久居城下案内人の会様が、久居藩350年記念として『久居のお殿様』椋本千江著を出版されました。
久居藩主の初代髙通(たかみち)から16代髙邦(たかくに)までを分かりやすく紹介されています。
津藩の分家として久居藩がつくられたのは、当時の考え方で「お家断絶」にならない為の方策で、久居藩藩主の中から4人が津藩藩主を嗣いでいます。
久居藤堂藩の菩提寺は隣の玉せん寺さんです。当初の寺号は「玉泉寺」で「ぎょくせんじ」の読みでしたが藤堂家が「泉守」でしたので、「泉」から「布施」の「施」の「方」を「氵」にして「せん」と読むようになったようです。久居藩の歴代の位牌やお墓があります。
また、この本の終わりには久居城下案内人の会様のこれまで10年間の活動記録も記されており、今後もご活躍を念願いたします。
続いて、少し前に深谷克己先生に「久居」の由来について伺っていました返信が届きました。久居の由来について『勢陽五鈴遺響』(せようごれいいきょう)と言う江戸時代末期に完成した伊勢国(現・三重県)に関する地誌までしか今のところ遡れないとお教えいただきました。
久居城下案内人の会の皆様、深谷克己先生には、改めて久居について勉強できる機会を与えていただきありがとうございます。
※ 深谷克己氏は、三重県津市久居出身の早稲田大学名誉教授・近世史学者で、多くのご著書があります。妙華寺の本堂が平成16年に国の有形登録文化財に指定された記念に「法苑院妙華寺縁起」の原稿をお願いし、お寺(妙華寺)と久居のことを詳しくお書きいただきました。