【案内】10月の日曜学校は、4日午前7時30分からです

【案内】10月の日曜学校は、4日朝7時30分からです
9月はあまり晴れた日が少なく終わってしまいました。
10月は、冬への衣替えがあります。最近は、10月中旬頃まで暑い日もあり、いつ扇風機を仕舞うかも考えなければいけないような・・・
10月の日曜学校は4日です。朝7時30分から8時頃までです。
ご家庭での平素の夕時のお勤め(歎仏偈・文類偈・5首和讃)を一緒にお勤めいたします。輪(りん)の鳴らし方や、念珠の持ち方もご一緒にしますので自然と覚えます。

また、ご参加いただきますと念珠の一珠をお渡しして、24珠で単念珠が、108珠で二連念珠ができるようにご用意しています。(親珠には「妙華寺」の寺院名が刻印されています)

【案内】親あるあいだの語らいカフェ10月3日13時30分から16時

【案内】「親あるあいだの語らいカフェ」を開催します
10月03日(土)13時30分から16時 妙華寺 本堂

お寺と教会の親なきあと相談室津市妙華寺支部では、令和5年5月13日にキックオフ講演会を開催しました。
その後、令和5年10月7日から年3回(2月・6月・10月第1土曜日)に開催しています。
今回で3年目になります。1年目(令和5年10月から令和6年6月)は、手探り状態でした。
2年目を迎えた令和6年10月頃から集まる方の「場」として整ってきたように感じています。
引き続き、集まっていたただく方の心地良い「場」になるよう努力していきます。

妙華寺の「親あるあいだの語らいカフェ」は、(一社)みえ円満相続支援センター様にもご賛同いただいています。また、「傾聴僧の会」の宗教者のお力添えいただきます。

「親あるあいだの語らいカフェ」津市妙華寺支部の約束
「親あるあいだの語らいカフェ」が安心安全な「場」となるよう①~④を約束します
①布教はしません
②あなたのことを尊重します
③生き方や考え方を押し付けません
④入退室は自由です

また、みなさまと一緒に安心安全な「場」をつくるため、⑤から⑧をお願いします
⑤当日、話された内容は、この場限りで、他者には話しません
⑥ご自身の悩んでいることや辛いことをお話する
⑦他の方が話されている時は、割り込まず、最後まで聞きます
⑧お互いの悩みや「おもい」を評価したり比較したりしません

似たような境遇であっても感じ方やとらえ方は、人それぞれ異なります。
それぞれの気持ちを大切に、一期一会の時間をお過ごしください。

必要な方に届きますように

「親なきあと」問題
「親なきあと」問題について聞いたことがありますか。私(住職)は、令和2年の文化時報社主催の「福祉仏教」の連続講座を受講しました、その中の一コマで、親が面倒を見られなくなったあと、障がいのある子や引きこもりの子がどのように生きていくか(「親なきあと」)の問題を知ることになりました。

お寺として、宗教者として何ができるかを考えながら、お寺としての場の提供や、宗教者としての傾聴を通して伴走型の支援ができるのではないかと思い、「お寺と教会の親なきあと相談室」の津市妙華寺支部として活動を初めて3年が経ちました。
年3回ほどの「親あるあいだの語らいカフェ」の場の提供しかできませんが、続けています。

親御さんの心配事は、多岐であります。専門家が解決できることは専門家に働きかけています。心のつきない心配については、心理学や精神医療の専門家に託すことしかできないと感じます。簡単に宗教的な言葉「そのまま」の私を受け入れることで解決することはありません。改めて思うことは、宗教者としてできることは、「場」の提供です。

「できること」と、「できないこと」の制限はありますが、少しでも、お寺として、宗教者として伴走型の支援に取り組んでいければと考えています。

※中川個人の感想です。

【報告】秋彼岸会

【報告】秋彼岸会
今年は、シルバーウィークと呼ばれる連休最終日が秋分の日で、お寺の秋彼岸法会でした。少し湿度のある1日でしたが、ご参詣ありがとうございますした。
他府県からやご家族でご聴聞していただくこと感謝申し上げます。

ご法話は真楽寺の鷲山了悟師で、ご自身の仏法との出遇いをお話されました。いろいろな経験を通しても仏法が響かない時間が続くことであったそうです。しかし、「自分があてにならない」ことに気づいて初めて仏法が響くことになったそうです。
この法話は、まるで私(住職)自身のことのようにお聞かせいただきました。
どこか自分を一番としている状態では、仏法はこの私(住職)には響かない(届かない)
本当に自分自身があてにならないことに気づく時、阿弥陀様の願い(必ず救う)が私に響いてくるのだと。
私の「いのち」は、阿弥陀さまに願われている「いのち」であることに気づけると、とても有難い人生になると感じます。
※中川個人の感想です。

ただ、受け取るのみ~only receive~ りゅうこくブックス139

ただ、受け取るのみ~only receive~ りゅうこくブックス139
龍谷大学宗教部が発行している「りゅうこくブックス」と言う冊子があります。
宗教部主催の法要・講演会の講師の講話・講演を活字化し、「建学の精神」を普及し体現するために「りゅうこくブックス」を刊行されています。
私(住職)は、最近1冊の本を読み終えるのに時間がかかっています。以前に比べ、集中する気力が続かず、老化現象で活字の文字が見にくくなっていることも影響していと感じます。
「りゅうこくブックス」のように、活字化された講話・講演の内容は、わかりやすく読むことができます。

今回の「りゅうこくブックス」の表題の「ただ、受け取るのみ~only receive~」は、葛野洋明先生の講話が活字化されていた中の言葉です。「世界に響きわたる「他力の信心」」の講題でした。その中で、アメリカ人で得度された方に聞きたかったことに「浄土真宗のみ教え お救いの中で、何が一番心に響いたか」だったそうです。その方は、「オンリー レシーブ」と一言で言われたそうです。葛野先生はとても驚いたようですが、『愚禿鈔』の「信受本願」を思ひ浮かびとてもうれしく思われたそうです。「他力の信心」について受けとめるのが難しいことですが、「オンリー レシーブ」の一言が言い表している言葉と感じました。(ただ、一言で理解することには注意も必要です)

今回のりゅうこくブックスには、一楽 真師の「顕浄土の願い」・井上 見淳師の「悪人が目当てなら・・・」・葛野 洋明師の「世界に響きわたる「他力の信心」」・村岡 倫師の「モンゴル帝国の真実~人命重視の戦争と信仰尊重の統治~」・北岑 大至師の「受け継がれるもの」の講話の活字化でとても味わい深いものでした。

※中川個人の感想です。

【報告】9月のTemple Morning

【報告】9月のTemple Morning
連休が始まった日曜日、台風の影響も少なく、4名の方がご奉仕くださり、感謝申し上げます。集中するとやはり、汗がにじみます。終わった後の麦茶がとても美味しく感じられるのもTemple Morningのおかげと感じています。
次回は、10月18日午前8時からの予定です。よろしくお願いします。

※警察から、下記の注意がされています。

紫雲会

紫雲会
9月17日、津市正覚寺さんが開催されている聞法会に参加しました。
講師は、高田派でも法話の指導されている本願寺布教使の花岡静人先生の「仏説無量寿経を聞く」のご法話です。
昨年から新しいテーマの2回目は、「仏説無量寿経」の言葉の解説から始まりました。親鸞聖人に伝わる「南無阿弥陀仏」は、七高僧の曇鸞が、「浄土三部経」としてとりあげ、善導が、「無量寿経」が一番大切な「経」とし、法然が、「選択本願念仏集」として示し、親鸞が「教行証文類」として開かれていくことを話されました。
真宗では、教えは如来から賜るもので、教えをお取り次ぎさせていただく世界であることを改めて感じました。その中にいると、心が穏やかになり、安心できる場所でもあります。
とても充実した時間で、何故か「仏教に生きている」という感覚になります。
ただ、私(住職)の場合、講義が終わるとその感覚が消えていくことが残念です。
※中川個人の感想です。

仏教とAI

『仏教とAI』浄土真宗 唯 yui 47号より
私(住職)にとってAIのことはわかっていません。
そのような状態で、『仏教とAI』(浄土真宗 唯 yui 47号)のコラムを読みました。
仏教の膨大な知識も持ち得ない私(住職)にとって、AIは、ネットで検索すると瞬時に、知りたいことに関することを示してくれる頼もしい存在との認識です。そのAIの進化はめざましく対話AIも搭載した人型ロボットも存在するようです。AIが仏教の教えを説くようになると、「仏教はどのように変化するか」をAIに質問された時、AIが客観的に人間とAIの限界があることを指摘されるようです。
また、AIには人間の苦悩を体験できないことで、仏教の始まりがなく、悟ることができないのではないか。との議論もあるそうです。
だからAIより人間がすぐれているかというのは短絡的な考えですが、人間が客観的にものごとを見ることができているかとを問わないといけないような自分がいます。
『AIという鏡』 佐々木 閑・佐々木 斎生著 法蔵館 が、今年出版されました。まだ「積ん読」状態なので内容がわかっていません。(拝読しても、哲学と数学の世界の話で理解できそうもありません)、あとがきに、哲学や数学は閉じた世界であるので、AIは人間を超えていくのではないかとありました。
お釈迦様の説いた仏教と言う教えが自己を見つめなおすための「鏡」であるように、AIもまた、人間を映し出すもう一つの「鏡」として認識するのがよいのかもわかりません。
※中川個人の感想です。

【案内】秋彼岸会は23日午後1時30分から

秋彼岸
讃佛会(さんぶつえ)
「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。日本では、昼夜が同じ時間になり、太陽が西に沈む頃の春分の日・秋分の日を中心に一週間を春秋二季の彼岸と例えます。日本人の心に根付いた仏教への心温まる気持ちの現れです。
彼岸は、仏典に出てくる言葉で、パーラミターというインドの言葉を訳したものです。彼岸とは「到彼岸」の略で、迷いの世界(この世)から悟りの世界に到るということです。この迷いの世界を此岸(しがん)といい、如来の悟りの世界を彼岸と名付けています。
親鸞聖人は、「人みなこの此岸、つまり人間世界から彼岸への途を歩まねばならない」と申してみえます。
此岸から彼岸へのこの道は阿弥陀如来ご廻向の道であります。浄土への道は、浄土からの呼びかけの道であります。彼岸会はインド・中国にはなく日本独自の法会です。真宗では彼岸の一週間を佛徳を讃嘆する場として、また聞法のご縁の場として大切にしています。
真宗では、彼岸会を讃佛会とも申しています。

法苑院妙華寺では、春分の日・秋分の日の午後1時30分からお勤めと法話を勤めています。 親鸞聖人のご和讃に
「生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀の悲願のふねのみぞ
のせてかならずわたしける」とお述べになっています。
苦悩の世界(此岸)に沈んで久しい私たちは、阿弥陀如来の悲願によって救われる(彼岸へ運ばれる)とお諭しになられています。

9月23日(祝・水)午後1時30分からお勤めをいたします。その後、真楽寺の鷲山了悟師のご法話がございます。
 妙華寺では、ご法話をご聴聞していただくと法会参加票にスタンプを押印させていただいています。ご聴聞をお喜びするご縁となりますように、10回ご参加いただきますと記念の品をお渡ししています

不安なこころで毎日生活を送っています。このような時、私の「いのち」についてもう一度考えてみませんか? 聞法の中で、仏様の「はたらき」をお聞かせいただき、仏徳讃嘆の「おこころ」をいただきましょう。

【案内】9月のTemple Morningは、20日午前8時からです

【案内】コロナ下から始まったTemple Morningは、今年で7年目を迎えました。
これまでも多くの方々にご参加いただきありがとうございます。

09月20日(日)午前8時から9時頃までです。
今年は6回のご案内です。
Temple Morning お寺の朝(テンプルモーニング)はじめます
いつもと違う朝 気持ちを整えて集中できる時間を創りませんか

予定 お勤め(10分)・境内の掃除(30分)・お話(10分)・茶話会(自由参加)
風邪の症状のある方・37.3度以上の熱のある方はご遠慮ください。
   お勤め・お話は、短めに、自由参加の茶話会は、当面中止します
掃除道具は貸し出します。途中出入り自由です。雨天は中止です。

お寺の掃除を今風に呼びかけるには、これまで妙華寺の境内(特にお墓)の草抜きなどの掃除は、古くは草抜きなどをされている方、そして現在は高齢者(シルバー)人材センター様に登録されている方にお願いをしていました。依頼していました方がご高齢になり、次の世代の方に草抜きを希望される方がいない状態になり2020年から境内(墓)の掃除が難しくなったことが主たる要因です。境内(特にお墓)の清掃として1年の内おそよ8が月延べ160日(1日6時間労働)ほどこれまで高齢者(シルバー)人材センター様に登録されている方々に境内の清掃をしていただいていました。お寺側の身勝手な思いでありますが、お同行の皆様のお力をいただき境内(特にお墓)がこれまでのようにきれいな環境を保てることを願う行事です。
各位のそれぞれのご事情もありますので、お身体の状況をお考えていただきお時間が許しましたら一緒に境内をお掃除しませんか。
Temple Morningは、境内(外)の掃除に集中してすることで気持ちを整える時間です。
お一人お一人十分なほど距離をとることは可能です。

どうかご無理のないお気持ちでご検討をいただきますよう、よろしくお願いいたします。

年6回 第3日曜日午前8時から1時間【1月・2月・3月・7月・8月・12月は休会・雨天中止】
4月19日(4名)・5月17日(5名)・6月21日(雨中止)・9月20日・10月18日・ 11月15日
清々しい朝の1時間 お寺で過ごしませんか

血脈(けちみゃく)と法脈

血脈(けちみゃく)と法脈
私(住職)は、血脈と法脈は違うと認識していましたが、『浄土真宗辞典』に、同義語と記載されていました。
私(住職)の中では、真宗では、師から弟子へ継承する感覚より、親から子へ継承する認識があり、「血統」と「血脈」を間違えていたのだとわかりました。
学びの中にも、正しく伝わっていたか確認することが必要です。

※中川個人の感想です。

師から弟子へ教えが代々伝えられることを、血管が切れ目なく続くことに喩えたもの。あるいは、親の血が子に伝わることに喩えたもの。法脈ともいう。【浄土真宗辞典】