お寺の掲示板

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遺された家族へ「エンディングノート」を書いておく

『人は人を救えないが、「癒やす」ことはできる』 谷川洋三著から
著書では続いて、エンディングノートは、自分が理想通りの死を迎えるためでもありますが、遺された家族のために必要なものです。ぜひ書いて、家族と共有しておきましょう。

注意してほしいのは、エンディングノートには法的な効力がないということです。ただ、自分の考えていることをまとめて家族に伝える、手続や諸連絡を円滑にするという意味で有効な手段でしょう。
エンディングノートの基本的な内容は、①本人の基本情報 ②医療についての考え ③葬儀・お墓 ④財産 ⑤親族や知人の連絡先で、せっかくエンディングノートを書いてもどこにあるかわからなければ役には立ちません。家族に置き場所をきちんと伝えておきましょう。(財産に関することも含まれているので管理をしっかりしなければいけません。財産関係は別に保管ということも考えられます)
エンディングノートの他に、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)への考えも書面に残し、家族や医療関係者と共有しておきましょう。
エンディングノートやACPに関する意思表示も誰も好き好んで書きたいと思わないことで、ついつい先延ばしにしまいがちです。しかし、最終的に意識を失った状態になるわけで、その時点ではいっさいの意思表示ができなくなります。最期まで自分の思い通りに生き、死んだ後も家族に迷惑をかけたくないと思うのであれば、それなりの準備が必要です。準備しないより、するほうが自分のためだと私(著者)は思います。

※とても考えさせられます。親子で「死後」のことを話せる関係があればここまでしなくてもよいと思いますが、離れていて、話すきっかけにためらいがあれば、遺される家族からは聞きにくいことなので、やはり先立つものが準備するのがよいのかなと思います。

四季の花(8月)

四季の花
立秋を過ぎましたが、暑さが厳しく、セミの声も聞こえてきます。7月・8月はお盆のことで頭がいっぱいで中々花を愛でる時間もありませんが、百日紅がきれいです。裏庭に椿の木に実がなっていました。花は冬に咲きますので夏場はあまり見ていませんでした。
椿の実とよく似た実(多分カリンの実)もありました。何も手入れをしていないイチジクにも実がなっています。

およそ100年前

過去帳 葬儀した往生人の人数(子どもの人数)
大正3年 35(15)
大正4年 47(15)
大正5年 41(17)
大正6年 46(15)
大正7年 67(21)
大正8年 45(8)
大正9年 43(13)
大正10年 42(21)
大正11年 45(15)
大正12年 42(16)
大正13年 47(20)
大正14年 62(20)
今から102年前の大正7年(1918)にスペイン風邪が流行したと知り妙華寺の過去帳を調べてみました。今回の新型コロナウィルスのように世界中に感染が拡大するには今回より時間がかかったと思います。日本でどれくらい感染者がいたのかも調べていませんので確かなことは分かりませんが、お寺の過去帳の大正7年の往生人は前後の年より特出しています。大正7年の過去帳の部分に記された備忘録には、「前年(大正6年)の9月中は、日本は全国的に暴風大雨で、東京や大阪など多くで浸水被害などあり秋の作物が実らず食糧不足であったとか、冬はとても寒い」とありました(スペイン風邪についての記載は、大正7年以降もお寺の過去帳にはありません)。往生人が多いことは事実ですが、スペイン風邪が原因か、前年の食糧不足などが主たる原因かどうなんでしょう。
※大正6年12月には東京の国技館が全焼したとの記載もあります。

また、当時(大正年間)の往生人の数ですが、妙華寺は明治中期に檀信徒が246軒との資料(明治29年示寂の8代住職の頃)もあり、時代は下がりますが、大正時代の往生人の数は今の長寿時代での檀信徒の軒数の割合からすると多いようにも感じます。また当時は、火葬ではなく、ご遺体を棺に入れ埋葬する形でしたので今と同じお寺の墓地区域に埋葬されたと思いますが現在の整然とした区画に埋葬する方法では無かったと思います。(境内墓地は、昭和30年代から40年頃にかけて今の区画に整理しました)
また、昭和20年代までは、子どもの死亡が多いのは当時の医療水準によるものだと考えられます。

8月のお盆が始まります

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8月のお盆の時期になりました
妙華寺では、8月の初盆のお勤めが7日から始まります。またご自宅でのお盆勤めを、8月11日から15日まで行っています。
これまでもそうですが、ご遠方の方やお盆勤めの日程にご都合がつかない場合、お墓でもお勤めをさせていただいていますのでご連絡ください。

※7月から三重県でも新型コロナウィルスの感染者が増えてまいりました。今月になり急増しています。お寺でも新型コロナウィルス感染症の感染防止に十分注意はしていますが、不安な気持ちがございましたら、気兼ねなくご遠慮をお申し出ください。
 事前でも、当日に伺った時でもお受けします。

席と席の仕切り板

新しい試み
現在、本堂では畳二畳に1席を用意して18席で対応しています。最近の葬儀・年忌法要はご家族様だけの場合が多いのでなんとかこの形で行っています。お盆が過ぎ、お寺の行事の秋彼岸会以降のことを考えますと、現状では心許ないと感じ、これまでのように畳一畳に2席設けられないか考えています。
新しい生活様式で飛沫感染防止用として本堂の席と席の間に仕切り板を考えました。試作品(この形で発注しました)を1つだけ置いています。こちらの仕切り板で今まで通り畳一畳に2人の席を設けることを予定しています。最大36名着席可能です。これまでより、仕切り板を置くことで、前の視界が妨げられ、少し内陣が見にくくなります。
また、内陣に置く僧侶用の飛沫感染防止用の仕切り板も試作品ができました。
お寺の行事で、法中(僧侶)にご奉仕していただく場合、畳一畳に2名着座していただいています。その間に設置する予定です。大間も内陣も仕切り板を置くことになりますと、これまでより少し窮屈に感じてしまいますが、新型コロナウィルス感染症の感染防止の為にご協力ください。
※試作の仕切り板の席に何組かの方にお座りいただき感想をいただきました。圧迫感はない・やはり隣が他者だと気になる・気にならない・もう少し大きなサイズで などご意見をいただきました。
※本堂の畳は、170cm×90cm 椅子は、幅55cm・前後45cmで、60cmの間隔の往来(焼香に行き来できる幅)を想定して試作しました。

※妙華寺会館のテーブル用の仕切り板を用意する予定です。

また、お寺の行事の受付(帳場)が座った形のままでしたので椅子式の受付になります。

少しずつではありますが、皆様のご協力をいただきながら、新しい生活様式に応じた、安心できる安全なお寺の「場」を作っていきたいと思っています。

平和の鐘 8月15日正午から1時間 撞きます

平和の鐘

終戦記念日に戦没者の追悼と世界平和・今年はコロナ禍の収束に向けてお寺の鐘をつきませんか。
「津がつながる津ぅりずむ」が主催し、津市内にある鐘を撞き「戦没者の追悼と世界平和を祈念する」ことをはじめ3年目になります。(昨年は台風の影響で当日中止となりました)
今年の主会場は、久居幸町の「子牛(とき)の鐘」です。
妙華寺も賛同し終戦記念日の15日(土)正午から13時までの間、一分間の黙祷の後、鐘をつきます。どなたでも参加できます。

※新型コロナウィルスの感染拡大防止の件について、様々な意見があることは重々承知しておりますが、最終的にはお寺の住職の判断で、開催を考えています。
ご参加されます方は、風邪の症状や高熱の方はご遠慮いただきます。
マスク着用で距離をとってお並びください。アルコール消毒などの用意はさせていただきます。
とはいえ、決して不安や不満を抱えながら参加する催しでもありません。
どうかご無理ない範囲で参加のご検討をいただきますよう、よろしくお願いいたします。
※また、暑い時期ですので熱中症にもお気をつけてください。