お寺とは⑦
お釈迦さまは「伝える」ことをどのように考えられていたのでしょうか。
インドの国の王子として生まれたガウタマ・シッダールタは、「人間はなぜ、苦しみから逃(のが)れられないのか」と言う思いから、29歳の時、出家されました。6年間の苦行(修行)のあと、瞑想し、悟りを得たと聞きます。悟りを得たあと、「悟りをこの世の人に伝えて」と懇願されたが「人々に説いても理解されないだろう」と躊躇します。しかし、最初に悟りを説いた(伝えた)相手は、苦行(修行)仲間の5人だったと聞いています。その後亡くなるまでインド各地で教えを説かれ(伝えられ)ました。
最初に人々に伝えることを躊躇しながらも、伝えることにした転換点は何だったのでしょうか。いろいろ考えさせられます。
親鸞聖人は、「伝える」ことをどのようになさっていたのでしょうか。
9歳で得度して比叡山で修行されていました。20年間の修行は、比叡山に伝わっている仏教の教えをひたすら聴聞し実践されていたのですが、悩みは断ち切れず、100日間、六角堂で籠もり、法然聖人の元で念仏の教えを聴聞され、弟子となられたと聞いています。6年間の法然聖人の元での念仏の教えが、自分が救われる教えであることを確信されていくのだと思います。その後、流罪により、法然聖人とは会うことがなくなりましたが、生涯、法然聖人の念仏の教えを伝えていかれました。
お釈迦さんも、親鸞聖人も自身の心の迷いがなくなる世界(真実)があることを確信できたからこそ、それを伝えようとされたのではないでしょうか。伝えることの困難はあったでしょうが、その実践する場が、今のお寺につながっていると思います。
また、今の私(住職)も、親鸞聖人の念仏の教え出遇うことで、人生が素晴らしいものになったことに感謝しかありません。そして、その教えを伝えることは大切なことと思います。