平成29年 年回表

平成29年 年回表
01周忌 平成28年往生人
03回忌 平成27年往生人
07回忌 平成23年往生人
13回忌 平成17年往生人
17回忌 平成13年往生人
23回忌 平成07年往生人
27回忌 平成03年往生人
33回忌 昭和60年往生人
50回忌 昭和43年往生人
100回忌 大正07年往生人
150回忌 明治元年往生人
200回忌 文政元年往生人
250回忌 明和05年往生人
300回忌 享保03年往生人
※詳細は、本堂の年回繰出表をご覧下さい
 年回(年忌)法要
年回(年忌)法要をどうして勤めるの? 私(住職)も若かった頃はそのようなことを疑問に思っていました。ずいぶん前の『高田学報』に高田派の鑑学の先生の書かれた中で、「大切な方の忌日を勤めるのは、私自身(己の心)の中にある仏道に修しているという思いを改めて省みる日である」とおっしゃられた言葉が私(住職)の中で肯くことができました。以前より時間が早く経つのか、するべき事が多すぎるのか少し前の大切な出来事も記憶の端っこに押しやられて忘れがちになるようなこともあります。歳を重ねていく中で、ご往生されました大切な方のことを思う日々が少なくなるのも現実です。それでも改めて大切な方と向き合う時間を年回(年忌)法要を通して持つことの意味を以前より感じています。
命日
大切な方がご往生された日を「命日」と言います。また「忌日」とも言います。ご往生された月の命日を祥月命日と言い、他の月々の命日を月命日、月忌とも言うそうです。
私たちは生まれた日を誕生日と言いお祝いをしますが、ずいぶん前に「誕生」とは「うそがうまれる」という意味もあることを聞きました。私たちがこの世に生まれ、生きていく上で嘘もつかなければ生きていくことができない存在であることを私に教えていただいています。では、「命日」は「いのちの日」と言うことはどのような意味があるのか考えています。中国では亡くなられた時にその人の評価が定まると考えられていると聞きました。日本でもそのように考える場合もありますし、死後に災いが起こらないように祀(まつ)ることもありました。
年回(年忌)
  年回(年忌)と言うと故人の祥月命日を縁として行う法要で、ご往生されて1年後を1周忌、その次の年を3回忌(ご往生された年から数えて)その後7回忌、13回忌、17回忌、23回忌、27回忌、33回忌、50回忌とお勤めをします。以降は50年毎に行われます。真宗では、ご往生された方を縁として仏法に出遭い、阿弥陀如来の恩徳に報謝する場でもあります。
そして考えて見ると、大切な方の33回忌に遇えることは、大切な方がご往生さられてから32年後のことであります。それも数えてみると8度目の年忌であります。その間のご遺族の皆様のご苦労に大変頭が下がりますが、今の時代は親御様の遠い年忌に遇うことができにくい時代です。その仏縁に遇う慶びは大きいものと思います。
忌日
以前、「忌日」について、忌まわしいと言う字が含まれていますがと尋ねられました。
私の大切な方が亡くなられた時、亡くなられたことをすぐには受け入れがたい心があります。亡くなられてからも生きているように感じる心もあります。しかし、私から離れた方の死について、不浄なものと考えてしまう気持ちも出てくる場合があります。高田派の鑑学の先生が、「大切な方の忌日を勤めるのは、私自身(己の心)の中にある仏道に修しているという思いを改めて省みる日である」と述べられたことを思い出します。
 真宗では親鸞聖人のご命日を縁としてお勤めする報恩講があります。高田本山では毎年1月9日から16日までお勤めいたします。各寺院も毎年一番大切な行事としてお勤めしています。(妙華寺では今年から12月の第1日曜日です)
私の大切な方のご命日も、私が仏法に出遭い、阿弥陀如来の恩徳に報謝する大切なご縁であったことに間違いないことです。
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秋の千部会は、10月28日(土)午後1時30分からお勤めします。

 

永代経法会というと、亡くなられた方が少しでも早くお浄土へ往生させてもらうための供養法事と思いがちですが、大きな考え違いです。この法会は、亡くなられた方が、後に残った私たちに「仏法を聞きなさい」「お念仏を申しなさい」と呼びかけてくださる大切な仏縁であります。私たちが亡くなられた方へではなく、すでに浄土に往生された亡くなられた方が私たちの為にしていただく法会であります。

妙華寺では、永代経冥加金をお納めいただきますと、現在、永代千部会(えいたいせんぶえ)として春は4月29日(祝日)、秋は10月第四土曜日に、西余間(向かって左の余間)に加入されましたご法名を法名帳・法名軸を掲げてお勤めしています。
秋の千部会は、10月28日(土)午後1時30分からお勤めします。
 また、お勤めの後ご法話をお聴聞していただけます。
 布教使は、明通寺の佐波真教師です。
ご法話をお聴聞していただきますと「法会参加票」に押印させていただきます。ご聴聞をお喜びするご縁となりますように、10回ご参加いただきますと記念の品をお渡ししています。

『お寺で体験』の3回目は、10月22日(日)午前10時から

4月から開催しています『お寺で体験』の3回目は、10月22日(日)午前10時から11時30分の予定です。
会費1,000円(当日徴収します) 準備の都合上、事前申込をお願いします。
会場は、山門左側にあります妙華寺会館です。
今回は、「久居の歴史」と「お寺の歴史」を中心に予定しています。
「久居の歴史」は、久居城下案内の会副代表の若林征男様に担当していただきます。
過ごしやすい秋の季節に私達の住んでいる久居について考えてみませんか。

10月の日曜学校は10月1日です。

今年も後3ヶ月ほどにになりました。過ごしやすい時期になりましたが、10月の日曜学校は10月1日です。朝7時30分から8時頃までです。
ご家庭での平素の夕時のお勤め(重誓偈・文類偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)

10月10日(火)の高田本山清掃奉仕の依頼

本山清掃奉仕
3~4年に一度、高田本山の清掃奉仕をお願いしています。今年は10月10日(火)【10月の連休明け】が妙華寺の当番日になりました。ご奉仕いただける方は、当日午前8時に妙華寺に集合いただきそろって高田本山に行き、午前中本山内の清掃をご奉仕させていただき、昼食となります。
その後、妙華寺まで一緒に戻り解散させていただく予定です。
ご多用ではありますがご参加をお待ちしています。昼食の準備などの都合で9月25日までに、ご奉仕いただけます方は妙華寺までお知らせください。

※これまで、お世話方様・婦人会の幹部様にお願いしていましたがお同行の皆様の中でご都合がよろしければ是非ともご参加していただければと思います。
お彼岸のご案内の時に、依頼文を同封させていただき、ご奉仕をいただける方のお名前をご記入の上、9月25日までにお寺にお申し込みください。
また、お寺のHPからもご申込いただきましても結構です。

秋の彼岸会は9月23日(祝・土)午後1時30分からお勤めをいたします。

法苑院妙華寺では、毎年春分の日・秋分の日の午後1時30分からお勤めとご法話がございます。
親鸞聖人のご和讃に
「生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀の悲願のふねのみぞ
のせてかならずわたしける」とお述べになっています。
苦悩の世界(此岸)に沈んで久しい私たちは、阿弥陀如来の悲願によって救われる(彼岸へ運ばれる)とお諭しになられています。

秋の彼岸会は9月23日(祝・土)午後1時30分からお勤めをいたします。
その後、真楽寺の鷲山了悟師のご法話がございます。
妙華寺では、ご法話をご聴聞していただくと法会参加票にスタンプを押印させていただいています。ご聴聞をお喜びするご縁となりますように、10回ご参加いただきますと記念の品をお渡ししています。

讃佛会(さんぶつえ)
「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。日本では、昼夜が同じ時間になり、太陽が西に沈む頃の春分の日・秋分の日を中心に一週間を春秋二季の彼岸と例えます。日本人の心に根付いた仏教への心温まる気持ちの現れです。
彼岸は、仏典に出てくる言葉で、パーラミターというインドの言葉を訳したものです。彼岸とは「到彼岸」の略で、迷いの世界(この世)から悟りの世界に到るということです。この迷いの世界を此岸(しがん)といい、如来の悟りの世界を彼岸と名付けています。
親鸞聖人は、「人みなこの此岸、つまり人間世界から彼岸への途を歩まねばならない」とおっしゃってみえます。
此岸から彼岸へのこの道は阿弥陀如来ご廻向の道であります。浄土への道は、浄土からの呼びかけの道であります。彼岸会はインド・中国にはなく日本独自の法会です。真宗では彼岸の一週間を佛徳を讃嘆する場として、また聞法のご縁の場として大切にしています。
真宗では、彼岸会を讃佛会とも申しています。

9月の日曜学校は9月3日です

9月の日曜学校は9月3日です。朝7時30分から8時頃までです。
ご家庭での平素の朝時のお勤め(重誓偈・正信偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)
朝晩秋らしさも感じるこの頃です。新たな二学期のスタートを日曜学校から始めませんか?

8月の日曜学校は8月6日です

8月の日曜学校は8月6日です。朝7時30分から8時頃までです。
ご家庭での平素の夕時のお勤め(重誓偈・文類偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)
子ども達は夏休みの暑い中ですが、一緒にお勤めをしませんか。

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忘れ物にご注意

忘れ物にご注意
いつもお寺にお参りいただきありがとうございます。
お寺にお参りいただきました時に、時折、忘れ物がございます。念珠やハンカチ、帽子、衣服、中には、カバンもございます。貴重品が入ってるカバンや財布などは、お寺から最寄りの交番へ届けさせていただいています。念珠やハンカチ、帽子などは、お寺でお預かりしています。お忘れ物に気付かれた場合、お寺にお申し出ください。

また最近は、有難いことに、境内でお同行様のお持ちのカバンやサイフなど貴重品の盗難の被害は少なくなりましたが、今後もこれまでと同様に各自でご注意をお願いします。

 

お盆が近づいてまいりました

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歓喜会(かんぎえ)
 お盆が近づいてまいりました。
日本では昔から正月と盆は年間行事として遠く離れた人も故郷に帰り、お墓やお寺に参る習慣があります。これは亡き人への追慕が佛縁を通して深められたものです。
お盆というと、亡くなった方が還ってくるとか、他宗では施餓鬼(せがき)という法会を勤めますが、正しくは、盂蘭盆(うらぼん)と言う梵語(ぼんご)のウランバナが原語で救倒懸(きゅうとうげん)と訳します。倒懸とは逆さ吊りのことで、大変な苦しみでありすが、その苦しみから救われるというのがお盆です。
『佛説盂蘭盆経』には、目蓮尊者(もくれんそんじゃ)というお釈迦さまのお弟子が神通力で亡き母を尋ねたところ、餓鬼道に墜ちていました。何とか助けようと努力しますが、どうしても救い出すことができず、お釈迦さまに助けを求めました。お釈迦さまは、安吾(夏期研修)終了の7月16日の休養日に僧侶を招き、懇ろにお経をあげてもらいなさいとお諭しをされ、目蓮尊者の母が餓鬼道から救われたとあります。
これらの話から、逆さ吊りの苦は、自己中心の世渡り、自らの苦を増大しているたとえであり、目蓮尊者については、我が子可愛いさのあまり、母親が貪欲にはしったのは、自分に原因があるとの慚愧(ざんぎ)の思いからであると味わいたいものです。

真宗でお盆の法会を歓喜会というのは、自分を振り返って慚愧の中に佛恩報謝をさせていただき、その喜びを信心歓喜しお念仏申すことだと思います。
親鸞聖人は「歓喜」というは、「歓」は身のよろこびで、「喜」は心のよろこびと解説されています。身も心もよろこぶという大変なよろこびを「歓喜」と教えられました。
ではこのような喜びはどんなときにあらわれるのでしょう。親鸞聖人は、「私たちが、佛さまの本願(私たち凡夫を必ずお浄土に救いますという願い)を信じて、お念仏を申す心になったとき、このような大きな喜びが自然にでてきます」と申されました。
すなわち、佛さまからいえば、本願が確かであったという証明であり、私たちからいえば、すべておまかせできたという安堵であり、佛と私が共に喜ぶさまが、歓喜といえます。
また、「歓喜」というのは、私の自力の限りを尽くしても不可能であった人生課題が、佛さまの願いによって氷解した時の喜びですから、日常生活上の喜怒哀楽とは次元の違う大きな喜びであります。

妙華寺のお盆の勤めは、7月12日から15日と8月11日から15日に、地区別にお同行の皆様のお仏壇の前でお勤めさせていただいています。ご遠方の方やお盆勤めの日程にご都合がつかない方には、お墓でもお勤めをさせていだきますのでご連絡ください。

 ※今年は、知り合いのお寺様が作られた「おぼんのおはなし」と題する冊子を本堂に用意いたしました。子どもさんにも分かるようにマンガです。お堂にお詣りの時にご自由にお持ち下さい。