光澤寺前住職37回忌のお勤め

昨日、妙華寺の相導師の光澤寺様の前住職様の37回忌のお勤めをさせていただきました。西余間に敬置されました前住職様の御影像がとても特徴を捉えられたお姿で、妙華寺の前々住職の葬儀の時にお勤めいただきました頃のことを思い出しました。
光澤寺様は津市の西古河にあり、戦争の時に空襲で本堂が焼失され、必至でご本尊を護られ、その後大変なご苦労の中、本堂を再建をされたことを改めてお聞かせいただきました。高田派の中興上人であります真慧上人の六字名号や九字名号など貴重な宝物も戦争中疎開をして今も光澤寺様に大切に伝えられています。
仏間には、上部分が第21世堯煕上人(墨山)の筆で下のサンスクリットの部分は第22世堯猷上人(雪山)の得度前(多分ヨーロッパご遊学から戻られて)の筆の額が掲げられていました。余り見ることのできない書を拝見することができ帰路につきました。