時代と共に町の変化

時代と共に町の変化
今年4月に近くの食事を配達していただいていたお店が廃業されました。
お寺の行事で布教使さんや帳場をお手伝いいただく方へ幕の内を届けていただいていました。他にも年1回の世話方会や、お盆のお手伝いの方へのお弁当もお願いしていました。テイクアウトが可能なお店はたくさんありますが、配達が可能なお店は少なく、4月以降は少し離れたお店にお願いをしています。
8月のお盆の頃、お寺の行事のお供え菓子や接待用のお菓子・報恩講の落雁をお願いしていたお菓子屋さんもシャッターが閉まったままになっています。秋彼岸会の準備をしながらどうするか決めなければなりません。(こちらのお菓子屋さんは久居地区の文化祭のお茶会でもお菓子をお願いしていたので、今後どうなるのでしょうか)
お寺に関わることの変化によって、町の変化に考えを新たにしています。
どちらも久居の本町通りのお店で、昭和30年代までの本町通り周辺は個人商店ばかりで、日常生活で必要な物ほとんどまかなうことができ、賑やかな町の記憶があります。
今本町通りの個人商店は本屋・婦人服店・鰻屋など数店が営業されています。
時代の流れでの変化でありますが、個人経営のお店は大変厳しい状況です。
お寺も宗教法人を名乗っていますが、個人経営のような状態で大変厳しい状態であるのは、町の個人経営店と同じです。
※中川個人の感想です。

人は嘘をつく

人は嘘をつく
夏ドラマで、「人を見る」ことと「人は嘘をつく」ことについての場面がありました。

「人を見る」ことの大切さは、常々感じることがあります。また、「人は嘘をつく」ことも考えさせられます。私(住職)自身、「嘘をついたことが無い」とは言えません。心理学を学んでいませんのて正しい判断はできませんが、どのような場面で「嘘をつく」のか振り返ってみると多様な場面があらわれます。
少し、自分を自慢したい時・やったことを他者のせいにする時・他者のことを思っての時など、自分本位な考え方で本当に誠実な生き方をしているのか反省するばかりです。
インターネットで調べると、病的な場合もあるそうです。この場合は治療が必要になります。

愚かな私(住職)が、懺悔しながら生きていく道があるのか、考えられる1つが宗教なのだと思います。勝手気ままな生き方を別の視点から私自身の姿を見せられて立ち止まりながら歩むには、しっかりと寄り添ってくださる「教え」を聞いていくことではないでしょうか。
お盆と秋彼岸の間で考えさせられました。
※中川個人の感想です。

『日本史を宗教で読み直す』

『日本史を宗教で読み直す』
7月初旬に『日本史を宗教で読み直す』が手元に届きました。
自分の夏休みの課題として、すこしづつ拝読しました。
教科書は、私(住職)にとってもう50年以上前に使用しただけで、学校の授業で使うもののイメージしかありませでした。よくよく考えて見ると、学校で学んだことが私(住職)の知識の根底であることで、それから学び続ける中で知識が蓄積して今の私があることも認識を新たにしました。

教育関係に関わっていませんので、高校の世界史と日本史教科書の宗教の記述されている部分がどのように改訂されてきたか少しわかりました。専門的な新しい発見史料や認識から改訂されているのですが、最新のものが、直ちに反映されるわけではないようです。
また、私たちが興味をもって、専門的な書籍を求めたとしても、学会発表の論文以外では、認識は以前の認識を前提としてのものです。
改訂を続けることで、より正確な認識を得られるような教科書になるのだと感じました。
遅々たる学びですが、新たな視点をいただくことになりました。
※中川個人の感想です。

何が大切か

何が大切か
お盆勤めに伺い、お話をする時間があります。直接「大切なものは何ですか」とお聞きすることはありませんが、話の中で感じるのは、「健康や家族・生きがい・趣味・生活する為の収入」などさまざまのことが大切であることが伝わってきます。私(住職)も当然それらが大切であることに賛同します。お盆期間でありますので、先祖さんのこともお聞きすることもあります。
「南無阿弥陀仏」と称するお念仏に対してはどうでしょうか。
短い時間での会話ですので踏み込んだお話はできませんが、お仏壇を通して、今を生きる私たちの大切なものの1つに、「お念仏」が含まれているのかどうか考えることもあります。生活する中で圧倒的に「生きる」為に大切なものが最優先されるのはわかっているのですが、「生きる」意味を深めるお念仏についても関心を持っていただくよう努力しなければいけないと感じています。
宗教者として、「み教え」の魅力を伝えているのか、問われています。
※中川個人の感想です。

裏千家千玄室(大宗匠)のご逝去

裏千家千玄室(大宗匠)のご逝去

お盆の最中(8月14日)に茶道(ちゃどう)裏千家の大宗匠が亡くなられたことを知りました。
私(住職)が茶道入門時の家元でありましたが、はるか彼方の遠い存在でした。
「一盌からピースフルネス」と茶道の実践を通して世界中で「平和」への願いを、ご自身の体験も含めて語られていました。
茶道は、一期一会の席中で、一盌をかいして分け隔て無い平等な場を造り上げていきます。このような場が世界中に拡がることを大宗匠は願われていました。
私(住職)も遅々たる歩みの中で実践していければと思いを新たにしています。

大宗匠は私にとって遠い存在でしたので、直接言葉をいただくこともありませんでしたが、裏千家での研修や神宮献茶式・地区大会などでお見受けできることだけでもうれしかったです。謹んで哀悼の意を表します。

※中川個人の感想です。

こころ

こころ
「私の心はどこにある」と聞かれたらどう応えますか。身体の一部のように感じる時もありますが、心は「物」でなく、空(くう)の思想家・龍樹菩薩なら、「心という言葉だけがあり、実際には存在しない」といわれそうです。
実態なきものにしがみつくから苦しみが生じるというのが思想の根本だからです。

仏教の教えを短い詩節の形で伝えたダンマ・バタに、「こころ」について語られています。
「心は捉えがたく、軽くたちさわぎ、欲望のまま動き回る」(ダンマ・パダ 35偈)
「心はきわめて見がたく、まことに微妙で、欲望のまま動きまわる 聡明な人はこの頃を制御し、制御された心は幸せをもたらす」(ダンマ・パダ 36偈)
「心は遠くにさすらい、独り動き、姿かたちなく胸の奥深くに潜んでいる」(ダンマ・パダ 37偈)

先日、TVドラマを見ていて「こころ」について「こころは、人と人の間にあるもの」語られることがありました。何気ない一言で、聞き流してしまいそうになりながら、「こころ」についてこれまで考えていない視点をいただきました。
私と他者の関係性とも関連する領域もありそうで、興味深く、自分の「こころ」について考える時間をいただきました。

※中川個人の感想です。
『摩訶止観』には、「質多とは天竺の音なり、この芳には心といふ。心とはすなはち慮知なり」【浄土真宗辞典】

「好きです 久居の町」

{好きです久居の町」
お盆のお勤めに伺った時、「好きです 久居の町」の歌をお聴かせいただきました。歌詞が印刷されていて、初めて聴く歌を歌詞を見ながら聴いていました。
ご夫婦で歌の教室に参加され、主催者の方が、作詞作曲した楽曲だと知りました。
私(住職)が子どもの頃(昭和30年代)の久居の町が懐かしく思い出されます。歌詞にもあるお寺の境内の参道は、久居駅に向かう通勤・通学路として朝夕地元の方々が使われていました。
あれから60年。今も住んでいる久居の町もずいぶん変わってしまいました。ですが、私(住職)も「好きです 久居の町」が。

「戦争を知らない子どもたち」

戦争を知らない子どもたち
1970年今から55年前、私(住職)が中学3年生の時、大阪万博のステージでうたわれたと記憶しています。戦争を知らない世代が社会人として活躍はじめる時代で、反戦を声高く主張するグループでもない人々に支持された曲だと感じています。個人的には、作詞の、北山修のファンでもあったのでとても気に入っていた歌の1つでした。
「戦争には反対」だけど行動(活動)することもできない私(住職)には突き刺さる歌でした。
世界中で誰もが望まない戦争が終わらないのは何故なのか。答えは簡単には見つからない問題で、問い続けることしかないのでしょうか。
※中川個人の感想です。

 

躾(しつけ)

躾(しつけ)
私(住職)が若い頃は、両親や年上の方から教えいただく中に作法や立ち振る舞いがありました。それらは「しきたり」とも言われていた部分もありました。しっかり覚えると「躾のよい子」と褒められることもありました。きっと、知らないことを教えてもらうことが楽しかったからだろうと振り返ります。

躾とは、礼儀・作法を教え込むこと
自分の環境や関心興味があることの「礼儀」や「作法」は教えられたりするものですが、自分の知らない分野のこの「礼儀」や「作法」はわからないのが実状でしょう。

躾は、日本的な「身を美しくする」生き方へつながると聞くこともあります。

一方、「しつけ」には、おしつける意味もあることを、最近知りました。
確かに、教えられることは、教えられる方から見ると、「おしつけ」になるのでしょうか。

私(住職)自身の問題として、ペットへの躾ができないのは、相手の気持ちを想像できないからでしょうか。
他にも、性別や利き手(日常生活で無意識に使いやすい手と感じ優先的に使用する手)
に関する差別や偏見も含まれていると感じることもあります。
しかし、同じ目的を持った同士的な関係からは、「おしつけ」とはあまり感じることがないのは私(住職)だけでしょうか。
※中川個人の感想です。

第99回仏教文化講座

第99回仏教文化講座
大正14年8月に始まり、100年(昭和20年8月だけ中止)を迎えた仏教文化講座、私(住職)は5日間受講はできませんが、平成2年の仏教文化講座から受講をしたように記憶しています。この間、コロナ下の令和2年・令和3年は受講できませんでしたが続けて受講できることに感謝しています。
数年前から、中学の同級生や徳本会に参加されています知人と顔を合わせて、近状を話す場でもあります。同級生・知人共に、皆勤(5日間受講)を何度も経験されています。

今年は、1日目の法主殿の御親講は「真仏報恩塔再考」と題され、埼玉県蓮田市にある「真仏報恩塔」についてこれまでの伝承や新しい考察も含めての講義でした。
私(住職)も栃木県の本寺を訪れた時に離れた場所(本寺から40Km)の真仏報恩塔は3度訪れましたが、真仏上人50回忌を過ぎてから建立されたこと以外詳細は知りませんでしたのでとても勉強になりました。
5日目の高田派の島 義惠先生の「真慧上人御書における教学的特徴」は、高田派中興上人の真慧上人の御書から教学の特徴を話されました。時代的には、本願寺派の蓮如上人の時代で、今の宗派としての違いのようなものでなく、親鸞聖人の「み教え」を正しく伝えようとする意識が強かったように思いました。
高田派の歴史もまだまだ知らないことだらけで、学び続ける機会があることをうれしく思っています。
※中川個人の感想です。