

カテゴリー: 紹介
報恩講 絵伝


お寺の行事は、あなたの行事
お寺の行事はあなたの行事
妙華寺では、修正会・春秋の彼岸会・春秋の千部会・報恩講のお寺の行事があります。
それぞれの行事前にご案内させていただいていますが、皆さん関心はありますか。
1年で6日間。時間にすれば合わせて8時間30分。ご多用な方には時間がとれないかもわかりません。それでもお寺の行事に参加しませんかと呼びかけたいです。
「参加したところで何の意味があるの」と思われている方もいらっしゃるかわかりません。「仏のみ教え」は私が直面する現実の課題に対して何の意味もないかもわかりません。でも、少し、大胆なことを言えば、仏さんがいらっしゃる本堂で、「仏徳讃嘆」することに、私たちが考える意味があるのでしょうか。私たちの「いちの」が、「仏様に願われている命」であることを深く考えたことがあるのでしょうか。
難しいことは考えずに、その場に座することに意味があるのではないかとも思っています。私の人生の中に「お寺の行事」について考えてみたことがない方に是非一度参加されることを呼びかけたいです。参加された時の思いをお聞きしたいと思います。
※中川個人の感想です。

「住職たちの経営戦略」近世寺院の厳しい財布事情
「住職たちの経営戦略」近世寺院の厳しい財布事情 田中洋平著 吉川弘文館
近世の『世事見聞録』では、社会・経済・政治と同様に寺院や僧侶の実態や仏教界のことも批判的に記述されているとのこと。著者は、「寺院」の経済活動の面について近世の寺院がどのような状況であったかを古門書を通して論じられている。
近世の寺院経営面からの考察が、今の寺院経営にも必要ではないかと、考えさせられる1冊です。
また、寺院史研究と地域史研究から見える社会経済的状況を考察されていますので、時代状況は違いますが、「人口減少」や「寺院ばなれ」など寺院を取り巻く地域や檀家との関係を、改めて考える1冊と感じました。
仏の「み教え」を伝えるには、僧侶として研鑽する一方、組織としての寺院を経営(持続)させていく努力が必要ですが、現在の寺院は、近世寺院より住職や寺族に負担があまりにも片寄っているような感じもします。
※中川個人の感想です。

耳に痛い話
耳に痛い話
歳をとるほどに、自分に対して耳の痛い話は届かない。
まだ、幼少や青年期・壮年期でも、信頼する先輩や家族がいれば、注意をしていただくことがあるが、私自身が高齢になれば、中々、同輩や後輩からは注意されることもなく時間が過ぎていく。
「私は、正しく生きているのだろうか」「自分自身の判断が間違っていないのか」省みるとどうだろう。
そのような時、私の判断(ものさし)から離れて、仏の判断(ものさし)が気づかしていただくことがある。「自分勝手だったよね」「自己中心的だよね」そして、自分の考え方を訂正していくことができる。何回も気づかせてもらえる有り難さがあることがとても心地よい時間でもある。
※中川個人の感想です。

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古希同窓会
古希同窓会
10年前、還暦の時に同期の同窓会が、中学・高校で開催されました。当時は、同期の同窓会はこれが最後と思って、参加しました。そして、今年、古希の同期の同窓会が開催されました。10年前はご存命であったクラス担任の先生もこの間に、お亡くなりになりました。10年前の同窓会で会って話していた同窓生の中にも亡くなった方もいます。寂しいことですが、改めて思い出に浸りながら、今の年齢の自分と同じように同窓会に参加できる健康と時間がある同期に会えることは貴重であり、まだ会える同窓生がいることはとてもうれしい存在でした。10年前に比べるとアルコールの消費は随分減ったような気がしました。
※中川個人の感想です。

国登録有形文化財 本堂 1棟
2004年11月に妙華寺の本堂が国の登録有形文化材に登録されました。
およそ20年の間に、これまでの説明文が汚れて見にくくなっていました。改めて新しくしていただきました。
妙華寺は久居(ひさい)藩の城下町にある久居藤堂(とうどう)家菩提寺の玉せん寺(ぎょくせんじ)の西隣に並ぶように天和元年(1681)に建立された真宗高田派の寺院です。
文政4年(1821)の久居大火により焼失して、現在の本堂は安政4年(1857)の再建と 伝えられています。山門の奥に南面にして建つ本堂は、木造平屋建で表側(南側)を大 間(だいま)・奥の中央に内陣(ないじん)、その両側に余間(よま)、背面(北側)に 後堂(うしろどう)に区画し、建物の両側面には楽ノ間(がくのま)が配置されています。屋根は桟瓦葺の寄棟造り、錣(しろこ)葺で正面に向拝(ごはい)が突出しています。
高田本山専修寺(せんじゅじ)の御影堂(みえいどう)(国宝)と同じ手法が高田派の寺院の本堂建築等に取り入れられています。妙華寺は、藤堂家菩提寺と境内を 並列する待遇を受ける寺院でその本堂は、向拝の装飾的な構成や桟瓦葺の寄棟造りの屋 根に錣(しころ)にするなど特色のある外観をもっており久居の城下町の歴史的景観を留める貴重な建物です。
津市教育委員会

お説教とご法話
お説教とご法話
妙華寺の行事のお勤めの後の布教使様のお話を「お説教」から「ご法話」と言い出したかいつからか定かでないのですが、祖師前(親鸞聖人像がある前の大間)に高座を用意して、布教使様が、黒衣・五条でご出仕されていた時は「お説教」とご案内し、演台と黒板を用意して布教使様が、ふほう・輪袈裟でご出仕されるようになってから「ご法話」と案内するようになったと感じています。
また「お説教」を「お説経」・「お説法」と言う場合もあります。「ご法話」の言葉と共に「お法談」と言う言葉もお聞きします。それぞれ仏法の教え、信心のあり方(信仰のあり方)、功徳を説くことの意味合いになりますが、「説教」と聞くと、目上の方から教訓や堅苦しい話や小言とのように感じる場合もありますし、「説法」と言うと、意見することや自分の考えを相手に言い聞かせることの意味合いもあるようです。
真宗で大切なのは仏法を聞くことであり、「お聴聞」できることを喜びましょう。
妙華寺では、年5回「お聴聞」できる場がございます。「お聴聞」していただく励みとして法会参加票を用意しています。参加していただきますと押印をいたします。
10回のご参加で記念の品をお渡ししています。
※中川個人の感想です

記憶と記録
記憶と記録
先日、遠方のお同行様の年忌法要をお勤めしました。10年前の年忌法要の時の映像(動画)を拝見させていただきました。当たり前ですが、映像の中のお同行さんも、私(住職)も犬も若かった姿に少し驚きました。
記憶として覚えている姿と映像(記録)として見る姿は違うことに気づかされました。
そして今日は、七五三の日です。
七五三は、子どもの成長を祝う行事です。私(住職)は5歳の時に祝ってもらったと記憶しています。私(住職)の子どもの成長を祝ったかどうか3歳の時に祝ったような気もしますが記憶が定かでありません。それは、お寺で生まれたことで、神社に七五三参りに行かないのでからかもわかりません。私(住職)の時も、子どもの時も記念写真を撮ったと思うのですが、今は探しても見つかりません。

順番
順番
皆さん、「順番」と聞くと何を思われますか。
私(住職)が、「順番」で思い出すのは、就職する頃の会社訪問で面接を受ける時のことです。随分前のことですので、詳細は忘れていますが、名前を呼ばれるまでの時間はとても緊張していました。これは、病院で診察までの時間と同じような気持ちにも通じます。 だんだんと、自分の番が近づいてくる緊張感は、不安が原因なのでしょうか。
11月になると、12月の報恩講の準備とともに、来年の繰り出し(年回表)の準備などもします。来年は、前坊守(母)の7回忌と前住職(父)の17回忌の年です。そう思うと、次は私(住職)自身の「いのち」終える時のことを考えてしまいます。これまでのことを振り返りながら、これからのことを考えていく。先人達がしてきたことを私も確認しながら次にバトンを託したいと思っています。
