栄昌寺 前住職の葬儀式

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葬儀 前住職の一つ上の兄の葬儀式にお焼香させていただきました。
前住職の兄弟は6人で、戦争で亡くなられている方もいましたが皆お浄土へ行かれました。前住職の父は、高田派のお寺に生まれ、ご縁があり、浄土宗のお寺に入寺しお念仏の道を歩まれました。一番下の子供として生まれた前住職は、高田派の妙華寺に入寺してお念仏の道を歩まれました。父とこの度ご往生されました一つ上のお兄さんは、小さいときからいつも一緒にいて、「あきちゃん」・「かずちゃん」と互いを呼び合い父が病で入院最後まで夢を見ていたのか、「あきちゃんが来た」とか、一番上の姉さんの名前を呼んだり、最後まで兄弟のことを思い起こしていたようなことを改めて思い出しました。前住職の葬儀は、本堂の改修時で妙華寺会館で執り行いました。前住職の七回忌ももうすぐやってきます。

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4月のおてらおやつクラブ

4月のおてらおやつクラブ
3月に「神戸スイーツ学会」からご寄付がおてらおやつクラブ事務局様にありました。
・本企画は、普段洋菓子を食べる機会のない子どもたちに、美味しい洋菓子を食べてほしいというものです。お渡しするのは「子ども」限定とありました。
こうした企画が企業からおてらおやつクラブに持ち込まれるのは非常に有り難く、いつにも増して子どもたちに笑顔を届けることができると思います。
ぜひご協力をお願いしたく、企業さまからのご賛同もお待ちしております。
また、松阪市の方から「おてらおやつクラブ」の一人親家族様へとお菓子を一箱お送りいただき大変うれしく思い、お礼申し上げます。今回、「神戸スイーツ学会」様からのバームクーヘンと一緒に妙華寺がお送りしている一人親家族様にもおすそわけの一つとしてお送りいたしました。

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次の御開扉は、2030年(平成42年)

今日(30日)高田本山で、三日間にわたる一光三尊佛御帰山法会が終わり、栃木県の本寺にお帰りになります。本寺の方では、御復座法会が4月1日より行われます。
改めて、一光三尊仏の由来について記載します。
栃木県の本寺に伝わる一光三尊仏は、親鸞聖人が自ら善光寺よりお迎えされ、親しく御恭敬されました尊像であり、真宗高田派のご本尊であります。
この尊像は、中央に阿弥陀如来、脇侍(わきじ)として向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が一つの光背(こうせ)におさめられいますので、一光三尊仏と言われています。
一光三尊仏の伝来については、かつて印度の月蓋(がっかい)長者が釈迦如来に懇請し、閻浮檀金(白金)で造られ、中国・百済(朝鮮)に渡り、欽明天皇の時代に百済の聖明王より、朝廷に献上された我が国で仏教伝来の最古の尊像であります。
当時、仏教に反した物部の守屋大臣が、この尊像を七日七夜「ふいご」でふき、3日3夜鉄板上で打ち砕こうとしたが失敗し、ついに万策つきて難波の堀江に棄てたと言われます。堀江に沈んで18年、推古天皇の8年に信濃国の本田善光という者が縁あってすくい上げて、郷里の信濃国にお伴し、自宅の臼の上に祀っていたが、多くの人々の信仰が厚くなり、やがて、勅命(天皇の命)により、長野に善光寺が建てられ善光寺の本尊となった。
嘉禄元年(1225)関東各地を教化されておられた親鸞聖人が、下野国高田にお寺を建てようとせられた時「速やかに信濃国善光寺に来るべし、我が身を分かち与うべし」と夢のお告げがあり、善光寺に赴き、一光三尊仏の一体分身の尊像を感得せられ、笈(おい)に納めて背負って高田へ帰り、専修寺の本尊としてあがめられました。
高田本山の第10世真慧(しんね)上人の時に、本山は伊勢国一身田に移されましたが、下野の高田にそのまま一光三尊仏が安置され、善光寺にならって長く秘仏とされてまいりました。寛永15年(1638)第14世尭秀上人が本寺専修寺で初めて御開扉されました。その後、享保14年(1729)第17世円猷(えんゆう)上人が、伊勢をはじめ各地の御同行にも、尊像を拝ませたいと思し召し、出開帳をお許しになられ、それ以来17年目ごとに勝縁に遇うことができるようになりました。
王室においては、桜町天皇、後桃園天皇、後桜町天皇、光格天皇、仁孝天皇、明治天皇から御親拝あった尊像でもあります。
これらのことから、三国伝来の一光三尊仏、天拝一光三尊仏ともいわれます。
親鸞聖人の御和讃に
「弥陀 観音 大勢至  大願の船に乗じてぞ
生死の海にうかびつつ 衆生をよぼうてのせたまう」
とあります。私たちの救われて行く姿を如実に現して頂いている尊像に深く感激された一首でしょう。
妙華寺としては、大正7年12月12日より5日間御開扉申し上げましたのが始まりで、今回の御開扉は平成26年5月は7回目のご勝縁でありました。
次回の御開扉は14年後の2030年になります。

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あの日から5年

あの日から5年
5年前の3月11日 母を歯医者に送りいったん家に戻ってPCの前に座った。
私の住んでる三重県津市では身体の揺れは感じなかったが、部屋の電灯がゆっくり揺れ出した。「地震?」と思い、TVをつける。そのうちに大きな津波が映し出されて息をのむ。初めてではないが胸をしめつけられる。何も手がつけられず時間だけが過ぎていく。遠くにいるのに現場にいるような感覚。忘れることのできない光景。
これまでも忘れることのできない出来事はあるけれど、とっても心が締め付けられていた1日でした。翌日から多くの方々がボランティアとして現地で活動をされていました。私は「身が動く」こともなく、被災された方々にできることは何か考えていました。申し訳ないことですが、自分にできることはわずかばかりの義捐金をお送りすることと、翌月の4月11日と翌年の3月11日にお勤めを本堂でお勤めすることだけでした。何が私の中で変わったのか?変わらないのか?
『ボランティアは親鸞の教えに反するのか』木越康著 法蔵館の中で、35歳の息子さんを亡くされた方の話がある。365日泣いて、そして「もういいの・・・」と言わざるえない現実。頭の中にある地獄ではなく、地獄の中を生きている方々がいる。また中学の子供さんを亡くされたお母さんが「復興の定義が人それぞれ違うと思いますが、私にとっての復興とは息子が帰って来ること。なので、わが家にとって復興はありえません」の言葉は決して忘れてはいけない。違う章で高橋源一郎氏が親鸞聖人に魅せられ、その言葉に大きく心揺さぶれた経験が紹介されている。そして「もう5年」「まだ5年」この時期になるとメデイアなどで特集が組まれ被災者の現状を知り、現地で活動を続けられている方々のご苦労を知るのですが、それでも今年も、この日には何もできなくて申し訳ないとつぶやきながらお勤めすることでした。

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卒業式 +(プラス)

卒業式+
3月8日に、親族や友人がいるわけでもないのに東京神谷町の光明寺での卒業式に駆けつけました。私自身の卒業式は2年前でしたが所用で参加できなかったこともあるのかもわかりません。第4期の未来の住職塾の卒業式は、80名以上の参加者でご本堂は満堂でした。僧侶・寺族、また社会人として活躍されている方々の卒業式ですので高校や大学の卒業式と違いますが、一つの課程を修了し評価されたことはこれからのお寺の方向性やご自身の立場の覚悟も備わったことで自信にもなることと思います。私自身も刺激をいただきながら、また歩みを進めたい気持ちになりました。
2日目 のサンガ(卒業生)の集いは、東京ジャーミィ・トルコ文化センターに伺い、イスラム教のモスクと礼拝の見学でした。こちらも興味深い行事でありましたが欠席をして帰ってきました。ですので本来の+(プラス)については述べることができませんが、1日目の午前に築地本願寺にお詣りに行きました。築地本願寺には6年前に一度お詣りに行きましたがその時は、本願寺のお寺のご住職の葬儀式でご本堂にお詣りすることができませんでした。今回はご本堂に入りゆっくりお詣りをしました。明治時代のコンクリート建築ですが
今見てもモダンな感じがします。京都の龍谷大学の大宮校舎も同様に感じます。他、三重県の桑名市の諸戸邸も同時代のものだったと思います。使われながら残っている建造物はやはり大切にしていきたいと思いました。

【訂正】築地本願寺の建物は昭和6年に建てられたインド様式の建物です。龍谷大学の大宮校舎は明治12年に建てられました。また、桑名市の旧諸戸邸は大正2年に建てられいました。住職は明治時代の建物と認識していましたが、それぞれ建てられた時代は違っていました。ご指摘ありがとうございました。

平成28年3月9日

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3月のおてらおやつクラブ

先月は、名古屋でのおてらおやつクラブの活動が、初旬に中日新聞の生活面で、23日には、東海TVの夕方のニュース番組の中で5分ほど紹介されました。賛同している仲間がこれまで知らなかった多くの方々に知って頂くことは大変喜ばしいことです。また、中日新聞の記事が、ジャパンタイムズweb版に転載されていることも後日教えていただきました。
おてらおやつクラブに賛同される寺院が増えることを願います。多くの仲間と一緒に活動もできますし、また一人(一寺院)だけでも活動ができるというのが良いところです。お寺のお供えの多くは、お同行様の年回などにお供えされるものです。お供え物も多種多様です。賞味期限なども考えながら一人親家族様にお送りしますのでお送りする時期はいつと決めることができませんが毎月一度お送りできるようにしています。今月は昨日発送いたしました。

 

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京都いのちの日

2月に、京都自死・自殺センター「Sotto」の5周年記念誌をお送り頂きました。京都自死・自殺センターの5年のあゆみを振り返りこれからの活動に更なる期待を感じるものでした。発足までの、そして発足してからもご苦労があっての今があると思いますが、活動されている方々の思いはとても真摯で真剣であることが伝わってきます。
また、京都府では、国、市町村及び府民等が一体となって自殺対策を推進して、悩み苦しんでいる方々が孤立することを防ぎ、全ての府民が地域社会の一員として共に生き、共に支え合う社会を実現することを目的として、都道府県で初めて「京都府自殺対策に関する条例」(平成27年京都府条例第20号)を制定されたと聞きました。
そして、毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されています。
行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれ、機能することが、全国に広がる先駆けになることを願いながら、これからも京都自死・自殺相談センターの活動に賛同したいと思います。

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「久居城下案内人の会」様のこと

「久居城下案内人の会」様のこと
津市内には13団体のボランティアガイドがあり各地域で活躍されています。その中で久居藩の城下町として発展した久居の市街地を中心に案内をしているのが「久居城下案内人の会」です。平成20年9月30日に「久居城下案内人の会」は発足しました。津市が企画した市内の名所旧跡を巡る観光バスツアーに参加者に声かけがありそれに応えた人が集まり、地域の歴史や文化に興味がある方々がお互いに協力し、試行錯誤しながらガイド活動を続けています。ガイド活動としてルートマップを発行し、案内する名所旧跡は写真と文章で解説されるのが一般的ですが、「久居城下案内人の会」では、写真とメンバーが読んだ俳句(川柳)2句を添えています。初代藩主高通が「任口」と号す、俳諧を愛していたことにちなんでとのことです。また地域の語り部として案内するだけではなく、紙芝居で久居の歴史を披露していて子供たちに人気だそうです。

妙華寺へも「久居城下案内人の会」のガイドツアーで見学に来られる方々もいらっしゃいます。お申し出がありましたら、「法(みのり)の苑(その)妙華寺を楽しもう」(パンフレット)をお渡しします。
「久居城下案内人の会」様につきましては、津市久居総合支所 地域振興課 産業振興担当にお問い合わせください。

※「久居城下案内人の会」様の記事は、「つぅひ゜ーす」vol.60 2013-04より抜粋しました。

 

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浄土三部経

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真宗のお経と言いますと「浄土三部経」と申しますが、「浄土三部経」と言うお経はありません。
法然上人は、数ある経論の中より正しく往生浄土を明かす教えは、三経と一論、『無量寿経』・『観無量寿経』・『阿弥陀経』の浄土三部経と天親の『往生論』であると『選択本願念仏集』の冒頭の二門章で述べています。親鸞聖人もこれらを継承し、三経に、真仮と隠顕の見方を述べられています。また、『無量寿経』の48願にも真仮を見ます。真仮とは、真実(まこと)と方便(真実に入らしめるはたらき)の意で、隠顕は、隠彰(かくれてあらわす)と顕説(あきらかに説く)の意であります。隠顕は仏の密意と言われています。
浄土の三つのお経を一度に拝読すると2時間以上かかります。
本山の報恩講のお日中(にっちゅう)のお勤めで、10日に『無量寿経』の上巻の上半巻、11日に『無量寿経』の上巻の下半巻、12日に『無量寿経』の下巻の上半巻、13日に『無量寿経』の下巻の下半巻、14日に『観無量寿経』の上半巻、15日に『観無量寿経』の下半巻、16日に『阿弥陀経』と順番に拝読しています。
妙華寺では、1周忌・7回忌・17回忌・27回忌のお勤めは、『無量寿経』の半巻、3回忌・13回忌・23回忌のお勤めは、『観無量寿経』の半巻を拝読し、お堂でのお寺参りで、『阿弥陀経』を拝読しています。

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今月のおやつクラブ

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おてらおやつクラブ
今月(10月)のおやつクラブの発送は22日でした。彼岸寺HPで「おてらおやつクラブ」の活動を知り、賛同しています。全国に賛同寺院はたくさんありそれぞれ一人親家族へ「お供え」を「おさがり」として「おすそわけ」しています。今思うことは、このお寺の活動が、地域の一人親家族を支えている団体等と一緒に活動できるようになればより広がりが生まれるような気もします。それには、地域で賛同されるお寺が一ヶ寺でも多く参加されることも必要です。地域の仏教会や宗派の組内でお話ができればありがたいです。