お寺の11月

お寺の11月
私のお寺が所属している組(そ)では、各寺で11月12月にお寺の報恩講をお勤めします。互いに出仕しあいますので、大体、そのお寺の報恩講の日時は決まっており、予定に入れています。急な、葬儀などを除いて出仕させていただきます。最近は、僧侶同士が会う機会も減っていますので、貴重な時間です。妙華寺は12月の第一週の日曜日に報恩講のお勤めをしています。その準備は、11月には始まっていますが、来年の準備も始まります。時間があっという間に過ぎてしまうのが11月です。

【報告】秋千部会

【報告】秋千部会
秋彼岸会の時もそうでしたが、天候がわからない日でした。新しく法話をお聴きされる方、続いて聴聞される方々に感謝申し上げます。
ご法話は明通寺の佐波真教師で、「無財の七施」として仏教の教えを味わい深くお話されました。法話終了後、聴聞された方のお一人から法話がわかりやすかったとお声がけいただきました。
また、控室では、専門の和讃について懐かしいお話や高田派にとっての和讃の意味合いなどをお教えいただきました。
12月の報恩講は冬支度も必要ですね。

お寺の使命「私たちのお寺はあなたをひとりぼっちにしません」

先日、ある方からお寺のHPの「私たちのお寺はあなたをひとりぼっちにしません」についておたずねがありました。

以前の感じたことを改めて振り返っています。※住職の年齢などは現在の年齢に変更しています。

お寺の使命
平成25年(2013)に受講しました「未来の住職塾」では、1年間の学びの最後にそれぞれのお寺の「寺業計画書」を完成させて発表することで、これからのお寺の活動の方向性をステップアップしていくものでした。
妙華寺のお寺の使命として「私たちのお寺はあなたをひとりぼっちにしません」とさせていただき、悲しみに寄り添えるお寺を目指しています。

今、住職は68歳です。自坊のお寺のお手伝いをさせていただくことになったのは、およそ40年以上前の20歳を過ぎた頃からです。夏休みにお盆のお勤めからでした。卒業後、社会人になり土日の年回のお勤めを始めました。28歳の頃から亡くなられた方への枕勤めに行くことになりました。大切な方を亡くされて、自宅に帰られたその場に同席しお勤めをする中で、家族の悲しみにどのように接してよいのか戸惑いを感じていました。大学生の頃、祖母を亡くし、24歳の時に祖父の死と対面をしているにも関わらずお同行の方の死に対してそのご家族とどのように接してよいのか戸惑っていました。
そして、お寺のお同行様の中で自死で亡くなられる方が年間1・2軒あることがわかりました。その後、日本で自死される方が年間3万人を超えると知ることになりました。  今から27年前に龍谷大学のREC(社会人講座)で仏教心理学より「傾聴」について学ぶ機会がありました。阪神大震災で被害にあわれ、大変な悲しみを持つ方々も受講されていました。また、16・17年前に本願寺の聞法会館で、「自死」をテーマにしたディスカッションがあり当時同志社大学生の尾角光美さんが自分自身の体験を語り、僧侶が彼女の悲しみに本当に向き合っていないと語り、そのことを私自身のことのように受け止めましたが、やはり悲しみをお持ちの方のお気持ちに寄り添うこと(お聞きすること)しかないのかと感じました。
その後、「特定非営利活動法人 京都自死・自殺相談センター」が設立されましたことを知り、遠方ではありますがその活動に賛同して、ひっそりですが、その活動を紹介させていだいています。
毎月、「Sotto(そっと)」の会報をお送り頂いています。また講演会などの案内もあります。
お寺では、特定非営利活動法人 京都自死・自殺相談センターSottoさんや三重県こころの健康センターの相談窓口の紹介もしています。
平成26年(2014)にはグリーフケアの連続講座を受けるご縁をいただき、私にとって貴重な経験でした。法務に追われ、グリーフケアの活動に参加する時間がとれませんが、法務の中で悲しみに寄り添うことの覚悟を問われているような気もいたします。

 

 

お寺とは⑦

お寺とは⑦
お釈迦さまは「伝える」ことをどのように考えられていたのでしょうか。
インドの国の王子として生まれたガウタマ・シッダールタは、「人間はなぜ、苦しみから逃(のが)れられないのか」と言う思いから、29歳の時、出家されました。6年間の苦行(修行)のあと、瞑想し、悟りを得たと聞きます。悟りを得たあと、「悟りをこの世の人に伝えて」と懇願されたが「人々に説いても理解されないだろう」と躊躇します。しかし、最初に悟りを説いた(伝えた)相手は、苦行(修行)仲間の5人だったと聞いています。その後亡くなるまでインド各地で教えを説かれ(伝えられ)ました。
最初に人々に伝えることを躊躇しながらも、伝えることにした転換点は何だったのでしょうか。いろいろ考えさせられます。

親鸞聖人は、「伝える」ことをどのようになさっていたのでしょうか。
9歳で得度して比叡山で修行されていました。20年間の修行は、比叡山に伝わっている仏教の教えをひたすら聴聞し実践されていたのですが、悩みは断ち切れず、100日間、六角堂で籠もり、法然聖人の元で念仏の教えを聴聞され、弟子となられたと聞いています。6年間の法然聖人の元での念仏の教えが、自分が救われる教えであることを確信されていくのだと思います。その後、流罪により、法然聖人とは会うことがなくなりましたが、生涯、法然聖人の念仏の教えを伝えていかれました。

お釈迦さんも、親鸞聖人も自身の心の迷いがなくなる世界(真実)があることを確信できたからこそ、それを伝えようとされたのではないでしょうか。伝えることの困難はあったでしょうが、その実践する場が、今のお寺につながっていると思います。

また、今の私(住職)も、親鸞聖人の念仏の教え出遇うことで、人生が素晴らしいものになったことに感謝しかありません。そして、その教えを伝えることは大切なことと思います。

式章

式章(しきしょう)
式章(しきしょう)はご存知ですか
式章は、僧侶の着用している輪袈裟(わげさ)の形で輪袈裟の下半分が紐になっています。本山や菩提寺から記念の品として式章をお渡しさせていただくことがございます。
これまでに高田本山の御影堂平成大修理の記念にお渡ししたことがございます。
本来、お同行の皆様が法会参詣する時に着用するものとお聞かせいただいています。
お寺での特別な行事(御遠忌法会や一光三尊仏御開扉法会)や本山や他のお寺に団体参詣など行く場合、式章を着用されているお姿を拝見しますが、最近は式章を着用して、葬儀、年忌法会をお勤めするお姿も少なくなりました。
もしご家庭に式章がございましたら着用される機会をつくられたらいかがでしょうか?

「法然と極楽浄土」

「法然と極楽浄土」
京都国立博物館で開催されています「法然と極楽浄土」展に行きました。浄土宗開宗850年の記念で、前回、法然上人800回忌の特別展「法然 生涯と美術」以来、13年ぶりの特別展です。今回は、東京・京都・九州の国立博物館の巡回展です。京都で始まった週ですがゆったりと拝見することができました。国宝「阿弥陀25菩薩来迎図(早来迎)」の修理報告が8K画像で興味のある部分をしっかり見ることもできるるコーナーもあり、報告書も大切ですが、修福の新しい紹介の仕方も素晴らしいと思いました。法然上人像は真宗でも選択本願念仏集の書写の許しを得た親鸞聖人が法然聖人がいただいた絵像の構図と同じように見えました。二尊院の7箇条制誠は、展示期間が後半ですので今回は拝見することができませんでした。源空(法然)の自筆消息も拝見できました。
貴重な法宝物を拝見することができる喜びを感じています。

親戚寺院の葬儀

親戚寺院の前住職の葬儀
私(住職)の母の従兄弟にあたる、三河の西光寺の前住職が往生されました。10月2日に示寂し、一週間後の9日に葬儀が行われました。創建1300年のお寺で、最初は天台宗だったそうです。その後、親鸞聖人の弟子の1人顕智上人の時代に真宗高田派になったそうです。私(住職)が大学生の頃、父(前住職)と車で伺ったのが最初です。西光寺の親鸞聖人750回御遠忌の時、鐘楼を階上に置く立派な山門を再建され、親戚寺院の1人としてお勤めさせていただきました。往生された西光寺の前住職様は、妙華寺の前々住職・前々坊守・前住職・前坊守の葬儀法要には遠方からいつもお越しいただいていました。物静かでいらっしゃいましたが、写真が趣味だったことは、叔母から聞きました。本山の報恩講や研修会でお顔を拝見したり、毎年法話を掲載した同人誌をいただいたり、京都の衣店でお会いしたこともあり、いろいろな情景を思い出し、感謝をお伝えした葬儀でした。

 

はじめて出遇う仏典のことば

「はじめて出遇う仏典のことば」 野呂 靖著 本願寺出版社
著者が出遇った12の仏典のことばを紹介されています。

私(住職)が出遇った仏典のことばを紹介するなら何になるでしょうか。
入学した中学は、週に1度仏教の時間がありました。何から学びだしたかは覚えていませんが、お釈迦さんの一生から学んだと思います。お釈迦さんが生まれた時の「天上天下唯我独尊」の「ことば」も驚いたことでした。王子の位から「出家」の理由も学びながら私(住職) だとしたら出家をしただろうか。長年の苦行のすえ、瞑想して悟りをひらかれました。はしめて他者に法をといた「初転法輪」もお釈迦さん自身の中の葛藤を知ると興味深いことです。インドから中国・朝鮮半島を渡って日本の仏教の受用の歴史や、鎌倉時代にはじまった当時の言葉では鎌倉仏教。親鸞聖人のことからたくさんの「ことば」に出遇いながら、どの「ことば」に感銘してきたのか考えるとなかなか「ことば」をしぼれないのが今の気持ちです。

今、この著書を通しながら見つめなおすのもよい時間かもしれません。あなたの出遇った仏典のことばはどの「ことば」ですか。

10月のお茶

10月のお茶
5月の初風炉から続いた風炉のなごりの月です。中置の点前は、10月だけのようです。
秋の「みのり」のイメージが強いですが、風炉のなごりのイメージで印象的なのは、やつれ風炉に藁灰が有名です。稲藁を蒸し焼きにして黒くし、風炉灰の上に、1本1本丁寧に置くことに亭主の正客への「おもてなし」の心を思うと感動します。私はまだそのような席を経験していませんが、経験された皆さんがとても素晴らしいとお話を聞くことはあります。
また、風炉の流し点も炉が開かれる前に稽古をするのもよいと思います。

お寺の10月

お寺の10月
衣更えの時期ですが、まだまだ暑い日もあり、個人的には11月に衣更えを変更してもよいかなと思うこの頃です。10月の秋の千部永代経法会の準備もあります。また、早い方は、来年の法要の日時をご連絡くださる場合もあり、来年のカレンダーも気になります。真宗教団連合の法語カレンダーや法語解説本の準備と年1度の寺報の原稿の準備。12月第1日曜日の報恩講のことも気になり出し、一気に年末のことまで考えてしまう10月です。