何を見ている
私たちは、同じ景色を見て、「きれいだ」と思っても、「きれい」な対象は違う場合がほとんどです。心に響く(感じる)ものは人それぞれであることを理解しながら時間を共有しています。心に響くものが、自分の人生の支えになるものであるかはわかりませんが、自分の人生を支えるものに出遇うことで、より豊かな人生を歩む糧になることは確かです。
高田派では、17年に一度、栃木県本寺(専修寺)のご本尊の一光三尊佛の御開扉があります。法苑院妙華寺では、前回7回目の出開帳をお受けしました。私(住職)が生まれてからですと昭和43年(12歳)、昭和59年(28歳)、平成11年(43歳)、平成26年(58歳)に遇う機会がありました。12歳の頃のことは覚えていません(お稚児さんの1人として参加したと聞いています)28歳・43歳の時は、父が住職として、迎えました。前回58歳の時、当時の総代・お世話方と共に、住職としてお迎えしました。その時その時で、一光三尊佛をお迎えして、見ているもの(一光三尊佛)は同じでも、感じるものは違います。
次は、令和12年(2030年)どのような出遇いができるのでしょうか。
皆様にとって、一光三尊佛とは、どのような存在でしょうか。
※17年に一度、栃木県の本寺(専修寺)のご本尊(秘仏)が、高田本山で出開帳されます。数え年で17年と申していますので、16年に一度です。また、4月1日から2年間、高田本山に滞在され、その間に各寺院に出開帳されます。
