お寺の掲示板

お寺の掲示板
「自分が得すること」ばかり考えるから息苦しくなる

『大往生できる人 できない人』潔く、とらわれず、おまかせして生きる 田畑正久著 から
著書では、いつの間にか「得になること」「勝ちにつながること」を心がけることを身についていた私たちは、持ち前の「吸収しよう」「学び取ろう」とする餓鬼根性で、今の知識や智慧が教えていただいたものであることも忘れて、自分の知識として、私のものとして握って、私有化してしまっていたのです。
仏教では「照らし出す原理」(教え、智慧、光明無量)と接点を持つことが大切と教えます。「照らし出されたもの」を知識として私有化しても、かえって重荷となり、心の自由さを奪われることになります。

※「手放す」ことをマイナスとして捉えている自分がいます。でも今私の中にあるものは、自分が手に入れたと思っていても、全て外からいただいたものなんですね。「手放す」ことができないまでも、「私有化」しないことで、見方は変わるでしょうか。

前々住職のこと(誕生120年)

お寺の宝物を保管している場所があります。
今年は、前々住職の誕生120年でした。80歳で往生しましたので没40年目にもあたります。
私(住職)の記憶している前々住職は、子どもが4人姉妹であったので、長女の長男として生まれた私(初孫)を大変喜んだそうです。中学3年の夏休みに朝一緒に「阿弥陀経」を読む稽古が始まりました。イヤイヤだったかもわかりませんが一通り、拝読できるようになったと思います。二学期の始まる9月15日(敬老の日)に高田本山で得度をしました。その為の「阿弥陀経」の稽古と後で知ることになります。大学の頃、前々住職がそれまでしていた井戸山地区の報恩講や夏のお盆勤めを代わりにするようになり、学校の休みの時に葬儀があると、前々住職(当時の住職)・前住職(当時の衆徒)と私の3人がお同行様を見送る機会も何度か経験させていただきました。昭和54年の妙華寺創建300年の記念法会で、住職を後任に譲り翌年(昭和55年)に往生されました。囲碁が好きで時々知人と対戦していたり、毎朝決まった時間にお茶(抹茶)を楽しんだり、タバコも好きでパイプ姿も知っています。菊作りもしていたことも思い出し、本当にいろいろなことを楽しんでいたんだと思います。本山に勤めていたこともあり、たくさんの僧侶と親交がありお寺や本山で話し込んでいました。身内の私(住職)から見ても魅力のある姿でした。


今年2月の誕生月から前々住職に謂れがあるものを展示していました。大正時代の若き頃に書いた「私が経営する日曜学校の立場」の冊子・昭和48年に書院を建てられ、ご法主にご染筆していただいた額が掲げてある「漱月(せいげつ)書院」にちなみ「漱月(せいげつ)」と名づけた趣味の歌集。妙華寺の創建300年に歴代住職の行跡を書かれた冊子。本山勤務の時に出版した「高田の古徳」や「高田の寺々」は編者の一人でした。また、前々住職の祖母がお茶を教えたようで、お茶も好きで、茶室も造られました(平成22年に同じ材を使い立て替えた茶室には、前々住職の名前の「實」が居住すると言う意味で「居實」と命名しました)、自らの喜寿祝いとして茶碗を造ったり、干支の香合を楽しんでいました。
今年も後1ヶ月これらを片づけて来年は何を展示するか頭を悩ますことになります。

未来の住職塾 NEXT

未来の住職塾NEXT R-2
松本紹圭師が始めた「未来の住職塾」を7年前(第2期)に受講をしました。熱意のある宗派を超えた僧侶が1年間(5講座)で、宗派などで開催される講座では学ぶことができない視点でお寺のあり方の学びを深めることができる塾です。自坊のこれからの「寺業計画書」なるものを作成するのですが寺院(宗教法人)としてのあり方を見つめていくことに目を向けていますが、教義への更なる学びが深まるような感じでした。
その時の「寺業計画」でのお寺の使命が、「私たちのお寺はあなたをひとりぼっちにはしません」です。お寺のHPにも掲げさせていただいています。お寺の寺報・名刺・チラシ・封筒にも記載しています。
そして昨年から学びの内容を更新した「未来の住職塾NEXT」が始まりました。今年は、新型コロナウィルス感染症の感染防止の為に、一処に集まることなく、オンラインでの講義(5講座)の学びでした。私は自宅に居ながら受講できることで2回目の受講をしました。もう一度お寺のこれからを考える機会をいただいたことです。今回も最後の講義を視聴(受講)して、お寺の「事業計画書」(今回は「寺業」から「事業」に変更になりました)の提出が1ヶ月後です。まだまだ悩みながらの途中ですが、改めて受講して良かったと感じています。前回の時もそうでしたが、今回も提出する「事業計画書」を総代さんを始め世話方様に説明をして今後のお寺のあり方を共に見つめ直していきたいと考えています。

防災について

防災について 救援マップ(未来共生災害救援マップ)の紹介
お寺のある三重県では東海地震や東南海地震が今後発生すると大きな被害を受けることは随分前から指摘されています。その為、行政からも地震が発生した時の備えや行動計画の事例も何度も注意喚起がなされ住民も確認し自治会などを通して防災訓練なども行っています。また災害時の行動について個人・家族で話し合う機会もあったと思います。
先日、「災害時のソーシャルキャピタルとしてのお寺」と題したオンライン勉強会がありました。大阪大学の稲場圭信氏の研究分野で災害時の避難場所のあり方などのお話をお聞かせいただきました。行政が指定している地域の避難所が諸事情で使用できない場合に、その地区で広い空間施設を持っている寺社を活用する取り組みをされています。(大型商業施設なども避難場所として指定または活用も進んでいます)
行政の避難所指定がなくてもその地域の避難空間としてお寺を活用できることは、お寺の社会貢献としての一面もあると思いました。
稲場圭信さんの研究所では、既に「未来共生災害救援マップ」と言う全国地図に行政の避難指定施設と共に寺院・神社にも避難された方がいる場合にその概略を記入できるスペースが作られたマップが無料提供されています。
地域に災害が起こる前に1度このマップを確認して、今いる場所の避難場所の再確認や避難場所になり得る広い空間施設を持つ寺院・神社の場所の確認をされるのはいかがでしょうか。

【参考】 これまでの自然災害時の住職の取り組み
妙華手のある津市久居地区は、三重県津市の海抜20メートルの高台にあります。
私(住職)が3才の昭和34年9月の伊勢湾台風の被害が三重県では大きな自然災害であったと記憶に残っていますが、その時もお寺のある久居地区が高台であったことで水害の被害はなかったと思います。(※行政区域の久居町に水害のあった地区はありました)
お寺の住職としてこれまでの自然災害時にどのように取り組んできたか振り返ってみますと、積極的に被災地に赴いての支援(ボランティア)活動の経験はありません。
東日本大震災の時、春彼岸会の懇志の一部を義捐金としてお見舞いしました。そして1年後(一周忌)・2年後(3回忌)の追弔法会を本堂でお勤めしました。
熊本地震の時は、「未来の住職塾」の卒業生の1人として、他の卒業生と共に寄付をしました。
昨年の千葉県に被害が大きかった台風15号の時は、親交のあるお寺 光琳寺様を通して寄付をしました。
今年7月の熊本の水害では、やはり親交のある「healthy Temple」団体を通して寄付をいたしました。

ただ、日本全国、毎年のように多くの自然災害の被害が発生していますが、私(住職)が被災地に何か関わっていることがないと支援活動ができないのも事実です。
私との関係性の濃淡で支援活動をするというのも申し訳ないことですが、それが現状です。
お寺のある三重県も今後起こりうる東海地震・東南海地震の時、平素の寺院活動を通して「ソーシャルキャピタルのお寺」としての活動ができればと考えています。

【参考】オンライン b ラーニング 「災害時のソーシャルキャピタルとしてのお寺」
災害時にお寺としてどうあるのか。支援者と被災者をより良くつなげるには、ネットワークが大切であることは多くの方が認識していることだと思う。寺院活動の1つに地域でのハブ機能として働くことも含まれているようだと感じました。
東日本大震災の時、僧侶として被災者への支援を始め、熊本地震の時、自坊が被災した中で支援者として活動されている糸山公照師、今年は熊本の人吉市の豪雨災害で地元の支援(ボランティア)活動を今も精力的に継続していらっしゃいます。昨年の台風15号の被害で千葉県に自坊がある佐々木教道師、お二人のの活動報告は、被災現場の状況下でお寺の取り組みをとてもわかりやすくお教えいただきました。
大阪大学の稲場圭信氏から災害時の地域社会などを調査・研究されている中で、お寺に、①資源力 ②人的力 ③宗教力 が備わっている場合、その地域社会のソーシャルキャピタルとして機能できるので、平素の寺院活動を通して社会貢献できるのではないかとお聞かせいただきました。
糸山師の話の中で、「受援力」と言う言葉を聞きました。被災した時に被災者はなかなか声をあげにくく、素直に 助けを頼めることそして助けていただいたら感謝すること、喜ぶことを表現するには、力が必要であることも知りました。
全国にあるお寺の所在地は過疎地や都市部などそれぞれ状況が違いますし、お寺の周辺事情も違いますのでお寺で何ができて何が難しいか日頃から考えておくことの大切さや、 被災者でありながら支援活動をする場合は無理をしないこと、そこに居る被災者と共に日々を送ること(ひっとすると、今のできることをすること=お寺の日常でしょうか)
また、今回もオンラインでの勉強会ですが、ネットワークとしてのオンラインの活用には、信頼関係がなければ成り立たないと思われますが新しい支援活動の取り組みになるようなことも学べてとても有意義な時間でした
※中川個人の感想です。

▼災救マップ
https://note.com/dr178/n/n4de398c039cf
http://relief.hus.osaka-u.ac.jp/map/

 

 

11月のおてらおやつクラブ

11月のおてらおやつクラブ
先月同様3つの支援団体様へ16日に「お供え」を「おすそ分け」させていただきました。
毎月、お寺の都合(お供えの集まりぐあい)で発送日も違います。支援団体様のその月の行事に間に合わなかったりする場合があったりして申し訳なく思うこともあります。
今回は、地域の方が「おてらおやつクラブ」の活動に賛同されお寺に持参されたお菓子と、季節のサツマイモをいただきましたので「おすそ分け」させていただきました。

おてらおやつクラブの活動が、一人親家族の生活の一助にでもなれば有難いです。

また、年2度回収の古本勧進での古本も募集しています。
今回は来年正月月末までに集まった古本を寄付させていただきます。
不要になりました古本がありましたらいつでもお寺にお持ち込みください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。

※毎年、妙華寺の報恩講のお非時(ひじ)のご奉仕していただいています支援団体の津市母子父子寡婦福祉会久居支部様に、今年の12月の報恩講では、例年通りの準備をしていただくことは難しいですが、パック詰めになりますが、11時に配布していただく形を考えています。

久居の案内図

久居の案内図
江戸時代に、津藩の南側の野辺野と言われていた高台に造られた町は、「永久鎮居」から「久居」と名づけられました。
久居(久居藩)の案内図はこれまでもありましたが、新しい市民文化ホール「久居アルスプラザ」を加えた案内図を作成されて、地域で活動されています「久居城下案内人の会」様から20部ほどいただきました。本堂に置いてありますのでご自由にお使いください。
また、久居駅西口に久居誕生350年事業の1つ「久居城下案内図」が設置される計画があり、うれしいことに妙華寺もその中の1つとして表示される予定です。楽しみに待っています。

津市出身の写真家浅田さんの家族との歩みとカメラマンとしての活動を映画「浅田家」として今上映中ですが、津市内のロケ地の1つの高田本山にも映画ファンがロケ地巡りで賑わっています。

秋に入ると毎年「津まつり」や「久居仮装フェスティバル」など町が賑やかになりますまた文化祭やいろいろな催し物が、今年は、新型コロナウィルス感染症の感染防止の為、中止でした。
秋の心地よい気候の中、地元の久居や津の歴史ある素晴らしい場所を散策してみてはいかがでしょうか。

2018年4月に 一般社団法人三重県建築士会様が、多くの皆様に三重県の登録有形文化財の文化的価値、観光資源的価値をご認識いただき、登録有形文化財のさらなる活用と地域の活性化の一助としてトレーディングカードを作成されました。三重県内にある多くの登録有形文化財の一つであります「妙華寺本堂」のトレーディングカードも数に限りはありますが作成していただきました。

今年は、新型コロナウィルス感染症で外出が難しい時ですが、終息に向かいましたら、 是非、現地にお越しいただき実物を見て、庫裡(くり)にて「トレーディングカードありますか」(なくなり次第終了)とお声かけください。また、三重県内の登録有形文化財にも足をお運びいただきトレーディングカードを集めてみてはいかがですか。

一般社団法人三重県建築士会主催の「国登録有形文化財 三重の「建造物」パネル展」が三重県内6カ所(桑名市・伊勢市・伊賀市・尾鷲市・津市・熊野市)で開催されます。
お寺の近くでは、津市の三重県総合博物館2Fエントランスホールで、11月21日(土)22日(日)23日(祝・月)開催されます。ご興味のある方はお立ち寄りください。

お寺の掲示板

お寺の掲示板
サポートできることは「話す」「歌う」「触れる」

『人は人を救えないが、「癒やす」ことはできる』 谷川洋三著から

著書では、続いて「周りの人が患者本人のためにできることは、意外とシンプルなことです。しかし、それが患者本人と周りの人の気持ちを穏やかにつないでくれるのです」

患者本人が話せるうちにできるだけ会いにきてほしいと思います。想い出話は、本人が自分の人生への肯定感をもつことにつながります。話せなくなったら、話しかけてあげることです。返事ができなくても伝わることは多いです。聴覚と共に触覚も残るといわれています。手を握ったり、足をさすったりコミュニケーションもとることができます。
但し、体がむくんでいる場合や、感染症がある場合は触れないほうがいいので、医療者に相談が必要です。
死が近づくと、本人も家族も、なんともいえず寂しい気持ちになるものです。寂しさが強くなると、恐怖へと変わります。「話す」「歌う」「触れる」といった行為は、そんな寂しさをお互いに紛らわせ、気持ちを穏やかに保つことにつながるでしょう。

※思い出をたくさん思い起こすことは豊かな気持ちになると思います。そこには悲しいこと辛いこと思い出したくないこともあることを想像しながら、それでも私の一生が「大丈夫でした」とうなづくことができればとても素晴らしい人生を歩まれていると思います。

また、知人から「歌う」について反応がありました。共に知っている「歌」から共有できる感情が生まれるのかもわかりません。以前、音楽の力の1つに「グリーフケア」があることを思い出しました。

本堂(内陣)床下の補強工事

本堂(内陣)床下の補強工事
住職がいつもお勤めする場所(内陣)の床下部分が傷んでいました。
平成22年の本堂の修理の時は、大間の部分は床下も修理しましたが、内陣・余間・東楽の間は、そこに荘厳されている仏具や置物がそのままの状態でしたので、床下の改修までできませんでした。今年の1月から2月にかけての東楽の間の修理の時、内陣と余間の床下の調査をしました。少し傷んでいる部分があり、11月に入り補強工事を実施しました。
これまで内陣を歩いていると、ギーギーと音がしていましたがそれがなくなり床下がしっかりしたと実感できます。
内陣や余間の床下も、これまでも何度が補修工事が行われていた形跡がありますが、どうしても床や畳をあげての本格的な修理が難しかったようでその場しのぎであったようです。今回も、床をめくっての本格的な補強工事ではありませんが、これまでよりしっかりできたように思います。

お気に入り

お気に入り
自分の中で大切にしているものは何か? 考え方や行動・趣味・健康・人間関係など様々ことでお気に入りがあるので、数えてみると切りがない。今日は文化の日ですので、私(住職)の趣味の1つの茶道を取り上げます。お茶は日本の総合文化と言われるようにいろいろな切り口があります。茶会でいただく、お菓子・お茶(抹茶)そしてその点前(お茶を点てる作法)に目がいきますが、茶室の床の間にかかる書や絵画、季節の花と花入や香合、お茶道具のなどの工芸品、茶室の建造物としての佇まい、露地と言われる茶庭のつくり、茶事になると、もてなしの1つである懐石料理・炭手前で気付く香や音など私たちの生活の中にある文化が、お茶を通して表現されている。それらはそれぞれが関係しているが、すべてがそろわないと茶道と言うことができないとことでなく、極端なことを言えば、何もなくてもお茶の心があれば茶道と言う文化は続いていくことのように感じる。
以前、私の先生からも聞いた話で、お茶では「型(かた)」と「形(かたち)」は「ち」に注目することが大切と聞かせいただいていた。
私にはわかりやすい譬えとして、稽古で「型」を習い、そこに「心」をいれて「形」にする。「心」という見えないものを、見える「形」として、「心」を差し上げるのがお茶のおもてなし。ハートの形のクッキーを作るのに、ハート型の枠の中にクッキーの生地をいれて、焼き上げて、枠を取ってハートの形のクッキーをいただく。
そして、お茶の心は「和敬清寂」で表している。私は、「和敬」はお互いの関係性を大切に思いやること「清寂」は時間と空間との関係性を大切に重んじることと感じる。
そんなことよりとにかく、お茶で今の時期は、「織部茶碗」と「くりきんとん」がお気に入りだ。
※写真の「織部茶碗」は、茶友の水野雅之造り(陽山窯)

例年文化の日の頃は、地域の文化祭が公民館で開催されます。書・絵画・工芸・舞踊・盆栽・華・茶など日頃研鑽されている文化協会やグループが年1度、市民に披露させていただいている晴の日です。今年から新しい市民ホール(久居アルスホール)での開催を楽しみにしていましたが、新型コロナウィルス感染症の感染防止の為中止となりました。多くの方々が集まることが感染の原因になる為、春から多くの文化行事(祭りや花火大会)が中止されている一環です。
所属する茶道団体でも、2月から行事や茶会も中止となっていますが、総本部からガイドラインが示され、来年からガイドラインにそった新型コロナウィルス感染症の感染防止対策をとり開催できるよう考えています。これまでと同じにはなりませんが、新しい生活様式に沿いながらこれまで以上にお茶が楽しい行事として続いていけばと思います。

10月の聞法

10月の聞法

①お坊さんのためのアンガーマネジメント入門 寺院関係者の学びと交流の場 bラーニング  財津ユカ氏(一般社団法人日本アンガーマネジメント協会認定ファシリテーター アンガーマネジメントコンサルタント)
オンラインでの入門講座でした。
感情の1つの「怒り」が爆発して、他者や自分を傷つけることが問題になり始めた1970年代アメリカで、「怒り」をコントロールすることに注目し、アンガーマネジメントと言う領域が生まれたそうです。
「怒り」について「後悔しないこと」とは、自分が「怒って」後悔することも、「怒らなくて」後悔することも日常生活であります。その時の「怒り方」も関わっているのかもわかりません。
「怒り」と言う感情を無くすことはできないので、それに向き合い、生理的に身体の仕組みから、「怒り」がこみ上げてくるわずかな時間をやり過ごすトレーニングや、自分の中での「怒り」の領域の確認(どのような状態なら強い「怒り」になるか、それほどでもない「怒り」など)、他に現実的な対処法を可視化する方法などをお話されました。
「怒り」に向き合うことで、「怒り」について、初歩的な学びができました。
「怒り」をコントロールできれば、他者との関係性も少し変わるかもしれない。いや自分自身が変わることが一番素晴らしいことなんだとその時思いました。
これまで自分の中で「怒り」と向き合っていなかったのはどうしてなんだろう。「怒り」は自分自身の感情なのに、外部に原因があるからだと思い込んでいたからかもわからない。正しいのは自分で、悪いのは相手だなんて、単純で一方的な考え方をしているのかも。
私(住職)も時間をかけて自分の「怒り」に向き合ってみようと感じた時間でした。

※ただどうして「怒り」の感情をコントロールできればよいのか。対人関係を考えると感情のコントロールが自由にできることは望まれることと思いますが、自分の中の「喜び」や「悲しみ」のようにコントロールしなくても良い感情もあります。他者を傷つけることにあまり関係がないからだと考えますが、自分の中の感情を正直に表せることと、対人関係から感情をコントロールすることをどう見ていくかも考えさせられる学びでした。
感情を爆発(表現)させることからアートが生み出されたりすることもありそうです。

※中川個人の感想です

②「中世の三重の寺院と真宗の展開」~津周辺を起点として~三重県総合博物館太田光俊氏
コロナ禍で延期されていた、高田短期大学仏教教育研究センター主催の公開講座が、新型コロナウィルス感染症の感染防止対策をとり開催されました。私(住職)にとりっては久しぶりの対面の講演会でした。
今現存する寺院の歴史は、そのお寺の縁起からもわかることがあります。しかし、この地で活動していた寺院が、歴史上、消滅することもあります。残された幾つかの史料をつなぎ合わせて窺えることもあり、津周辺の寺院の移り変わりの概説の発表でした。
これまで、時代と共に安濃津(津)の支配者は替わってきましたし、町の中心地も替わっています。今の安濃津(津)の姿は、江戸時代藤堂藩になってからの姿で、それ以前の安濃津(津)は、橋南地区が中心であったようです。
今は、津市の高田本山専修寺も、本来の地名で言うと「一身田(村)」に室町時代に、真慧上人が建立された「無量寿寺」から始まったことは高田派では知らない者はいませんが、安濃津(津)に同じ名前の「無量寿寺」があったことなんて私(住職)は知りませんでした。 いろいろな史料の中から安濃津の「無量寿寺」と称する禅と密教(鎌倉五山)の寺院が存在していましたが、忽然と消滅したことはそれぞれ時代の支配する大名(庇護者)が替わっていく中でのことかもわかりません。今有る寺院もお寺の歴史を遡って探っていくと当初は違う宗派であったり、いくつもの宗派の遍歴も知ることができたり、歴史トラベルの時間でありました。
長く寺院活動を続いている寺院、特に身近な地域の寺院の歴史(縁起)はとても複雑である故に、豊かな歴史を持っていると感じたお話でした。また、寺院と民衆との関係も時代と共に変化しています。日本に寺院が建立された時は、護国が大切な使命でしたが、時代が下がると共に庶民の心の安心を得ることが大切になり、寺院の僧侶と民衆との関係も史料(消息など)からわかってきます。
※中川個人の感想です。今回の講演を元にした論文が来年の「高田学報」に掲載されるそうです。

※また、高田本山での開催でしたが、お同行の方も参加いただきありがとうございました。