お寺の掲示板

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「人生に卒業はない」

「卒業」その学校の全課程を学び終えること。比喩的に、ある程度や段階を通りこすことにも使う。と国語辞典にありす。
3月は卒業シーズン。多くの人がいろんな場面を卒業をして気づくこともあります。
そのなかで「人生に卒業はない」と言う言葉にうなづく自分もいます。
それはどこか「生」の先にある、「死」も越えていこうと感じるからです。

※「卒業」について、「日常に漢字をプラス 漢字カフェ」HPの
あつじ所長の漢字漫談47 ご卒業おめでとうございます2019.03.06 に丁寧な説明があります。

春彼岸会お勤めしました

前日の予報では21日は雨模様で、「明日は雨のようですので今日(20日)志をお持ちしました」と前日お墓詣りにこられるお同行様が多くお見えになりました。
低気圧が早く通り過ぎたのか21日は曇り空でいつもより温かい春彼岸会になりました。
春彼岸会に、ご遠方からもお越しいただきありがとうざいます。

今年3年目になります岡崎の浄泉寺の戸田栄信師に「阿弥陀さまに願われた人生」とご法話いただきました。お釈迦様(仏教)の「み教え」と真宗の「み教え」を「私の願い」と「阿弥陀さまから願われた私」として丁寧にお話されました。

私(住職)がご法話を聴聞することは、いつもこの私が阿弥陀如来様の目当てであったということにうなづくことができるからであり、そのことで自分自身が豊かな時間をいただいたことを有難く感じるからです。身近なお寺でご法話をお聴きください。
妙華寺では、年5回の行事でしかご法話を聴聞する機会がございません。多くの皆様にご聴聞をお喜びいただくご縁となりますように、法話参加票にスタンプを押印させていただいています。10回ご参加いただきますと記念の品をお渡ししています。
今回は1名の方に記念の品をお渡しさせていただきました。

「お寺の講演会」ご講師の浦上哲也師から 5

今回、2019年5月18日の親友婦人会総会後の「お寺の講演会」のご講師をお願いしています横浜市の「なごみ庵」のご住職 浦上哲也(うらかみてつや)師に「お寺の講演会」の半年前の11月から月一度のペースでご寄稿をお願いし快く受けて頂きました。その5回目を掲載します。
浦上さんは、僧侶ですがお寺の本堂から飛び出して、多彩な活動をされています。
平成27年の親友婦人会総会の日には、希望者に「死の体験旅行」と言うワークショップを受講していただきました。私(住職)も受講して、死に向かっていく自分の感情や取捨選択を受講した者同士が共有しながら、今生きていることの不思議を感じたことでした。
「死の体験旅行」と言うワークショップを全国で開催されたり、「自死・自殺に向き合う僧侶の会」の共同代表や、「仏教死生観研究会」を立ち上げられたり、お坊さんが回答する「hasunoha」の回答僧のお一人であり、「まちのお寺の学校」の講師であったり、最近は「方丈社」マガジンに連載が始まりました。また妙華寺も賛同する「おてらおやつクラブ」に参加する寺院の住職でもあります。そのような多くの顔を持つ浦上さんの今感じることを月一度、妙華寺のHPにも掲載して5月18日の講演を楽しみに待ちたいと思っています。

浦上さんの掲載文で、何か感想などございましたら、お寺にお知らせください。

◇ 3.11から8年 ◇
 自分自身の生や死について深く考えるワークショップ(体験学習)「死の体験旅行」は、毎月池袋の真言宗 金剛院さまをお借りして開催させていただいています。その日程を決める時、3月はあえて11日にしました。そう、東日本大震災の日です。

 以前は死の話題は「縁起でもない」と避けられるものでした(ちなみに「縁起」本来の意味は、全ての事象には原因と条件があって結果が出る、というものです)。しかしあの大震災があって、死の話題をしようが避けようが、いつ突然にそれはやってくるのか分からない。ならば時には考えておかなくてはならない。日本人の多くがそう考えるようになったのだと思いますし、だからこそ「終活」という言葉も一般に広まりました。

 また、メディアでも「死」はよく取り上げられるようになりました。「死の体験旅行」もやはり3.11の影響か取材も多く、3月5日発売のサンデー毎日、3月11日放送のNHKひるまえほっと、3月16日発売のDIMEと続きました。

 仏教は最初の段階から、死から目を背けず見つめなさい、と説いてきました。なにしろお釈迦さまご自身の出家の動機のひとつは、葬列を目にしたことだと言われています。そして…
・明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかわ(親鸞聖人)
・まずは臨終のことを習うて、後に他事を習うべし(日蓮聖人)
・朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり(蓮如上人)
・生のみが我らにあらず、死もまた我らなり(清沢満之)
などなど、僧侶の死に関する言葉は数多くあります。いえ、仏教だけでなく、ありとあらゆる宗教・哲学で「死」を問題にしているのです。皆さんも「縁起でもない」と避けず、時にはじっくりと考えてみてはいかがでしょうか。

お寺の掲示板

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「自然をたたえ 生物をいつくしむ」

 

祝日法の春分の日の趣旨
春分の日(しゅんぶんのひ)は、日本の国民の祝日の一つであり、祝日法により天文観測による春分が起こる春分日が選定され休日とされる。

通例、3月20日から3月21日ごろのいずれか1日。
しばしば昼が長くなって「昼と夜の長さが等しくなる日」といわれるが、実際は昼の方が少し長い。

少しずつ温かい日の中で、自然のうつろいや虫たちの活動が気になる頃です。

ひとくち法話

ひとくち法話 聖徳太子2

日本最初の摂政(にほんさいしょのせっしょう)
太子が15歳の時、「法興(ほうこう)」と年号が改まりました。仏教の教えからつけられたのです。
しかし、崇峻天皇(すしゅんてんのう)5年(592)、執政の衝突から蘇我馬子(そがのうまこ)に天皇が暗殺される事件が起こりました。このような複雑な時代の中で、太子は成長されていかれたのでした。
次に即位されたのは、女帝の推古天皇(すいこてんのう)です。そこで太子(20歳)が摂政として選ばれました。
『皇太子聖徳奉讃(こうたいししょうとくほうさん)』(第56首)に
儲君(ちょくん)のくらいをさづけしに 仏法興隆(ぶっぽうこうりゅう)のためにとて
  再三固辞(さいさんこじ)せしめたまひしに 天皇(てんのう)これをゆるされず
とあります。「儲君」とは皇太子におなりになる位です。太子は仏法興隆のためには役立たないと「再三かたく辞退されましたが、天皇はこれを許されず」ということで、摂政(天皇をお助けするお役目)になられたのです。我が国では聖徳太子が最初です。
太子には「豊聡耳(とよとみみ)」というお名前があります。よきさとい耳を持っておられたという意味です。また一度に8人の訴えを聞かれたので「八耳(はちじ)」の王ともいわれました。人々の訴えを正しく理解するためにしっかりと本音を聞かなければならないとして、私たち人間の心を照らし出すほとけの教えに、いつも耳をかたむけられたのでした。
このような聖徳太子の善政によって当時の内乱は見事に治まったのでありました。

春彼岸会は3月21日午後1時30分からお勤めいたします

讃佛会(さんぶつえ)
「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。日本では、昼夜が同じ時間になり、太陽が西に沈む頃の春分の日・秋分の日を中心に一週間を春秋二季の彼岸と例えます。日本人の心に根付いた仏教への心温まる気持ちの現れです。
彼岸は、仏典に出てくる言葉で、パーラミターというインドの言葉を訳したものです。彼岸とは「到彼岸」の略で、迷いの世界(この世)から悟りの世界に到るということです。この迷いの世界を此岸(しがん)といい、如来の悟りの世界を彼岸と名付けています。
親鸞聖人は、「人みなこの此岸、つまり人間世界から彼岸への途を歩まねばならない」とおっしゃってみえます。
此岸から彼岸へのこの道は阿弥陀如来ご廻向の道であります。浄土への道は、浄土からの呼びかけの道であります。彼岸会はインド・中国にはなく日本独自の法会です。真宗では彼岸の一週間を佛徳を讃嘆する場として、また聞法のご縁の場として大切にしています。
真宗では、彼岸会を讃佛会とも申しています。

法苑院妙華寺では、春分の日・秋分の日の午後1時30分からお勤めと法話を勤めています。

親鸞聖人のご和讃に
「生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀の悲願のふねのみぞ
のせてかならずわたしける」とお述べになっています。
苦悩の世界(此岸)に沈んで久しい私たちは、阿弥陀如来の悲願によって救われる(彼岸へ運ばれる)とお諭しになられています。

3月21日(祝・木)午後1時30分からお勤めをいたします。
浄泉寺の戸田栄信師のご法話がございます。
 妙華寺では、ご法話をご聴聞していただくと法会参加票にスタンプを押印させていただいています。ご聴聞をお喜びするご縁となりますように、10回ご参加いただきますと記念の品をお渡ししています

「いのちの積み木 ワークショップ」

妙華寺で最初の「いのちの積み木ワークショップ」は雨が降り始める頃の開催になりましたが、13名の方に参加していただきました。

ワークショップを進行する私(住職)も参加される方々も初めてですので緊張していたような思いもあります。

案内でも申しましたが「いのちの積み木」プロジェクトは、目に見えないご先祖様の「可視化」とご先祖様への「感謝」を育てることで、わたしの「生きる力」に変わることを願ってのワークショップです。

不慣れな進行で「いのちの積み木」プロジェクトの趣旨をお伝えできたか心配でありましたが、感想をお聞きすると、亡くなられた方に想いを馳せらると同時に、私との関係性を思い出されていらっしゃるようでした。そして私の「いのち」に向き合う時間でもあったようです。

これからも、改善する余地もありますが、より良い「いのちの積み木ワークショップ」になるように仲間と一緒に研鑽していきたいと思います。
ご参加いただきました皆様ありがとうございました。

四季の花

四季の花 まだ小さな枝木ですが境内の紅梅がきれいです。裏庭のさんしゅうも咲き出しました。モクレンの蕾は膨らみ始めています。山門前の桜のつぼみはまだかたいです。

3月の日曜学校

3月の日曜学校はひな祭りの日でした。日中は暖かい日が続いていますが、朝晩はまだまだ寒いです。
今年は、久居開闢350年と聞いていますので、久居の歴史を紹介します。久居城下案内人の会様が、『久居のお殿さま』と言う冊子を出版されました。久居と言う藩(町)ができる状況から久居藩2代の髙堅(たかたか)を紹介しました。

真宗教団連合の法語カレンダーの解説本から今月の法語「われらは 善人にもあらず 賢人にもあらず」を紹介をしました。
仏教死生観研究会の2019-02-14ブログは、知人の能仁慧光師の「死の淵(がわ)より」が掲載されていましたのでご了承をいただき紹介させていただきました。
この時期、余間に掛けてあります「仏涅槃図」を間近にみていただきました。

LifeWalk

3月1日、今年四年目のLifeWalkに参加しました。これまで先約や急な法務で参加できませんでした。
最初にLifeWalk集合場所の天性寺様で、希死念慮者、自死遺族の方々に対人支援の活動をされている3名から取り組まれていることの現状を聞くトークセッションの時間がありました。対人支援の活動の中で支援者として希死念慮者、自死遺族の方々へのより添いには研修が必要なことも、そして対人支援者としてできること、できないことで生じる自分自身へのセルフケアも大切なことと思いました。※中川個人の感想です。

LifeWalkは三条寺町にある浄土宗の天性寺様から八坂神社の奥にある時宗の長楽寺様のコースです。河原町通りや四条通りの車道を歩くことはあまり経験ができないことでした。プラカードを掲げる僧侶達を歩道を歩く市民や観光客はどう見て感じているのだろう。そこを歩く僧侶達の思いは伝わっているのだろうか。いろんなことを感じながら最後は余り歩きなれない坂道に足が悲鳴をあげそうでした。 一緒に参加されましたお一人は行脚用の履き物で歩き慣れていらっしゃいました。私は初めての参加で寒さが心配でしたが、一年目は雪、次の年が雨、昨年はとても寒い日に比べて今年は天気も良く寒くもない歩きやすい一日だったようです。

妙華寺の衆徒の鳳瑞(ほうずい)は、5年前から(特定非営利活動法人)京都自死・自殺相談センターに関わって活動をしています。

LifeWalkで一緒に歩くことができました。

※京都府では、(平成28年から)毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されます。

行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれ、全国に「いのちの日」が広がる先駆けになることを願っています。
また、この趣旨に賛同した宗教者の活動の一つが「Life Walkいのちを想う宗教者の行進」です。