道
日本文化の中で「道」がつく習い事が多くあります。茶道・華道・香道・書道・武道など、私(住職)は、そこに「続ける」ことで、技術を習得することと、人間形成も含まれているように感じています。仏教も江戸時代までは、仏道と表記されていたと思いますが、修行期間も含めて、仏の「教え」の道を歩んでいく姿が大切なのではないのでしょうか。
日本仏教は、険しい道を歩む仏道も、容易く歩む仏道も、示され、選択(せんじゃく)することができるのですが、選択は私がするのでしょうか。
この道を歩むことしかできないと仏様から示された道であるのではないでしょうか。
※中川個人の感想です。
【浄土真宗辞典】
道 梵語マールガの意訳。さとりに至るべきみちのことで、仏教の究極的な目的に至るための修行過程を指す。
中道 両極端を離れた中正の道。仏教の根本的立場。釈尊は苦行主義と快楽主義のいずれにもよらない中道の実践によってさとりを得たといわれる。龍樹は『中論』で一切を縁起・空と見ることを中道とする。(以下省略)
