持って、精神的な仕事と世俗的な仕事を分担してやっていく考えで、日本仏教のあり方として捉えることもできると感じます。

 

※中川個人の感想です。

「国宝(こくほう 、旧字体:國寶)とは、日本語の第1義には、国の宝[1][2]。第2義には、近代以降の日本において文化史的・学術的価値が極めて高いものとして法令に基づき指定された有形文化財を指し、具体的には、重要文化財のなかから特に価値の高いものとして指定した[3]建造物、美術工芸品などをいう[1][2]。」((https://ja.wikipedia.org/wiki/国宝 参照 2025年12月31日))