火を熾す(使う)ことができたことは、人類が今の生活を手に入れてきた一つの要因であるでしょう。
私が小さかった昭和30年代前半は、日常生活で、ご飯はかまどで薪を使って焚いていました。煮物や焼物は、練炭コンロを使っていました。お風呂も薪を使って沸かしていました。
居間には、火鉢に鉄瓶がありお湯を絶えず沸かすのに炭が使われていました。暖を取るのも炭でした。その生活から、徐々に、ガスや電気を使う生活になり、今では、薪や炭などは、野外キャンプ場や、専門店でしか使われなくなっています。
その中、茶道では、いまだ炭を使っています。(電熱ヒーターを使用することもあります) 炭を熾して、茶釜でお湯を沸かして、お茶一服差し上げるのですが、差し上げる時が一番お茶に適した温度になるように炭をつぐのが炭手前になります。
火種になる炭から炭をついで、お湯が沸くまでの間、お茶をおいしく召し上がっていただくのに時間がかかりますので、炉の時は、初炭の手前から逆算して、お米を炊き出す時間を決めて、汁を温めたりしなが、一汁三菜の懐石をお出しします。
今の感覚では時間がかかるのを否定的に捉えがちですが、実際経験してみると客様もやるべき役割があって時間を忘れさせてしまいます。
徐々に炭が熾り、炭が灰に変わるまで、炭のつぎ方に決して同じではないこと、人生にも似ているように感じます。
※中川個人の感想です。

無邪気と邪気

無邪気と邪気

19日は、69年前、私(住職)が生まれた日です。でも、生まれた日を果たして、私(住職)の頭の中に記憶があったのかと問われますとわからないが正しいと感じています。
出生届・戸籍の記載された日であっても、生まれてきた時、泣いているだけの小さな「いのち」で何一つ自分でできない状態でした。その「いのち」を大切に思い、育てていただいた方々がいて、今日があるのだと感じています。生まれてきてからも縁によっては、その時に「いのち」が終わっていたことも経験していますが、有難いことに生きています。

最近、ある本を読んでいて、「無邪気」と「邪気」が気になりました。
「邪」が含まれる言葉は、マイナスイメージですが、私(住職)の中にあるものです。
人として、直せることができればいいのですが、皆さんはどう捉えますか。
努力して直すことができる。少しはできる。全て直すことができる。できることとできないことがある。努力してもできない。いろんな思いが交わります。
仏教語の「邪見」を主にして考えていくと、「広い意味で仏教に背くすべての思想のことで、とくに因果の通りを否定する考えを指すことが多い」真宗では、「自力をたのみ、本願を疑う見解を指すこともある」とあります。仏教の浄土の教えから捉えると、私をどのような存在であるかを考えるきっかけになりそうです。

明日20日は、妙華寺の春彼岸会です。13時30分からお勤めが始まり、14時頃から15時頃まで、浄泉寺の戸田栄順師の法話がございます。ご都合がつきましたら、ご参集ください。

 

むじゃき【無邪気】
〘名・ダナ〙性質・気持などが不純でなく、素直なこと。あどけなく、かわいいこと。「―に遊ぶ」「―な子供」
[派生]―さ ⇒純真
岩波 国語辞典 第八版 (C)2019 株式会社岩波書店

じゃき【邪気】
①すなおでない、ねじけた気持・性質。わるぎ。「―のない人」
②人の身に病気を起こすと信じられた悪い気。「―を払う」
岩波 国語辞典 第八版 (C)2019 株式会社岩波書店

じゃあく【邪悪】
〘名ナノ〙心がねじけていて、他に危害をおよぼし人倫に反すること。
[派生]―さ 岩波 国語辞典 第八版 (C)2019 株式会社岩波書店

じゃけん【邪見】
①〔仏〕因果の道理を無視する、間違った考え方。
②間違った見方。
▷かなり古風。
岩波 国語辞典 第八版 (C)2019 株式会社岩波書店

じゃしん【邪心】
悪い心。邪悪な心。「―がない」
⇒心
岩波 国語辞典 第八版 (C)2019 株式会社岩波書店

【案内】真宗入門講座 3月27日13時30分から高田会館ホール

【案内】真宗入門講座
真宗入門講座は、高田本山専修寺に伝わる「親鸞伝絵」から親鸞聖人の生涯の紹介です。
今年で3期目にあたります。

03月27日(水) 13時30分から15時30分 高田会館ホール 
        「山伏済度」の段
04月16日(水) 13時30分から15時30分 高田会館ホール
「箱根霊告」「熊野霊次」の段
05月20日(火) 13時30分から15時30分 高田会館ホール
「聖人入滅」「廟堂創立の段
どなたでも参加できます。関心のある方は、高田本山教学院におたずねください。

※3月27日は、妙華寺の副住職が紹介します。

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宗教者からのメッセージ10

宗教者からのメッセージ10
京都府に「いのちの日」が制定されて、浄土真宗本願寺派総合研究所から、毎年、宗教者から自死の苦悩を抱えられた方へのメッセージが届けていられます。
今年は、4名の宗教者からのメッセージが掲載されています。妙華寺の副住職も1人の宗教者として掲載されています。まだまだ修学中ですが、必要な方へ届きますよう願っています。春彼岸会にご参加されました皆様にお渡しする予定です。

遙拝(ようはい)

遙拝
妙華寺には境内墓地があります。お彼岸やお盆には、多くの方々がお墓詣りにこられ賑やかです。また、お寺の行事の前後でお墓に参られる方や、年回法要で本堂でお勤めをした後、お墓でお勤めすることがほとんどです。

ただ、雨であったり、風雨が強くお墓でお勤めができない場合もあります。
そのような場合、本堂内でお墓に向かって墓勤め(遙拝)をさせていただいています。

高田本山専修寺では、毎月、親鸞聖人の命日(16日)に御影堂でお勤めのあと、ご廟(墓)に行列を組んで行き、ご廟でお勤めされていますが、雨の日などでご廟に行くことが難しい場合、如来堂からご廟に向かってお勤めされることから、妙華寺でもお墓でお勤めが難しい場合、遙拝にてお勤めしています。

東日本大震災から14年

東日本大震災から14年
今年、私(住職)は、69歳になります。昔の数え方で言えば「古希」です。
私の生きてきた時間で調べれば多くの地震が起こっていますが、30年前の阪神淡路大震災と14年前の東日本大震災と昨年の能登半島地震の映像が印象に残っています。
地震以外でも大きな災害はあります。昭和34年の伊勢湾台風は私の住んでいる地域でも多くの被害が出ました。しかし、私は3歳でしたし、映像として残っているものは今に比べてとても少ないので、余り記憶として残っていません。

大きな災害についてもそうですが、時間が経過していくとそのことを共に考える時間が少なくなることに、申し訳なさを感じますが、生きていくことに精一杯の私にとっては、しかたがないと切り捨ててしまう感情もあります。
しかし、それでも伝えることはしなければいけないのだと感じています。昨年、「伝える」ことの難しくさに悩んだ時間がありました。自分自身の「伝える」スキルが未熟であったとしても、「伝える」努力を続けないといけないことの大切さを改めて感じています。

また、視点を変えて考えると、日本だけでなく世界で地震が起こっている(地球では地震が起こっている)ことは、大地が安定していると言う私の思い込みであったのではないか。本当は、自分の立っているこの大地は決して安定している場所でなかったのかと考えてみることもできます。この視点では、少しだけ宗教的な意味合いも感じられるような気もします。
※中川個人の感想です。

本当の色

本当の色
今年に入って、連続ドラマ「True Colors」に引き込まれました。その人にとって目の前の景色がどのように見えているか想像もしていませんでした。
視覚障がいについては、漠然と考えていましたが、自分事として考えていなかったことがあきらかになり、恥ずかしく思うと同時に、他者に向き合うことの難しさと大切さを学んだことです。
天草の海の色がとてもすてきで、「青」色と言っても、グラデーションがあり、それぞれに名があります。
私が見ている「青」は、あなたの見ている「青」とは違うのでしょうか。違ったとしても私の見ている「青」は私にとって本当の「青」なのだろうと感じます。
私の見ている(見えている)色もそうですが、映像も何が自分にとって気になるかによって同じ映像から目に焼きつくものは違ってきます。
色彩を通して、見え方は多様であることを知り、自分にとっての本当の色について想いを馳せています。

最後に流れる「True Colors」は、私(住職)が若かりし頃、シンディーローパーがうたっていた曲です。落ち込んでいる時に大丈夫だよと励ましてくれたように。ドラマ「True Colors」も、不安な気持ちを大丈夫だよと背中を押してもらえるドラマでした。

季節を感じる

季節を感じる
日常生活やお寺の行事でも季節を感じますが、茶道では、季節に合わせた点前などもあり、学び初めてより季節のことを感じるようになりました。
風炉(5月から10月)と炉(11月から4月)の季節があります。風炉の時期でも、夏の暑い頃は、火を目立たなくしたり、涼を感じる工夫をしたり、晩秋には、火を、お客様に近づけたりします。 炉の時期でも、極寒の時期は、茶室を暖かくする工夫や、お茶碗のお茶を暖かくする工夫など覚える点前はたくさんあります。
3月になりますと、炉の五徳を外して、釣釜が掛かります。点前をしながら、天井から鎖につられた釜が少し揺れている姿に自分自身の姿を見たりします。

年中行事の意味や先達の想いなど、わかっているようでわかっていないこともお茶を通して学べることがありがたいです。

私(住職)は、初風炉と言う5月がとても気に入っています。炉を閉じて立夏に畳替えをして、風炉を据えるのですが、立夏とはいえまだ小寒い日であっても凜とした気持ちになるのが気に入っています。

※中川個人の感想です。

阿弥陀如来坐像

阿弥陀如来坐像

妙華寺二代の融海(ゆうかい)上人が、青巖寺(せいがんじ)より入寺した時に、恵心僧都(源信)作の持参された阿弥陀如来坐像。
印相は、阿弥陀の定印(両手を膝の上に組み左右の第一、二指を結ぶ)

※源信(げんしん)は、比叡山の横川の恵心院に住したことより恵心僧都と言われる。天台教学を究め、『往生要集』(おうじょうようしゅう)三巻を著し、阿弥陀佛の浄土を欣求することを勧めた。真宗の七高僧の第六祖

私(住職)が幼少の頃、この像は、本堂の西側の楽の間に安置されていました。祖父や父の話では、秘仏として本堂裏側の須弥壇の部分に安置されていたようです。 昭和60年までに妙華寺会館ができ、それから会館に安置されていました。平成23年の5月初旬に、本堂西にある資料室にご遷坐いたしました。会館には、妙華寺の一光三尊佛を安置しています。

 

いのちの日

いのちの日
京都府では、(平成28年から)毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されます。

また、京都では、この趣旨に賛同した宗教者の活動の一つが「Life Walkいのちを想う宗教者の行進」があります。宗教者でしたらどなたでも参加できるようですので時間が合いましたらお申し込みをして参加してください。(Life WalkのHPから申込)

 

行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれ、全国に「いのちの日」が広がることを願っています。

三重県こころの健康センター主催の「自死遺族の集い」(わかちあいの会)
【お申し込み・問合せ】三重県自殺対情報センター
059-253-7821(平日8:30-17:15・祝祭日・年末年始除く)

自死遺族サポート ガーベラ会主催の「自死遺族の集い」(わかちあいの会)
【お申し込み・問合せ】mail miegabera@gmail.com
HP http://www.miegabera.jp