「親なきあと」問題
「親なきあと」問題について聞いたことがありますか。私(住職)は、令和2年の文化時報社主催の「福祉仏教」の連続講座を受講しました、その中の一コマで、親が面倒を見られなくなったあと、障がいのある子や引きこもりの子がどのように生きていくか(「親なきあと」)の問題を知ることになりました。
お寺として、宗教者として何ができるかを考えながら、お寺としての場の提供や、宗教者としての傾聴を通して伴走型の支援ができるのではないかと思い、「お寺と教会の親なきあと相談室」の津市妙華寺支部として活動を初めて3年が経ちました。
年3回ほどの「親あるあいだの語らいカフェ」の場の提供しかできませんが、続けています。
親御さんの心配事は、多岐であります。専門家が解決できることは専門家に働きかけています。心のつきない心配については、心理学や精神医療の専門家に託すことしかできないと感じます。簡単に宗教的な言葉「そのまま」の私を受け入れることで解決することはありません。改めて思うことは、宗教者としてできることは、「場」の提供です。
「できること」と、「できないこと」の制限はありますが、少しでも、お寺として、宗教者として伴走型の支援に取り組んでいければと考えています。
※中川個人の感想です。
