今年の27組の報恩講

27組報恩講
今年も10月28日から27組の報恩講が戸木の満誓寺様から始まりました。昨年は10月下旬の台風の影響で雨でしたが今年はいつものように晴天で暑さも感じる1日でした。
私が組内の報恩講に出仕させていただいたのは20代の大学生の頃からですので40年以上になります。今のようなマニュアル本もない時でしたので、作法も何も分からないまま、諸先輩のご住職に教えていただいたり、まねたりして身につけていったことでした。それでも報恩講に遇わせていただくことは普段とは違うことで楽しみにしていた気持ちでした。

【満誓寺 本堂内陣】

11月10日新家(にのみ)の光蓮寺様の報恩講に2年ぶりに伺いました。前住職がご往生され坊守様も施設に入られて、普段ご住職がいらっしゃらないのでお同行の皆様がお寺をお守りされています。いつも拝見させていただいているのですが、内陣の脇壇の1つに木像の坐像が荘厳されています。高田の寺院の内陣の1つの脇壇には、高田派の歴代上人の絵像やそのお寺の歴代上人の絵像を荘厳されると聞いています。それも、繧繝縁(うんげんべり・うげんべり)の畳に荘厳されていますので大変高貴な僧侶とお見受けしました。高田派の歴代か光蓮寺様の初代か中興上人かと思われますがお同行の方にお聞きしても分からず残念でした。
(※後日、『久居の仏像』で調べましたがそこでも人物は不詳でした)

11月18日は、戸木の西向寺様の報恩講です。四季桜が満開で春を思わせています。11月の中旬ですがまだまたストーブが要らないような一日でした。光蓮寺様の荘厳のこともあって、出仕の前に西向寺様の本堂をお参りさせていただきました。西向寺様は高田派の中興上人の真慧上人の絵像が掛かっています。私(住職)は真慧上人の絵像はあまり拝見したことがありませんでしたのでとても有難かったです。毎年の報恩講で出仕させていただいているのですが、それぞれのお寺の荘厳をじっく拝見することもなくこれまでのことを残念に思い、これからはできるだけそのお寺の本堂にお参りさせていただくように心がけたいです。

【西向寺 本堂内陣】

11月23日は、小戸木の西林寺様の報恩講です。いっぺんに寒くなりマフラーを巻いて伺いました。毎年多くのお同行の方がお詣りいただいています。法中(ほっちゅう)のお勤めが終わりますと、お同行様が一緒に「文類偈」を声に出してお勤めすることも、お同行の方が、法中をお接待をされることは最近少なくなってきましたがまだ続いていることは素晴らしいことと思います。

【西林寺 本堂正面】

11月25日は、木造の蓮性寺様の報恩講です。待合の床には、高田派18世の圓遵(えんじゅん)上人の十字名号がありました。「一志郡 木造 蓮性寺」とありますので、本堂の余間に掛けられたものと思われます。この頃蓮性寺が創建されたようです。今本堂の余間の九字・十字名号の掛軸は、高田派23世堯祺上人のものでした。

【蓮性寺 本堂内陣】

昨年と同じような穏やかな報恩講で12月2日に妙華寺の報恩講をお勤めすることができました。組内の5ヶ寺のご法中様、お手伝いをしていただいています慈相寺様と妙華寺の衆徒でお勤めできました。昨年から新しいご縁をいただきました津市母子父子寡婦福祉会久居支部の皆様のご奉仕で、「こども食堂」も兼ねて、お非時もできました。前日からのご準備ありがとうございました。子供さんが喜ばれるフルーツポンチやマカロニサラダ、これまでのお非時にも提供していました里芋煮、柿なますも揃い皆で美味しくいただきました。

【妙華寺 非時】
ご法話は、2年ぶりに豊橋市正太(しょうたい)寺の大河戸悟道師にお越しいただき、私のいのちが阿弥陀如来が願われていることを親鸞聖人のご書物や聖徳太子の言葉を通してしっかり丁寧にお聞かせいただきました。私の「いのち」が当たり前にあるのでなく、有難いことであることを、お同行の皆様一人でも多くご聴聞いただければと思います。

【妙華寺 法話】

昨年は、ご法話の後、親鸞聖人像の内拝を試みました。今年は、高田派の本山が、栃木県真岡市から津市一身田に移ったことを紹介しました。

12月9日 今年27組最後の報恩講が野村の浄徳寺様です。穏やかな日から一転寒い日でした。最近は本堂も暖房設備が行き届いていて寒くても出仕が楽です。本堂に幼い副住職のご子息がいるだけで賑々しくなります。副住職が式文を拝読され、出仕する27組のメンバーも若い世代に移行していく気配です。

【浄徳寺 本堂内陣】

【番外】青巖寺様の報恩講
11月11日、小山の青巖寺様の報恩講のご法話を聴聞する時間をいただきました。私のお寺の地域の多くのお寺の報恩講は、組内の報恩講と重なりますので近くのお寺でありながら組が違うと伺うことがかないません。満堂の中、既にお勤めが始まっています。お勤めが終わるとご法話が始まります。布教使様は、葛野(かどの)洋明師(妙華寺の2019年の報恩講の時の布教使様)です。真宗の「ご信心」について、難しい「不疑」と「無疑」を分かりやすく笑いあり、時には涙ありでお示しされました。ご法話を聴聞させていただいても直ぐ忘れてしまう私(住職)ですが何回もお聞かせいただく時間はとても有難い時間です。ご法話が終わり青巖寺様のご厚意で、お非時もいただき、心もカラダ(お腹)もいっぱいの半日でした。

【青巖寺 本堂正面】

夜鳴き

「夜鳴き」
お寺で犬を飼っています。今の犬は8年前にペット店からやってきました。私の生まれる前からお寺には犬をいますが、今の犬はペット店育ちのせいか、人が近づいても吠えません。ですから番犬としては、あまりいただけません。

その犬が年に何度か、遠吠えや夜鳴きをします。近所の皆様の安眠を妨げてしまい、ご迷惑をかけていて大変申し訳なく思っています。遠吠えは生理的なことのようですが、どうして夜鳴きをするのか色々理由があるようです。夜、小動物(猫やイタチ)が犬の領域に近づくと鳴くより吠えたりしています。朝晩与える餌が少なかったようでお腹が空いての場合もあります。私(住職)が、散歩や構うことが少なくストレスでの場合もあります。少し驚くことは、小さな虫(毛虫やナメクジ)が犬の場所に近づいて来た場合もあります。他にもまだ気づいていない理由もあるのかも、夜眠たい中でのことで、好物の餌を与えてみたり、スキンシップをしたりするのですが、私(住職)が眠たいので雑になると何度も夜鳴きに付き合わされます。飼い犬でありますが「犬の気持ち」は分かりません。

眠い中起こされることから、30年以上前に子供が生まれた頃のことを思い出しました。時期ははっきり覚えていませんが、生まれて1年程は我が子の夜泣きで起こされることでした。それからも何度か発熱なんかで起こされました。我が子ではありますが、一夜に何度かだったり、連日になるといらだったりしてしまう自分がありました。我が子の夜泣きは、私自身の記憶にないのですが私もまた赤ん坊の時は、何度も夜泣きをしていたのです。夜泣きをする私(住職)に付き合わされた両親や家族にお育ていただいて今の私があります。
「人様に迷惑をかけてはいけない」ことは誰しも頷く行いですが、生まれてきたときは誰一人も自分のことが何一つできない存在でした。その私が多くの縁でお育ていただいているのです。そして、迷惑いっぱいかけて生きている今も、後生のことも心配いりませんよと阿弥陀如来様が誓われているのです。

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以前東海TVの「スタイル+」と言う番組内の「お宝照英」コーナでお寺が紹介されました時、スタッフからタレントの照英さんは犬が好きらしいと言われ、境内の本堂の見える場所に繋いでいました。(いつもは庫裡の裏に犬小屋があります)撮影終了間近に照英さんが犬に駆け寄ってかわいがっていただきました。その部分が番組で紹介されると、放映後、半年間に愛知県からや三重県内も遠方から5家族ほどが「犬をテレビを見ました。見せて下さい」とご自身の飼われている犬も連れてお寺に来られる方もいらっしゃり、犬が大好きな方の行動力に感心しました。
※「お宝照英」の事は2015年12月21日のお寺のHPで紹介しました。

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名号

今年は、毎月10日に法苑院妙華寺を紹介していきたいと思います。
名号(みようごう)は、一般にはすべての仏・菩薩の名前です。浄土教では特に阿弥陀佛の名を指し、嘉号・徳号・尊号などとも言います。真宗では「南無阿弥陀仏」を六字の名号。その徳義をあらわした「南無不可思議光仏」を八字の名号、「南無不可思議光如来」を九字の名号、「帰命尽十方無礙光如来」を十字の名号と言います。
曇鸞は名号に破闇(はあん)満願するはたらきがあること、善導は六字釈によって願と行が具足する名号がよく往生の行となること、法然は名号に阿弥陀佛の無量の徳がそなわっていることをそれぞれ示している。親鸞は、名号が仏の衆生救済の願いのあらわれであり、摂取して捨てないという仏意をあらわす、本願召喚の勅命であること、すなわち、仏の衆生救済の力用(りきゆう)である本願力そのものが名号であると示している。


※写真の「南無阿弥陀仏」(六字の名号)は、専修寺第21世常磐井堯熙筆
本堂余間の十字名号・九字名号は、専修寺第24世常磐井鸞猷筆

山号の額装

山号 お寺には、山号(さんごう)があります。妙華寺の山号は、「寂陽山」(じゃくようざん)と本山からいただいています。この度、ご法主殿のご染筆の山号が額装として出来上がってきました。山号は、本堂入り口内部の上部に掲げてありますので普段目にしていただく機会も少ないと思い、しばらくの間本堂向かって左の余間に敬置させていただきます。本堂にお詣りの時にゆっくり見て下さい。
これまで本堂に掲げてありました山号は、東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)(1833-1912)が書かれたものでした。何時かは特定できませんが、「当山に御来遊中に筆」と歌と画賛の二本の掛け軸もありその時に「山号」も書かれたのだと思います。
※当分の間これまでの「山号」は本堂入り口内部の上部に掲げてあります。

※山号 寺名に冠せられる山の称号。中国では寺院が山間部に建立されたので、その所在を示すため用いられた。日本では平安時代後期から平地に建てられた寺院にも山号を付けるようになった。

11月のおてらおやつクラブ

11月のおてらおやつクラブは、15日に支援団体様、16日に一人親家族様と今月から新しい支援団体様にお送りさせていただくことができました。
また、地域の支援団体様には、昨年に引き続き、12月2日の妙華寺の報恩講にお非時(ひじ)と兼ねた「こども食堂」にご奉仕をしていただくことになりました。
 新しいご縁を感謝しています。

遅ればせながら「おてらおやつクラブ」の活動が、10月31日に「2018年度グッドデザイン大賞」を受賞されました。「グッドデザイン賞」って聞いたことある言葉ですが、形有るもの贈られるものと思っていましたが、「仕組み」(システム)も対象なのですね。

引き続いて、11月9日には、環境大臣賞優秀賞(グッドライフアワード)も受賞されました。これまでも仏教関係の中で、「おてらおやつクラブ」の仕組みを、評価されてきましたが、より広く多くの方々にも評価されることになった1年でもあると思います。
「おてらおやつクラブ」の活動に賛同して妙華寺でも毎月一人親家族様や支援団体様へ、「お供え」の「おすそ分け」を続けてこられたことは、お同行様のご理解・ご協力があってのことです。

【おてらおやつクラブのHPより】
2018-10-31
「2018年度グッドデザイン大賞」を受賞
特定非営利活動法人おてらおやつクラブ(事務局:奈良県磯城郡田原本町、代表理事:松島靖朗)は、このたび2018年度グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)を受賞しました。
受賞対象名 貧困問題解決に向けてのお寺の活動 [おてらおやつクラブ]
http://www.g-mark.org/award/describe/48291
「おてらおやつクラブ」は全国のお寺の「おそなえ」を「おさがり」として、さまざまな事情により生活に困窮する世帯へ「おすそわけ」する活動です。活動に賛同する寺院は全国975カ寺、連携する支援団体は392団体、毎月9,000人の子どもたちがおやつを受け取っています。(2018年10月現在)
この度の受賞が、活動の背景にある「貧困問題」に興味関心を持ち、当事者としてこの問題に関わる人々とのご縁がひろがる機会となることを願っております。
グッドデザイン賞審査委員による評価コメント
従来、寺院が地域社会で行ってきた営みを現代的な仕組みとしてデザインし直し、寺院の「ある」と社会の「ない」を無理なくつなげる優れた取り組み。地域内で寺院と支援団体を結んでいるため、身近な地域に支えられているという安心感にもつながるだろう。それができるのは、寺院が各地域にくまなく分布するある種のインフラだからだ。全国800以上の寺院が参加する広がりも評価ポイントのひとつであった。活動の意義とともに、既存の組織・人・もの・習慣をつなぎ直すだけで機能する仕組みの美しさが高く評価された。
グッドデザイン賞とは
1957年創設のグッドデザイン商品選定制度を継承する、日本を代表するデザインの評価とプロモーションの活動です。国内外の多くの企業や団体が参加する世界的なデザイン賞として、暮らしの質の向上を図るとともに、社会の課題やテーマの解決にデザインを活かすことを目的に、毎年実施されています。受賞のシンボルである「Gマーク」は優れたデザインの象徴として広く親しまれています。
http://www.g-mark.org/
グッドデザイン大賞とは
グッドデザイン大賞は、その年に受賞したすべてのグッドデザイン賞受賞対象の中で、最も優れたデザインと認められるものに贈られる内閣総理大臣賞です。この賞は、その年のグッドデザイン賞審査委員、グッドデザイン賞受賞者および、東京ミッドタウンで開催される「2018年度グッドデザイン賞受賞展」の来場者の投票により選ばれ、その年のデザインおよび社会の傾向を象徴する役割を担っています。
ファイナリスト(グッドデザイン大賞の候補)
「グッドデザイン大賞」「グッドデザイン金賞」「グッドフォーカス賞」(2018年度新設)は、「グッドデザイン・ベスト100」の中から、審査を実施して決定されます。審査は10月10日(水)に、受賞デザイナーによるプレゼンテーション(公開)と審査委員による協議(非公開)が実施されました

2018-11-09
環境大臣賞優秀賞(グッドライフアワード)

特定非営利活動法人おてらおやつクラブ(事務局:奈良県磯城郡田原本町、代表理事:松島靖朗)は、環境省が主催する環境省グッドライフアワードにおいて、2018年度環境大臣賞優秀賞を受賞しました。
「第6回グッドライフアワード」環境大臣賞最優秀賞等が決定!!(環境省報道発表)
http://www.env.go.jp/press/106137.html
環境省グッドライフアワードは、持続可能な社会の実現のため、一人一人が現在のライフスタイルを見つめ直すきっかけを作り、ライフスタイルイノベーションの創出やパートナーシップの強化を目指し、”環境と社会によい暮らし”やこれを支える地道な取組(ボランティア活動、サービス・技術など)を募集・応援する事業です。
「おてらおやつクラブ」は全国のお寺の「おそなえ」を「おさがり」として、さまざまな事情により生活に困窮する世帯へ「おすそわけ」する活動です。活動に賛同する寺院は全国980カ寺、連携する支援団体は393団体、毎月9,000人の子どもたちがおやつを受け取っています。(2018年11月現在)
先日の2018年度グッドデザイン大賞同様、この度の受賞が、活動の背景にある「貧困問題」に興味関心を持ち、当事者としてこの問題に関わる人々とのご縁がひろがる機会となることを願っております。
11月17日(土)(13時~18時30分)に「第6回グッドライフアワード」カンファレンス&表彰式が青山TEPIAホールで開催されます。詳細は以下からご確認ください。
https://conference.goodlifeaward.jp/2018-winter

また、年2度回収の古本勧進での古本も募集しています。
今回は来年1月末までに集まった古本を寄付させていただきます。
不要になりました古本がありましたらいつでもお寺にお持ち込みください。
対象の本は、裏表紙にバーコードのあります文庫本・新書本・単行本です。
申し訳ございませんが、週刊誌・雑誌・百科事典・全集は対象外です。
本以外、書き損じのハガキ・不要なCDも受け付けています。

 

ほとけ様が見ています

「ほとけ様が見ています」
お寺では、毎日多くの落ち葉や、私(住職)が勝手に雑草と名づけて抜き取った草をゴミ袋に入れています。ご遠方から公共交通機関を利用してお墓参りにこられたお同行様でお供えのお花の処分に困られた方が庫裡に処分を依頼にこられたり、境内の美化を依頼しているシルバー人材センターの方々や、自主的に境内をお掃除をされている方々がゴミ袋に入れていただいています。またお寺で生活している私(住職)家族の生活ゴミも出ます。
行政からのルールによって、分別処理をしてゴミを出す日や場所が決まっています。
この夏頃から、お寺のゴミ袋をゴミとして出す日まで一時置いています所に分別していない生活ゴミ袋を置いていかれる方がいらっしゃいます。行政のルールでは分別していないゴミ袋は処理されないためそこに放置されることになりとても見苦しくなります。

先人は道徳的な観念から「ほとけ様が見ています」・「お天道様が見ています」・「閻魔様が見ています」と言い表して、誰も見ていないと思っていても私達を俯瞰して見ている存在があることで私の勝手な思いや行動を諭していたのだと思います。
この場合は、今では、「分別してゴミはお出し下さい」とか「ゴミ出しのルールは守りましょう」と言うことになるのでしょう。また、ご自宅の生活ゴミは、ご自宅の指定された日と場所で分別してお出しいただければと思います。

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和讃

和讃をご紹介いたします。和讃について多くの参考書がありますが、『正像末法和讃講話』川瀬和敬著より紹介します。

正像末法和讃 第50首

南無阿弥陀仏の廻向の 恩徳広大不思議にて
往相廻向の利益には 還相廻向に廻入せり

「南無阿弥陀仏を如来から私に廻向された」と、これがこの和讃の中心点になる。浄土真宗の中心というものは、「南無阿弥陀仏の廻向」である。阿弥陀如来が南無阿弥陀仏という声になって、今私にはたらいているということです。「その恩徳というものは広大であって、私の計らいの及ぶところでない」と。南無阿弥陀仏に廻向されたということを、ここまで自分の中心問題として感じておられるところであります。感恩、如来のご恩を感じる、感によって恩がある。だから宗教心というものの中心は感ではないかと思います。如来の廻向を恩として感じる。仏法には業感という言葉があります。業感縁起。感じることによって業というものがでてくる。業として感じる、業感です。そういうこととこの感恩ということを思い合わせまして、「恩徳広大不可思議にまします」と。その恩を感じた内容を第3行目と第4行目にあらわされまして、「往相回向の利益を恵まれたそのうえに、そこに止まらず、還相廻向までいただくことになりました」と。廻入するであろうではなくして、「廻入せり」往相の廻向が自ら還相廻向に転入していく。廻入・転入・帰入、ひとりでに転回していく。そうしますと、廻入とか転入とかいう言葉で結ばれますのは、往と還・往きと還り、こういうように、私どもの受けとめ方は二つのかたちになるわけでありますが、もう一つ、私が往くためには、私のところまで来ていただいた力がある
もっと具体的に申しますと浄土真宗では聖人のことを「還相の菩薩」と仰ぎます。還相の菩薩というのは、浄土からこちらへ還ってこられた方。もう既に浄土を見て、われわれのところへその浄土を知らせるために出てこられたという仰ぎ方をしておるわけです。その人に触れるときに浄土を感じるのです。曽我量深師は、大還相という言葉を用いられる。私が浄土へ往けるのは、向こうからこちらへ道を開いて下ださった、向こうから私に浄土を告げにきて下さったからという。曽我量深師が大還相とおっしゃったのを少しして哲学者の田辺元博士が絶対還相、何ものにも先立って、まず還相があるといわれた。非常にたくさんの言葉を費やして、浄土真宗の教えというものの中心は、還相というところにあるとお説きになっておられるのであります。
浄土真宗といえば、阿弥陀如来という名前がでてくる。如ー来です。如というものはそのまま、もののあるべきそのまま。如というのは、真如とか如々とか一如とか、これは言いきれないものなのです。その真如・一如・真理が私どもの現実まで届いたものが真実、こういうことになるのでしょうか。真ということをこの私の身の上に証(あか)しして下さる、真が実となる。そうしますと、如という、本当のものが私の現実の上にかたちをあらわしてくる。如が来、如が来る、それが大還相なのです。だから真如が私の身の上に顕現する。その如来が来て下さった力によって、私が如来の方へ歩んでいくことができる。私が浄土へ向かって往く力も、還る力も同時に与えられる。往く力も還る力も与えるもの、これが如来である。これを往還二廻向とよぶわけであります。往相の背面に還相を感じます。
「往相廻向の利益には 還相に廻入せり」、聖人の和讃というものは、類歌とは全く別格のおもむきをもっておりまして、はかなさとか、あわれとか、ほのかというような、幻想の世界へ人を引き入れていく詠歌調というものを切って捨てた、豊かな浄土思想の髙い格調がたたえられています。如来が南無阿弥陀仏となり、その南無阿弥陀仏によって浄土へ生まれる、また浄土から還り来たって還相の眼をもって娑婆を見る、ということもみな、そこに成り立っていくのだという、そういう大いなるものに頭を下げて、自己の無力をというものを懺悔しておいでになる。いやむしろ懺悔できないことが懺悔と
なっている。そういう激しく厳しいもの、一点もゆるがせにすることはできないものがあるのです。こういう格調の高さというものが、繰り返し拝読しておりますと、私の身にしみ通ります。

以上【正像末法和讃講話 川瀬和敬著より】

「お寺の講演会」ご講師 浦上哲也師から

今回、来年2019年5月18日の親友婦人会総会後の「お寺の講演会」のご講師をお願いしています横浜市の「なごみ庵」のご住職 浦上哲也(うらかみてつや)師に「お寺の講演会」の半年前の11月から月一度のペースでご寄稿をお願いし快く受けて頂きました。その一回目を掲載します。
浦上さんは、僧侶ですがお寺の本堂から飛び出して、多彩な活動をされています。
平成27年の親友婦人会総会の日には、希望者に「死の体験旅行」と言うワークショップを受講していただきました。私(住職)も受講して、死に向かっていく自分の感情や取捨選択を受講した者同士が共有しながら、今生きていることの不思議を感じたことでした。
「死の体験旅行」と言うワークショップを全国で開催されたり、「自死・自殺に向き合う僧侶の会」の共同代表や、「仏教死生観研究会」を立ち上げられたり、お坊さんが回答する「hasunoha」の回答僧のお一人であり、「まちのお寺の学校」の講師であったり、最近は「方丈社」マガジンに連載が始まりました。また妙華寺も賛同する「おてらおやつクラブ」に参加する寺院の住職でもあります。そのような多くの顔を持つ浦上さんの今感じることを月一度、妙華寺のHPにも掲載して5月18日の講演を楽しみに待ちたいと思っています。

浦上さんの掲載文で、何か感想などございましたら、お寺にお知らせください。

※来年2019年5月18日の「お寺の講演会」のチラシは、寺報・報恩講の案内と一緒に配布する予定です。

 

 

はじめまして、来年2019年5月18日の「お寺の講演会」でお話をさせて頂く、倶生山なごみ庵の住職、浦上哲也と申します。

横浜で小さな庵を結び、法話会など様々な活動をしておりますが、当庵も少し関わっている活動で大きく嬉しいニュースがありました。

お寺へのお供えものを、お子さんのいる生活困窮家庭におすそ分けし支える「おてらおやつクラブ」という活動がありますが、なんとグッドデザイン賞、しかも最優秀である「大賞」を受賞しました!

 

グッドデザイン賞といえば、優れたデザインの製品に送られる歴史ある賞、という認識でしたが、ここに「おてらおやつクラブ」が応募をしたと聞いた時には、頭の中に?マークが浮かびました。よくよく聞くと形のある製品だけでなく、優れたデザインの「仕組み・活動」も選考対象なのだそうです。

今年度の応募総数は4789件。その中から1353件がグッドデザイン賞を受賞し、さらにそこからベスト100が選ばれますが、「おてらおやつクラブ」はそこに残っていました。

特別賞や大賞が東京ミッドタウンで発表されることになり、私もそこ足を運びました。様々な特別賞が発表される中、なんと大賞候補のベスト6に残っています! 他の候補はソニーの犬型ロボットAIBOや富士フイルムのポータブルレントゲンなど、一流企業の渾身の製品が並びます。

そして……「大賞は、『おてらおやつクラブ』!」

会場に集まった報道陣は「まさかお坊さんが!?」とどよめき、そこに居合わせた私たち僧侶も完全に浮き足立ちました(笑)。大賞をお坊さんが取るのはもちろん初、製品でない仕組み・活動が取るのも初、企業ではなくNPOが取るのも初という、異例の初物づくしだったそうです。

すでに全国で1000ヶ寺ほどのお寺が参画していますが、それぞれのお寺が無理なく少しずつ実施できる活動が積み重なり、大きな花が開きました。
当庵もこれまで通り、毎月近くの社会福祉協議会にお菓子を持って参ります。

梵鐘

今年は、毎月10日に法苑院妙華寺を紹介していきたいと思います。
妙華寺の梵鐘に、「寛保四(1744)龍次甲子正月18日 勢州久居寂陽山法苑院現住 沙門釋恵成(当院三代)誌 治工洞津住 辻越後藤原種茂」と記されています。
鋳造した「辻一族」は、津藩の鋳物師で、高田本山の灯籠・梵鐘や津観音寺の灯籠など多くの寺社の灯籠・梵鐘を作製しています。久居と称する町が開かれた時は、同時に多くの寺院が梵鐘を、「辻一族」に依頼しています。妙華寺の今ある鐘楼堂は、大正時代に建て替えられ、平成11年に瓦葺き替えをしました。お寺の鐘と聞くと、「除夜の鐘」をイメージしますが、毎年隣のお寺が撞きます。妙華寺の梵鐘を撞くのは行事の合図として撞きますので、元旦の修正会(しゅしょうえ)、春秋の彼岸会・千部会、12月の報恩講の行事の始まる30分前に撞いています。

11月の日曜学校は、4日朝7時30分からです

 

11月の日曜学校は4日です。朝7時30分から8時頃までです。
ご家庭での平素の朝時のお勤め(歎仏偈・正信偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。
また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)
早くも今年もあと2ヶ月に、月日が早く過ぎると感じるのは年のせいでしょうか。人生の歩みをより豊にできる時間を尋ねてみませんか。