いのちの日

いのちの日
京都府では、(平成28年から)毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されます。

行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれ、全国に「いのちの日」が広がることを願っています。

また、この趣旨に賛同した宗教者の活動の一つが「Life Walkいのちを想う宗教者の行進」です。今年はコロナ禍の為中止で、オンラインでの講演会・トークセッションが開催されます。どなたでも参加できるようですので時間が合いましたらお申し込みをして参加してください。

【「Life Walkいのちを想う宗教者の行進」HPから】
「例年は講演やトークセッションを行った後に行進していましたが、今年は新型コロナウイルスの影響により、オンラインでの講演・トークセッションを行うこととなりました。【日時】2021年3月1日(月)18:00~19:30
【ゲスト】野呂 靖(のろ せい)さん龍谷大学文学部准教授、認定NPO法人京都自死・自殺相談センター理事。花園大学非常勤講師、浄土真宗本願寺派総合研究所研究員などを経て現職。博士(文学)。専門は仏教学(華厳思想)。2010年、有志とともにNPO法人京都自死・自殺相談センターを立ち上げ活動を行っている。
野村 清治(のむら きよはる)さんリメンバー名古屋自死遺族の会 代表幹事(共同)。自死遺族当事者として、さまざまな自死遺族のわかちあいに参加し、また遺族会の運営に加わる。死にたい思い、遺族の思い、自死そのものについて、模索しながら現在に至る。
【プログラム】はじまりの挨拶講演「仏教と自死 ~自死という死はどのように語られてきたか~」(野呂さん)トークセッション(野呂さん・野村さん)
*ご参加の皆さまの質問や投げかけを反映させながらトークセッションを進行しますおわりの挨拶【方法】オンライン*お申込みいただいた方に後日URLをお送りします
【定員】50名(先着順)【参加費】1,000円*イベント実施後のキャンセルにつきましては、キャンセル料として参加費全額を頂戴いたします*参加費はLifeWalkの活動のために活用させていただきます【申込み】コチラのURLよりお申込みをお願いします。https://lifewalk2021.peatix.com/」((https://peraichi.com/landing_pages/view/lifewalk 参照 2021年2月28日))

お寺の掲示板

お寺の掲示板
養生しても死ぬ時は死ぬ

『大往生できる人 できない人』潔く、とらわれず、おまかせして生きる 田畑正久著 から
著書では、「死の不安」に抗不安薬は効くかと章を起こしています。「私(著者)が心配するのは、「死の不安」でパニックになっているこういう人たちに、医師がどう対処するかということです。たぶん、抗不安薬を処方することがほとんどでしょう。「死の不安」という根本のところは解決せずに、抗不安薬という症状を抑える薬で対応していくわけです。しかし、それが「本当の解決」になるでしょうか」と問いかけられています。

※私の根本的な「不安」の1つが「死への不安」ですがどのように対処できるでしょうか。若く健康で元気な時は「自分の死」についてそれほど考えることもなく生きていますが、病気をしたり老いてきたりする中で考えたり、大切な方の死を通して考えたりさまざまですが、「死の不安」を落ち着かせる(和らげる)物語を生涯探し続けることが大切なのだと思います。死んだらおしまいと言う考え方もありますが、「死」を不安と感じながら自分の中で、「それでも大丈夫」と頷くことができる物語に遇えること願います。

春彼岸の準備

お彼岸の準備で、お寺からの案内の宛名を手書きでしています。お世話方様へ一週間ほど前にお届けして配布をお願いしています。宛名書きは、デジタル時代ですがアナログのままが面白いところです。

新型コロナウィルス感染症の感染防止対策をとりながら、お勤めをします。

春のお寺の行事も案内させていただきます。4月7日・8日のメリシャカ(花まつり)も予定しています。

昨年から始まりましたTemple Morningは、今年は4月の第3日曜日(18日)から予定しています。

個人的には、蓮の植え替えもあります。東日本大震災から10年と言うことも考えさせられることです。

 

本の紹介

今月の本
『仏典を読む』末木文美士著 角川ソフィア文庫
私(住職)は、コロナ禍の昨年1年、時間は同じようにあったのに本を読みたいと思う気持ちになりせんでした。老化現象で小さい活字が読みづらく、根気もなくなると、本を読むことから遠ざかっていくようにも感じています。
およそ1年ぶりに『仏典を読む』と題する本を手に取りました。私(住職)の中で著者の末木文美士氏の著書は、これまでの著書も含めて、仏教の見方を変えるくらい刺激があります。
私は仏教全体のことまで詳しく勉強していませんが、浄土教の部分から感じることは、インド・中国から日本に入ってきた仏典を通してこれまで私が受けとめている仏教史観をもう一度書きかえる著書と感じています。
私の時代に習った仏教や日本史での鎌倉時代の新仏教の位置づけが、既に平安時代の顕密仏教の周辺であったことに変化しています。そして、これまでの顕密仏教や新仏教の枠から飛び出した実践仏教のようなことも気づく事ができました。

著者の「他者」の概念は「死者」を含め、更に自己の中の他者にまで踏み込んでいます。普通考えています自分以外の生きている他者の概念よりより深いように感じます。真宗ではあまり論じられていない菩薩(行)についても、六道輪廻の中での菩薩(行)として考えさせられ、親鸞聖人の著書からも菩薩(行)を語られています。親鸞聖人の著書『教行証文類』は法然聖人の『選択本願念仏集』に語られていない部分に踏み込んだ著書と改めて気づかさせていただきました。日本仏教を土着的な面と仏教のあるべき面と二面的に捉えて考察する視点もありますが、そうでなく複合的な捉え方を視点としてもう一度仏教を見ていくことなど私(住職)の中で刺激が続いています。※中川個人の感想です。

おてらおやつクラブも7年目に入ります

2月のおてらおやつクラブ
妙華寺のおてらおやつクラブの活動も2月(今月)から7年目にはいります。6年間毎月(72回)お寺の「お供え」をおすそ分けさせていただくことができたのも、お同行の皆様のご理解・ご協力があったことにつきます。また、近隣の方々で妙華寺が「おてらおやつクラブ」に賛同してることを知っていただきお菓子やお米などを持参いただいたり、発送の手伝いに参加されたこともあり改めて感謝申し上げます。
2月は16日17日に支援団体様におすそ分けさせていただきました。
これからもおてらおやつクラブの活動が、一人親家族の生活の一助にでもなれば有難いです。

また、年2度回収の古本勧進での古本も募集しています。
今回は8月月末までに集まった古本を寄付させていただきます。
不要になりました古本がありましたらいつでもお寺にお持ち込みください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。

佛涅槃図

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佛涅槃図
妙華寺の佛涅槃図は、江戸時代の久居の大火で焼失しました。
今回お掛けしていますのは、親鸞聖人750回御遠忌の記念として高田本山より京都別院の佛涅槃図の複製が配布されました涅槃図です。
2月15日から3月15日まで西余間にかざります。
ご自由に本堂でご覧いただけますが、法務がある場合がございます。
事前にご連絡いただきますと有難いです。
※3月7日の日曜学校(午前7時30分から8時)で紹介する予定です。
佛涅槃図は、釈迦(しゃか)の入涅槃の場面を描いたもので、釈迦が亡くなられた2月15日の涅槃会で本尊とされます。

お寺の掲示板

お寺の掲示板
「介護離職」はどんな理由であれ、絶対してはならない

『人は人を救えないが、「癒やす」ことはできる』 谷川洋三著から

著書では続けて、「家族にさまざまな面で大きな負担をかける介護ですが、共倒れにならないためにも、無理をしないことが大切です。介護離職などはもってのほかです」とあります。

一緒に過ごせる時間が長くないとわかっているとき、家族にとって大切なのは、後悔しないようにすることです。それは、できるだけそばにいることも大事ですが、生活を維持することも同じように重要です。患者本人も、自分の介護で家族がボロボロになる姿は見たくないでしょう。家族はこの先も生きていかなければならないのですから、安心させてあげるという意味でも、無理のない体制を整えていきましょう。

※大切な家族とどのように最期を過ごすのか悩ましいことです。共に気遣いながらも、共に後悔が残るのが現実のように感じます。それでも自分の生活の中でできることを探し続けることなのかもわかりません。

いのちの積み木

いのちの積み木
2018年に「いのちの積み木」のワークショップに出会い、改めて「いのち」について考える機会がありました。自分の命の誕生を考えるとどうしても家系図を思い出します。
先祖から私への流れです。「いのちの積み木」では、私から先祖への流れを可視化しています。先祖から私でも、私から先祖でも同じことのように思えますが、主体が、「先祖」と「私」では少し違って感じることもあります。

「いのちの積み木」のプロジェクトは、目に見えないご先祖様の「可視化」とご先祖様への「感謝」を育てることで、わたしの「生きる力」に変わることを願ってのワークショップです。【いのちの積み木のHPから】
※このワークは、ご先祖様についての不安や恐れを増長するものではありません

私(住職)は「いのちの積み木」のワークショップから、いただいた「いのち」について考えた時、孤立した「いのち」ではなく支え合う「いのち」つながり合う多様な「いのち」
「いのち」を通して関係性を学ぶことと感じました。

2019年3月にお寺でワークショップを開催しました。初めてで不慣れな進行で参加されました方にしっかり伝えることができたか、もう少し工夫ができたか反省点はいくつもありましたが、参加して良かったとの声もいただいたりしています。

昨年からのコロナ禍で心に大きな不安をいだいているこの時期、ワークショップの開催は難しいですが、「いのち」について考えることは大切と思います。

これからのお寺

お寺の変化②
これからのお寺のあり方の模索中
私(住職)は、中学3年の昭和45年(1970)9月15日に得度をしました。その後、大学生になり、お盆のお勤めや井戸山の報恩講のお勤めを当時の住職(前々住職)から実践を通して学んでいきました。社会人になり、職場での仕事と法務を当時の住職(前住職)の手伝いをしながら実践していました。10年間の市役所勤務を退職し、自坊の法務と高田本山での単発的な事務を経て平成18年に妙華寺の住職を拝命しました。この間に、お寺の事や教義のことで学んだこともたくさんあり今に至っていますが、平成25年(2013)未来の住職塾の2期を受講したことは、私(住職)にとっては、僧侶として新たな視点に気づかさせられたように感じています。私の場合、お寺の住職として、自坊のこと檀信徒のこと、宗派の教義のことを大切にしていく中で少し内向きな思考になっていることがあります。宗教法人としてのお寺の意義とは、僧侶としてのあり方とはの視点が私の中で当たり前でありすぎて抜け落ちていたのかもわかりません。そこに立ち戻ることができたことがとても良かったと思っています。閉塞感のある令和2年(2020)に未来の住職塾 NEXT R2をオンライン受講して忘れかけていた視点を集中して考える時間がこれからのお寺のあり方にも大切な視点になると考えています。
時代の変化でこれまでの大切にされていたものが、忘れかけられたり、切り捨てられていくことも多くあります。そのこと自体は、その時代の人々に評価されなくなった現実でもあるのですが、本当にそれだけなのだろうかと考えることはたくさんあります。私が伝えたいことは何故伝えたいのか、そしてそれは伝わっているのかを実践し検証するだけのことしかありませんが、これからも考え続けていきたいと思います。

葬儀

お寺の住職や寺族が往生すると、葬儀を勤めしていただく寺院の住職にお願いします。(相)導師(寺)さんと呼ばれたりします。妙華寺の前坊守が往生した時もお願いしました。(ご病気で副住職様にお勤めしていただきした)
その相導師様が往生されたと連絡があり、悔やみの勤めに伺いました。その後、通夜・葬儀のことでお話がありましたが、第3波と呼ばれるコロナ禍で三重県の緊急事態宣言中でありますので、ご家族と近いご親戚での密葬として、本葬は、コロナが収束してから予定されるようです。お寺の住職が往生されると、檀信徒はもとより、親しくされていたお寺の住職様など数多くの方々が駆けつけられソーシャルディスタンスがとれなくなりますので致し方ないことだと思います。
通夜のお勤めの後、往生された住職様のことを思い出しますと、病気でお弱りになられているとお聞きしながら見舞いもせず無礼なことを詫びながら、4年前の前住職様の37回忌で話をさせていただいたことが最後であったと思い出しました。
往生されました住職様は、前住職様が往生されてから職場とお寺の法務で365日休み無く働かれていたそうです。そして戦争で焼失した本堂を新しくし再建され、庫裡や鐘楼堂の再建と檀信徒様が利用できる会館を新築されたことを改めてお聞かせいただき、きっとお寺の中興上人として多くの檀信徒様の心に残っていくことと思いました。妙華寺との関係で思い出すことは10年前に妙華寺の前住職の葬儀でお勤めしていただいたこと、それ以降の年忌法要もお勤めいただいていていることです。仏間に掲げてあります、前ご法主殿の「歓喜光」の額装がとても印象的でした。