【案内】高田本山の報恩講(お七夜)

【案内】高田本山の報恩講(お七夜)
親鸞聖人のご遷化が、今の暦で正月16日です。高田本山の報恩講は毎年ご正忌をご縁として正月9日から16日までお勤めされています。
七昼夜、親鸞聖人のご遺徳をしのび、ご恩を喜び報謝させていただきますので、「お七夜」と親しまれて呼ばれています。
昭和の時代ですと、お正月が過ぎ、年明けの仕事が始まっていますが、お七夜に参詣して本格的に仕事に取り組まれるということをお聞きしたこともあります。

期間中は、多くのイベントが山内を中心に行われますが、宝物館(燈炬殿)では、お七夜期間だけの「絵伝でたどる 高田乃ものがたり」展(1月9日から2月16日)が開催されます。ご関心・ご興味がありましたら是非お立ち寄りください。

また、13日晨朝のお勤めの(7時)の後、御影堂で妙華寺の副住職がお話させていただきます。朝が早いので、現地に行くことが難しい場合YouTubeでも配信されますので、ご視聴いただくこともできます。

七草がゆ

七草がゆ
1月7日は「七草がゆ」私(住職)が小さかった頃から、家族でよく食べていました。
「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ」
正月のごちそうを食べた胃を休めるためとか無病息災のためとか意味合いはあるのでしょうが、正月のおせちやお餅に飽きかけてきた時の楽しみだった。最近は、スーパーに売っているセットでいただいている。
新しい年になってもう一週間かまだ一週間はその時の気持ち次第ですが、時間は正確に刻まれています。

たいしたことではないが、今が私にとっては一番若い歳なのだから、できることをやっいこうと考えています。


「夢」の世界。小さかった頃はよく夢を見て、目覚めても覚えていた気がしますが、今はあまり覚えていません。今年の初夢も覚えていません。正夢・逆夢など夢にまつわる話は、文学などにもたくさんあるような。
私(住職)の中で、「夢」と聞くと、「夢の中へ」(井上陽水)の曲が流れてきます。「さがしものはなんですか」から始まるメロディーと歌詞は、当時の青春時代の思い出の一曲なんでしょう。
「夢」に戻ると、いろいろな評価がありますが、中世の夢告(むこく)の話は、尊いものだと考えられていたんだと思います。親鸞聖人の夢告も人生のこれからを決定づけるものだったと思います。
自分の中の「夢」をもう一度捉え直すことも大切ではないでしょうか。
皆さんは、どう思われますか。

悲しいことだが、今、私の居る世界には、仏がいないのか。

悲しいことだが、今、私の居る世界には、仏がいないのか。

『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』の一節です。
『佛所遊履(ぶっしょゆうり) 国邑丘聚(こくおうくじゅ) 靡不蒙化(みふむけ) 天下和順(てんげわじゅん) 日月清明(にちがつしょうみょう) 風雨以時(ふうういじ) 災厲不起(さいれいふき) 国豊民安(こくぶみんなん) 兵戈無用(ひょうかむゆう) 崇徳興仁(しゅとくこうにん) 務修礼譲(むしゅらいじょう)』

と、説かれています。この文を分かりやすく換言しますと、

「仏が行かれるところは国も町も村も、その教えにさからうようなことはない。そのため世の中は平和に治(おさ)まり、太陽も月も明るく輝(かがや)き、風もほどよく吹き、雨もよい時に降り、災害や疫病などもおこらず、国は豊かになり、民衆は安穏(あんのん)にくらし、軍隊や武器をもって争うこともなくなる。人々は徳をもって思いやりの心で、あつく礼儀を重んじお互いにゆずり合うのである。」

真宗では、『鎮国文』と名づけています。

このような尊い教えをいただきながら、悲惨な戦争が繰り返されているのは、全く悲しいことです。私たちの家庭や日常生活を反省してみますと、親鸞聖人の”世の中安穏なれ 仏法ひろまれ”と申されるおことばがお念仏とともに力強く私たちの心に響いてまいります。

参照 高田本山 ひとくち法話No97 ―諸法会5― より

【報告】修正会

【報告】修正会
新しい年の最初のお勤めを皆様ともにできましたことありがとうございました。
まだ暗い、朝5時30分と言う、少し早い時間からのお勤めにご参加いただきました皆様には感謝申し上げます。

お勤めは、鎮国文・重誓偈・正信偈・現世利益和讃(15首)・繙御書で、平素高田派のお勤めで和讃は五首ですが、修正会では15首拝読するのが独特です。
修正会には、必ず『繙御書』(ひもときのごしょ)を拝読いたします。
ひもとくとは、巻物をひもとくという意味です。一年の始めに拝聴する御書のことです。この御書は、本山第18世の圓遵(えんじゅん)上人がお書きになりました。一年の始めにあたって忘れてはならない仏法の要をわかりやすく説かれて、求道のこころを諭してくださっています。毎年拝読しながら、昨年1年を振り返りますと、過ぎ行く時間は早く、世務に明け暮れて、仏法に遇うことが難しいと反省ばかりです。

向かって左側の余間は、正月荘として、妙華寺の初代から11代の位牌や像・絵像を敬置します。

大間には、今年の繰り出し(年忌)を披露しています。