第4回自死者追悼法要IN潮音寺に参加して

第4回自死者追悼法要IN潮音寺に参加して
今年は雨の日になりました。
法要の勤行は真宗高田派の仏徳讃嘆のお勤めです。
今年も法要の前にマインドフルネスの時間があり、今の自分に集中する時間となりました。

お勤めの後の茶話会で、潮音寺の住職様の知り合いが造られたかわいい地蔵さんが話題になり直接手に取ることも許されて全員で間近で拝見できました。
今回初めて参加されました方も大切な方の追悼法要を毎年開催されていることをガーベラ会のHPなどで知りいらっしゃったようで、お寺の本堂が、法要の時にそれぞれの方の安心できる場になり得ることを改めて感じました。
これからも一緒にお勤めをさせていただきたいと思っています。

 

6月のおてらおやつクラブ

6月のおてらおやつクラブは、20日に一人親家族様と支援団体様にお送りいたしました。
6月に入り、松阪市の個人様から「おてらおやつクラブ」へお菓子を段ボール箱でお送りいただきありがとうございました。

支援団体様へお寺の「おそなえ」と共にお渡ししました。「おてらおやつクラブ」へのご理解が更に広がっていくとうれしいです。

また、年2度回収の古本勧進での古本も募集しています。
今回は8月末までに集まった古本を寄付させていただきます。
不要になりました古本がありましたらいつでもお寺にお持ち込みください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。

和讃

和讃をご紹介いたします。和讃について多くの参考書がありますが、『注解 国宝 三帖和讃』常磐井鸞猶著と『浄土高僧和讃講話』川瀬和敬著より紹介します。

浄土高僧和讃 善導禅師 06首

佛号むねと修すれども 現世を祈る行者おば
これも雑修と名づけてぞ 千中无一と嫌はるる

弥陀の名号を中心として称名行を行っていても、現世利益を得ようとして祈る念佛者は、これも雑修と名づけて、千人中一人も浄土に生まれることはできないと善導大師はお嫌いになる。

佛号は、佛の名号
むねは、主要なもの。本旨。中心。
現世は、この世の幸福を祈り求める。
千中无一は、『往生礼讃』に見える。原文は「雑を修し、至心ならざれば、千が中に一つも無し」
以上 【注解 国宝 三帖和讃 常磐井鸞猶著より】

第4行の左訓は「千が中に一人も生まれずとなり、懐感(えかん)禅師の釈には、万不一生と釈せられたり」です。『往生礼讃』に、「雑を修し、至心ならざれば、千が中に一つも無し」とある所です。懐感(えかん)禅師の『釈浄土群疑論』巻四には、善導禅師の言葉として、「雑修の者は、万に一人も生まれず、専修の人は、千に一人の失無し」とあります。
弥陀の名号をわき目もふらず称えていても、その称名によって現世の利益を祈る思いのある念仏行者は、前の助正並修と同じく雑修と名づけて、そのような称え方では千人の中一人も浄土に生まれることはできないと、善導大師はきらい排除されます。
念仏することがそのまま往生の道であり、念仏は如来の願いであると聞きつつも、そこに現世の祈りをこめずにおれないのは、自力の執心の根深さによります。「本願の嘉号を以て己が善根とする」との執情は、離れ難いものがあります。現世を祈る延長線上に浄土を妄想することになります。しかも念仏しつつあれば、現世を祈ることが虚仮であったと知られてきます。そこには長い手間がかかります。現世の祈りが通じないような念仏ならば無用であるとの短兵急なる人があっても、ゆるやかになだめて、念仏の人は人間の思いを超えて最高の位置に立たしめられることを、よく語らなければなりません。現世は浄土より照らされて初めて意味をもちます。

以上【浄土高僧和讃講話 川瀬和敬著より】

自死者追悼法要IN潮音寺 のお知らせ

自死者追悼法要IN潮音寺 のお知らせ
第4回 自死者追悼法要 ~大切なあなたへ・・・想いをつたえる集い~
日 時 平成30年6月23日(土) 午後1時30分から午後3時
会 場 真宗高田派 潮音寺 本堂
〒514-0018 三重県津市中河原554
TEL:059-228-9090  FAX:059-228-9090
ホームページ http://chouonji.net/ MAIL:info@chouonji.net
対 象 自死者遺族(自殺)・知人を自死で亡くした方(家族・パートナー・友人・同僚・先輩・後輩他)

※宗旨・宗派は問いませんが供養は真宗高田派にて行います
当日参加できない方 亡き人のお名前やお手紙を預けていただきましたら法要にてご供養いたします。
参加費 無料(定員30名)

追悼法要  午後1時30分から午後2時30分
茶話会 午後2時30分から午後3時 参加希望者・僧侶

主 催 自死遺族サポート ガーベラ会
〒514-2221  津市豊ケ丘3丁目19-10(エンジェルサービス内)
TEL:059-230-7227  FAX:059-230-4545  ホームページhttps://www.miegabera.jp/

ご案内の自死者追悼法要の主催者は、三重県の津市にある自死遺族のサポート団体「ガーベラ会」様です。

皆様はご存知でしょうか? 私(住職)は4年前に知りました。その当時名古屋でグリーフケアを学んでいました仲間の一人である潮音寺(追悼法要の会場)の村上英俊様が三重県でも自死遺族の方と追弔会を開催しようと発願され、三重県内の自死遺族のサポートをされていましたガーベラ会代表の松下さんと共に、4年前の6月に第1回の自死者追悼法要をガーベラ会様の主催で始め毎年6月に開催され今年で4年目になります。
自死で亡くなられたとお聞きするとどのように感じられるでしょうか?
ガーベラ会の代表であります松下様もご家族を自死で亡くされた自死遺族のお一人です。
私(住職)は、自死遺族の方とのお話をお聞きする機会はそれほど多くありませんが、
どのような場合でも、大切な方との別れには大いなる悲嘆が生じます。一人で抱え込んでしまいがちになるようですが、分かち合う仲間がいることはとても心強いことと思います。自死遺族の方々の分かち合う仲間との場を提供されています「ガーベラ会」様の活動はとても頼りになるものと感じています。
僧侶としてまた一人の人間として、悲嘆と向き合い少しでも寄り添うことができるようにと思うのですが現状は大変難しいことですが、今回の自死者追悼法要で皆様と共に一緒にお勤めをさせていただきたいと思います。

自死ご遺族の方々、知人を自死で亡くした方(家族・パートナー・友人・同僚 ・先輩・後輩他)で追悼法要に関心がございましたら、自死遺族サポートガーベラ会様にお尋ねください。また、自死について関心がある僧侶がいらっしゃいましたら、一緒に追悼法要でお勤めに参加しませんか。
 

初盆のお勤め

初盆のお勤め
妙華寺では、以前からお盆行事の一つとして、ご希望の方の初盆のお勤めをしています。
昨年のお盆から今年のお盆までの期間に亡くなられた方のご家族が初めてお盆を迎える時に初盆のお勤めをします。
妙華寺のお盆は、7月と8月の両月に地区を分けて行いますので、ご希望の月に初盆を勤めることができます。
一般的には、7日に初盆を勤めるご自宅に出向いて、火入れのお勤めします(火入れ)
その後、13日~15日の期間の夕方以降に、妙華寺の本堂でお勤めします(本堂で23日まで朝夕お勤めをします)
23日の午後7時より妙華寺の本堂で初盆を営まれたご家族と共に最後のお勤めをして初盆の行事は終了いたします。23日の予定は、お勤め(30分)と、「高田派のお仏壇のお給仕」のビデオ(20分)を見ていただき終了いたします。

注① 初盆の7日の火入れをご希望の方は、前月末までに、妙華寺までお申し出ください。月初めに火入れのお勤めに行くご自宅の順番を決めさせていただきますので、火入れの時間を妙華寺にお尋ねください。(およそ30分単位で決めています)

注② 13日~15日の期間の夕方以降に妙華寺の本堂でのお勤めの時間は、ご希望時間が重なりますと調整させていただく場合がございます。また、遅延されます場合は、妙華寺にご到着された順になる場合がありますのでご了承ください(およそ30分単位で決めています)
また、妙華寺の本堂にお持ちいただく初盆の仏具ですが、ご法名の記載されたもの以外の仏具は、ご遠慮をお願いしておりますご了承ください。

注③ ご遠方の方で初盆のお勤めをご自宅でご希望の方は、7日に火入れのお勤めができない場合がございますのでご了承ください。また、本堂(お寺)での火入れのお勤めも行っております。

※ご不明な点はお寺にお聞き下さい。

 

【23日の総回向の時の写真】

 

十字・九字名号

今年は、毎月10日に法苑院妙華寺を紹介していきたいと思います。
十字・九字名号

お寺の本堂の平素の向かって左余間には、高田派のご法主殿が書かれた、十字名号「帰命盡十方無碍光如来」と九字名号「南無不可思議光如来」を荘厳します。何時の時代からははっきりしていませんが、十字名号・九字名号は、親鸞聖人が書かれた、十字名号・八字名号に由来すると思います。現在 お名号(みょうごう)と言うと「南無阿弥陀佛」の六字の名号が基本と考えられますが、親鸞聖人が在世中書かれた名号から考えますと、十字名号・八字名号も尊ばれたことがわかります。

 

十字名号「帰命盡十方無碍光如来」名号の下に蓮台を描いたもの

親鸞聖人筆で十字名号が高田本山に残されています。親鸞聖人が書かれた十字名号は、本紙に十字名号があり、その上下に別紙を貼り足し、別紙に贊銘を記したもので、中国宋代の表具に倣った形式です。上下の贊銘は、お経の中の一文や、世親の「浄土論」の一文が記されている。

九字名号「南無不可思議光如来」名号の下に蓮台を描いたもの

親鸞聖人筆の「南無不可思議光佛」(八字)と記し、下に蓮台が描かれ、上下に別紙に贊銘を記された名号がある。
現存する親鸞聖人の直筆の名号は、高田本山の十字名号・八字名号と岡崎妙源寺の八字名号、本願寺の六字名号の四幅が確認されている。書かれた時期も高田本山の二幅は康元元年十月二十五日、妙源寺と本願寺が同年同月二十八日で、「三河念仏相丞日記」にこの時関東から京都の親鸞聖人に訪問をした真佛・顕智・専信・下人の弥太郎が四幅の名号を頂戴したと考えられる。専修寺の二幅は、真佛・顕智上人に与えられたものにほぼ間違いないと思われています。

あれから4年

あれから4年(お寺の寺業計画の具体的な取り組み)のその他
「未来の住職塾」を受講してからの私(住職)のお寺への思いは、どのように変わったのか? 寺業計画のビジョンに掲げた「お寺は仏様のいらっしゃる神聖な場所」「非日常の空間」ですが、お同行様の見方として「先祖のあるお墓の空間」も大切なこと感じています。お寺の行事が行われる本堂のある境内地にお同行様のお墓があることをもっとアピールできることのように思います。またお墓参りにお見えになるお同行様が一人でも多く本堂にお上がりいただき行事に参加していただくことが、多くの方々にとても良かったと思ってくださる場所にできればと思っています。
また、今年の総代会で、お寺を地域の方々の集いの場として活用することを提案されました。これまで自治会の総会会場としてお使いしていただいていますが、それ以外にも利用していただいてもよろしいこともPRしたいと思います。

私(住職)だけの力ではできませんので、お同行の皆様・地域の皆様のお力添えをお願いします。

5年前これまでのお寺のあり方が、時代の中で変化して、忘れ去られていくように感じて、「未来の住職塾」を受講して、学んで作成した「お寺の寺業計画」の取り組みについてもう一度、振り返ってみました。まだまだ取り組めていないものもありますし、その後取り組みたいと思うことも出てきました。発表してからの4年間で、お同行様から見る「お寺」はこれまでどおりなのか、住職の思いがどのように見えて(届いて)いるのか。限られた方からしか感想をお聞きできないのですが、これまでとあまり代わり映えはしませんがやっぱり私のお寺は、時代に迎合するのではなく、仏教・真宗の「み教え」から「生老病死」や「いのち」の問題を私自身がどう向き合うかを一緒に考えていく場であることであり、そのことをこれまで以上に多くの方々に分かっていただけるような寺院活動に心がけたいと思います。

※ご意見などございましたら、お寺のHPのメールからでもよろしいのでお寄せ下さい。

 

祖師寿 おめでとうございます

今年も祖師寿のお祝いが高田本山でありました。
男性は、5月21日の降誕会、女性は6月3日の高田派 婦人連合大会でです。
今年妙華寺では男性1名と女性4名のお申し込みがございました。その中で女性2名が式典に出席され表彰されました。
ご都合で出席できないお同行様へは高田本山から表彰状と記念品が届きます。
改めて「祖師寿になられておめでとうございます。これまでと同様に親鸞聖人の「み教え」をご聴聞して共々お喜び申しましよう」
祖師寿についてはご本人またはご家族から菩提寺へお申し込みをしていただきます。
詳しくは、お寺のHPや年末に発行しています「寺報」をご確認ください。
このことを励みにされていらつしゃる方もたくさんいらっしゃいます。
来年(平成31年)は昭和5年(1930)生まれの方が対象になります。

和讃

和讃をご紹介いたします。和讃について多くの参考書がありますが、『注解 国宝 三帖和讃』常磐井鸞猶著と『浄土高僧和讃講話』川瀬和敬著より紹介します。

浄土高僧和讃 曇鸞和尚 26首

如来清浄本願の 無生の生なりければ
本則三三の品なれど 一二も変わることぞなき

浄土に誕生することは、この世に於けるごときいのちを得ることではなく、阿弥陀仏の清浄な本願から頂く、ほろびることのない生命であるから、この世でこそ九種の宗教的素質の人がいるけれども、浄土に生まれればみな平等で、なんら変わることがない。

清浄本願は 煩悩を滅し盡くした清浄な心から生れ出た本願。
無生の生は 消滅を超越した、絶対永遠の生。曇鸞の造語。
本則の三三の品は 論註に「往生を願う者。本(もと)は則ち三三の品なれども、今は一二の殊なし」とあるに依る。本はこの世。三三の品は、観経に説かれた上上品から下下品に至る善悪九種の人間の品等。
以上 【注解 国宝 三帖和讃 常磐井鸞猶著より】

第2行の左訓は、「六道の生を離れたる生なり。六道四生に生まれること、真実信心の人はなき故に無生という」第3行は「本は九品の衆生なり」です。九品は『観経』に説かれた九つの品種、上上・上中・上下は大乗の善人、中上・中中・は小乗の善人、中下品は世間の善人、下上・下中・下下は世間の悪人という分け方です。
彼の浄土は、弥陀如来の清浄な本願によって開かれたところだから、その生まれ方も、三有虚妄、六道四生、流転輪廻の生ではないのです。娑婆界においては九品種に分かれていましょうとも、往生を願い同一に念仏して真実信心を得た人は、一とか二とかのわけへだてのない、浄土の平等性を楽しむのであります。
この曇鸞の「無生の生」に浄土の真実義を見い出された祖聖は、どれほど帰伏されたことでしょう。しかも世人をして浄土往生へと心を傾かせるには、方便化身の浄土を説かざるにおれないという、苦しみがあったのです。浄土へ生まれるといっても、明けても暮れても妄執しているこのわたくしが少し形を変えて、今よりうんとよくなることだとの妄分別を、無明として破りたいとの志願が燃えていたのです。我執がつくりあげた、こうであろうかという浄土や涅槃は、自己内心の虚像にすぎません。道元禅師が、「さとりもおぼえしがごとくにてもなし。かねておもふ、その用にたつべきにあらず」と言われましたように、胸の中で予定しこしらえたさとりは、張り子の虎で不住涅槃の立ち上がりはできません。
『入出二門偈』には、「諸機は本(もと)すなわち三三の品なれども、今は一二の殊異なし。同一に念仏して別の道なければなり。なお淄澠(しじょう)の一味なるが如きなり」と、『浄土論』を偈讃されますが、淄水と澠水との2つの河が流れて一味平等となると、譬えるのであります。

以上【浄土高僧和讃講話 川瀬和敬著より】

六角会館
京都の六角堂はご存知でしょうか。京都の中心にあるお寺です。
私(住職)が思い浮かべることは、親鸞聖人が参籠されたお寺です。六角堂のHPには、「鎌倉時代の初め、比叡山で修行していた親鸞は、建仁元年(1201)二十九歳の時、六角堂に百日参籠するという誓いを立てました。聖徳太子を深く尊敬していた親鸞は、京都における太子ゆかりの寺院として、六角堂に思いを寄せたのです。
参籠は、夜になると比叡山を下りて六角堂に籠もり、朝には山に戻る繰り返しだったといいます。そして九十五日目の暁に如意輪観音からお告げを受け、浄土真宗を開くきっかけを得ました」とあります。
本堂には「親鸞」額もあり少し親しく思いました。
六角堂と言いますがお寺の正式な名前は、「頂法寺」ですが、本堂が六角形の造りで六角堂と親しく呼ばれています。また、いけばなの発祥地としても有名です。室町時代の住職が仏前に華を供えることから工夫をして「いけばな」が生まれたそうです。


六角堂の前にある六角会館は、明治時代からこの地で女性が中心となり慈善活動等され、昭和初期に京都仏教婦人会と名をあらため今に至るそうです。毎月仏教講座を開催されていることは知っていましたが伺うのは初めてでした。参加したのは「親鸞聖人の和讃に学ぶ」で、資料をいただいくと丁度、曇鸞讃の第25首26首で今月お寺のHPで紹介する曇鸞讃26首が含まれていましたのでうれしく思いお話を拝聴しました。

布教伝道大会

教学院主催の布教伝道大会も今年で11年になるようです。
高田派の若い僧侶の布教の研修講座の大会で、今年は5月14日に特別編としてご講師の葛野(かどの)先生から「いちばんわかりやすい法話入門」としてのお話。布教使様がご法話をするに当たっての基本を丁寧にお話いただきました。


私(住職)は、布教使様ご自身のこれまでの経験や体験を踏まえて、仏様に出遭われたことの喜びをご聴聞されているお同行様と共に喜んでいく時間がご法話だと感じました。
仏徳讃嘆を喜ぶことができるのはこれまでの人生の中で、思うように生きることができない私がちゃんと仏様の願いに出遇っていることに気づかせていただくことをご法話を聴聞していく中で追体験できるのだと思います。今回はご法話ではありませんでしたが布教使様のご自身の法話への心構えを含めたお話でした。

お寺でご法話を聴聞できる機会はどうしてもお寺の行事の時です。そのお寺の行事へも忙しい日常生活でご参加がままならないことが多いのは残念なことですが、時間が合いましたら是非ご聴聞ください。

毎日全国のどこかのお寺では法話が聴聞できますが、妙華寺では、1年間に5回のご縁です。身近なお寺で、「後生の一大事」について布教使様の法話をご聴聞しましょう。

 

今日、5月18日は、毎年親友婦人会の総会日です。午後2時から本堂にて、親友婦人会会員様の追弔会と総会がございます。その後15時から「お寺の講演会」が開催されます。「お寺の講演会」はどなた様でもご聴聞できます。