お説教とご法話

お説教とご法話
妙華寺の行事のお勤めの後の布教使様のお話を「お説教」から「ご法話」と言い出したかいつからか定かでないのですが、祖師前(親鸞聖人像がある前の大間)に高座を用意して、布教使様が、黒衣・五条でご出仕されていた時は「お説教」とご案内し、演台と黒板を用意して布教使様が、ふほう・輪袈裟でご出仕されるようになってから「ご法話」と案内するようになったと感じています。
また「お説教」を「お説経」・「お説法」と言う場合もあります。「ご法話」の言葉と共に「お法談」と言う言葉もお聞きします。それぞれ仏法の教え、信心のあり方(信仰のあり方)、功徳を説くことの意味合いになりますが、「説教」と聞くと、目上の方から教訓や堅苦しい話や小言とのように感じる場合もありますし、「説法」と言うと、意見することや自分の考えを相手に言い聞かせることの意味合いもあるようです。
真宗で大切なのは仏法を聞くことであり、「お聴聞」できることを喜びましょう。
妙華寺では、年5回「お聴聞」できる場がございます。「お聴聞」していただく励みとして法会参加票を用意しています。参加していただきますと押印をいたします。10回のご参加で記念の品をお渡ししています。

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報恩講は12月5日にお勤めいたします

報恩講(ほうおんこう)
報恩講は、宗祖親鸞聖人のご命日をご縁として厳修されます。
高田本山では1月9日から16日までの7昼夜にわたっての法会で「お七夜さん」の名で親しまれています。妙華寺では、以前は12月14日から16日に勤めていました、現在は、12月5日に勤めています。(来年から12月の第一日曜日にお勤めします)
文字通り報恩講は、聖人にお礼を申し上げる法会です。それは煩悩具足(ぼんのうぐそく)の凡夫(ぼんぶ)である私は、地獄・餓鬼・畜生の三悪道(さんなくどう)に墜ちて当然でありますが、他力念仏の大道をお教えいただくことにより、お浄土に往生させていただく身になるからです。
聖人は、「この強縁(ごうえん)は多生(たしょう)にも値(あ)い難(がた)いこと」として、和讃に
如来大悲の恩徳は  身を粉にしても報ずべし
師主・知識の音読は  骨をくだきても謝すべし
と述べられました。
阿弥陀如来が「わが名を称えるものは、必ずお浄土に往生させます」という超世(ちょうせ)の願い(大悲)を成就され、お釈迦さま(師主)がこの世に出られて説法され、その道理を三国(さんごく=インド・中国・日本)の七高僧(知識)が正しく伝承されて、「南無阿弥陀仏」が私に届けられたのであります。聖人は、この経緯を自らの喜びとして、詳しくお示しされたのが真宗の教えであります。聖人は、このご縁はなにものにも代えることができない尊いことで「身を粉にしても、骨をくだいても報謝すべし」と最大級のお言葉で申されました。
報恩講の荘厳の特徴は、西余間に親鸞聖人絵伝(四幅)を掛け親鸞聖人の御生涯をわかりやすく拝見できます。(以前は絵説きもあったようです)
妙華寺の報恩講のお勤めは、高田本山の「初夜」のお勤めをしています。
住職が登壇して毎年「式文」を順読しています。
また、妙華寺では、親友婦人会の皆様で、お非時(ひじ=精進料理)をご奉仕していただいています。冬の寒さの中前日から準備していただいた麹味噌と飛竜頭を炊きたてのご飯と一緒にいただくことを毎年多くの方が楽しみにしていただいています。
今年のご法話は、最勝寺ご住職の長谷部行雄師でこざいます。ご聴聞いたしましょう!

 

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本堂が、国の有形登録文化財になって11年が経過しました

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妙華寺の本堂は、平成16年11月29日に国の登録文化財となりました。
昨年が10年目でありましたが大きな行事があり今年に改めて登録文化財の紹介できる冊子を作成しました。今回は、登録文化財の説明文に英訳をつけました。
また、久居の歴史や妙華寺の略縁起・行事なども紹介した冊子です。
今月23日より30日まで、津市行政情報番組(123ch)の「まるっと津ガイド」の「津ぅコレ」の中で久居駅周辺の紹介で妙華寺もその一つとして紹介されています。インターネットでは、「まるっと津ぅガイド」から、またスマートフォーン用の「津ぅなび」と言うアプリがありそちらからでもご覧いただけます。
お寺に撮影に来られた時にお聞きしたのですが、この津市の行政情報番組の作成は、専門的に知識がある人に委託されているのかと思っていましたら、津市の職員の方々が作られているようです。担当は職場の異動で変わられるので、これまでカメラ、音声などの取り扱いをされたことが無い方も仕事としてノウハウを得ていくことになるようです。そこには個々の努力もありますが、人材が豊富であるということもありそうです。

国登録文化財 妙華寺 本堂 江戸時代
妙華寺は久居(ひさい)藩の城下町にある久居藤堂(とうどう)家菩提寺の玉せん寺(ぎょくせんじ)の西隣に並ぶように天和元年(1681)に建立された真宗高田派の寺院です。 文政四年(1821)の久居大火により焼失して、現在の本堂は安政四年(1857)の再建と 伝えられています。山門の奥に南面にして建つ本堂は、木造平屋建で表側(南側)を大 間(だいま)・奥の中央に内陣(ないじん)、その両側に余間(よま)、背面(北側)に 後堂(うしろどう)に区画し、建物の両側面には楽ノ間(がくのま)が配置されています。屋根は桟瓦葺の寄棟造り、錣(しろこ)葺で正面に向拝が突出しています。
高田本山専修寺(せんじゅじ)の御影堂(みえいどう)(重要文化財)と同じ手法が高田派の寺院の本堂建築等に取り入れられています。妙華寺は、藤堂家菩提寺と境内を 並列する待遇を受ける寺院でその本堂は、向拝の装飾的な構成や桟瓦葺の寄棟造りの屋 根に錣(しころ)にするなど特色のある外観をもっており久居の城下町の歴史的景観を留める貴重な建物です。
津市教育委員会

MYOKE-JI (designated as important cultural properties)
Myoke-ji is a time honoured temple of the Takada sect of the Shinshu Buddhist School, established in 1681, Edo period.  It is located in jokamachi (towns surrounding daimyo’s castle) of Hisai-han (“han” is an estate of a daimyo), right next to the Gyokusen-ji, the temple of Hisai-han’s daimyo, Tohdo.
Myoke-ji was burned down by the huge fire which devastated the town of Hisai in 1821.  The current building was rebuilt In 1857.
The wooden made main building placed at the back of the gate consists of Daima at the front, Naijin at the center of the back, Yoma on the both sides of Naijin, and Ushiro at behind.  Gakunoma is located at the both sides of the main building.
Myoke-ji is specially allowed to situate beside Hisai-han’s daimyo, Tohdo’s temple, and is also constructed in the similar way as the head temple of the Takada sec.
Myoke-Ji is a precious temple maintaining historical atmosphere of Hisai’s jokamachi with distinctive appearance, such as decoratively carved eaves and Shikoro styled roof on Yosemune-zukuri architecture (roof sloping into four directions).
「英訳: (一社)お寺の未来  松﨑香織」

お寺のホームページを制作するまでのこと

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お寺のホームページを制作するまでのこと
お寺のホームページが開設して2ヶ月ほど経ちました。まだお同行様全員に周知できていない状態ですが、お寺のホームページを開設するに至ったことをホームページの制作を依頼しました(一般社団法人)お寺の未来様のホームページで住職の思いを十分くみ取っていただいて記事にしていただきました。
最初のブログでも記載しましたようにお寺のホームページができるまでには、心強くサポートしていただく方々や組織があってのことです。
これまでお寺の広報は年に一度の「寺報」だけでしたが、お寺の近状をお伝えできるよう活用していきたいと思います。

【お寺の未来様のホームページでの紹介文】
タイトル:お寺のホームページ活用事例 - 顔の見える発信で安心感を伝える
「これからのお寺の広報セミナー」講師の遠藤卓也です。
前回は、とある寺院からのご相談を例に「お寺のインターネット発信は必要か?」ということについて書きました。
今回は実際にホームページを導入した事例とご住職の声から、ホームページ開設後のメリットや課題について掘り下げます。
ご紹介する事例は三重県津市の真宗高田派妙華寺さん。私たちお寺の未来が提供するホームページ制作サービスを利用して制作しました。
まずは「なぜ、ホームページを制作しようと思ったか?」妙華寺ご住職の中川和則さんにお伺いしました。(以下、敬称略)
中川「インターネットが身近になり、多くの企業や行政または個人にいたるまで、ホームページを使い情報発信をしています。また、同じ宗派内でもホームページを使って活動内容や魅力を発信しているお寺があります。そういった身近な事例に触れる中で、ホームページによる檀信徒への良い効果を期待できると感じたので、導入を決意しました。」
● パソコンに関する知識や技術を持っていなくても大丈夫?
― ホームページを作るにあたって不安はありましたか?
中川「普段、パソコンはワードとエクセル程度しか使っていないので、詳しい知識や技術を持っていないことが一番の不安要素でした。自分でホームページを作ることは不可能なので、誰かに委託して制作するしかありません。」
- ホームページ制作の委託先を選ぶポイントはどのようにお考えでしたか?
中川「一番は “信頼できるか?” ですね。ホームページは作って終わりではなく、制作後も更新を行なったり、技術的な問題が発生することも想定されます。その際にすぐに対処してもらえないと困ります。二番目は制作費用の面ですね。」
- 今回は私たちお寺の未来にご依頼いただきましたが、どのように不安が解消されましたか?
中川「まずサービスの対象がお寺に限定されているので、わかりやすかったです。サービス案内のパンフレットに制作費・保守費用も明記してあったので安心でした。『未来の住職塾』等で全国の様々な寺院のケースをよくご存知なので、お寺ならではの要望をすぐに理解してもらえる点もスムーズでしたね。担当の遠藤さんはIT企業に勤めていた経験もあり、顔が見えていることも信頼できるポイントです。お寺の事情を汲み取っていただきながら、ホームページでできること・できないことが最初にわかったことがよかったです。」
- ありがとうございます。信頼をしていただけて良かったです。お寺のホームページについては『これからのお寺の広報セミナー』で様々な事例やノウハウを紹介していますが、制作の打合せでもセミナー内容を踏まえて具体的にお話しするように心がけています。
たまに「打合せもプチセミナーみたいですね」と言っていただくこともあります(笑)
妙華寺さんの場合は、特にブログの更新方法について当初からご心配なさっていましたね。
中川「三重と東京で離れていますが、電話でブログの使い方を丁寧に教えてもらえたので、すぐに更新に慣れることができました。その他、細かいことでもメールで尋ねると直ちに適切な返信をしていただけるので、心強いパートナーであると感じています。」
- 嬉しいお言葉です。ブログに対する不安感は事前に聞いていたので、オリジナルのマニュアルをご用意すると共に、お電話で一緒に操作をなぞって、明日からひとりで更新できる状態になっていただくことを目指しました。
早めの段階で不安な点を伝えていただくことで、双方にとって良い影響があると感じました。
● ホームページを通じて若い世代との話が弾んだ!
- ホームページを公開して2ヶ月ほど経ちましたが「よかったこと」はありましたか?
中川「先日、法事のあとでホームページ開設を話題にしたところ、施主のご子息(30代)がその場ですぐにスマートフォンで確認していました。ちょうどブログで書いた『おてらおやつクラブ』の活動について賛同してくださり、話がはずみました。スマートフォンに対応していると、その場ですぐに反応がみられて良いですね。
私は59歳の住職で、普段法事などでお相手する方々は70代~80代の方が中心です。その方々がホームページを見てくれるかは少し疑問ですが、その下の私と同世代の方や、さらに下のこれからの世代の方には見て頂けると実感しています」
- これからの課題と感じていることはありますか?
中川「お寺の未来から毎週ホームページへのアクセス数をお知らせいただいていますが、まだまだ少ないと感じています。檀家様には普段郵送している行事案内や寺報に、開設のお知らせとホームページアドレスを記載しました。また、お寺のパンフレットを刷りなおす際には必ずアドレスを追記したいと思います。」
- 確かに檀信徒への配布物は勿論のこと、お寺のパンフレットや名刺など、初めて会う方にもお渡しする紙媒体への記載は必須ですね。
完成したホームページを通じて、今後お寺にどのような変化を期待していますか?
中川「遠方にいらっしゃる檀家様や、お寺に足を運ぶことができない方へ、写真入りの行事報告などを通じてお寺の魅力を発信できればと思います。”お寺の変化” というより、発信者である私自身やホームページを見ていただく方の、お寺に対する意識の変化を期待したいです。」
- ご自身の意識の変化を挙げられるとは、素晴らしいことだと感じました。数年前にホームページを導入された、とあるご住職の感想として「寺族の意識が高まった」という声を聞いたことがあります。寺族にも良い緊張感とともに見られているという意識が芽生え、参拝者への応対などに変化が出たそうです。妙華寺さんでは具体的にどのような変化を目指していますか?
中川「以前遠藤さんと話していて、なぜお寺は敷居が高いと思われるのか?という話題になりました。遠藤さんはお寺と神社を比較して、お寺は人が住んでいる気配がするから足を踏み入れるのに勇気がいると言っていました。確かに神社のほうが公園のようなパブリックな雰囲気がありますが、お寺の場合は”お寺の住人”を知っている人にとってはより親しみを抱いてもらえる良い面もあると思っています。ですから、”お寺の住人”を知ってもらうという意味でもホームページとブログを活用していきたいです。」
- お寺に住む人たちの顔が見えることは安心感につながり、お寺とお付き合いすることへのハードルがグッと下がります。先ほど、若い人がホームページを見てくれたという経験をお話しいただきましたが、『おてらおやつクラブ』のような全世代が共感できるトピックを織り交ぜたり、住職の特技・寺族の趣味など話題になりそうな内容を含めていくと、
より親近感を持ってもらえますね。話題の幅が広がり、普段話せないと思っていたお檀家さんとの距離が意外に縮まることもあります。
中川さん、インタビューへのご協力ありがとうございました!
● 広報セミナー講師の視点「ホームページの効果測定はアクセス数のみならず!」
妙華寺さんでは、課題としてアクセス数を挙げていますがアクセス数にはとらわれ過ぎないことが大切です。もちろん多いに越したことはありませんが、一寺院の発信ですから最初は少なくて当然です。数をあげていくという考え方よりも、情報を届けたい対象となる方々に的確に届いているか、という観点で判断したほうがよいでしょう。
妙華寺さんの場合は、檀信徒を中心とするコミュニティへの浸透を目指しているので、法事でお話しする場や寺報などのコミュニケーション機会において、しつこく伝えていくことが大事です。「ホームページを若い人が見てくれて、会話が弾んだ!」という経験も、立派な成果と捉えられるでしょう。
また、妙華寺さんは頻繁にブログを更新されていますが見ている人が少ないからといって、今後更新の手を緩めてしまうことでは勿体ないです。ブログ記事はホームページ上に蓄積され、お寺の大切な「コンテンツ資産」となります。お寺とのご縁を探している潜在的ユーザーにホームページを見つけてもらうためには不可欠な資産です。効果を焦らずに、お寺らしい長期的な時間軸の中で根気よく育てるつもりで続けていきましょう。

唐戸の修理

 

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本堂の唐戸は明治44年(親鸞聖人650回御遠忌法会の時)に東京の伊藤浜次郎様に寄進していただいたものです。既に100年以上毎日本堂の外側を護っていました。その唐戸の軸回りという部分が磨滅して開け閉めに負担がかかるようになり今回修理をいたしました。

11月の日曜学校は朔日です

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11月は朔日が日曜学校です。朝7時30分より8時頃まで
ご家庭での平素のお仏壇でのお勤めの作法覚えていますか?
ちょっとしたお仏壇の荘厳の疑問ございますか?
今更、聞きにくい念珠の持ち方やお焼香の作法
日曜学校では、基本的な平素のお勤めを中心に、ちょっとした疑問やお尋ねもわかりやすくお話ししています。

11月は朝のお勤めをします。
参加者に念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるように用意しています。

(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)

ご法話

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真宗の布教使のご法話(お説教)は、仏徳讃嘆であります。阿弥陀如来の働きである智慧と慈悲でこの私の生き方がそのままで納め取られることをお聞かせいただくことであります。私の生き方がそのままで良いと私が肯定するのではなく阿弥陀如来の働きにより私の生き方が傲慢で自分勝手な生き方であることを気づかさせていただくことであります。
そこに至るまでには、お聴聞(ちょうもん)することが大切であります。限られたこの私の人生の中で、どれだけ、ご法話に遇うことができるのでしょうか?
妙華寺では、春秋の彼岸会、春秋の千部会、報恩講の年5回ご法話を聴聞する場がございます。

多忙な生活の中で、ご法話にお遇いできますことを一緒に喜びたいと思います。
布教使の「使」が、「お使い」の「使」であるのは、阿弥陀如来の働きをお取り次ぎするからと聞いています。

 

お寺の使命

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お寺の使命
平成25年に受講しました「未来の住職塾」では、1年間の学びの最後にそれぞれのお寺の「寺業計画書」を完成させて発表することで、これからのお寺の活動の方向性をステップアップしていくものでした。
妙華寺のお寺の使命として「私たちのお寺はあなたをひとりぼっちにしません」とさせていただき、悲しみに寄り添えるお寺を目指しています。
今、住職は59歳です。自坊のお寺のお手伝いをさせていただくことになったのは、およそ40年前の20歳を過ぎた頃からです。夏休みにお盆のお勤めからでした。卒業後、社会人になり土日の年回のお勤めを始めました。28歳の頃から亡くなられた方への枕勤めに行くことになりました。大切な方を亡くされて、自宅に帰られたその場に同席しお勤めをする中で、家族の悲しみにどのように接してよいのか戸惑いを感じていました。大学生の頃、祖母を亡くし、24歳の時に祖父の死と対面をしているにも関わらずお同行の方の死に対してそのご家族とどのように接してよいのか戸惑っていました。
そして、お寺のお同行様の中で自死で亡くなられる方が年間1・2軒あることがわかりました。その後、日本で自死される方が年間3万人を超えると知ることになりました。  今から18年前に龍谷大学のREC(社会人講座)で仏教心理学より「傾聴」について学ぶ機会がありました。阪神大震災で被害にあわれ、大変な悲しみを持つ方々も受講されていました。また、7・8年前に本願寺の聞法会館で、「自死」をテーマにしたディスカッションがあり当時同志社大学生の尾角光美さんが自分自身の体験を語り、僧侶が彼女の悲しみに本当に向き合っていないと語り、そのことを私自身のことのように受け止めましたが、やはり悲しみをお持ちの方のお気持ちに寄り添うこと(お聞きすること)しかないのかと感じました。
その後、「特定非営利活動法人 京都自死・自殺相談センター」が設立されましたことを知り、遠方ではありますがその活動に賛同して、ひっそりですが、その活動を紹介させていだいています。
毎月、「Sotto(そっと)」の機関誌をお送り頂いています。また講演会などの案内もあります。
今年からは、三重県こころの健康センターの相談窓口の紹介もしています。
本堂の入口の掲示板に掲示しています。よろしければお目通しください。
昨年(平成26年)グリーフケアの5回の連続講座を受けるご縁をいただき、私に取り貴重な経験でした。法務に追われ、グリーフケアの活動に参加する時間がとれませんが、法務の中で悲しみに寄り添うことの覚悟を問われているような気もいたします

秋の千部会 10月24日(土)午後1時30分から

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千部法会(せんぶほうえ)

高田本山では、第十六世堯圓(ぎょうえん)上人により始められた法会です。千部という名称は、その昔親鸞聖人が関東に向かわれる途中人々の生活の悲惨さを目の当たりに見られ、その人々の幸せの為に『浄土三部経』を回数多く読誦(どくじゅ)しようと思いたたれた故事にならってつけられました。永代経法会(えいたいきょうほうえ)のことです。
永代経法会というと、亡くなられた方が少しでも早くお浄土へ往生させてもらうための供養法事と思いがちですが、大きな考え違いです。
この法会は、亡くなられた方が、後に残った私たちに「仏法を聞きなさい」「お念仏を申しなさい」と呼びかけてくださる大切な仏縁であります。私たちが亡くなられた方へではなく、すでに浄土に往生された亡くなられた方が私たちの為にしていただく法会であります。
高田本山の千部法会は、江戸時代には、報恩講以上の賑わいであったと伝えられています。俳人芭蕉の弟子の珍碩(ちんせき)が「千部読む 花の盛りの 一身田」と詠みました。
妙華寺では、永代千部会(えいたいせんぶえ)として明治三十五年より始まります。当時の荘厳(しょうごん)はどのようなものかはっきりわかりませんが、現在は、西余間(にしよま)に加入されましたご法名を法名帳・法名軸を掲げて、春秋に法会を勤めています。

10月24日(土)午後1時30分からお勤めさせていただきます。ご法話は、明通寺の佐波真教師です。どうぞご聴聞ください。

日曜学校の案内

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日曜学校
私が日曜学校を開校するようになったのは、平成3年4月からお正月を除く毎月第一日曜日の朝7時30分から8時頃までのおよそ30分です。
先々代(祖父)が大正15年に書かれた『私が経営する日曜学校の立場』と言う一文を読みますと、子供たちに家庭でもお寺でも宗教心を育もうという熱い情熱と当時の「精神文明」と言う言葉に出会いました。先々代は昭和25年まで日曜学校を開校していたようで、年配の方々から日曜学校のことを今でもお聞きすることがあります。私の母に聞くと、毎週日曜日の午前中、本堂のオルガンの音と併せて子供たちの大きな声が境内に響き合っていたようです。
先々代の時代に日曜学校に参加されていました(当時の)婦人会会長から孫にもお寺で日曜学校の経験をということで改めて開校することになりました。小学生の子供さん4名とその祖母にあたる年代の方々4名ほどから始まりました。3年後から小学生の子供さんは、塾やクラブで忙しくなり年配の方が主となり7~8名ほどで、日常のお勤め(朝のお勤め・夕のお勤め)とお寺にまつわることや、親鸞聖人のご生涯、「重誓偈」の味わいなどその時のテーマでお話をさせていただいています。2年前から参加者に念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるように用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)