法事

法事
法事は、冠婚葬祭の一つで、日本仏教の寺院活動として、僧侶を招き、故人を偲び、供養するお勤めをすることとです。
私(住職)がお寺のお勤めの手伝いを始めた20代の頃(今から40年以上前)は、家の先祖の年忌(法事)では、自宅のお仏壇でお勤めする時、近所の方や親戚も集まり、家族と共にお勤めをしていました。お勤めが終わると、食事の席も設けられことも多く、亡くなられた方を偲びながらも、賑やかな時間でした。その為、法事をつとめることは、家族の負担も多かったと思います。今は、地域や親戚との関係性が希薄になってのことも関係すると思いますが、家族だけであったり、近い親戚とのお勤めが大多数です。

法事とは、故人の為か遺族の為にお勤めするのかと議論があります。私(住職)は、「法事」と言われるのは、信仰している仏(み教え=法)を伝え聞くことと感じますし、信仰している仏(み教え=法)への讃歎と捉えることもできると思います。
故人の命日(近く)に、遺族が、信仰して関係するお寺の僧侶を招き、故人を偲び、安穏を願うことで、信仰するみ教え(法)や仏を讃歎する場ではないかと感じています。

しかし、現実には、あまり寺院や「み教え(法)」について関心がなくても、家族が亡くなられた場合のお別れの場(葬儀)や遺骨をどうするか(埋葬する場所が確保されているか)を考えなければいけない時に、寺院や僧侶に関わる場合が出てくるのではないでしょうか。そう考えると、故人の思い出や関係性はあまり重要視されなくなり、故人の残ったお骨を埋葬する(預ける)先が、お寺や墓地と考える場合もでてくるのでしょう。
※中川個人の感想です。

※今後、超宗派のグループで「法事」について考える機会があるようです。関心をもって、議論を考えていければと思っています。

副住職からの案内

副住職からの案内
中川結幾(法名は、鳳瑞)からの案内

仏教教育研究センター公開講座
令和7年6月12日(木)13:30から15:30 高田会館ホールにて、「ともに生きる」とは-自死の活動から- をお話させていただきます。
副住職(中川結幾)は、大学院に入学してから、「自死・自殺」について、浄土真宗の立場から自死の苦悩に向き合うとはどういうことなのか、京都自死・自殺相談センターでの活動を通して考えたことをお話させていただきます。受講料は無料です。

申込期間は、5月7日から6月5日まで受付ています。会場で当日受付もございますが、

申込は、高田短大大学ホームページか、官製ハガキでお申し込みいただきけます。

必要な方に届きますように。

【報告】春千部会

【報告】春千部会
昨年は、雨でしたが、今年は少し寒さを感じましたが天候には恵まれた春千部会でした。
ご法話は義明寺の高藤英光師で、「悪人正機の悪人とは」と自分自身を省みる時間でした。徹底して自分自身を見ていた親鸞聖人が救われていく「み教え」で出遇うことで開かれていく新たな歩みをもう一度学びたいと感じました。

引き続き、世話方会に先立ち、昨年1年間で亡くなられた、総代様・お世話方様・婦人会の追弔会をお勤めして、妙華寺会館で、世話方会も開催させていただきました。
5年後の寺院行事について、寺院や信仰への受け取り方が変化している今これまでのような取り組みでは難しいと感じています。
一度、お同行様にお聞きしてから、開催するかどうかを含めて考えいこうと思っています。
昨年も話題になりました。インターネットを通した取り組みも、一部評価していただいていますが、お同行皆様にお伝えするには、どうしても紙媒体が中心になってしまいます。
また、近年の他者との関係性の希薄化や、個人情報の保護で、地域の方が亡くなったことがわからないことも話題になりました。
地域で行っていた葬儀も、今は家族葬が主となり、他者が関わることが少なくなっている現状は、時代の変化だけではすまされないことと思いますが、手立を考えていくことは難しいと感じています。