グリーフケア公開講座 第4回の講師は神戸赤十字病院の心療内科の村上典子医師でした。医師として「悲嘆に寄り添う」経験をお話しいただきました。ご遺族の思いは本当にさまざまで悲嘆反応のプロセスとしてあげられる項目も順番どうりではなく、グリーフケアのサポートをする側も注意する点があるようです。何気なく発する言葉が、時にはご遺族を傷つけてしまうこともあります。言葉は慎重にかけるように心がけなければいけないことが大切です。悲嘆の状態は誰にでもあることですが、うつ病やPTSD・心身症などの症状とも似ていることもあり複雑である場合もあるので専門家とのつながりも欠かせないようです。村上先生の考えるグリーフケアのポイントを7つほど示され、私(住職)の中で大切と感じたのは、「抑制され、遺族自身も気づいていない悲嘆がある」ことでその時は「不用意に悲嘆に踏み込まない」こと。「遺族のニーズに合わせる」こと。「ケアする側の限界を知る」ことで「必要な場合は専門家へ」つなげることなどたくさんの学びがありました。
また、村上先生の勤務されていらっしゃる赤十字病院の活動には災害医療があり、JR福知山線脱線事故の活動から得られた経験を元にして「日本DORT研究会」が設立され、災害現場おける死亡者の家族支援や長期にわたる遺族支援のネットワーク作りに取り組まれています。
講演が終わり、司会の鍋島師が村上先生のお話の中のご遺族の心情の中で、「後悔するのは愛があったから」と言うことを取り上げられ、悲嘆の反応にはさまざまな側面があることを改めて感じました。
※中川個人の感想です。
カテゴリー: 紹介
衣替え
衣替え 毎年6月になると夏衣に着替え10月に冬衣に着替えています。最近は暑さも早まり5月でも夏衣で良いような感じですが、正式な行事がありますと暦通りの衣を着ています。着物について詳しくありませんが、衣替えの風習は平安時代に始まったといわれているようです。旧暦の4月1日に夏ものに替え、10月になると冬ものにあらためたようです。そう聞きますと5月に夏衣に替えてもよいような感じもしますが・・・どうなんでしょうか?
また、着物の夏ものには、単衣(ひとえ)、紗袷(しゃあわせ)、紗(しゃ)、絽(ろ)、ゆかたなど夏の時期でも暑さに対して対応していることを知りました。そう言えば白衣も薄物もあるようで工夫もできそうです。私(住職)は汗かきで特に首から汗が噴き出しますので首にタオルがかかせません。
聴講
「高齢多死社会において僧侶ができること、やるべきこと」小谷 みどり
大学院生の子どもからゲストスピーカーの講義を聴講しませんかと連絡があり、京都にでかけた。ゲストスピーカーは、統計学の専門で死生学を研究されている小谷みどり先生でした。僧侶でない一般市民の視点から現代の葬送についての講義は、ある部分僧侶からすると耳の痛い話であるが社会で起こっていることであるので僧侶がきちんとそのことを見つめないといけない。緩和ケァの現場で、死にゆく人が本当に宗教を求めているのかと言えばこれまで宗教に関心を持ってこなかった人は持たないのが現状であるようだ。
また、お寺のお同行(檀信徒)の中で、葬儀や法事だけお寺に来られる方(それだけの関係)の割合はどのようなものか。僧侶はお寺に来られているごく一部の方と接しているだけなので、お寺との関係が薄い、もしくはお寺との関係がない事例には疎くなる。
その一例は、直葬や0(ゼロ)葬と呼ばれる、僧侶を介しない死者の送り方で、名前は知っていたがどうしてそのようにな送り方になるのか十分理解していなかった。そのような中で、僧侶(お寺)という存在はどういったポテンシャルかあるのか?
ここからが講義で小谷先生が一番言いたい(まとめの)部分であるのだが、私の時間の都合で早退を。とても残念であった。少しの時間であったが刺激をいただいた。この刺激から、僧侶のあり方やお寺のあり方を問い直すこともできそうだ。部外者に聴講をお許しいただいた関係者の皆様に感謝し学びの場を後にした。
※講義の前に毎日新聞に掲載された「論点」アマゾン、僧侶派遣 で小谷みどり先生が、「お寺とお同行(檀信徒)の関係を経済的にとらえるとクラブ(会員)の関係として見ることができ、お寺は、会員にどのようなサービスをしているのか。会員であるメリットはどこなのか」と発言されている。
(毎日新聞の掲載は、第一生命経済研究所主席研究員の小谷みどり氏と全日本仏教界理事長の斉藤明聖師、未来の住職塾の松本紹圭師の発言が掲載されていました。
祖師寿の表彰状
グリーフケア
「グリーフケア~愛する人をなくすということ~」 高木慶子
三重いのちの電話開局15周年の記念講演が三重県総合文化センターでありました。
京都のグリーフケア公開講座の第1回目に参加できなかった時の講師が高木慶子師でしたので大変幸運でありました。「悲嘆」と言う言葉は日常あまり使いませんので、「グリーフ」と言う英語を使い説明を始めるそうです。悲嘆の領域、悲嘆の感情、身体的羅患、高木先生が考える悲嘆の実態など基礎的なことから学べました。また、悲嘆にある方に寄り添う話は、長年この活動に関わってこられた実践がありますので大変奥深いものでした。その中で日本のこれまでの社会で喪の場面に、悲嘆に寄り添う習慣があったのが通夜・葬儀・法事(故人を偲ぶ行事)・お盆・お彼岸(社会としての行事)が形だけになっているので、葬式仏教と揶揄されていると話されました。もっとご遺族の話しを聞く(傾聴する)ことができれば、ご遺族のグリーフケアになるのではと、宗教者対象でない講演会でのお話しで改めて僧侶としてできることを真剣に考えさせられました。「寄り添う時は、相手を尊敬し信頼をもって行う」と言う言葉は大切にしたいと思います。
降誕会(ごうたんえ)
親鸞聖人の出自について覚如上人の『親鸞伝絵』に記されています。中世の史料には、聖人がいつどこで生まれたか具体的な記述がありません。
宗祖(しゅうそ)親鸞聖人は、承安3年(1173)に誕生されたことは、聖人のお手紙・書物に年齢が記されていますので判明しています。誕生の月日は、1月1日・2月上旬・4月1日、10月の諸説があります。これらは江戸時代に編集された聖人の伝記によるものです。その中で高田派の良空(りょうくう)の『高田開山親鸞聖人正統伝』に記された4月1日(太陽暦5月21日)説が有力になり、定着していき、場所については山城の日野の里に伝承があり今に至ります。また聖人の誕生日の行事として法会が勤まるのは明治に入ってからです。降誕会とは普通お釈迦様の誕生をお祝いする行事ですが、真宗では「親鸞聖人は阿弥陀如来の応現(おうげん)」と頂くところから聖人の誕生を降誕会と言いお祝いの行事をしています。
男性は降誕会の5月21日に、女性は6月の最初の日曜日に開催されます高田派婦人連合大会の式典で表彰されます。このことを励みにされていらつしゃる方もたくさんいらっしゃるそうです。来年は昭和3年(1928)生まれの方が該当されます。(今年の祖師寿の申し込みはすでに終了しています)
グリーフケア公開講座「悲しみを生き抜く力」
「親鸞と世阿弥の哀しみ」 山折哲雄師
世阿弥についてはまったく知らずにいましたが、親鸞聖人と世阿弥に共通することは、時の権力者から流罪になったこと。親鸞聖人は、京都から越後に流され、赦免後、善光寺から関東へ歩いて行かれる姿に「苦しみ」=「哀しみ」のように感じる。世阿弥は、親鸞聖人からおよそ200年後の時代で、流罪で佐渡に流されたが、同じように流された日蓮聖人や親鸞聖人については何も語っていないのはどうしてか。
能の舞台では、演者が最初にあらわれて「憑きもの」に憑かれ舞い、謡い、やがて静まっていく。その舞台で何も語らず聞いている人物が、坊主で傾聴の姿ととらえることができる。また演者が静まり最後に舞台から消えることを「成仏」とも言うらしい。
親鸞聖人の晩年の和讃である「悲歎述懐和讃」を誰が傾聴したのか?山折師は、「阿弥陀如来」ではと話された。
その後の鎌田東二氏との対談で、比叡山の偉大さを再認識させていだき、比叡山に伝わる「論・湿・寒・貧」に耐える力の中で、「湿」が日本の風土からきたものと指摘されていた。
※中川個人の感想です。
5月のおてらおやつクラブ
ぴっぱら
2ヶ月に一度発行のこの冊子を見たのは、高田本山に所用で伺い、待合で待っていた時、本棚にあるのを目にした。(公財)全国青少年教化協議会の発行するもので「ファミリアル仏教誌」とあり、手にした。冊子の裏面には、6つの願いが掲げられている。本文も易しい言葉で子ども達へ仏教の心を伝えようとしているのがわかる。私には、子どもへ仏教の素晴らしさを伝える力もなくどのようにしたらよいかわからなかったので早速会員になった。
全国青少年教化協議会(略称・全青協)は、仏教教団60余宗派と関連企業が協力し、青少年の豊かな生活と未来を願い1962年に結成(翌1963年設立認可)された公益財団法人です。2013年には創立50周年を迎え、同年12月2日に公益財団法人に移行いたしました。
「仏教子ども会・日曜学校」の推進をはじめ、子どものころから仏教に親しみ、世の中の移り変わりに押し流されることのないその教えによって、たくましい心をもった人間に育ってほしいと、諸事業を展開しています。
いじめ、不登校、少年犯罪など、ますます多様化する青少年に関する課題に対し、仏教や仏教者が果たす役割を常に考え、青少年はもとより、彼らとともに歩む青少年教化活動者を支援していきます。
また付属機関として2008年に「臨床仏教研究所」を立ち上げ、現代社会において僧侶や仏教者が果たすべき役割について研究し活動者の養成に取り組んでいます。












