朱印(参拝記念)

朱印(参拝記念)
朱印は、古くは、お寺に納経した印であったり、神社で奉納した印を朱印と言われていたそうです。今は、参拝記念として朱印を依頼される方がほとんどです。
何故か、真宗寺院は、「ご朱印をお願いしますと」依頼されると「参拝記念としてお渡しします」なんて言って、朱印帳に記入することが多いです。
妙華寺も、朱印の依頼はほとんどありませんでしたが、全国で「朱印ブーム」が起こった頃から、庫裡に朱印の依頼がちらほらと出てきました。(と言っても年間で2~3人程度) これまで、朱印帳を渡されてから、墨をすって、筆で記入していました。最低でも20分は時間が必要でした。また、住職が法務の場合や他所に行っている場合はすぐお渡しすることができません。
そんなことで、印刷した朱印(縦型朱印帳に会うサイズ)をその場でお渡しすることにしました。筆で墨書されることを朱印とするなら、少し違っていますのでがっかりされるかもわかりません。
※中川個人の感想です。

親あるあいだの語らいカフェ

「親なきあと」問題
「親なきあと」問題について聞いたことがありますか。私(住職)は、令和2年の文化時報社主催の「福祉仏教」の連続講座を受講しました、その中の一コマで、親が面倒を見られなくなったあと、障がいのある子や引きこもりの子がどのように生きていくか(「親なきあと」)の問題を知ることになりました。

お寺として、宗教者として何ができるかを考えながら、お寺としての場の提供や、宗教者としての傾聴を通して伴走型の支援ができるのではないかと思い、「お寺と教会の親なきあと相談室」の津市妙華寺支部として活動を初めて3年が経ちました。
年3回ほどの「親あるあいだの語らいカフェ」の場の提供しかできませんが、続けています。

親御さんの心配事は、多岐であります。専門家が解決できることは専門家に働きかけています。心のつきない心配については、心理学や精神医療の専門家に託すことしかできないと感じます。簡単に宗教的な言葉「そのまま」の私を受け入れることで解決することはありません。改めて思うことは、宗教者としてできることは、「場」の提供です。

「できること」と、「できないこと」の制限はありますが、少しでも、お寺として、宗教者として伴走型の支援に取り組んでいければと考えています。

※中川個人の感想です。

法事の現状

法事の現状
今月、法事についてワークショップに参加する予定です。
今一度、妙華寺の法事について考えてみたいと思います。
私(住職)も経験していますが、以前の法事は、自宅の仏壇の前でのお勤めがあり(食事も伴うことがあったと思います)、正式には次の日の朝本堂でお勤めし、お墓でお勤めする形でした。それが、自宅・本堂・墓でのお勤めを一日で完結する形式になり続いています。しかし、住まいの形式がこれまでのような仏間の間取りも少なくなり、他者が入ることを前提としない間取りであったり、招くことを躊躇する考え方もあり、自宅でのお勤めは、家族ですまし、本堂で親戚や関係者を含めてお勤めをし、墓勤めで終わる形が、時間的にも有効で、多くなってきています。(遠方に自宅がある方は以前からそうでした)
お寺側からもその形ですと、およそ1時間の予定でスケジュールが組めますので、法事が重なる、土日などでは何軒もお勤めができます。
法事の意味は、仏徳讃嘆の場ではありますが、「法事を通して、亡くなられた方と今の自分の関係を結び直す」ことと感じています。亡くなられた時の想いと、時間が経過した今の想いに気づくこともあります。そして、亡くなられた方をどのように見ていくのかの部分に宗教的な意味合いがあるのだと思います。
また、お勤めの内容についても説明が必要だと感じています。呪文のようなお経や、漢文の歌や古文のような和讃などを何故お勤めすることが法事(亡くなった方への追弔)に必要なのか。短い時間で説明するのはなかなか難しいと思います。

法事の件数については、可視化は必要で、10年前と今では緩やかでありますが減少しています。遠い年忌ほど減少率は増加していますので、生活者の法事の意識の変化もそうですが、お寺の伝える思いにも工夫が必要なのかもわかりません。

もう少し時間がありますので、深く考えていきたいと思っています。

※中川個人の感想です。

「伊勢の名刹 専修寺 寺宝からみる公家文化」展

「伊勢の名刹 専修寺 寺宝からみる公家文化」展
関東地域のお同行の皆様にはご案内しました東京の学習院ミュージアムで「伊勢の名刹 専修寺 寺宝からみる公家文化」展が開催されています。
神奈川県の法友浦上さんと一緒に拝観させていただきました。受付でご法嗣殿にお目にかかることができ、驚くと同時にありがたい気持ちになりました。
専修寺には、親鸞聖人のご真筆の著書や手紙が多く残されており、教学的研究は以前から多くの専門家・研究者が発表され、法宝物も数多く展覧されています。
しかし、専修寺の歴代ご法主は、江戸時代以降、宮家からの入寺も多くその時の美術工芸品もお蔵に残されています。こちらの調査が令和5年から、学習院大学文学部哲学科(美術史学専攻)が中心として初まり、今回の展覧会は専修寺に伝わる美術工芸品の歴史的・文化的意義の報告の一部の展観です。
私(住職)が、初めて見る専修寺の美術工芸品に、専修寺の文化の奥深さや豊かさを感じました。ギャラリートークでは、ご法嗣殿もお話ください、専修寺の魅力を再確認する時間でもありました。
妙華寺の関東地域のお同行様も拝観された方々もいらっしゃり、感想をお寺にもいただいています。
※中川個人の感想です。

茶道のある生き方③

茶道のある生き方③
先月、久しぶりに大寄せ茶会にお招きいただきました。
大寄せ茶会のほとんどは、日曜日や祝日で、私(住職)は法務がありますので参加が難しいです。今回は、土曜日で会場も近くのお寺さんでしたので、一席目に参加させていただきました。
初風炉の時期で、茶摘みの趣向で清々しい気持ちになりました。
茶会を開催するにあたって、亭主は茶会のテーマを考え、道具組をします。正客や連客は、待合から茶室に入って亭主の趣向を感じる一期一会の時間です。それぞれの感性は違いますが、お招きされた亭主の想いに触れることで一体感ができるのは感心するばかりです。私(住職)は、茶道を学ぶことで、礼儀作法を知り、実践することで、他者と豊かな関係を結ぶことができたことを、とてもうれしく感じ、茶道を学んでいてよかったと思うのです。
※中川個人の感想です。

水屋のバケツ

水屋のバケツ
4月にご寄付をいただきました境内墓地で使用する水屋バケツと柄杓に「妙華寺」と名をいれさせていただきました。
2カ所の水屋に15個づつ置き、皆様にご自由にお使いいただくよう考えています。

寄付者の意向としましては、水屋バケツや柄杓は個人用でなく、お寺が用意し、自由に使っていただきたいとのことです。

皆様のそれぞれの想いもあることはご承知していますが、今後、個人でご負担なく、水屋バケツや柄杓をお使いいただけるよう考えています。

【案内】「親あるあいだの語らいカフェ」を開催します 06月06日(土)13時30分から16時 妙華寺 本堂

【案内】「親あるあいだの語らいカフェ」を開催します
06月06日(土)13時30分から16時 妙華寺 本堂

お寺と教会の親なきあと相談室津市妙華寺支部では、令和5年5月13日にキックオフ講演会を開催しました。
その後、令和5年10月7日から年3回(2月・6月・10月第1土曜日)に開催しています。
今回で3年目になります。1年目(令和5年10月から令和6年6月)は、手探り状態でした。
2年目を迎えた令和6年10月頃から集まる方の「場」として整ってきたように感じています。
引き続き、集まっていたただく方の心地良い「場」になるよう努力していきます。

妙華寺の「親あるあいだの語らいカフェ」は、(一社)みえ円満相続支援センター様にもご賛同いただいています。また、「傾聴僧の会」の宗教者のお力添えいただきます。

「親あるあいだの語らいカフェ」津市妙華寺支部の約束
「親あるあいだの語らいカフェ」が安心安全な「場」となるよう①~④を約束します
①布教はしません
②あなたのことを尊重します
③生き方や考え方を押し付けません
④入退室は自由です

また、みなさまと一緒に安心安全な「場」をつくるため、⑤から⑧をお願いします
⑤当日、話された内容は、この場限りで、他者には話しません
⑥ご自身の悩んでいることや辛いことをお話する
⑦他の方が話されている時は、割り込まず、最後まで聞きます
⑧お互いの悩みや「おもい」を評価したり比較したりしません

似たような境遇であっても感じ方やとらえ方は、人それぞれ異なります。
それぞれの気持ちを大切に、一期一会の時間をお過ごしください。

必要な方に届きますように

蚊対策

蚊対策
衣替えの頃にお寺の蚊対策をしています。昨年はとても暑い日が続いていて7月8月は蚊が少ない気もしましたが、11月末頃まで蚊が活動していました。
蚊取り線香から薬剤に代えたのは随分前からですが、毎年、本堂内に10個、本堂横の水屋や廊下に4個・書院や茶室・庫裡の部屋・会館など合わせると30個ほどの用意をしています。それでも外から室内へ侵入してくる蚊があり、毎年、悩みの種であります。
※中川個人の感想です。

法兄の往生

法兄の往生
私(住職)より3つ年上の法兄が亡くなられた連絡をいただきました。
新さんとの出会いは、本山での「古門書を読む会」だった思います。その後、教学院の平松先生の部会で一緒に多くの高田派寺院の宝物調査や教学院の研修でご一緒させていただきたくさんの学びをいただきました。思い出として、平成13年の堯猷上人50年御恩忌の企画をしていた時、当時、まだ今のものとは画素数が雲泥の差のデジタルカメラで撮影した宝物をPCの機能を使い、「堯猷上人遺品展」の図録を新さん個人で作製されたことです。堯猷上人のサンスクリット語の掛軸や額装の解説は、新さんもサンスクリット語を学んでいらっしゃることで完成できたと感じています。

また新さんの大学時代の同期の方が東寺で宝物調査をされて勤めていらっしゃり、その伝手で東寺の法宝物を拝観させていただいたことも貴重な体験でした。
平松先生の後、宝物館主管として、また教学院長として活躍していた姿を思い出します。
役職を辞職された近年は、顔を合わす機会がなかったのですが、ご焼香させていただきました。
※中川個人の感想です。
※作製された図録は限られた部数だと聞いています。

親鸞聖人降誕会

親鸞聖人降誕会(ごうたんえ)
親鸞聖人の出自について覚如上人の『親鸞伝絵』に記されていますが、中世の史料には、聖人がいつどこで生まれたか具体的な記述がありません。
宗祖(しゅうそ)親鸞聖人は、承安3年(1173)に誕生されたことは、聖人のお手紙・書物に年齢が記されていますので判明しています。誕生の月日は、1月1日・2月上旬・4月1日、10月の諸説があります。これらは江戸時代に編集された聖人の伝記によるものです。その中で高田派の良空(りょうくう)の『高田開山親鸞聖人正統伝』に記された4月1日(太陽暦5月21日)説が有力になり、定着していき、場所については山城の日野の里に伝承があり今に至ります。また聖人の誕生日の行事として法会が勤まるのは明治に入ってからです。降誕会とは普通お釈迦様の誕生をお祝いする行事ですが、真宗では「親鸞聖人は阿弥陀如来の応現(おうげん)」と頂くところから聖人の誕生を降誕会と言いお祝いの行事をしています。

また、お同行の皆様の喜びの1つに親鸞聖人90歳のお年を「祖師寿(そしじゅ)」と言い90歳になられたお同行の皆様の仏縁を共にお喜び申し上げています。
男性は降誕会の5月21日に、女性は6月の最初の日曜日に開催されます高田派婦人連合大会の式典で表彰されます。このことを励みにされていらつしゃる方もたくさんいらっしゃるそうです。