茶道のある生き方⑤

茶道のある生き方⑤
節句
3月3日のひな祭り・5月5日の端午の節句7月7日の七夕(祭り)は、小さい頃から聞いて、家族で祝ったりしていました。しかし、節句の意味や、1月7日や・9月9日が節句であることはお茶を習うまで知りませんでした。中国の陰陽思想からのものを日本文化として、五節句は江戸時代の祝日であったことや、季節の節目として祝ったりして続いているようです。
9月9日は、中国では、9は一番大きな陽の数とされて、2つ重なるので重陽の節句と呼ばれるようです。菊酒は長寿と結びつき、長寿の節句とも呼ばれています。

お茶をたしなむ人は、9月は、重陽や月見をテーマにた釜がかけられ、楽しんでいらっしゃる時です。
※中川個人の感想です。

式年

式年
式年とは、定められた年やあらかじめ決められた一定の年数・期間のこと
三重県では、20年に一度の「式年遷宮」が有名です。2033年(令和15年)の「遷御の儀」まで2025年から諸々の行事が始まっています。既に、地元伊勢地域や三重県では期待が高まっていて、これから更に全国的に盛り上がっていくと思います。

全国的に有名な伊勢神宮の「式年遷宮」への思いには及びませんが、高田本山専修寺にも、「あらかじめ決められた一定・期間」の行事として、栃木県専修寺(本寺)如来堂の秘仏の一光三尊仏を高田本山専修寺に17年(満16年)に一度迎える一光三尊仏の御開扉法会があります。
歴史的には、享保14年(1729)から21回目(臨時御開扉を含めると24回目)の御開扉が令和12年(2030)に予定されています。
妙華寺はこれまで7回お迎えさせていただいています。次回令和12年(2030)の一光三尊仏御開扉をお迎えできるか、総代・世話方様と協議をしていますが結論は出ていません。残念なことですが、お迎えすることができないことも考えられます。

令和12年(2030)には、妙華寺創建350年を迎えますので、その行事はやらなければと考えています。
※中川個人の感想です。

まかせる

まかせる
あなたは、阿弥陀如来の願いに「おまかせ」できますか。なんてことを感話でお話することがあります。

日常生活で、私(住職)が、他者に「まかせる」ことを考えてみました。
そう何度もあることではありませんが、病院での手術の時は、生死に関係なくても医師に、「おまかせ」します。
私(住職)は、2ヶ月に1度、理髪にいきます。その時も理容師に「おまかせ」します。
毎日の食事も、連れ合いに「まかせて」いる自分がいます。
他にも考えていくと多くのことを他者に「まかせて」生活をしている状況でした。

生活上の「まかせる」と死後への「まかせる」とに違いがあるのかどう考えましょうか。

他者から、私(住職)に「おまかせ」しますと言われることは何なのでしょうか。

※中川個人の感想です。

お寺の法宝物

お寺の法宝物
妙華寺が創建350年を迎えるにあたって、お寺の法宝物をもう一度確認しようと思います。国・県・市の文化財になってもいないものですが、妙華寺にとって大切なものです。
本堂に荘厳されています本尊は阿弥陀仏立像・脇壇の親鸞聖人坐像・高田派歴代の絵像・余間に安置されている七高僧・聖徳太子像・九字・十字名号はご承知いただいていると思います。開基上人の持参された「弁財天像」二世上人が入寺された時、持参された「阿弥陀仏坐像」・高田本山の本寺の一光三尊仏を模造した一光三尊仏などは、秘仏としてあまり公開されていません。報恩講の時の4幅の掛軸「親鸞聖人絵伝」・法然聖人の「選択本願念仏集」をわかりやすくした3幅の掛軸は、年1度余間に安置しています。
他には、涅槃図(高田派京都別院の複製)や妙華寺の歴代上人の絵像は、HPでも紹介させていただいたことがあります。

まだ、整理していない、高田派歴代法主の墨書などを確認することを考えています。

※中川個人の感想です。

目の前のことに追われて

目の前のことに追われて
1日の活動時間(量)はこれまでと変わりませんが、その準備に時間が取られ実質の活動量は少なくなっているように感じます。
これまで、目覚めると3分まどで着替えをしていましたが、4・5分かかるようになりました。歩く速度も以前に比べ遅くなりました(走ることはもう無理かも)
考えたり、読書の理解力も落ちているような気もします。今は10年先のことは考えられません。残念でありますが、それが現実です。
そうではありますが、明日のことや、一年後くらいは考えながら過ごしています。

将来に目が向かないと、これまでのことに目が向いてしまうのは当たり前のことかもわかりませんね。
これまでできていたことが、できなくなることは、悲しいことでしょうか。
視点を変えて、できない自分をどう見直していくか考えていきたいです。

※中川個人の感想です。

お寺の夏

お寺の夏
夏の規定はいろいろありますが、今回は、本堂に夏対策をすることから考えます。
前々住職の昭和30年代の頃、涼をとるのは「うちわ」でした。昭和50年代に入り、本堂に扇風機が導入され、今に至っています。平成29年に空調設備(エアコン)も導入いたしました。
扇風機は、6月中旬に準備し、昭和の時代は秋彼岸前には片付けていました。それがいつしか、秋彼岸の時期も使用することもあり、今は、10月上旬まで本堂に出ています。
空調設備も、昨年、6月のお勤めの時に使用し、今年もそうでした。
年々暑い日が増えていることで、夏衣の期間もこれまでの6月から9月までから5月や10月も使用したいのですが、私(住職)だけで決めることができません。
それでも、少しづつ朝晩の気温が下がり、季節は変化しています。

※中川個人の感想です。


「久居の梨」が美味しいと評判になって半世紀は経っただろうか。特に「幸水」は、みずみずしくざらざら感が少なく、好物の1つです。お同行さんにも梨農家がいらつしゃり、今年もお寺にお供えをいただきました。また、親戚へもおすそ分けをしている。
評判の「久居の梨」も時代の流れで、栽培が難しくなっていることを聞くと少し胸がいたくなります。

しかし、この味に出合えたことはとても嬉しい気持ちです。

※中川個人の感想です。

変わり続ける

変わり続ける
もう「寺院消滅」と言う書籍が発売されて10年以上経っているでしょうか。
最近は、メディアで宗教法人のことが取り上げられることが少なくないと感じます。
今も「墓じまい」であったり「無住寺院」の課題が取り上げられていますが、「宗教法人」の売買のことも取り上げられています。いろいろな諸事情があるので簡単に解決はできないですが、死に対する意識の変化が、「宗教」への向き合う感覚が以前とは違っているようです。
大切なお寺の行事も簡略化されてきています。地域の信仰が、家の信仰にそして、個人の信仰へまた本当の「無信仰」への変化が始まっているのであれば、どのような寺院活動が必要なのか、宗教者だけでなく、生活者を含めて考えていかなければ難しいのではと、漠然な気持ちです。
また、生活者に対する宗教法人の向き合い方も変化しているのかもわかりません。
時代と共に変わり続けて今の寺院があるのであれば、変わり続けなければならないのでしょうか。
※中川個人の感想です。

襦袢

襦袢
一般には、馴染みのない言葉「襦袢(じゅばん)」
着物を着る方はご存知と思います。着物と肌着の間に使います。
僧侶の白衣と肌着の間にも使います。その襦袢が、夏に使う生地では半襦袢が多く、冬に使う普通の長襦袢は手に入りません。何故なのか。夏は、半襦袢と下部は、裾よけやステテコです。半襦袢は長襦袢より丈が短く取り替えが簡単で、夏向きなのでしょう。
冬に使用する長襦袢にやはり、ステテコをはいてより暖かくすることがほとんどです。

夏のお盆の時は、1日中、ご自宅に伺いますが、午前・午後で、下着や襦袢は取り替えます。白衣は、1日で洗濯します。
※中川個人の感想です。

ハチの巣

ハチの巣
お寺では、毎年、知らないうちに、ハチの巣が作られてきました。
本堂や鐘楼堂・庫裡(くり)など建物の庇の部分や垣根や樹木の茂みなど直ぐ気づくことができず、専門家に駆除していただくこともあります。今年、初めて墓石のくぼみ(線香を置く上部)にハチの巣があることわかり駆除しました。夏から晩秋までの間、ハチが巣をつくりますので、墓参の時はご注意ください。
また、ハチの巣に気づきましたら、お寺にご連絡をお願いします。至急、対応いたします。