『ぴっぱら』11-12月号から

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『ぴっぱら』11-12月号から
2ヶ月に一度送られてきます『ぴっぱら』11-12月号の巻頭言にあたる「如是仏観」に奈良康明師の「葬儀の心」と題された文章が掲載されています。今の葬儀のあり方を遺族側の視点で考察されていて私(住職)は、そうだったのかと頷くばかりでした。「死者をどう悼む」かの継承がいろんな条件で難しくなっている時代ですが著者の最後の言葉「葬儀は形ではなく、心の出来事なのである」を伝える努力をしなければと感じました。
現代社会の中では親から子どもへも伝えることもままならない時代のようです。(私も先達から伝わったことを次の代に伝えることができるかと言うとあまり自信がありません)伝えることの必要なものの1つに「死者をどう悼む」かの問題は社会の中での宗教者の存在価値にも関わってきそうな感じです。

また、臨床仏教公開シンポジウムin京都の「いのちのケアを考える」のレポートも掲載されています。9月に京都で開催されることを案内していただいていましたが、所用でいけなかった私(住職)にとって有難かったです。テーマは「日本人の精神性に即したスピリチュアルケアとは?」キリスト教の宗教文化の中で培われてきたケアのあり方を日本の宗教文化の中で活用していく方途を探ることが目的のようでした。四人のパネリストの提言と議論があったようです。日本の生活環境の変化と社会の中で僧侶の存在感の希薄化が今後遺族の方々のケアに機能しなくなることに危惧され、総括として大学や研究所で、死をどのように受け入れるということに加え、仏教や葬儀の意味について建設的に考えようとすることが増えるのではとまとめられたようです。
「誰もが漠然とした不安を感じているさなか「いのち」について生涯を通じて問い続け、苦しみに寄り添う実践を行い続ける宗教者、仏教者が、今求められているのです」と最後にまとめられた言葉に向き合いながら実践活動ができればと思いました。

 また同封の案内に、「子ども食堂の作り方」と題して、お寺が子ども食堂を運営されているご住職様と地元の大学生ボランティアスタッフが講師としてお話しされる研修会が12月にあるようです。とても興味深いのですが時間の調整がつかないので残念です。
 ※「ぴっぽら」とは、お釈迦さまは、「ぴっぱら樹」という大樹の下に坐り、瞑想され、お悟りを開かれました。そこで、「ぴっぱら樹」のことを人々は「菩提樹(悟りの樹)」と呼ぶようになりました。本誌「ぴっぱら」は、「菩提樹」のインド名から名づけました。
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