「LIFE WALK(ライフウォーク)」いのちを想う宗教者の行進

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「LIFE WALK(ライフウォーク)」いのちを想う宗教者の行進
先日もHPで案内をいたしました。「京都いのちの日」に開催されます、宗教者プロジェクト実行委員会主催の「LIFE WALK(ライフウォーク)」いのちを想う宗教者の行進です。
LIFE WALKとは、3月1日(昨年制定されました京都府の)「京都いのちの日」に合わせ、宗教者も府民の一員として、自死・自殺の問題に対して積極的に関心をもち、苦悩を抱える方に寄り添う気持ちを育むことを目的とした、いのちを想う宗教者の行進です。宗教・宗派を超えた宗教者が、それぞれの信仰に基づく服装(衣体や祭服)を着用し、メッセージを掲げながら、真宗佛光寺派本山佛光寺から浄土宗総本山知恩院までの約3Kmをねり歩きます。
スケジュールとしては、3月1日14時45分 真宗佛光寺派本山佛光寺に集合
15時から開会・あいさつ・トークセッション・フォトアクション
16時から行進出発 16時50分行進到着・閉式(浄土宗総本山知恩院 和順会館大広間)
17時解散 ※解散後、懇親会を予定(希望者のみ)
参加表明・お問合せは、「京都いのちの日」宗教者プロジェクト実行委員会へ
【MAIL】lifewalk.kyotoinochinohi@gmail.com
※いのちの日
京都府では、国、市町村及び府民等が一体となって自殺対策を推進して、悩み苦しんでいる方々が孤立することを防ぎ、全ての府民が地域社会の一員として共に生き、共に支え合う社会を実現することを目的として、都道府県で初めて「京都府自殺対策に関する条例」(平成27年京都府条例第20号)を制定されました。
京都府では、毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されます。
※行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれることが、全国に広がる先駆けになることを願っています。
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 京都自死・自殺相談センターのこと
ご縁をいただき、2010年10月1日発行の京都自死・自殺相談センターの会報「BE」4号が手元に届き、その後2011年4月にNPO法人となり会報の名称が「Sottto」となり毎月会報を届けて頂いています。今月号は、Sotto語りあう会の新しいパンフレットができあがったそうです。
以前にも記載しましたが、私のお寺のお同行様にも自死をされた方々がいらっしゃいます。枕勤めに伺う時に迎えの車の中で聞かされる場合があります。どのような言葉をおかけして良いかわからず、「そうでしたか」とつぶやくことしかできません。ご家族にお会いしても「お悲しいことでございました」と言うだけで言葉はつながりません。できることは限られているにしても少しでも何かできることがあればと思い続けています。私の中でできることは、黙ってお聞きして寄り添うことであるように思い今に至ります。それでもお聞きできているのか? 寄り添っているのか? いつも「?」がついています。
以前に比べ、自死・自殺について真摯に語られる場が増えたように感じられますが、実際に自死や自殺についてお話しができる場は中々見つけることが難しいと感じています。それを継続的に行うことの難しさと大切さは十分理解できます。私(住職)にできることは限られてはいますが、毎月「Sotto」の会報が送られてきて、活動の報告などを読ませて頂くとことは私を優しく刺激してくれます。
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「広報津2月16日号」から
津市の「広報津」は、月2回発行されています。2月16日号には、3月が自殺対策強化月間ですので「広報津」の折り込みで啓発活動されています。
※厚生労働省のHPには、自殺対策強化月間とは
最近の自殺をめぐる厳しい情勢を踏まえ、様々な悩みや問題を抱えた人々に届く「当事者本位」の施策の展開ができるよう、政府全体の意識を改革し、一丸となって自殺対策の緊急的な強化を図るため、自殺総合対策会議において、「いのちを守る自殺対策緊急プラン」を決定し、例年、月別自殺者数の最も多い3月を「自殺対策強化月間」と定めました。
自殺対策強化月間では、地方公共団体、関係団体等とも連携して、重点的に広報啓発活動を展開するとともに、関係施策を強力に推進するため、経済団体、労働団体、関係する職能団体、当事者等の団体及び支援団体、関係する学会、直接自殺対策に関係する活動を行っている団体以外の、広い意味での自殺対策に資する活動を展開している団体及び自殺対策に関する普及啓発事業等に協力することのできる全国組織・体制を有する団体等、できる限り幅広い団体からの協賛を得て、当事者が支援を求めやすい環境を作るための「生きる支援」として展開することとしています。

2月のおてらおやつクラブ

2月のおてらおやつクラブ
妙華寺のおてらおやつクラブの活動も3年目に入り、19日に発送しました。
全国で550ヶ寺以上のお寺様が賛同され、メディアでも取り上げられることが多くなっています。お寺のお供えがお役に立てることは有難いことです。
全国各地でおてらおやつクラブの説明会が開催されています。賛同寺院が増えますことを願っています。また、5月24日(水)に奈良市の東大寺でおてらおやつクラブの報告会が開催されると、おてらおやつクラブ事務局さんから告知がありました。賛同する一寺院としてとても楽しみでもあります。
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 また、年2度の古本勧進も1月末日に発送させていただき、おてらおやつクラブ様にわずかですが寄付させて頂きました。
古本をお寺に寄付して頂きました皆様ありがとうございました。
次回は8月末までに集まった古本を寄付させていただきます。不要になりました古本がありましたらいつでもお寺にお持ち込みください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。
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和讃

和讃をご紹介いたします。和讃について多くの参考書がありますが、『注解 国宝 三帖和讃』常磐井鸞猶著と『浄土和讃講話』川瀬和敬著より紹介します。
浄土和讃 諸経意弥陀仏和讃07首

如来すなわち涅槃なり 涅槃を仏性となづけたり
凡地にしてはさとられず 安養にいたりて証すべし

如来は涅槃に等しく、涅槃は佛性と名づけられている。これらは我等凡夫の世界にあっては悟れない。弥陀の浄土に生まれて証すべきものである。
※「如来」は涅槃をさとった者であり、涅槃は如来によって悟られたものであり、佛性はそのさとりの因であるから、体はみな同一である。
※「涅槃」は、梵語のnirvanaの音写で、元来は吹き消すこと、吹き消した状態を言い、煩悩の火を滅してさとりの智慧を完成した境地を指す。佛教の最終目的である。
※「凡地」は、凡夫地の意で、この世界のこと。
以上 【注解 国宝 三帖和讃 常磐井鸞猶著より】

第5首のところで引用した『涅槃経』文が、この第1行第2行にそのままうたわれます。第3行第4行は、前の第6首と同じように、この経意も信心によって必ず実現されるとの知見を述べられたものです。凡地について「凡夫の居所」と左訓されるように、凡夫にあってはどうかということが中心になります。
「顕智書写本」にあっては長い左訓が出ます。「如来と申すはすなわち涅槃と申すみことなり。涅槃と申すはすなわちまことの法身と申す仏性なり。知るべし、この凡夫はこの世界にしてさとらず候えば、他力をたのみまいらせて安楽浄土にしてさとるべしなり」と。如来と涅槃と仏性とのつながりを明らかにしようとする深意がよく見えます。これを高嶺の花と眺めるのでなく、凡夫のさとりの内容たらしめたい、しかも決定的に「この凡夫はこの世界にしてさとらず候」と、凡夫の徹見といたわりの上に立ち、「三界の道に勝過した彼の世界」にこそ実現の場のあることを、確信をもって示したのです。命終わるならば多分そのような世界が開けると思います、というような夢のこの世界に続くまたの夢を悟っているのではありません。これがはぐらかしに聞こえる間は、「安養にいたりて」の表現にこちらの宗教体験がまだ及ばないということです。
如来と申しているのは、ほかでもなく形のあらわしようもない涅槃を指します。涅槃は煩悩の火が清風に吹き消された静かな状態です。その涅槃はそのまま仏性ともいわれます。「法身と申す仏性」の法身とは、「諸経意」の第一首の法身の左訓「虚空に満ちたまえり」とのように、全法界を身とするというのです。一切衆生悉有仏性とはこれであり、「渓声便ち是広長舌、山色清浄身に非ざること無し」とまで燃えていけるのですが、凡夫の境界ではこれを深く内に包んで、安養浄土にいたることによって、必至滅度、きっとさとることができるというのです。つつしみ深く奥床しく、凡夫の座を逸脱しません。安養にいたりて証することを思考の圏外に棚あげして、通りぬけたようにとりなすのは、涅槃とか仏性とかいう本当に息づいているものを、宙に浮かすことになります。「安養にいたりて」は、無生の生であることを思惟せねばなりません。
『涅槃経』に「真実と言うは即ち是れ如来。如来は即ち是れ真実。真実は是れ仏性。仏性は即ち是れ真実」とあるところなどを、聖人はよく凝視して、真実がはたらいてどういう形をあらわすのかを、その糸を懸命にたぐられたと思います。
以上【浄土和讃講話 川瀬和敬著より】

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【僧侶・寺族対象の行事報告】自死についての学びの場

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【僧侶・寺族対象の行事報告】自死についての学びの場
雪が心配でしたが、高田派・曹洞宗・天台真盛宗のお寺の僧侶・寺族の方13名と行政機関の方5名の方々にお集まりいただきSottoの出前研修を開催させていただきました。
ご講師として京都自死・自殺相談センター様から金子様・小坂様にお越しいただき、「自死の苦悩を抱えた方に何ができるのか」をテーマとして、Sottoの活動から「死にたい気持ち」を相談することはとっても勇気のいることで、その時に相談者の心をシャットアウトしてしまうと関係性が閉じてしまうこと。相談者の「死にたい気持ち」の原因を取り除くことができても、その方に安心できる関係性を持っている方がいなかったら本当の問題解決にはならないこと。相談者の「死にたい気持ち」に私が本当に向き合っているのか、相談者の苦悩を(相談者と同じ苦悩経験していなくても)想像することの大切さや相談者と私の関係性の大切さに改めて気づくことができました。ワークショップでは、二人一組で愚痴を聴くことを体験し、モデルケースで相談者と面談者の会話を観察者の立場で聴くことを学びました。質問もあり終了時間が延びて受講されました皆様にご迷惑をおかけしました。
最後に、三重県こころの健康センター様から、三重県にも自殺予防・自死遺族電話相談を毎週月曜日、自死遺族の集い(わかち合いの会)の場も奇数月に一度あることも案内されました。
改めて、自死の苦悩を抱えた方に何ができるか考えることになりました。
※中川個人の感想です。
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終了時間が遅れてしまい、ご紹介することができなかった案内がありました。
「京都いのちの日」宗教者プロジェクト実行委員会が主催されます「LIFE WALK(ライフウォーク)」です。
LIFE WALKとは、3月1日(昨年制定されました京都府の)「京都いのちの日」に合わせ、宗教者も府民の一員として、自死・自殺の問題に対して積極的に関心をもち、苦悩を抱える方に寄り添う気持ちを育むことを目的とした、いのちを想う宗教者の行進です。宗教・宗派を超えた宗教者が、それぞれの信仰に基づく服装(衣体や祭服)を着用し、メッセージを掲げながら、真宗佛光寺派本山佛光寺から浄土宗総本山知恩院までの約3Kmをねり歩きます。
スケジュールとしては、3月1日14時45分 真宗佛光寺派本山佛光寺に集合
15時から開会・あいさつ・トークセッション・フォトアクション
16時から行進出発 16時50分行進到着・閉式(浄土宗総本山知恩院 和順会館大広間)
17時解散 ※解散後、懇親会を予定(希望者のみ)
参加表明・お問合せは、「京都いのちの日」宗教者プロジェクト実行委員会へ
【MAIL】lifewalk.kyotoinochinohi@gmail.com
※昨年のLIFE WALKは、西本願寺から京都駅(八条口)までの行進だったと思います。
いのちの日
京都府では、国、市町村及び府民等が一体となって自殺対策を推進して、悩み苦しんでいる方々が孤立することを防ぎ、全ての府民が地域社会の一員として共に生き、共に支え合う社会を実現することを目的として、都道府県で初めて「京都府自殺対策に関する条例」(平成27年京都府条例第20号)を制定されました。
京都府では、毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されます。
※行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれることが、全国に広がる先駆けになることを願っています。

寺報に見る住職の10年の歩み 平成22年

寺報に見る住職の10年の歩み 平成22年
【寺報29号平成22年12月発行】
『勧進(かんじん)
勧進には、「寺社仏像などの建立・修復のため寄付をあつめる」意味があります。古くは、勧進聖として全国を遊行し、寺社仏像の建立・修復のため多くの民衆より寄付をあつめたことも文献で残っています。親鸞聖人が越後へ流罪され、赦免されてから関東へ行かれた説で有力なのが善光寺勧進聖の一員として関東へ行かれた説です。栃木県の高田にあります本寺には、善光寺式の一光三尊仏が本尊(秘仏)としてあり、一身田の本山にも17年に一度御開扉されていることもこの説を身近に思うことの一つです。昨年4月から5月にかけて、お世話方の皆さんと一緒に、本堂の改修の寄付のお願いに参りました。お世話方の皆様の周到な準備に頭が下がる思いで住職はついて歩くだけでした。同時に、お同行の皆様にも快くご寄付に賛同していただきましたこと改めて感謝申し上げる次第です。本堂の改修工事も順調に終わり、お世話方様・婦人会幹部の皆様に清掃のご奉仕をしていただき、本堂のご本尊をご復座いたしました。改修した本堂を皆様と共に未来に引き継いでいきたいと思います。親鸞聖人の関東でのご教化と勧進は、何もないところからのことですので大変なご苦労があったことは想像以上のものがあります。』

平成22年は、およそ10ヶ月間の本堂の改修工事が、お同行の皆様のご寄付により無事終わりましたことがなによりでした。ご寄付をお願いする時は、本当の意味をお伝えできなければできないことだとお教えいただいたことでした。

新しい本堂を楽しみにしていました前住職が(平成22年)5月14日に往生されました。ちょうど高田本山の御影堂の落成慶讃法会の初日でした。ご多用の中ご法主殿にお悔やみ、お念仏いただきしたことは、もったいないことでありました。前住職には、仮本堂での葬儀式で大変申し訳なく感じています。この年は6月に祖母の33回忌があり、親戚寺院のご住職のご葬儀、母の妹の葬儀と続きました。また私(住職)は7月の初盆火入れの前日(6日)に入院手術し、7日の朝6時に一旦退院して初盆火入れのお勤めをして次の日検査し正式退院になりました。自分の中の悲しみと向き合うこともせず、目の前にあるしなければならないことを行うことで精一杯であった時期でした。
2月はお寺としての行事が無く、少しゆっくりできます。中旬を過ぎれると中庭の白梅が咲き始めます。前々住職はこの花を見て歌を詠んだりお茶を楽しんでいました。前住職は梅の実を梅酒として楽しんでいました。下旬に入りますと、春彼岸の案内の用意に取りかかります。
先月下旬から、本堂の空調並びに境内墓地の通路整備を行っています。お同行の皆様には、大変心苦しいことですが、年末までに御志としてご寄付をお願いすることになりました。よろしくお願い申し上げます。また、工事中お墓参りでご迷惑をおかけする場合がございます。
※寺報に見る住職の10年の歩みは、毎月10日に掲載いたします。

 

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Sotto出前研修 たんぽぽのこと

Sotto出前研修 たんぽぽのこと
ご縁をいただき、2月10日に妙華寺会館で開催する「自死についての学びの場」は、京都自死・視察相談センター様の事業の1つであります出前研修によるものです。これまでも全国で出前研修を開催されていますことを知りお願いしました。
Sottoの冊子には、出前研修の目的は、
『Sottoは「死にたい」「大切な人を自死で亡くした」といった自死の苦悩を抱えた方の心の居場所づくりを目的として活動しています。わたしたちが居場所作りにおいて最も重要だと考えているのが、そこに居る<ひと>です。 ですから、心の居場所にふさわしい<ひと>を育成するボランティア養成講座を毎年開催し、活動するボランティアには定期的な研修の場を提供しています。これまでに様々な講座を開講してきた結果として、電話相談、メール相談、語り合う会、おでんの会など、多様な窓口を開催することができ、また、それぞれの窓口の利用者も増えていることは、<ひと>が育ってきている1つの証左と言えます。
わたしたちのボランティア養成の経験は、だれかの支えになりたいと思っている多くの方々に、何らかの有意義な気づきを提供できるのではないかと考えています。
そこで<Sotto出前研修>を提案することにしました。具体的には、対人支援の方法論や実際の相談経験などをスピーチする<講演型>と、Sottoの研修カリキュラムを応用して依頼団体の目的と目標に添う研修カリキュラムをデザインする<オーダーメイド型>の2通り研修を提供することができます。
<Sotto出前研修>を通して、より多くの人に対人援助の具体的な方法論を知っていただくことにより、自死の苦悩を抱えた方と適切な関わり方ができる<ひと>が増え、一人でも多くの自死の苦悩を抱えた人々の苦悩が少しでも和らぐことにつながるのではないかと期待しています。そして、自死の苦悩はもちろん、どのような苦悩を抱えていたとしても、誰もが安心して歩むことができる社会の実現に貢献していければと思っています。』と記載されています。
また、名称の「たんぽぽの由来」には、
『1つ1つの講演や研修会が、たんぽぽの花となり、受講されたみなさん1人1人がたんぽぽの綿毛として、それぞれのフィールドでまた新たな花を咲かせることを願って名付けました。』とあります。
 当日は、京都自死・自殺相談センター様からお二人の講師をお迎えして、「自死の苦悩を抱えた方に何ができるのか」をテーマとして、「研修会の前半には、死にたい気持ちを抱えた方や、大切な方を自死・自殺で亡くされた方の気持ちについて、そのような方との関りについて僧侶へ期待すること、という内容で座学をいたします。
休憩を挟んで、後半ではワークショップを通して、対話の練習および、よりよい関わり方などを模索できるようなきっかけにつながればと思っております」
※時間は13時30分から16時頃までです。
まだ少し席に余裕がございます。
行事案内「自死についての学びの場」
日時 平成29年2月10日(金)午後1時30分から午後4時頃
【先行案内が午後3時までとなっていましたが研修の充実で午後4時に変更になりました】
会場 妙華寺会館 三重県津市久居二ノ町1743番地 法苑院妙華寺内
対象 僧侶及び寺族  会場の都合で20名まで
会費 2,000円(領収書をお出しします)当日徴収させていただきます。
申込先 HP(myoke-ji.com)のお問い合わせ(メール)に、 ご参加されます方のお名前
宗派・所属寺院名・ ご連絡先を記載されお申し込みください。
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2017-02-10
自死についての学びの場
雪が心配でしたが、高田派・曹洞宗・天台真盛宗のお寺の僧侶・寺族の方13名と行政機関の方5名の方々にお集まりいただきSottoの出前研修を開催させていただきました。
ご講師として京都自死・自殺相談センター様から金子様・小坂様にお越しいただき、「自死の苦悩を抱えた方に何ができるのか」をテーマとして、Sottoの活動から「死にたい気持ち」を相談することはとっても勇気のいることで、その時に相談者の心をシャットアウトしてしまうと関係性が閉じてしまうこと。「死にたい気持ち」の原因を取り除くことができても、その方と安心できる関係性を持っている方がいなかったら本当の問題解決にはならないこと。「死にたい気持ち」の相談者に本当にその方の悩みに向き合っているのか、相手の苦悩を想像することの大切さや相手と私の関係性の大切さに改めて気づくことができました。ワークショップでは、愚痴を聴くことを体験し、モデルケースで相談者と面談者の会話を観察者の立場で聴くことを学びました。質問もあり終了時間が延びてご迷惑をおかけしました。最後に、三重県こころの健康センター様から、自殺予防・自死遺族電話相談を毎週月曜日、自死遺族の集い(わかち合いの会)の場も奇数月に一度あることも案内されました。
改めて、自死の苦悩を抱えた方に何ができるか考えることになりました。
※先月(1月中旬)の夕刻に若い学生が庫裡を訪れ、温かい飲み物を求められ、温かい紅茶を用意していました。その間、坊守がお話しを聴いていましたら、朝母親とけんかをして家を飛び出し、図書館にいたけれど閉館時間となり暗い中、街を歩いてこのお寺にきたようです。温かい飲み物とおにぎりをお出ししてもう一度お話しを聞きながら、目の前にいる学生さんのお母さんのことを思いました。けんかの原因ははっきりは分かりませんが、親御さんが子どもを心配するあまり、怒ることもあることを、私(住職)の子どもの時のことを思い出しながら、また一人の子どももっている親としてお話ししました。
学生の方には、その時帰りにくい家だと思いましたが、心配をしている親御さんのことを思わずにはいられませんでした。翌日、昨夜の学生の方が手紙を書かれて持参されました。そこには、昨日、悩んでどうすることもできなかった気持ちが、親の気持ちも考える機会になりよかったことが書かれていました。
手紙をいただいたことはうれしく思うことでしたが、、学生の方と話をしている時にそれほど(死にたいと思うほど)悩んでいると気づけなかった自分が恥ずかしくもありました。
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1月のおてらおやつクラブ

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1月のおてらおやつクラブ
1月の前半は、行事が続いて中々時間がとれません。一人親家族様や支援団体様から年賀状と共にお礼のお便りをいただきますと、こちらにも元気をいただくことです。お正月気分も抜けて今月もおすそ分けさせていただくことができました。

また、一人親家族の支援団体様への寄付となる「古本勧進」もやっています。
1月の末に発送です。
ご家庭で不要になりました本がありましたらお寺にお持ちください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。

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和讃

 

 和讃をご紹介いたします。和讃について多くの参考書がありますが、『注解 国宝 三帖和讃』常磐井鸞猶著と『浄土和讃講話』川瀬和敬著より紹介します。
浄土和讃 讃阿弥陀仏偈和讃09首
無明の闇を破するゆえ 智慧光となづけたり
一切諸仏三乗衆 ともに嘆誉したまえり
 迷いの闇を照破するもので、弥陀の智慧光佛と名づける。一切の諸佛諸菩薩も、共に弥陀の威光をたたえられる。
※「無明」は人生の真理に対する正しい智慧のない状態。根本煩悩と呼ばれ、苦悩や不幸の根本原因で、迷い・疑いのもととなる。
※「三乗衆」は大乗小乗の教えを修行する人々。
以上 【注解 国宝 三帖和讃 常磐井鸞猶著より】
 智慧光佛には「一切の諸仏の智慧を集めたまえるゆえに智慧光と申す。一切諸仏の仏になりたまうことは、この阿弥陀の智慧にてなりたまうなり」と左訓されます。第一行とのかかわりは「愚痴の闇を消さむ料なり」と前出の左訓に当たっております。愚痴は無明の闇です。無明は「明」になることのできた人が、明の立場に立って明でない人をあわれんで、その人を射当てているのです。無明煩悩といって、すべての煩悩は無明の種々相でもありますし、また愚痴そのものにも限定されます。
『唯信鈔文意』にも「無碍光仏のおんかたちは智慧の光にてましますゆえに、この如来の智願海にすすめいれたまうなり。一切諸仏の智慧をあつめたまえるおんかたちなり。光明は智慧なりと知るべし」と説かれますように、光明も名号も智慧を離れてありません。弥陀の智慧に触れて諸仏が諸仏になります。だから一切の諸仏は、仏に成ろうとして励んでいる声聞や縁覚や菩薩の数多い三乗の方々と一緒になって、智慧光仏にまします阿弥陀をほめたてまつるのであります。
以上【浄土和讃講話 川瀬和敬著より】
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寺報に見る住職の10年の歩み 平成21年

寺報に見る住職の10年の歩み 平成21年
【寺報28号平成21年12月発行】
『聴聞(ちょうもん)
今まで何回、お説教(ご法話)をご聴聞されましたか。これから何回ご聴聞できるでしょうか。お寺の法会には、お説教(ご法話)があります。妙華寺では春秋のお彼岸と春秋の千部と12月5日の報恩講の5回法会がありますので、年5回のお説教(ご法話)をご聴聞できる機会があります。お説教(ご法話)は、仏(阿弥陀)様の仏徳讃嘆です。親鸞聖人がいただいた真実(阿弥陀)の教えをわかりやすく私たちに語りかけていただく場です。私たちは、仏(阿弥陀)様の教えをどれほど知っているでしょうか。家庭の中で教えていただいたり、仏教書から学んだりされる方が多いと思いますが、布教使のお説教(ご法話)は、各々が親鸞聖人からいただいた真実(阿弥陀)の教えを私たちに直接語りかけてきます。仏徳讃嘆ですので同じようなお話しと思われますが、何度聴聞しても新たなうなづき(気づき)があります。私たちは、日常生活の中で何事もなく自分の思い通りの生活をしている時は、真実(阿弥陀)の教えに出遭わなくても不安を覚えません。しかし、悩んだり、苦しい時はどうでしょう。私たちに真実(阿弥陀)の教えは必要ないものなのでしょうか。私にとりましては、日常の中で悩んだり、苦しんだり、悲しみにうちひしがれた時、どうすることもできなくなった時に、真実(阿弥陀)の教えに力づけられたり、感謝を感じたりします。どんな時も私を見捨てない、真実(阿弥陀)の教えは日常の生活の中でなくてはならないもののように感じます。そのことを改めて気づく場がお説教(ご法話)の場であります。皆様もお説教(ご法話)をご聴聞されませんか。』
 ※寺報の中の12月5日の報恩講は、現在12月第1日曜日にお勤めしています。
 この年の翌年(平成22年)1月から本堂の修理が始まる時で、この年の報恩講が終わりますと本堂からご本尊のご遷座の用意や本堂内の備品の片付けをすることになりあわただしい年末を迎える時でした。本堂の改修中は、妙華寺会館を仮本堂として使用します。
前住職はこの年の秋彼岸会まで出仕されました。10月頃から体調を崩し入退院が始まりました。私(住職)一人で法務を行うことの大変さを身にしみて感じ始めました。
昭和から平成に入り20年、お寺の行事への参加者が減少する中でこれからどうなるのか不安な部分を現実として受け止めなければいけないような気持ちでした。そのことが「聴聞」することの大切さを綴った文章になりました。
また娘の大学時代の友人のお寺の娘さんに若者から見るお寺の現状と期待を、寺報へ投稿していただいた年でもありました。
 お正月の行事は、朔日の午前5時30分からの修正会です。来年からは時間を変更してゆっくり大晦日を過ごしたいと家族からの声もあがりますが出来る時はそのままで続けていきたいと思い今日に至っています。ただ参詣される皆様の生活環境も変化していますので一度立ち止まって皆様のお声もお聞きしなければいけない時期かもわかりません。ご意見・ご希望がございましたらお寺のHPからでも結構ですのでお聞かせください。
高田本山の報恩講や総代会・世話方会・婦人会幹部会などお寺の一年の振り返りとこの年の予定を報告する資料作りでゆっくりできる時間がありません。
※寺報に見る住職の10年の歩みは、毎月10日に掲載いたします。
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【僧侶・寺族対象のご案内】 チラシができました

【僧侶・寺族対象のご案内】 チラシができました
お寺の住職・寺族は、自死の苦悩を抱えた方・自死で大切な方を亡くされた悲しみを抱えている方と接する可能性が多くあります。
また、三重県では、毎年400名ほどの方が自ら命を絶たれている現状があります。このような現状の中、自死の苦悩に本当に寄り添った関わり方が出来ているか、悩んだりすることはありませんか?
このたび、実際に自死念慮者や自死ご遺族に向けた年間2,000件以上の電話相談・居場所づくり活動の実績を積まれている「京都自死・自殺相談センター」様にお越しいただき、「自死」のさまざまな場面に対面した時の簡単なワークを取り入れた学びの場を開催いたします。皆様の中でも、各地で自死念慮者・自死ご遺族の方のサポート活動をされていられる方もいらっしゃいると思いますが、もう一度基本を見直してみませんか。もちろん初めての方も歓迎いたします。事前の申し込みの上、会費は当日徴収させていただきます。
 日時 平成29年2月10日(金)午後1時30分から午後4時頃
【先行案内が午後3時までとなっていましたが研修の充実で午後4時に変更になりました】
会場 妙華寺会館 三重県津市久居二ノ町1743番地 法苑院妙華寺内 
対象 僧侶及び寺族  会場の都合で20名まで
会費 2,000円(領収書をお出しします)当日徴収させていただきます。
申込先 HP(myoke-ji.com)のお問い合わせ(メール)に、 ご参加されます方のお名前・ 宗派・所属寺院名・ ご連絡先を記載されお申し込みください。
※僧侶として「自死に向き合う」ことが大切であることは分かっていますが実際「自死に向き合う」ことを考える時間がこれまでにあったでしょうか?
お寺の住職・寺族としてお檀家様・お同行様と寄り添う中で、自死念慮の方や自死のご遺族の方々とお会いすることがございます。その時本当にその方々の思いに寄り添えているか悩んだり考えることはありませんか?
この度、京都自死・自殺相談センター様にお願いしましてSottoの活動の1つとして、出前研修を開催させていただくことになりました。
今回は、僧侶及び寺族の皆様を対象としまして、「自死」のさまざまな場面に対面した時の簡単なワークを取り入れた学びを考えています。会場の都合でご参加いただける方は事前にお申し込みをお願いします。
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2017-01-13
当日のテーマが決まりました。「自死の苦悩を抱えた方に何ができるか」をテーマとして、死にたい気持ちを抱えた方や、大切な方を自死・自殺で亡くされた方の気持ちについて、このような方との関わりについて僧侶に期待することを学び、ワークショップでは対話のよりよい関わり方を模索したいと連絡がありました。
よろしくお願いいたします。
2017-02-10
自死についての学びの場
雪が心配でしたが、高田派・曹洞宗・天台真盛宗のお寺の僧侶・寺族の方13名と行政機関の方5名の方々にお集まりいただきSottoの出前研修を開催させていただきました。
ご講師として京都自死・自殺相談センター様から金子様・小坂様にお越しいただき、「自死の苦悩を抱えた方に何ができるのか」をテーマとして、Sottoの活動から「死にたい気持ち」を相談することはとっても勇気のいることで、その時に相談者の心をシャットアウトしてしまうと関係性が閉じてしまうこと。「死にたい気持ち」の原因を取り除くことができても、その方と安心できる関係性を持っている方がいなかったら本当の問題解決にはならないこと。「死にたい気持ち」の相談者に本当にその方の悩みに向き合っているのか、相手の苦悩を想像することの大切さや相手と私の関係性の大切さに改めて気づくことができました。ワークショップでは、愚痴を聴くことを体験し、モデルケースで相談者と面談者の会話を観察者の立場で聴くことを学びました。質問もあり終了時間が延びてご迷惑をおかけしました。最後に、三重県こころの健康センター様から、自殺予防・自死遺族電話相談を毎週月曜日、自死遺族の集い(わかち合いの会)の場も奇数月に一度あることも案内されました。
改めて、自死の苦悩を抱えた方に何ができるか考えることになりました。
※先月(1月中旬)の夕刻に若い学生が庫裡を訪れ、温かい飲み物を求められ、温かい紅茶を用意していました。その間、坊守がお話しを聴いていましたら、朝母親とけんかをして家を飛び出し、図書館にいたけれど閉館時間となり暗い中、街を歩いてこのお寺にきたようです。温かい飲み物とおにぎりをお出ししてもう一度お話しを聞きながら、目の前にいる学生さんのお母さんのことを思いました。けんかの原因ははっきりは分かりませんが、親御さんが子どもを心配するあまり、怒ることもあることを、私(住職)の子どもの時のことを思い出しながら、また一人の子どももっている親としてお話ししました。
学生の方には、その時帰りにくい家だと思いましたが、心配をしている親御さんのことを思わずにはいられませんでした。翌日、昨夜の学生の方が手紙を書かれて持参されました。そこには、昨日、悩んでどうすることもできなかった気持ちが、親の気持ちも考える機会になりよかったことが書かれていました。
手紙をいただいたことはうれしく思うことでしたが、、学生の方と話をしている時にそれほど(死にたいと思うほど)悩んでいると気づけなかった自分が恥ずかしくもありました。
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