お寺の宝物

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お寺の宝物 本尊 阿弥陀如来立像
妙華寺のご本尊
妙華寺を建立するにあたり、高田本山より慈覚大師真作とされる阿弥陀如来立像を本尊として、三具足を添えられ拝領しました。

本尊
本尊には、「木像」・「絵像」・「名号(みょうごう)」があり、いずれかを安置いたします。木像の本尊は、阿弥陀如来の立像で、光背(こうはい)は傘後光(かさごこう)を本来の形としておりますが、舟形後光のものもあります【真宗高田派の平素のお給仕より】

真宗のご本尊
ご和讃に「十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる」とあります。阿弥陀仏のご本願は、衆生のはかりある(有量の)境涯の苦悩を、摂取して捨てずのお心を成就するために、はかりなき(無量)仏になり給うた。これが阿(無)弥陀(量寿)の名のりであります。この仏が、衆生のために名乗り立ち上がる。すなわち南无(帰命)阿弥陀(無量寿)の仏となる。すなわち南无阿弥陀仏なのであります。【中略】では浄土真宗のご本尊はどうなっているでしょうか。座像でなく、立像の来迎仏でもなく、お真向(まむき)さまと呼びならわされています。これは、52段を衆生の場まで降り切って、真向いに至り着いて離れぬ大悲心を表しています。ご開山聖人が、こうして至り来て下さっている「大悲無倦常照我」の仏を、仏というより「如来さま」といただかれていたことは、ご和讃のよろこびの高潮した折りのお言葉に、「如来大悲」とか「如来作願」とか、「仏」より「如来」の方が多く唄われているのを見てもうなずかれます。さて衆生の所まで常に昼夜を分かたず、来切って下さるので、「来迎まつことなし」の不来迎、不廻向で、「常来迎」です。如来よりの「御廻向」が、み足を揃え1つの蓮台に乗っておられるみ姿となります。この蓮華に割り蓮華といって前から見ると2つに見え、それがくっついて1つになっているのがあります。お寺の古い仏像でよく見かけますが、これは来り来る瞬間を表したものかも知れません。
古い仏像は、光背が舟型の雲が多いですが、こうした阿弥陀像をいわゆる「傘後光」に直したのがあり、そのみ光は数十本の荘厳でした。しかし阿弥陀如来の誓願は、所依の経典『大無量寿経』から窺いますと、摂取不捨たらしめるために48願が説かれてあります。従ってこの願を表すために48本のみ光を後光とするのが、そのみ姿のありようになってまいりました。御画(絵)像につきまして、この48本のみ光が、金色の線で表され、この影の部分が紺地で相互しています。高田派や、本願寺派のはそのみ光が画面の中央を通り、これが逆になっているのもあります。こうした仏像はご本尊とする時、必ず「お裏書」があります。これは最近まで、ご法主が書かれたものでありましたが、制度が変わり、今は本山「専修寺」になっています。ご本山進納所でお受けするお真向さまには、これが裏に貼ってあります。お寺の木像には「お墨付き」が下付され保管されています。書かれてあるのは、「方便法身尊像」で、基本としては本願の「名号」がご本尊ですが、最初に申した通り、「法」の法身から、「方」まさしく、「便」すなわち、形を以て象徴した時、あるべくして拝み出されたのが、この大悲の願(48)を背負い、生死の苦海に出でまして「衆生を呼ぼうて乗せたまふ」お慈悲が、立像として寄り添い、常に喚びかけ給う、これがお真向さまであります。そうであったかと願心を仰ぐのみであります。
【「一期一会」真置俊徳著より】

【仏像の底に流れるもの】
お釈迦様のご在世中には、そのそのお姿自体が仏像であり、お説きになった法が帰依礼拝の基本でありました。