古希

古希
振りかえるとあっという間の70年のように感じます。
誕生月に入ると、「健康保険高齢受給者証」が送られてきました。病院で受診する時、保険証(マイナ保険証)と一緒に提示するそうです。
65歳の時は「介護保険証」が送られてきて驚いた記憶があります。
また、調べると、70歳から車に「高齢者マーク」を表示することが努力義務(自転車運転にヘルメット着用と同じ)とあり、どうするか迷っています。

お茶の世界では、還暦や古希に自らお世話になっている方々(師匠や茶友)を招いて茶事(茶会)をすることがあります。私(住職)も10年前の還暦の時は、親しい方々をお招きしました。今年の古希も考えていましたが、昨年夏に変形性ひざ関節症で、座ることができなくなり断念することになりました。

歳を重ねるとできなくなることが増えていくことは承知していましたが、残念な気持ちも残っています。

いつまで、これまでのように活動ができるかわわかりませんが、お付き合いをお願いしたいです。

※中川個人の感想です。

明日20日は、妙華寺の春彼岸会です。13時30分からお勤めが始まり、14時頃から15時頃まで、浄泉寺の戸田栄信師の法話がございます。ご都合がつきましたら、ご参集ください。

法事

法事
法事は、冠婚葬祭の1つ先祖を祀ることと考えられています。
真宗では、故人を縁として仏法に遇い、阿弥陀仏の恩徳に報謝し、お勤めをする。と意味づけしています。
今年は、前住職の17回忌・前坊守の7回忌の年です。

檀家さんの法事の形も、時代によって変わってきていますので、私(住職)が紹介する法事のあり方は、前住職や前坊守から伝えられた昭和の最後の頃の姿と考えてください。

法事は、故人を一緒に偲ぶ場に集っていただく方々がいらっしゃることが前提になると想います。もちろん私一人が故人を偲ぶことになる場合もあります。

法事を迎えるにあたっていろいろな準備があります。
一番最初に日時を決めることですが、命日に使い日で土曜日・日曜日で考える場合、親戚寺院には、それぞれの寺院の予定もありますので、案内状を発送する前にお伝えしたほうが良いと思っています。
当日にお越しいただく方の控室の準備や接待(おもてなし)する湯茶道具などの準備があります。
大人数でありますと、家族以外で、手伝っていただく方を依頼したりします。
また、集まっていただいた方へ手落ちがないよう「志」の準備や、食事の準備などしていますが、当日を迎えると予期せぬことが起こったりするのが現実です。

30年以上前の法事では、このような形が多かったと思いますが、家族(遺族)の負担や、親族との関係性の変化(希薄化)から、家族(遺族)が、ゆっくり故人を偲ぶことを選ぶと、今の形に変わってきているのだと感じます。

※昨年5月5日のブログでお寺のHPでも「法事」について、今回とは違う視点で取り上げています。

※中川個人の感想です。

年忌 真宗では、故人を縁として仏法に遇い、阿弥陀仏の恩徳に報謝し、お勤めをする。【浄土真宗辞典】

愛でる

愛でる
季節を感じる
3月も中旬を迎える頃は、暖かい日も増え、花粉症の症状があると厳しいですが、外出する機会も増えてきます。また、卒業・就職などの準備や、年度末であわただしい時期でもあります。一ヶ月前の2月はまだ寒くて、年に一度くらいの雪が積もったりしていたのに、不思議ですよね。久居で生まれて70年にもなるのに毎年季節を感じているのですが、季節を楽しむ力は衰えているように思えます。

寒い時期の雪を楽しんだり、暑い夏を楽しんだりできたのは、10代や20代の頃が一番楽しんでいたように思うのは、歳を重ねたせいでもありそうです。

私(住職)が「愛でる」の言葉を知ることになったのはいつからだったか定かではありません。10代や20代の頃は、そのような言葉を知らなかったのは確かです。歳を重ねて感じる言葉なのかもわかりません。
季節の花を愛でる。自分の感性にかなった物を愛でる。そこには、対象を大切に思う心があるように思います。毎年、咲く梅や桜は、毎年同じではないと感じるとはかなさにも心が動きます。「一期一会」を年々感じることで、生きている意味をもう一度振り返りたいと思います。

※中川個人の感想です。

東日本大震災から15年

東日本大震災から15年
年々、時間が経過するのは早いと感じます。今年も3月11日になると東日本大震災を思い出します。遠く離れた場所で起こった地震災害ですが、当日の私(住職)の行動は覚えています。自分の中で、テレビで初めて見た状況に言葉はでることはありませんでした。
多くの方が被災地でボランティア活動を開始する頃に自分に何ができるのだろうと考えるととても無力であることに気づかされていました。

被災者の皆様が過ごした15年の思いと私(住職)の過ごした15年の思いは、時間が経過していく中で、思いの距離が離れていていくような感じもあります。
それでも、忘れないことと、念じること。そして、これからの備えは続けていきたいです。

※中川個人の感想です。

 

短念珠

短念珠
お墓やお寺にお参りする時、念珠をお持って合掌していただいています。
高田派の念珠は、男性用・女性用があり、合掌する時の念珠は、フサが上になるよう持ちます。
妙華寺では、親玉と称している珠に「妙華寺」と掘った短念珠をご用意しています。

毎月の日曜学校・Temple Morningにご参加されますと、1珠をお渡しして、22珠集まると短念珠に仕上げてお渡しています。

「まいてら」チラシ

「まいてら」チラシ
妙華寺は、お寺のポータルサイト「まいてら」に登録しています。
どうして、登録したのかは、時間を遡っていくと、寺院のあり方を考えている時でした。『寺院消滅』の書籍(言葉)が話題になった頃、私(住職)自身もこれまでのお寺のあり方に危機感を持っていました。「これまでのお寺ではダメだ」と思っても、どうすれば良いのかは、手探りの状況でした。13年前になりますが、全国の超宗派の住職やこれから住職になる僧侶と共に学ぶ、1年間の講座に参加しました。
宗派では、教義の研修(講座)はこれまでありましたが、寺院経営の視点での講座は、ほとんど無く、教義研修とは違う、初めて聞く経営に関する言葉や理念に戸惑いながらも、大きな刺激を受けたことでした。その後、お寺のHPを開設し、檀家様も含む生活者へ情報の発信をはじめたのが、2015年9月です。
当時も今も、お寺のポータルサイトはたくさんあります。地域に特化したもの・お墓や納骨堂に特化したもの・葬儀や法事の僧侶派遣などのポータルサイトは、私(住職)から見ると何か営業的な感覚があり、興味はありませんでした。
そして、「これからの時代に合ったお寺とのご縁を、1人ひとりの生活者が安心して結べる場」として「まいてら」が開設されました。
運営法人の運営者を知っていたこともありますが、お寺と生活者が共に安心して結ばれるポータルサイトは、「まいてら」しかできないと思い、参加(登録)することになりました。
「まいてら」では、他の登録寺院との研修や運営法人からの生活者のアンケート調査の共有など、フォローアップもあり、充実したポータルサイトと感じています。

今回、「まいてら」の紹介と「まいてら」内での「妙華寺」の紹介ページを、皆様に紹介したいと思い、チラシを作成しました。
皆様のお手元に届けたいと思っています。

また、「まいてら」の記事で「法事を重ねる中で見えること。息子の13回忌を終えて」は、私(住職)にとって感激した内容でした。

※中川個人の感想です。

祖師寿

祖師寿表彰について
親鸞聖人と同じ年齢になられたことをお祝いいたします。

令和8年の該当者は、昭和12年(1937)生まれの方です。
男性は、5月21日(木)(本山降誕会の時)
女性は、高田派婦人連合大会の6月7日(日)(6月の第一日曜日)
本山の御影堂に於いて表彰されます。
該当者は3月末までに当寺にご連絡下さい。(本山に報告し、本山よりご案内がございます)

例年、寺報でもご案内させていただいています。

蜘蛛の糸

蜘蛛の糸
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」はご存知ですか。児童向けの短編小説です。
お釈迦様が地獄にいる悪人の1人を見て、生前良いことをしたことを思い出し、「蜘蛛の糸」をたらしたら、その糸を登りはじめたそうです。そうすると、後ろに何人もの者が登りはじめたことで、最初に登りはじめた1人が、「(蜘蛛の糸が切れると思い)後ろの人達に登るな」と叫んだら、蜘蛛の糸が切れて、その人も一緒に地獄に落ちていった物語です。
あなたは、どのように感じたでしょうか。
利己主義の戒めであり、慈悲の心の大切さが説かれています。
蜘蛛の糸は、人との縁やつながりと捉えることもできるようです。
他にも、いろんな見方ができますが、お釈迦様が阿弥陀様だったらどうだったでしょうか。

お釈迦様と阿弥陀様を比較することではありません。救いの対象が違うと感じています。
地獄は、生前悪行をしていた人間が行く所のイメージで語られます。だから、生きている間、良いことを進めることになりますが、「悪人」についてどのように捉えるかも私たちに問われているように感じます。

社会的な「悪人」の概念もそうですが、私自身が「悪人」と自覚する視点が欠けてしまうと、どうしても「正義」と「悪」を比較して結論づけてしまうように感じます。
多くは、私が「正義」で他者は「悪」なのでしょう。

※中川個人の感想です。

いのちの日

いのちの日
京都府では、(平成28年から)毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されます。

また、京都では、この趣旨に賛同した宗教者の活動の一つが「Life Walkいのちを想う宗教者の行進」もあります。

行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれ、全国に「いのちの日」が広がることを願っています。

三重県こころの健康センター主催の「自死遺族の集い」(わかちあいの会)
【お申し込み・問合せ】三重県自殺対情報センター
059-253-7821(平日8:30-17:15・祝祭日・年末年始除く)

 

寺院経営

寺院経営
今の寺院は、戦後の宗教法人として存在している。妙華寺が創建された江戸時代に遡れば、どのような寺院経営(運営)をしていたのだろうか。

新しく造られた町(久居藩領)に寺領を与えられ、当時の高田派の1寺院としての三号(寂陽山 法苑院 妙華寺)を許され、本尊や三具足を下附されたことは記録として残っています。
また、新しい町の新寺であるので、檀家はいない状態で、新しい町に転入する家族が高田派であれば、妙華寺に加入(檀家入り)する形であったようです。これは、久居藩に新たに造られた他の宗派も同様と思われます。
寺領は与えられても、そこに本堂や諸堂や庫裡(くり=住まい)は、当時の檀家と共に長い年月をかけて造られてきました。創建当時の本堂や庫裡は、文政4年(1821)の久居の大火により焼失しました。その後、安政4年(1857)に再建されたのが今の本堂です。再建までの長い年月(36年間)、住職や寺族・檀家は、一丸となってお寺を護持することだったと思います。その後に、本堂の荘厳も少しづつ体裁を整えて今に至っているいることは有難いの一言では言い表すことができない気持ちです。

寺院の生活も、境内地の僅かな畑で野菜などは栽培していたようですが、多くは、斎米(ときまい)として檀家さんからの志や、布施・寄付でまかなうことだったと思います

今より、小さい、地域経済の中で寺院経営をしていたことは確かでしょう。
第一次・第二次世界大戦や戦後数年間の頃の厳しい経済状況のことは、祖父や両親からも聞いたこともあり、私(住職)が生まれた昭和30年代も質素や倹約の中で生活をしてきました。その後、日本経済が豊になる中でも、寺院経営はそれほど豊になる訳ではありませんでした。建造物の修復などは、大きな行事を迎える時に、寄付を募り、修復や改修をしています。これは、今も続いていますが、お寺への帰属意識が薄れる中では、今後、続けることは難しいと感じています。

寺院経営は、創建当時と同じように、檀家さんの志や布施・寄付によることは変わりません。
私が住職になってから、寺院会計について、税理士事務所に依頼して、助言をいただいています。どのような形で寺院がこれからも継続できるか、生活者の意識が大きく変化する今。大きな課題をいただいているようです。

多くの寺院の寺院経営はとても厳しく、将来を見通すことは難しいです。妙華寺も同じです。私(住職)としては、次にバトンを渡せることが第一の思いですが、その先を考えると、妙華寺がいつまで宗教法人として活動ができるかわからないのが現状です。

※中川個人の感想です。