セミ

セミ
子どもの頃から、セミの鳴声を聞くと夏を実感します。夏休み境内でセミ取りをしていた時に、「セミは、幼虫時、地中に長い年月とどまり、成虫としての活動は一週間ほどのいのちだよ」と教えられました。夏と共に終わる、はかない「いのち」から何を学ぶでしょうか。

仏教を学びはじめてから、「蟪蛄(けいこ=セミ)は春秋を識(し)らず」の言葉を知りました。後ほど知ったのは、この言葉の後に「この虫(むし)あに朱陽(しゅよう)の節(せつ)を知(し)らんや。知るものこれをいふのみ」と続きます。
「セミは夏しか生きられないので、春とか秋を知らない。夏以外の季節があることを知っているものが、セミは夏しか生きられないと言えるのだ」という意味です。
このことから、感じるものは人それぞれです。

私(住職)は、「私たち人間のいのちも、はかなく短いもので、四季は知っているけど、生まれて、死ぬまでのことしかわからない「いのち」であること。そのことを、煩悩具足の愚かな私として捉えることを学び、今の「いのち」をどう生きるか問われている」ように味わいました。

※中川個人の感想です。