躾(しつけ)
私(住職)が若い頃は、両親や年上の方から教えいただく中に作法や立ち振る舞いがありました。それらは「しきたり」とも言われていた部分もありました。しっかり覚えると「躾のよい子」と褒められることもありました。きっと、知らないことを教えてもらうことが楽しかったからだろうと振り返ります。
躾とは、礼儀・作法を教え込むこと
自分の環境や関心興味があることの「礼儀」や「作法」は教えられたりするものですが、自分の知らない分野のこの「礼儀」や「作法」はわからないのが実状でしょう。
躾は、日本的な「身を美しくする」生き方へつながると聞くこともあります。
一方、「しつけ」には、おしつける意味もあることを、最近知りました。
確かに、教えられることは、教えられる方から見ると、「おしつけ」になるのでしょうか。
私(住職)自身の問題として、ペットへの躾ができないのは、相手の気持ちを想像できないからでしょうか。
他にも、性別や利き手(日常生活で無意識に使いやすい手と感じ優先的に使用する手)
に関する差別や偏見も含まれていると感じることもあります。
しかし、同じ目的を持った同士的な関係からは、「おしつけ」とはあまり感じることがないのは私(住職)だけでしょうか。
※中川個人の感想です。
