短念珠
お墓やお寺にお参りする時、念珠をお持って合掌していただいています。
高田派の念珠は、男性用・女性用があり、合掌する時の念珠は、フサが上になるよう持ちます。
妙華寺では、親玉と称している珠に「妙華寺」と掘った短念珠をご用意しています。
毎月の日曜学校・Temple Morningにご参加されますと、1珠をお渡しして、22珠集まると短念珠に仕上げてお渡しています。

短念珠
お墓やお寺にお参りする時、念珠をお持って合掌していただいています。
高田派の念珠は、男性用・女性用があり、合掌する時の念珠は、フサが上になるよう持ちます。
妙華寺では、親玉と称している珠に「妙華寺」と掘った短念珠をご用意しています。
毎月の日曜学校・Temple Morningにご参加されますと、1珠をお渡しして、22珠集まると短念珠に仕上げてお渡しています。

「まいてら」チラシ
妙華寺は、お寺のポータルサイト「まいてら」に登録しています。
どうして、登録したのかは、時間を遡っていくと、寺院のあり方を考えている時でした。『寺院消滅』の書籍(言葉)が話題になった頃、私(住職)自身もこれまでのお寺のあり方に危機感を持っていました。「これまでのお寺ではダメだ」と思っても、どうすれば良いのかは、手探りの状況でした。13年前になりますが、全国の超宗派の住職やこれから住職になる僧侶と共に学ぶ、1年間の講座に参加しました。
宗派では、教義の研修(講座)はこれまでありましたが、寺院経営の視点での講座は、ほとんど無く、教義研修とは違う、初めて聞く経営に関する言葉や理念に戸惑いながらも、大きな刺激を受けたことでした。その後、お寺のHPを開設し、檀家様も含む生活者へ情報の発信をはじめたのが、2015年9月です。
当時も今も、お寺のポータルサイトはたくさんあります。地域に特化したもの・お墓や納骨堂に特化したもの・葬儀や法事の僧侶派遣などのポータルサイトは、私(住職)から見ると何か営業的な感覚があり、興味はありませんでした。
そして、「これからの時代に合ったお寺とのご縁を、1人ひとりの生活者が安心して結べる場」として「まいてら」が開設されました。
運営法人の運営者を知っていたこともありますが、お寺と生活者が共に安心して結ばれるポータルサイトは、「まいてら」しかできないと思い、参加(登録)することになりました。
「まいてら」では、他の登録寺院との研修や運営法人からの生活者のアンケート調査の共有など、フォローアップもあり、充実したポータルサイトと感じています。
今回、「まいてら」の紹介と「まいてら」内での「妙華寺」の紹介ページを、皆様に紹介したいと思い、チラシを作成しました。
皆様のお手元に届けたいと思っています。
また、「まいてら」の記事で「法事を重ねる中で見えること。息子の13回忌を終えて」は、私(住職)にとって感激した内容でした。
※中川個人の感想です。

祖師寿表彰について
親鸞聖人と同じ年齢になられたことをお祝いいたします。
令和8年の該当者は、昭和12年(1937)生まれの方です。
男性は、5月21日(木)(本山降誕会の時)
女性は、高田派婦人連合大会の6月7日(日)(6月の第一日曜日)
本山の御影堂に於いて表彰されます。
該当者は3月末までに当寺にご連絡下さい。(本山に報告し、本山よりご案内がございます)
例年、寺報でもご案内させていただいています。

蜘蛛の糸
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」はご存知ですか。児童向けの短編小説です。
お釈迦様が地獄にいる悪人の1人を見て、生前良いことをしたことを思い出し、「蜘蛛の糸」をたらしたら、その糸を登りはじめたそうです。そうすると、後ろに何人もの者が登りはじめたことで、最初に登りはじめた1人が、「(蜘蛛の糸が切れると思い)後ろの人達に登るな」と叫んだら、蜘蛛の糸が切れて、その人も一緒に地獄に落ちていった物語です。
あなたは、どのように感じたでしょうか。
利己主義の戒めであり、慈悲の心の大切さが説かれています。
蜘蛛の糸は、人との縁やつながりと捉えることもできるようです。
他にも、いろんな見方ができますが、お釈迦様が阿弥陀様だったらどうだったでしょうか。
お釈迦様と阿弥陀様を比較することではありません。救いの対象が違うと感じています。
地獄は、生前悪行をしていた人間が行く所のイメージで語られます。だから、生きている間、良いことを進めることになりますが、「悪人」についてどのように捉えるかも私たちに問われているように感じます。
社会的な「悪人」の概念もそうですが、私自身が「悪人」と自覚する視点が欠けてしまうと、どうしても「正義」と「悪」を比較して結論づけてしまうように感じます。
多くは、私が「正義」で他者は「悪」なのでしょう。
※中川個人の感想です。

いのちの日
京都府では、(平成28年から)毎年3月1日を「京都いのちの日」と定め、自らの命を見つめ直すとともに、家族や友人など周りの人にも思いをはせ、 共に生きることの意味や絆の大切さについて周知されます。
また、京都では、この趣旨に賛同した宗教者の活動の一つが「Life Walkいのちを想う宗教者の行進」もあります。
行政が進んで、「自殺(自死)対策」に取り組まれ、全国に「いのちの日」が広がることを願っています。
三重県こころの健康センター主催の「自死遺族の集い」(わかちあいの会)
【お申し込み・問合せ】三重県自殺対情報センター
059-253-7821(平日8:30-17:15・祝祭日・年末年始除く)

寺院経営
今の寺院は、戦後の宗教法人として存在している。妙華寺が創建された江戸時代に遡れば、どのような寺院経営(運営)をしていたのだろうか。
新しく造られた町(久居藩領)に寺領を与えられ、当時の高田派の1寺院としての三号(寂陽山 法苑院 妙華寺)を許され、本尊や三具足を下附されたことは記録として残っています。
また、新しい町の新寺であるので、檀家はいない状態で、新しい町に転入する家族が高田派であれば、妙華寺に加入(檀家入り)する形であったようです。これは、久居藩に新たに造られた他の宗派も同様と思われます。
寺領は与えられても、そこに本堂や諸堂や庫裡(くり=住まい)は、当時の檀家と共に長い年月をかけて造られてきました。創建当時の本堂や庫裡は、文政4年(1821)の久居の大火により焼失しました。その後、安政4年(1857)に再建されたのが今の本堂です。再建までの長い年月(36年間)、住職や寺族・檀家は、一丸となってお寺を護持することだったと思います。その後に、本堂の荘厳も少しづつ体裁を整えて今に至っているいることは有難いの一言では言い表すことができない気持ちです。
寺院の生活も、境内地の僅かな畑で野菜などは栽培していたようですが、多くは、斎米(ときまい)として檀家さんからの志や、布施・寄付でまかなうことだったと思います
今より、小さい、地域経済の中で寺院経営をしていたことは確かでしょう。
第一次・第二次世界大戦や戦後数年間の頃の厳しい経済状況のことは、祖父や両親からも聞いたこともあり、私(住職)が生まれた昭和30年代も質素や倹約の中で生活をしてきました。その後、日本経済が豊になる中でも、寺院経営はそれほど豊になる訳ではありませんでした。建造物の修復などは、大きな行事を迎える時に、寄付を募り、修復や改修をしています。これは、今も続いていますが、お寺への帰属意識が薄れる中では、今後、続けることは難しいと感じています。
寺院経営は、創建当時と同じように、檀家さんの志や布施・寄付によることは変わりません。
私が住職になってから、寺院会計について、税理士事務所に依頼して、助言をいただいています。どのような形で寺院がこれからも継続できるか、生活者の意識が大きく変化する今。大きな課題をいただいているようです。
多くの寺院の寺院経営はとても厳しく、将来を見通すことは難しいです。妙華寺も同じです。私(住職)としては、次にバトンを渡せることが第一の思いですが、その先を考えると、妙華寺がいつまで宗教法人として活動ができるかわからないのが現状です。
※中川個人の感想です。

【案内】3月の日曜学校は、1日朝7時30分からです
3月に入るとこれまでより暖かい日も増え、他者との交流も増えそうです。春彼岸の頃からお墓詣りも多くなります。
3月の日曜学校は1日です。朝7時30分から8時頃までです。
ご家庭での平素の朝時のお勤め(歎仏偈・正信偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)

4年に一度
いつも、オリンピックから感動を貰っています。それでも、4年前のオリンピックの感動を、正確には思い出せない。悲しいことだが、記憶も記録も薄らいでいます。
4年間の努力が報われると感じるか、まだまだ羽ばたくことができるか。4年と言う時間をどのように解釈することが必要なのだろう。
4年前の自分と今の自分そして4年後の自分。私(住職)のことを振りかえると、4年前には、高齢者と呼ばれる世代に入って年金受給者になった頃。今年(今)は、古希と呼ばれる歳になる。4年後は、後期高齢者になる1年前の年齢で、免許更新がはたしてできるのだろうか、考えてしまう。
体力も気力の衰えも年々強く感じる中で、1日1日を過ごしています。
それでも、こうして生きていることには感謝をしています。
もう少し、時系列を長く見ると、高田本山の17年に一度の一光三尊仏御開扉や20年に一度の式年遷宮。50年ごとの祖師の御遠忌法会など、人生で何度遇うことができるか、考えて見るのも意義があることと感じています。
※中川個人の感想です。

真宗入門講座2
今期の真宗入門講座は、高田本山専修寺の「一光三尊仏絵伝」の紹介です。
今回は、第1幅・第2幅の紹介でした。
第1幅は、「仏教の伝来」として、一光三尊仏像がインドで生まれ、朝鮮の百済に渡り、日本へ渡るかが描かれています。話は、下の段から上の段へ(①から⑥)に描かれている。
お釈迦さんの教えが、他者に伝わる一例として、他者の希望が叶うこともあるのでしょう。現世利益(げんせりやく)を、親鸞聖人はどのように捉えていたのか。考えさせられました。
第2幅は、「仏教の受容」として、日本に仏教(一光三尊仏像)が、渡ってきた頃が描かれています。話は、上の段から下の段(①から⑤)に描かれている。
私たちは、仏教が日本へ伝来する歴史は、日本史で学んでいます。一光三尊仏像としての物語としも興味深いものでした。
※中川個人の感想です。


居場所
先日、生活者の方と話した中で、私たちは、生活していく上で、安心した居場所が必要だと。生まれた時からの「家庭」や、「学びの場」や、「働く場」が、安心できる居場所と思い込んでいますが、どうなんだろうか。他者は安心した場であったとしても、私にとってはたして安心した場であったんだろうか。さまざまな状況で、1人1人安心した場は、違うと思われますが、安心できる場が必要であると思いますと。
その時、私(住職)は「お寺は、安心できる場になることはできるのか」を思いあぐねていると、「(お寺は)何も関係性のない第3の場所(サードプレイス)に成るのでは」と話されました。とてもうれしい言葉です。
生きている今を大切にすることは「安心」につながることと思いますが、刹那的な生き方では「安心」は生まれないと感じます。少しでも落ち着ける場としてお寺を利用してもらえればありがたいことです。
話は少し飛びますが、「大切な方がなくなった後の居場所をお寺は示しているのではないだろうか」と思いました。
大切な方が亡くなられてからのことを思う(願う)ことができるのは、私たち人間だけです。心が整っていて、寄り添う思いがないと難しいのかもわかりません。
「涅槃」というと「死」を思い浮かべますが、お釈迦さんが示す「涅槃」は、心が安心する状態のことです。ただ私たちには、生きている中で、心が安心できる状態が続くことは無い為、「いのち」終えた後の状態=「死」=「涅槃」と今では認識しているのだと思います。
※中川個人の感想です。
涅槃 梵語ニルヴァーナの音訳 さとりの境地のこと。すべての煩悩の火が完全に吹き消された境地のことで、仏教の最終的実践目的は涅槃に至ること
される。釈尊が亡くなったことをいう場合もある。【浄土真宗辞典】
