お寺の掲示板

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「仕合わせを手に入れるのではない、仕合わせを感じる心を手に入れるのです」

『大往生できる人 できない人』潔く、とらわれず、おまかせして生きる 田畑正久著 から

著書には、私たちは、欲しい物が手に入ると満足を感じます。しかし、その満足感は、いつの間にか「当たり前」となります。また、場合によっては、手に入れた物が次なる「悩みの種」になるということは、よく経験することです。
また、「目標に向かって前進する人」の心の内面には、2つのタイプがあると思われます。1つは、心の内面の「不足・不満・不安」を解消するために、「何かで満たそう、解決しよう」と外側に解決を求める人です。もう1つは、心の内面に十分に満たされる感動の世界を持っていて、「あふれ出るよろこびを人と分かち合いたい、人に伝えたい」と願いを持って進む人です。
「物の豊かさ」を追い求めて進んできた日本では、世界がうらやむ豊かさを享受しています。しかし、「物の豊かさ」は心の内面まで満たされないこともまた、わかってきたようです。
「物の豊かさ」や「多くの時間」を持ちながら『戸惑い』を生きていると感じられるのは、「もったいない、おかげさま、かたじけない、ありがたい、ご恩」等の言葉で表現されてきた「心の内面で感じ取る世界」「仕合わせを感じる心」の有無ではないでしょうか。 無病息災、家内安全、商売繁盛というような「欲」を満たそうとする宗教ではなく、本当に心を耕す文化、目覚め、自覚へと教え導く宗教が願われます。

※心の内面に目を向けていたかと問われるとそうではない自分がいます。つい「目の前」にある物で心を満たしている姿は自分の姿のように感じてしまいます。
物事で満たすことが出来ない心が、感じることで満たされる心に変わっていくところにアミダ様の「はたらき」を感じます。