生死 誕生と命日

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誕生と命日
66年前の今日、私(住職)は生まれました。母の父(前々住職)は、自分の子どもは娘4人でしたので、初孫が男であったことをすごく喜んだそうです。
※性差別の表現が含まれていますがお許し下さい

3月19日と言うと、お寺では春彼岸会の準備中であったと思います。今は春分の日一日のお勤めですが、当時は、春分の日をはさんで三日間のお勤めでした。
その年の春彼岸はどのようなものだったのか、前住職・前坊守に聞かずに今に至ってしまいました。

誕生は、生まれる・物事がはじめてできあがるということですが、「誕」には、うそ、いつわりと言う意味もあります。

命日は、日限をいいつける・人が死んだ日にあたる毎月または毎年の日
「命」には、いのちの他、いいつける・おしえ・なづける・ちかいのことば と言う意味もあります。

私(住職)が仏教を学び始めた頃、「誕生」は、うそをつかなければ生きていけない社会に生まれてきたことで、「命日」は、そのいのちが終わる日であると、先生だったか、書籍だったか忘れましたが教えていただくことになりました。
確かに、生きていく上で、自分も嘘と気づかず(知らず)に嘘をついている時もあり、嘘をつかずに一生を終えることは難しいと思います。この世で「いのち」終わる時、初めて嘘をつかなくなるその日を「命日」と呼んだとも感じます。

私(住職)も、いずれ目を閉じ、呼吸が止まる命日を迎えます。その時まで有縁の方々としっかり仏教の教えを学び続けることができればうれしいです。