【案内】4月のTemple Morningは、20日午前8時から

【案内】コロナ下から始まったTemple Morningは、今年で6年目を迎えます。
これまでも多くの方々にご参加いただきありがとうございます。

今年の最初は04月20日(日)午前8時から9時頃までです。
今年は6回のご案内です。
Temple Morning お寺の朝(テンプルモーニング)はじめます
いつもと違う朝 気持ちを整えて集中できる時間を創りませんか

予定 お勤め(10分)・境内の掃除(30分)・お話(10分)・茶話会(自由参加)
風邪の症状のある方・37.3度以上の熱のある方はご遠慮ください。
   お勤め・お話は、短めに、自由参加の茶話会は、当面中止します
掃除道具は貸し出します。途中出入り自由です。雨天は中止です。

お寺の掃除を今風に呼びかけるには、これまで妙華寺の境内(特にお墓)の草抜きなどの掃除は、古くは草抜きなどをされている方、そして現在は高齢者(シルバー)人材センター様に登録されている方にお願いをしていました。依頼していました方がご高齢になり、次の世代の方に草抜きを希望される方がいない状態になり2020年から境内(墓)の掃除が難しくなったことが主たる要因です。境内(特にお墓)の清掃として1年の内おそよ8が月延べ160日(1日6時間労働)ほどこれまで高齢者(シルバー)人材センター様に登録されている方々に境内の清掃をしていただいていました。お寺側の身勝手な思いでありますが、お同行の皆様のお力をいただき境内(特にお墓)がこれまでのようにきれいな環境を保てることを願う行事です。
各位のそれぞれのご事情もありますので、お身体の状況をお考えていただきお時間が許しましたら一緒に境内をお掃除しませんか。
Temple Morningは、境内(外)の掃除に集中してすることで気持ちを整える時間です。
お一人お一人十分なほど距離をとることは可能です。

どうかご無理のないお気持ちでご検討をいただきますよう、よろしくお願いいたします。

年6回 第3日曜日午前8時から1時間【1月・2月・3月・7月・8月・12月は休会・雨天中止】
4月20日・5月18日・6月15日・9月21日・10月19日・ 11月16日
清々しい朝の1時間 お寺で過ごしませんか

お寺の名前

お寺の名前
先日、お同行の方が庫裡(くり)にお見えになられ、「寂陽山(じゃくようざん)」の額を見て、「山号」はどのように付けるのですかとおたずねになられました。
お寺の名前である、山号(さんごう)・院号(いんごう)・寺号(じごう)については、調べたこともなく、先代から聞いた話として、お寺は、修行の場として山の中にあったので、時代が下り街中にあっても「山号」がつけられます。お話させていただきました。

妙華寺の山号・院号・寺号は、江戸時代にこの地(久居)にお寺を建立する時に本山からいただいたものと、もう少し丁寧にお話できればよかったです。
5年後の2030年(令和12年)にお寺の創建350年を迎えることになります。
もう一度、妙華寺のこれまでを振りかえるのによい機会になりそうです。

私(住職)にとっては、当たり前のように思っていたお寺の名前について、今では、簡単にインターネットで調べたことができます。

山号(さんごう)・院号(いんごう)・寺号(じごう)とは山号とは、仏教寺院につける称号のことです。山号の有無は寺院により異なります。山号自体は、その寺院がある場所の山の名称からつける場合や仏教用語からつける場合などがあります。山号は中国から伝わったとされており、同じ名前の寺院が増えてきたことにより山号をつけるようになったそうです。院号とは、皇族や高僧が生活した際の寺に贈られた称号のことです。院号のはじまりは、平安時代の嵯峨天皇が御所を嵯峨院と名付けたところからだと言われております。院は寺の中にある僧侶が生活する場所のことを指し、院号のない寺も多く存在します。寺号とは、寺に縁のある僧侶や開山の名のことです。寺号には、延暦寺や寛永寺など開創された時代の元号を用いることがあります。山号・院号・寺号を合わせて山院寺(さんいんじ)と言い、それぞれがお寺の正式名称となっております。山号や寺号はあるが、院号がない寺院や寺号のみの寺院もあります。」
((https://www.oshiete-oterasan.com/c-issue.html 参照 2025年4月5日))

【案内】花祭りは4月7日・8日

花祭り(メリー釈迦)
花祭りは降誕會(ごうたんえ)と言い、お釈迦様がお生まれになった日、つまりお釈迦様の誕生日であります。
紀元前560年ごろの春、父をカピラバストウ国釈迦族の王スッドーダナ、母をマーヤー妃として4月8日朝、生まれられたのがシッタルダー太子、後のお釈迦様であります。
マーヤー妃は当時の習慣により、お産のため実家に帰る途中、保養に立ち寄ったルンビニーという美しい果樹庭園で急に産気付き、太子を出産されたのですが、このお産に無理があったのか、太子を生んでわずか7日後に、母マーヤー妃は世を去り、太子はマーヤー妃の妹であるマハージャパテイに養育されました。
このマーヤー妃の不幸と、生母を知ることなく生まれ育つことになった幼い太子の心を痛んで、清らかな伝説が生まれました。
それは「マーヤー妃が今を盛りと咲き誇る 無憂樹(むゆうじゅ)の赤い花を手折ろうとその手をあげたとたん、妃の腋の下からお釈迦様が誕生された」と言う伝説です。
この伝説と共に、もう一つ有名なのが、お釈迦様は生まれてすぐに右手を上げて天を指し、左手を下げて地を指して真っすぐに立って、そのまま東・西・南・北・上・下の六方向に向かって7歩進み、「天上天下唯我独尊」と言われたという伝説です。
この伝説も又、信仰心のゆえに後世の仏弟子達によって創られた話でしょう。
しかしながら現在、この「天上天下唯我独尊」の意味を取り違えている人が意外に多いのです。
それは「唯我独尊」という文字をそのまま受け取って、他人と自分をくらべて「自分ひとりがこの世で1番尊い」ということではありません。
「天上天下唯我独尊」の本当の意味は、「他人であれ、自分であれ、人間としてこの世に生まれ出て来ることができて、しかも生命が今自分に宿っているということは、何ものにも代えがたい尊い事実である」と言う意味で、ひいては、「この世のすべての生きとし生けるものすべてにやどっている生命1つ1つが等しく尊い」ということをお釈迦様は2500年前にさとされたのであります。

日本の多くのお寺では、お釈迦様の誕生と涅槃を行事としてお勤めしますが、誕生仏は像体、涅槃は絵画で現されていることが多いようです。でも考えると寝釈迦像があるお寺様もありますね。
妙華寺では、4月7日8日に花御堂を本堂の前にお出しします。誕生佛に甘茶をおかけください。皆様のお家のお花がございましたら花御堂にお供えください。また、隣寺の花祭りでスタ

ンプをいただきましたら妙華寺にて記念の品をお渡しします。

【案内】4月の日曜学校は6日午前7時30分からです

【案内】4月の日曜学校は、4月6日の朝7時30分から8時頃までです。
新年度の始まりの月から日曜学校から始めませんか。
ご家庭での平素の夕時のお勤め(重誓偈・文類偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)

【案内】春彼岸会は20日13時30分からです

【案内】
讃佛会(さんぶつえ)
「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。日本では、昼夜が同じ時間になり、太陽が西に沈む頃の春分の日・秋分の日を中心に一週間を春秋二季の彼岸と例えます。日本人の心に根付いた仏教への心温まる気持ちの現れです。
彼岸は、仏典に出てくる言葉で、パーラミターというインドの言葉を訳したものです。彼岸とは「到彼岸」の略で、迷いの世界(この世)から悟りの世界に到るということです。この迷いの世界を此岸(しがん)といい、如来の悟りの世界を彼岸と名付けています。
親鸞聖人は、「人みなこの此岸、つまり人間世界から彼岸への途を歩まねばならない」とおっしゃってみえます。
此岸から彼岸へのこの道は阿弥陀如来ご廻向の道であります。浄土への道は、浄土からの呼びかけの道であります。彼岸会はインド・中国にはなく日本独自の法会です。真宗では彼岸の一週間を佛徳を讃嘆する場として、また聞法のご縁の場として大切にしています。
真宗では、彼岸会を讃佛会とも申しています。

法苑院妙華寺では、春分の日・秋分の日の午後1時30分からお勤めと法話を勤めています。 親鸞聖人のご和讃に
「生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀の悲願のふねのみぞ
のせてかならずわたしける」とお述べになっています。
苦悩の世界(此岸)に沈んで久しい私たちは、阿弥陀如来の悲願によって救われる(彼岸へ運ばれる)とお諭しになられています。

3月20日(祝・木)午後1時30分からお勤めをいたします。
浄泉寺の戸田栄信師のご法話がございます。
 妙華寺では、ご法話をご聴聞していただくと法会参加票にスタンプを押印させていただいています。ご聴聞をお喜びするご縁となりますように、10回ご参加いただきますと記念の品をお渡ししています

【案内】祖師寿

祖師寿のご案内
お同行の皆様のお喜びの1つに親鸞聖人90歳のご生涯で、90歳のお年を迎えられるお同行様を「祖師寿(そしじゅ)」祝いとしてお同行の皆様の仏縁を共にお喜び申し上げています。
男性は降誕会(ごうたんえ)の5月21日に、女性は6月の最初の日曜日に開催されます高田派婦人連合大会の式典で表彰されます。 このことを励みにされていらつしゃる方もたくさんいらっしゃるようです。
令和4年年末に発行しました寺報(41号)に祖師寿を受けられました方の喜びの声を掲載してあります。

今年は昭和11年(1936)生まれの方が該当されます。
該当されます方は、妙華寺に3月末までにお申し込みください。お寺から高田本山へお伝えいたします。
賞状と記念式章が贈られます。

【案内】3月の日曜学校は2日午前7時30分からです

【案内】3月の日曜学校は、3月2日の朝7時30分から8時頃までです。
新しい年を迎えて2ヶ月が過ぎようとしています。3月は、卒業の月・旅立ちの月でもあります。日曜学校から始めませんか。
ご家庭での平素の朝時のお勤め(重誓偈・正信偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)

【案内】佛涅槃図を荘厳します

【案内】佛涅槃図を荘厳します
佛涅槃図は、釈迦(しゃか)の入涅槃の場面を描いたもので、釈迦が亡くなられた2月15日の涅槃会で本尊とされます。
平成24年から、妙華寺では、2月15日から1ヶ月間、本堂西余間(むかって左側)に涅槃図をお掛けしています。
妙華寺所蔵の佛涅槃図は、江戸時代の久居の大火で焼失しました。
今お掛けしていますのは、平成23年の親鸞聖人750回御遠忌の記念として高田本山より京都別院の佛涅槃図の複製が配布されましたものです。
京都別院の佛涅槃図は、室町時代の兆殿司筆で、大きさは、縦151.2cm 横128.7cmです。
本堂にお上がりいただきお詣りください。

※また、高田本山では、3月15日頃に如来堂にて佛涅槃図がかかります。(詳細は高田本山のHPでご確認ください)

 

【案内】2月の日曜学校は2日午前7時30分からです

【案内】2月の日曜学校は、2月2日の朝7時30分から8時頃までです。
新しい年を迎えて1ヶ月が過ぎようとしています。新たな年を日曜学校から始めませんか。
ご家庭での平素の夕時のお勤め(重誓偈・文類偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)

【案内】選択本願念仏集の掛軸

【案内】選択本願念仏集の掛軸
今年も本堂西余間に「選択本願念仏集」の 掛軸を荘厳します。(2月10日まで)
令和3年に修復しました「選択本願念仏集」の掛軸を、法然聖人のご命日(1月25日)に、ちなみ本堂西余間に披露します。ご興味のある方は、ご覧下さい。
法務などがありますので、事前にご連絡いただけますようお願い申し上げます。
※本堂でお勤めなどがある場合は、ご覧いただけませんのでご了承ください。

選択本願念仏集 掛軸 3幅 妙華寺所蔵
紙本 着色 表具縦194cm横97.5cm 本紙縦142cm横77.5cm

法然聖人の『選択本願念仏集』の内容を絵画で著している3幅の掛け軸。
1幅目から3幅目全て下から上へ6段に分かれ、3幅目の最後(上)の段は「選択本願念仏集終」と書かれている。
法然聖人の吉水の草庵に九条兼実が訪れた場面から初まり、法然聖人が弟子7名(内1名が祐筆)に話をされている。次に『選択本願念仏集』の名札「第1章」から「第16章」が3幅に、その内容が描かれている。

妙華寺が所蔵している「選択本願念仏集」の掛軸について、令和元年から青巖寺の清水谷正尊師に調査を依頼していました。令和3(2021)年12月24日に掛軸を撮影し、12月27日にこれまでにわかったことを報告していただきました。

「選択本願念仏集」は法然聖人が著した漢文の書物で、称名一行の専修を主張した、浄土宗の独立を宣言した立教開宗の書物でもあります。親鸞聖人は、29歳で法然聖人に帰依し33歳の時、書写を許され、その喜びを「顕浄土真実教行証文類」で述べています。その教えを自分の言葉で晩年まで多くの人々に伝えています。

漢文の「選択本願念仏集」が、江戸時代には、その教えを広める中でより多くの形態の1つとして絵画化が生まれてきたと思われます。

「選択本願念仏集」を最初に絵画として描いたのは、高田敬輔の「選択集十六章之図」です。この絵画を元として「通俗絵図選択本願念仏集」の挿絵が作製されたようです。 また、同時期に「図画和字選択集」を関通が開版し、その挿絵を和風で描いたのが忍海と言われる浄土宗の画僧です。

調査された清水谷師は「図画和字選択集」の挿絵の部分に注目し、挿絵を妙華寺の「選択本願念仏集絵伝」に合わせてみると一致したことで、「透(すき)写し」と言う手法で描き、配置を決めて掛軸の紙に写した後、着色したと報告していただきました。

挿絵と同じ構図でありますが、詳細な部分で違いがみられる部分もあります。当初、絵画が精密でなく、絵師の卵が描いたのではないかと感じもしていましたが、掛軸に至る作業としてはとても根気がいる仕事だったと感じられます。

報告を受けながら、3幅の選択本願念仏集の掛軸が、妙華寺の西余間に掛けるサイズですので、そこに荘厳し、法然聖人の「選択本願念仏集」を多くの方にわかりやすく伝えていた時期もあったのだと想像しています。