ひとくち法話

―お釈迦様のご生涯―
03四門出遊のお話(しもんしゅつゆうのおはなし)
19歳になったシッダッタ太子(たいし)は、王様のはからいで、ヤショーダラー姫と結婚されました。しばらくの間、夢のような楽しい月日を過ごされましたが、世の無常や弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)の世の争いの姿をみることによって、心の中に世のはかなさが、いっそう広がっていきました。父王も太子の心を明るくさせようと、いろいろ苦心されました。
ある日のこと、太子は、お供をつれて東の門から出られました。途中でシワだらけの老人に出会いましたが、その姿を見て、老いることの現実に驚かれました。数日して、太子は、南の門から出ることがありました。そこには髪(かみ)を乱し、顔色は土のようで、手足をふるわす病人をご覧になりました。また西門から出たときは、見慣(みな)れない行列に出会いました。それは葬式(そうしき)の列でした。太子は、私の一番恐ろしいものに出会ったといって、城の中に逃げ帰られました。
「人とは歳をとり、病人となり、そして、死んでいくものなのか、このようなつらい悲しいことのない世界はないのだろうか」と、考え込みました。
最後に北の門から出たときは、質素(しっそ)だが、気高く、堂々とした修行者に出会いました。その姿にうたれた太子は、「そうだ、私の求めている道もあそこにあるのだ。この修行者のように、自分も城を出て修業をつもう。そうすれば、老・病・死の苦しみから逃れる道が見つかるかもしれない」と、心に決められ、ただひとり、悟りの世界に向かって大きな歩みを開始されたのです。
※「ひとくち法話」真宗高田派本山より

妙華寺では、2月15日から3月15日まで西余間に涅槃図をお掛けしています

祖師寿のご案内 3月末までにお申し込みください

祖師寿のご案内

お同行の皆様のお喜びの1つに親鸞聖人90歳のご生涯で、90歳のお年を迎えられるお同行様を「祖師寿(そしじゅ)」祝いとしてお同行の皆様の仏縁を共にお喜び申し上げています。
男性は降誕会(ごうたんえ)の5月21日に、女性は6月の最初の日曜日(今年は3日)に開催されます高田派婦人連合大会の式典で表彰されます。このことを励みにされていらつしゃる方もたくさんいらっしゃるようです。今年は昭和4年(1929)生まれの方が該当されます。
該当されます方は、妙華寺に3月末までにお申し込みください。お寺から高田本山へお伝えいたします。

先日、お寺の親友婦人会の会長様がご往生されました。年々祖師寿を迎えられるお同行様は増えていますが、様々なご事情で祖師寿の式典へ出席していただく方は少ないです。親友婦人会の会長様は、数年前に祖師寿の式典へ出席していただきました。

私(住職)の思い出としまして、今毎月一度ではございますが行っている日曜学校のことです。およそ30年前に会長様がご自身が幼少の頃、お寺での日曜学校がとても楽しかったことで、当時小学生のお孫さんにもお寺の日曜学校を体験させたいとのお声で戦後休校していました日曜学校を再開させていただいたことです。
このことは私をお育ていただいたことの大きな一つです。
お寺の婦人会会長として大きな行事(親鸞聖人750回御遠忌や一光三尊仏御開扉大法会)でのご奉仕、毎年の報恩講でのご奉仕と大変お世話になりました。重ねてお礼申し上げます。

妙華寺の本尊

今年は、毎月10日に法苑院妙華寺を紹介していきたいと思います。
妙華寺の本尊
阿弥陀如来立像 一躯 木像 玉眼・寄木・金泥 像高 51.9cm 江戸時代

妙華寺は、わずかな畑が散在する野辺野高台の野原に、寛文10年(1670)に「永久鎮居」から「久居」と名づけられた城下町に延宝8年(1680)に寺領が与えられ、越前の西光寺から僧自信を招いて、高田本山から、「寂陽山 法苑院 妙華寺」の三号と慈覚大師真作の阿弥陀如来像と三具足を添えて創建されました。

平成26年5月に妙華寺に本寺の一光三尊仏をお迎えして御開扉法会をする時に、ご本尊をご遷座しました。その時に光背を支える部分が緩んでいるのがわかり、修復することになりました。平成27年2月に、当初の状態に修復しました。

お寺のHPの平成27年12月17日にブログで報告させていただいています。

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真宗の本尊
阿弥陀如来立像
「十方微塵世界の 念佛の衆生をみそなはし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる」とあります。阿弥陀佛の本願は、衆生のはかりある(有量の)境涯の苦悩を、摂取して捨てずのお心を成就するため、はかりなき(無量)佛になり給う。衆生のために名乗り立ち上がる姿です。佛のお姿を拝見する場合、浄土にあっては佛(覚者)として坐って見えるのを座像と表現し、佛が動き出され佛の座(如)からこちらへ来て下さる(來)と受け取りそれを「来迎」と言う。立って迎えに来て下さるお姿が、み足を踏み出され、蓮華が左右二つ、み手は上求菩提、下求衆生、お指は上品上生等の印。このお姿が来迎佛で、画像では白毫から衆生へのみ光を表現します。
(浄土)真宗の御本尊は、座像でも、立像の来迎佛でもなく、「お真向(まむき)さま」と呼びならわされています。佛の座から衆生の場(五十二段)まで降りきって真向かいに至り着き離れぬ大悲心を表します。衆生の所まで来てくださったので「来迎まつことなし」の不来迎、不廻向で「常来迎」です。如来よりの「御廻向」が、み足を揃え一つの蓮台に乗って見えるお姿になります。古い仏像ではこの蓮華に割り蓮華と言い正面から見ると二つに見えるが一つの蓮台があります。これは来り来る瞬間を表しているのかも。お寺の木造には「お墨付け」が下付され保管されます。「方便法身尊像」と書かれています。基本は本願の「名号」が御本尊ですが、形を以て象徴した時、大悲の願を背負い、生死の苦海を出でまして「衆生を呼ぼうて乗せ給う」お慈悲が、立像として寄り添い、常に喚びかけ給うのが御真向さまです。

高田派の宮殿は、須弥壇と同様の草花文様で色彩された扉がついています。真慧上人が、比叡山で念仏の正意を説き、比叡山の学僧に高田の法流に誤りがないことの証拠として献上されたと伝わり、このようなことから宮殿に扉が付けられたと推察されます。

2月の日曜学校

今年の日曜学校は、法苑院妙華寺の歴代住職について紹介する予定です。
今回は、初代自信上人について紹介させていただきました。

初代 泥洹院(ないおんいん)自信(じしん) 宝永4年(1707)6月17日示寂 61歳
【行跡】本堂建立、弁天堂建立、弁財天大像、半鐘、弁天池造立、
著書「当山建立来由」は、5世自運が、文政4年(1821)3月の久居大火の時に池になげこみ火から守ったが、水に濡れ判読できなくなる為、5世自運が書写し、現存している。水に濡れた原本は自信の墓に納めたと言われる。

寛文11年(1671) 藤堂高通公が久居藩主として入城
延宝 8年(1680) 当地地割絵図に一身田と記載高田派寺院の敷地が与えられた
新寺の開基として越後国中川西光寺より自信を招いた
天和元年(1681) 自信が草庵を結ぶ
「寂陽山 法苑院 妙華寺」の三号と
慈覚大師作の阿弥陀如来ご本尊を本山より下付される
宝永 4年(1707) 6月17日示寂 61歳 ※泥洹(涅槃の意)

自信上人250年忌は、昭和32年(1957)5月19日に賑々しくお勤めされていました。
自信上人300回忌は、平成19年(2007)6月17日のご命日にお勤めさせていただきました。

あれから4年(お寺の寺業計画のお寺のビジョン)

あれから4年(お寺の寺業計画のお寺のビジョン)
寺業計画で掲げたお寺のビジョンは、お同行様がお寺の空間をどのように感じていらっしゃるかを考えていました。私(住職)としては、「お寺は仏様のいらっしゃる神聖な領域」と言うのが一番と考えます。その為にお寺の境内(領域)をどのように整備し管理していくのかと思うのですが、お同行様から見ると、「仏様がいらっしゃる場より、先祖のお墓がある場」で「先祖の供養をする場」と言うのが一番のようにも思えます。また「お寺は少し敷居が高くて気安く入る場とは違う」と思われているようにも思います。お寺との距離感を多少感じるのは、お寺が日常の場でなく非日常の場であること思います。

そこから考えたのが、①お寺の伝統文化の共有と②お寺の非日常空間として活用できないかです。4年前に一生懸命考えていたと思うことも4年後の今見ますとまだ漠然としたもののように感じます。しかし漠然としているから色々なことに挑戦できるのでしょう。この時「未来の住職塾」の講師は、「お寺のストーリー(物語)を大切にすること」と助言していただきました。

お寺を預かる者として(内部から)考えるお寺のあり方とお寺を外部から考える場合
に価値観が違う場合があります。これまでのような僧侶だけの視点で宗教法人を運営(経営)してくことでは「開かれたお寺」としては成り立たないように感じます。今の社会が求めているお寺のあり方とは何か。お寺の住職(代表役員)として、お同行様の考えるお寺のあり方や社会が考えるお寺のあり方に耳を傾けながら、私のお寺(妙華寺)が宗教法人として「開かれたお寺」であるかを改めて考える機会となりました。

※今、公益法人として運営されている相撲協会が話題になっています。組織(法人)の内部からの見方と外部からの見方(見え方)で様々な意見がありますが、組織(法人)として考えると、お寺(宗教法人)も同様の状態であるかもしれません。公益法人は厳格な認定基準がある法人ですが、宗教法人であるお寺もこれからは、外部の第三者機関による組織(法人)運営が適正か審査される時代になるかもしれません。

妙華寺のこれからのストーリー(物語)を、これまでのお寺の物語を踏まえてお寺の住職だけでなくお同行の皆様と共にどのような具体的な取り組みを考えなければいけないのかを考えたいと思います。

「未来の住職塾」の7期が今年の4月から開講されます。2月には「一日体験教室」も全国で開催されますのでご興味のある方はお申し込みを(お寺の未来様のHPを参照)

 

2月の日曜学校は4日です

今年最初の日曜学校は立春の2月4日です。朝7時30分から8時頃までです。
ご家庭での平素の夕時のお勤め(歎仏偈・文類偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)
立春もすぐですがまだまだ寒さが続いています。お身体大切になさってください。