縁起
「縁起」は、仏教語でありますが、日常的に使用する場合、「良いこと・悪いことの前兆」という意味で使われているようです。
随分前のことで、私(住職)の聞き違いかもあるかもわかりませんが、一休さんが、お正月に、「親死ぬ・子死ぬ・孫死ぬ」と話したら、「縁起でも無い」と言われたそうで、続いて「孫死ぬ・子死ぬ・親死ぬ」とさらに話したという逸話を聞いたことがあります。
確かに、お正月早々、「死ぬ」話題は避けたいと思うのは誰でもそうだと思います。
一休さんは、順縁と逆縁を譬えとして話そうとしたと思いますが、皆さんには伝わりましたか。
しかし、よく考えると、「死」は誰にでもあることで避けて通れないことです。
日常での、「善し悪し」で、はかることはできないものだと思います。
※中川個人の感想です。
縁起 梵語プラティーヤ・サムトゥパータの意訳。因縁と同義。「縁って起こること」「縁って起こっている状態」の意。存在に関する普遍的な原理のことで、物事は必ず何らかの原因(因)があり条件(縁)にあって生じ存在していることをいう。
【浄土真宗辞典】
