お寺の掲示板

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「穏やかな死」だけが、理想的な死に方とは限らない

『人は人を救えないが、「癒やす」ことはできる』 谷川洋三著から
著書は続けて、人の死に「良い」も「悪い」もありません。誰にでも理想の死はあるかもしれませんが、それにとらわれず、後悔のない生き方を考えていきましょう。

人の死に良いも悪いもなく、あるとするなら、「穏やかな死」と「そうでない死」というくらいの、客観的な印象にすぎないでしょう。できるだけ理想の形で死にたいという気持ちはわかりますし、そのためいろいろと準備をしたり、家族に伝えておいたりすることは必要だと思います。
しかし、人はいつ、どんな形で死ぬかわかりません。死の瞬間のシチュエーションばかりにとらわれず、自分の人生に後悔のないように、また、遺された人に対して何ができるかを考えて行動してほしいと思います。

27組の報恩講

【27組の報恩講】

今年も10月27日から27組の報恩講が戸木の満誓寺様から始まりました。毎年、晴天で暖かな1日です。(これまでに一度大雨の年がありました)
今年も報恩講に出仕させていただくことができる身であることが有難いです。
例年通りのお勤めでありますが、今年最初ですので役割をちゃんとできるかいつも緊張します。また、高田本山の宗義会も終わり、組長(そちょう)会議も終わりっていますので、組長様から本山の今後の方針などを聞くことができ、貴重な情報交換の場にもなります。

11月09日は、新家(にのみ)の光蓮寺様の報恩講で今年から13時30分からの開始です。今日も快晴です。平素お寺に住職様がいらっしゃらないのですが、お同行の皆様が、境内や本堂をしっかりきれいにされています。少し長めのお勤めになり、足がしびれてきたのは、体重が増えたからか。ダイジェットをしなくては、また自坊の式文の稽古も始めないといけない時期です。

11月17日は、戸木の西向寺様の報恩講で、いつも境内が整然で見習わないといけないのですが中々難しいです。控室には親鸞聖人の掛軸が、僧侶に向かって迫ってきます。布教使様の地元の鯛焼きは、この地域で有名で中々口に入りませんが、差し入れで法中にもおすそ分けいただきました。

11月23日は、妙華寺から一番近い組内の小戸木の西林寺様の報恩講でしたが、急な法務により出仕できなく大変申し訳なく思っています。

11月24日は、蓮性寺様は妙華寺から一番離れた組内のお寺で報恩講に出仕することができました。
控室の床の間には高田本山の21世堯煕上人の名号が掛かっていました。また脇棚には立派な宮殿に入った鏡(硯)に親鸞聖人の像が記されているものを初めて拝見しました。伝来や由来を前住職からもお聞きしていないようで詳しいことは分かっていないそうです。

12月01日は、妙華寺の報恩講でした。
今年も、おてらおやつクラブのご縁でお非時のご奉仕を津市母子父子寡婦福祉会久居支部の皆様でしていただき3年目になります。
ごども食堂も兼ねていましたのでいつもよりお子さんの笑顔も拝見できました。昨年のカレーが好評で今年もお出しできました。子どもさんからお年寄りにも気に入っていただいたようです。次の日、会長様から反省点もお聞きしてました。来年に活かしていければと思います。また、こども食堂の開催にご賛同いただきました方からご寄付もいただき津市母子父子寡婦福祉会久居支部様へお渡しいたしました。次の日にお礼にいきましたおり、お寺の活動としてすばらしいことでこれからも続けてくださいと激励をいただきました。重ねてお礼申し上げます。

妙華寺の報恩講では、ずいぶん以前に組内で初夜のお勤めの稽古していました。それからお勤めは報恩講らしさを考えて、本山の初夜のお勤めをしています。今年は式文の三段を拝読させていただきました。お戸帳を外しての親鸞聖人のお姿は報恩講でしか拝むことができないことです。
布教使様は、衆徒の縁で西本願寺派布教使で龍谷大学大学院教授の葛野洋明(かどのようみよう)師の2年ぶりにのご法話でした。西本願寺のご本からですが「浄土真宗の救いのよろこび」を一緒に声に出して拝読して、「信心定まるとき 往生また定まるなり」の親鸞聖人のお言葉から、阿弥陀様の願いに救われている私が今ここにいることを有難く感じています。聴聞いただきましたお同行のお一人から「二席目に入ってとても引き込まれてお聞かせいただきました」と感想をいただきました。
私(住職)も葛野(かどの)先生のお話がすーと心に入っていくことにうれしさと有りがたさをいつも感じお聞かせいただいています。

葛野(かどの)先生のご法話が二席でしたので途中の休憩時間に、余間に掛かっています親鸞聖人絵伝を間近にみていただき簡単な説明をさせていただきしました。こちらも「中々、近くで絵伝を見ることができなかったですが良かったです」とお聞かせいただき、今後、聖人の絵伝をもっと親しんでいただけることができればと思っています。

12月08日は、27組最後の報恩講は、野村の浄徳寺様でした。お寺には野村地区の厄落としの観音様のお堂があり、3月の初午の日は賑やかだそうです。報恩講も、住職・副住職・衆徒(副住職の兄弟と息子)が出仕され賑々しくお勤めされました。いつもの控室に額装がありましたが、高田派22代堯猷上人の梵語でその場では分からなかったのですが、「イーティバフラム ジャガト」と書かれ、「一切世間 衆多病」と漢訳され「迷いの世界に生きる我々のこと」の事のようです。毎年報恩講に出仕しながら気づいていないことばかりです。

親鸞聖人絵伝③

親鸞聖人絵伝 1幅
高田派の親鸞聖人650回遠忌(明治45年4月)の記念の絵伝
場面は、10段あり、下の段(向かって)右側から(向かって)左側、
次に上の段(向かって)右側から(向かって)左側と進み20の場面から なる。絵師の署名が一番下の(向かって)右側の最初に記されているが、 絵師の詳細は分からない。

妙華寺に伝わる物は、井戸山地区の報恩講で宿の床の間に掛けられた掛軸 で、報恩講の宿勤めを廃止した時に、井戸山地区からお寺に寄贈された。

※古くから続くお同行様もお持ちされる方がいらっしゃいます。

親鸞聖人絵伝②

親鸞聖人絵伝 1幅
高田派の4幅の親鸞聖人絵伝の構図を1幅にまとめた掛軸
下(向かって)右側に一幅の図 上(向かって)右側に二幅の図
下(向かって)左側に三幅の図 上(向かって)左側に四幅の図
4幅目上段に法主の署名欄がありますが、この掛軸には署名がありません。
4幅の絵伝の4幅下段にある絵師の署名欄自体が無いが構図は4幅の
絵伝と同じですので絵師は4幅の絵伝と同じ高田派の絵師と思われます。

高田本山の境内にある御飯講(本山のお仏飯を毎日用意する講)の仏間に本山の報恩講の間、この掛け軸と同じ物で21代堯熙上人の署名がある絵伝が掲げられています。

親鸞聖人絵伝①

親鸞聖人絵伝 4幅
「親鸞伝絵」から図画の部分を抜き出し掛軸にしたものが「絵伝」で、場面は下から上へ順序よく配置され、各場面は「やすり霞」といわれる雲形で仕切っています。一般に4幅で一組です。

妙華寺の「絵伝」は、高田派第18世圓遵上人(1786年~1811年)の署名と花押が第4幅上段にあり、第4幅下段に絵師(御絵所)は藤原佐助とありますので、高田派の親鸞聖人絵伝と見られます。

 

親鸞聖人(1173-1263)真宗の開祖
藤原一族の日野有範の長男。「伝絵」によれば9歳の時に慈鎮和尚について出家、範宴(はんえん)と名乗る。約20年間比叡山で修学、常行三昧堂にて堂僧をつとめていたとみられる。29歳の時に比叡山を下りて、六角堂に参籠し、聖徳太子の夢告により法然を訪ね阿弥陀仏の本願に帰し、門弟になる。1205年『選択集』を附属され書写し、法然聖人の真影を図画。夢告により綽空から善信にあらためる。法然聖人のもとで学ぶ間に惠信尼と結婚したとみられる。承元の法難(1207)によって法然聖人らと処罰され流罪になり越後の国府に赴く。自らを非僧非俗とし愚禿(ぐとく)と称した。赦免されると妻子と関東へ移住し、茨城県の笠間市稲田を中心に伝道生活を送る。『教行証文類』を著し推敲を重ねる。62歳頃京都へ帰り、御消息によって関東の門弟を教化、交流する。『三帖和讃』をはじめ多くの著述を残した。
関東で法義理解の混乱が生じ、息男慈信房善鸞を遣わしたがかえって異義が生じ、建長8年(1256)に善鸞を義絶した。弘長2年11月28日(新暦で1月16日)弟尋有の坊舎で90年の生涯を終えた。

お寺の1日(12月)

12月は毎年自坊の報恩講で4年前から第1日曜日に変更をいたしました。今年は12月1日ですので前月からその準備であわただしいです。報恩講が終わってからやっと来年への準備が始まります。年末年始の準備も毎年でありますが忘れていることもあり昨年の記録を見ながらになります。1年が本当に早く過ぎようと感じるのは何のせいでしょうか。1日1日、新たな命をいただきながらその日を終えていく。やるべき事はたくさんあるのでしょうがその時の自分のできることは限られています。精一杯させていただきお任せさせていただくことがどんなに有難いことか尋ねていきたいと思います。

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11月の聞法

11月の聞法
21日に龍谷大学の大宮校舎で「伝道を考える これまで・そしてこれから 」と題する公開シンポジウムに参加できました。1部で、貴島信行師の「浄土真宗における伝道の目的と課題」、直林不退師の「これまでの伝道を捉えなおす」、朝倉行宣師の「これからの伝道を考える」の提言と杉本光昭師の節談の実演、朝倉行宣師の「テクノ法要」の映像ダイジェストがあり、2部では、1部の諸先生とコーディネーターに葛野洋明師が参加してディスカッションがありました。
僧侶(お寺)の取り組みで一番大切なことは、仏のみ教えを伝える「伝道」であることは異論ないことですが、伝える方法は多用にあり、また僧侶が伝える力をどのように磨いていくのかもそれぞれ違います。これまでの伝道についての研究からの課題を、時代の中で工夫して伝える努力をしていくことは大変だけど、それぞれの僧侶が自分にできる取り組みをしていかなければならないことと感じました。どうして説教に「節」がついて時代に受け容れられ盛況になりそして衰退したのか、お寺に来られる方が少なくなったことを自分の中で楽しく工夫してお寺に来てほしい思いを伝えることに、節談研究会の取り組みも、テクノ法要の取り組みも、その言葉にとらわれることなく柔らかい発想から始まったように感じました。
節談と妙好人の関係も興味深いでした。
2部の諸先生への若い方からの質問は、私(住職)の頭からは出てこないものばかりで、新鮮な気持ちで拝聴していました。若い方々の取り組みが広まることに期待します。
※中川個人の感想です。
コーディネーターの葛野(かどの)洋明師は、12月1日の報恩講の布教使でもあります。

※仏教についてのことではありませんが、11月8日に京都の裏千家学園で、
「水屋について」と言う講題で裏千家学園の公開講座が有りました。ご講師は、倉斗宗覚業躰(ぎょうてい)氏でした。
お茶の世界で使う「水屋」と言う言葉は、茶室に伴う場所としての言葉でもありますが、茶人の「はたらき」を指す場合もあります。場所としての水屋については、歴史史料の中で歴史的な変遷の研究が進んでいます。人の「はたらき」として捉えると、日本の伝統文化の中での「修行」ということだと感じました。1つの道を歩む姿として実践者でないと得られない経験を積んでいくことと捉えることもできると思います。私は、そこに僧侶の姿を重ね合わせました。
今年は、日本の伝統(文化)について考える機会が多くあったように感じます。
日本仏教を伝統文化として見ることに違和感を感じる方もいらっしゃると思いますが、伝統仏教と称される仏教は、これまでから長く現在に続いていることへの意味として、日本の伝統文化(思想)の1つとして捉えることもできると思います。日本仏教の中で活動する僧侶は、日本の伝統文化の担い手と同じように見ることもできると思います。私(住職)の所属する茶道組織では、平成に入るころからお茶の実践者や興味を持たれる方が少なくなる現状にどのようにお茶の魅力を知っていただくことができるか活動を通して、今に至っているかを少しだけ聞きかじっていると、仏教界での取り組みも同じ方向をもっているようにも感じています。
実践する中で失敗を自分の中で工夫して改善したり、乗り越えていく歩みはその人にとって得がたい経験として残ると思います。※中川個人の感想です。

11月のおてらおやつクラブ

11月のおてらおやつクラブ
今月は、先月同様3つの支援団体様へ11日に「お供え」を「おすそ分け」させていただきました。
また、12月の報恩講のお非時(ひじ)の時に、支援団体様のご奉仕で「子ども食堂」を併設させていただく予定です。

昨年のカレーが好評で今年もあります。(なくなり次第終了)

また、年2度回収の古本勧進での古本も募集しています。
今回は来年1月末までに集まった古本を寄付させていただきます。
不要になりました古本がありましたらいつでもお寺にお持ち込みください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。

お寺の掲示板

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宗教は 利用されるものでなく 利用するもの

『人は人を救えないが、「癒やす」ことはできる』 谷川洋三著から
著書は続けて「世の中には、悩める人を利用する良くない宗教も少なくありませんが、宗教だからといって敬遠せずに、うまく活用していきましょう」とあります。

死を意識すると、人は孤独を感じるようになります。さまざまな別れを伴うわけですから、それは自然のことです。
お墓参りや除夜の鐘、初詣、結婚式など、これまで仏教やキリスト教、神道といった宗教に、少しは関わってきた経験のある人が多いのではないでしょうか。
孤独や不安でいっぱいの最期を迎えるより、そういった宗教の力を借りることで幸せにれるなら、そのような選択もありだと思います。

宗教団体を選ぶときの基準としての一例として
「人の行動を規制しないこと」・「法外なお金を要求しないこと」・「人を騙さないこと」

※主体が私で、客体が宗教としての表現と思いますが、少し違和感を持たれる方もいらっしゃるかもわかりません。人は絶望の真っ只中にいる時、藁にもすがりたいと思います。宗教を利用していると思っている、私の「考え」が破られていくのが宗教の「み教え」とイメージしているのですが。

お寺の紹介③ 冊子「み法(のり)の苑(その) 妙華寺を楽しもう」

お寺の紹介③ 冊子「み法(のり)の苑(その) 妙華寺を楽しもう」
妙華寺の本堂は、平成16年11月29日に国の有形登録文化財となりました。
当時、日本近世史が専門の早稲田大学文学部教授で久居にご縁があります深谷克己先生に久居の歴史や妙華寺の歴史をまとめた「法苑院妙華寺縁起」と題した冊子を作成してお同行の皆様に配布しました。本堂を見学に来られる方や久居城下案内人の会の皆様にお渡ししていました。

冊子が少なくなり、平成27年に改めて登録文化財の紹介できる冊子を作成しました。今回は、登録文化財の本堂の説明文に (一社)お寺の未来 松﨑香織さんにお力添えをいただき英訳をつけました。
また、久居の歴史や妙華寺の略縁起・行事なども紹介した冊子です。

まだ冊子はありますのでご希望の方は、庫裡(くり)にお申し出ください。